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三十四話 大雀蜂討伐作戦に挑む二人



 ジョゼフたちは、王都を出ると一路ダンジョンの近くまで来ていた。


 道中に、まずは巣を偵察して、他の入り口が無いかを確かめる。その後に、再度手順を説明するとシーラはジョゼフたちに説明していた。


 森の中の丘を一つ越えれば、ダンジョンの入り口が見えるという位置に陣を設け、魔除けの加護が掛かった札を周りに置いて行く。



「こいつをもっと用意出来ていたらね…。バーグ村は目と鼻の先じゃないか。」


「そりゃ無理ってもんですよ。この札だって聖遺物なんですから。」


 アーシアがボヤく言葉に、ルドルフが仕方ないから諦めろと言わんばかりの表情で答える。

 ジョゼフが持っているような小さなテントを覆うくらいの札は比較的簡単に手に入れる事が出来る。


 ただ、こういった大きな場所を囲えるようなものは、大聖堂が所有する五つの加護の札くらいしか無かった。



 ここには仮設の救護所を作る事になっていた。


 ついて来る事となった衛兵と、ジョゼフたち一行。合わせると三十人以上となる結構な大所帯となっていた。もし怪我人が出れば、背負って逃げられるようなものでは無い。


 そのため、治療術師(ヒーラー)を別けて衛兵の編成を組みなおし、怪我人が出れば即座に治療出来る体制を整える事にしたのだった。



治療術(ヒール)が使えるものは、ここで待機。薬と手術道具を用意して、怪我人が出たら直ぐ対応できるようにしておいて欲しい。」


 フレデリックが矢継ぎ早に支持を出して行く。


「いいですか。どんな怪我をしていても、絶対に死なせないようにしてくれ。私が戻ったら必ず治してみせるから。」


 そう言って、フレデリックは三人の治療術師(ヒーラー)一人一人に声を掛けて行く。


 彼はジョゼフたちと一緒にダンジョンへと入る。中で治療が必要になった時、誰が治すんだと言って聞かなかった。


 確かにアーシアも治療術(ヒール)は使えるが、治療に当たっている間は先頭で壁になるものが一人減る事になる。

 そう考えていたジョゼフたちにとっても、有難い申し出だった。


「あの人って、本当に強いの? 」


「なに? 今頃気になって来たの? セラ。」


 そんなフレデリックを目で追っていたセラが尋ねる言葉に、シーラが茶化して答える。



「そう…言うんじゃないけど! 足を引っ張られたりしたらイヤだなって! 」


「あの人は強いぞ? 武器を持たない格闘なら俺も勝てないかもな。」


「え…本当に…? 」


「本当だよ。わざわざ危険で他の治療師(ヒーラー)が行かないようなところばかりに行こうとするからね。本人の技量も必要なんだとさ。ただ、立場上どうしても護衛はつけなきゃならないから、ルドルフとアンリエットを割かなきゃなんなくなってるのさ。」


 ジョゼフの言葉に半信半疑だったセラは、アーシアの言葉を聞いて困惑した目をフレデリックへと向けた。


「じゃあ、なんであの時は…。」


「あんたに見惚れてたんだってさ。さ、あんたたちの準備は出来たのかい? 」


 突然ボンと真っ赤になるセラを横目で見ながら、アーシアはジョゼフたちに尋ねるのだった。




* 





 斥候(スカウト)であるセラ、ジョゼフ、シーラは、気配を消してダンジョンのギリギリまで近寄って、ハチの姿を確かめに来ていた。


 セラを先頭に三角形の陣形を組み、周囲に油断なく目を凝らす。


 徐々にブウンと低く唸るような羽音が聞こえて来る。



「静かに…音を立てないように気を付けて…。」


 シーラが後ろに付いて来ている仲間たちに声を掛けてから、ダンジョンへと近づいて行く。

 大雀蜂(キングビー)の巣になってしまっているダンジョンの周りには、数匹のハチが警戒のために飛び回っていた。


 ジョゼフも本物をこれだけ近くで見る事は初めてだった。子供と言うか、小柄な女性ほどの大きさがあるハチが、ダンジョンの入り口の周りを飛んでいる。


 極彩色と言っても良いような黄色と黒の縞模様が、近寄ると危険な事を嫌が応にも示している。

 その尾には光を受けて、時折きらりと光る毒針が付いているのが目に入った。




「こんなに近づいて大丈夫なのか? 」


「こっちは風下側だから、まだ大丈夫。ただ、足音には気を付けてね。」


 小声で尋ねたジョゼフにシーラはそう注意を促す。




「間違いない。あれは大雀蜂(キングビー)だよ。あの縞模様と羽音は大地蜂のものじゃないね。」


「良かった。それならばアレが使える。でも、出来たら空気穴があった方が良いかな。多分探せば見つかると思うんだけど…。」


 セラとシーラは、ハチの模様と羽音から、このダンジョンに巣を張っているのは大雀蜂(キングビー)と言われるハチなのだと確認出来たようだった。



「種類が変わると何が変わる? 」


「その話も後でするね。ジョゼフも空気穴を探してくれない? 多分警戒している奴が一匹か二匹その周りを飛んでいるはずだから。」


 シーラの言葉にジョゼフは頷きで返すと、再びセラの後を付いて歩きながら、周囲の状況に目を凝らす。



「おっ…。あそこに二匹ほど居るぞ。」


 ジョゼフが木の間に黄色と黒の縞模様を見つけた。

 

 三人は音を立てないようにして、藪の中をゆっくりと進んでいく。


 ぶうんと言う低い羽音が直ぐ近くで唸っているが、まだその姿は見えて来ない。

 いきなり目の前にハチが出て来るのではないかとジョゼフは気が気ではない思いをしながらセラの後を付いて行く。


 もし戦闘になれば、準備の整っていない状態で直ぐに二匹を倒してしまわないと、大量のハチに囲まれてしまう。

 そうなってしまったら打つ手はなかった。


 セラが後ろに居るジョゼフたちを手で制す。


 そして、戦闘に備えて構えていたジョゼフたちが落ち着いたのを確認すると、前に出て来てみろと手招きする。


 ジョゼフとシーラは、這うようにしてセラの横に出る。


 そこは元は池だったらしく、一面の泥沼となっていた。底には大穴が空き、その穴に向かって水が流れ込んでいる。


 周りの森よりも数メートルは低くなっているその穴の周りに、二匹の大雀蜂(キングビー)が飛んでいた。


 セラとシーラは、顔を見合わせて頷き合う。

 シーラが親指を上げて後ろを指す。後退の合図だった。


 ジョゼフたちは這いずりながらその場を去ると、救護所のある位置まで急いで戻るのだった。



*



「多分、これで行けると思います。」


 シーラから報告を聞いたライザが、直ぐに作戦を立ててジョゼフたちに内容を説明した。



「それは…危険すぎないか? 俺はともかく…。」


「あたしなら大丈夫。それにあいつらと巣の中で遭遇する方が困るし。囲まれたら何も出来なくなっちゃうよ? それよりも…。」


「わたしですか? お話を聞く限り、問題無さそうですよ。気を失ったりしなければ、女神さまの加護は完ぺきです! それに、隠れていてもわたしは魔力を抑えたりとかは出来ませんし…。」



 聖女ノルンに危険が及ぶかもと難色を示していたジョゼフとシーラだったが、ノルンの決意を聞いて、納得は出来ないながらも賛成した。


 ライザの示した案は、大雀蜂(キングビー)の生態に詳しいセラとシーラもお墨付きを与えるようなもので、他に何か方法があるようなものでも無かったからだった。



「それでは大雀蜂(キングビー)討伐作戦は二刻後に一番奴らが活動的になる時間を狙って開始します。皆さんは早速準備に掛かってください。」



 ライザはそう言って、リオンと共に救護所へと向かう。

 ずっと握られていた手は血が溜まって赤黒くなってしまっていた。


 元々、そんなに自己主張が出来るタイプの女性ではなかったが、今は相当無理をしているようにジョゼフには見えた。

 自分の命令一つで、この場に居る全ての人が命を失うかもしれない。そんなプレッシャーを彼女は感じているはずだった。だが、彼女はそんな不安はおくびにも出さず、最後までしっかりと説明を終えた。


 ずっとライザの後姿を見ていたジョゼフに、リオンが振り返る。


 その瞳は大丈夫だ任せておけと告げると、ふっと礼をするように下げられる。


 そんなリオンにジョゼフは頼むぞと拳を振り上げるのだった。



*



「さて、もうすぐ作戦開始よ。みんな、準備はいい? 」


 ポーションを入れて来た木箱の上に立ち、シーラが集まった全員の顔を見ながら声を上げる。


 あともう少し人数が居ればこれほど不安になる事も無いのにとシーラは思う。


 ただ、このダンジョンの中では、あと少しで穢れが大きな力を解放してしまう。

 そうなる前に止めなくてはならない。だから今は手伝ってくれる人がいるだけでも有難いと思っていた。


「おう! 」


 エルヴィンの低い声が響き、衛兵たちが武器を捧げて応える。



「それじゃ、大雀蜂(キングビー)討伐作戦!開始!」

 

 シーラが大剣を前に向けて振る。



 その声を聞いて、集まっていた人影は、自分の持ち場へと速足で動き出すのだった。



*



「よし。落とせ! 」


 リオンの合図でライザが空中に浮かせていた何十本もの大木が、一気に泥沼へと落ちて行った。

 ちょうど空気穴の周りを飛んでいた二匹の大雀蜂(キングビー)は、その落下に巻き込まれてあっと言う間に姿が見えなくなる。


 空気穴の中からも大量のハチの羽音が聞こえるが、大木たちに塞がれて直ぐには出て来る事が出来ないようだった。


「よし! リッタ。全開でハチ野郎を燃やしてやれ!」


「はいよ。大火炎(フレイム)! 」


 エルヴィンの指示でリッタが魔道杖を振るうと、大木は一気に燃え上がる。切って来たばかりの木は、水を含んで大量の煙を出す。


「相変わらず凄いね。リッタの炎魔法…。」


「久しぶりに見たが、こいつらが敵じゃなくて良かったと思う。心から。」


「さて、無駄話はここまで、来たよ。」



 続いて風魔法で煙を空気穴に送り込み続けているリッタに、数匹のハチが気が付いて寄って来る。


「こいつらは魔力のあるところに集まって来やがるからな。エルヴィン。無茶はするなよ。ダメだと思ったらすぐ後退だからな。」


「おう、お前も気を付けろよルドルフ。銀等級冒険者が伊達じゃねえってところを見せておかなきゃな。」


 エルヴィンの胸には、グラーフで無くしたはずの銀等級のタグが揺れていた。ルドルフたちがグラーフの街に戻ってから見つけ、そのためエルヴィンたちは既にこの世に居ないと思ってしまっていたのだった。


「ふん。俺もフレデリックさんの護衛で鍛えられてる。もうお前にゃ負けねえよ。」


「おう。帰ったら勝負だからな。」


「もう、いい加減にしな! あんたたちは! 」


「ほんとに。アンリエットの気持ちも考えてあげてください! 」


 悪態をつきながら次々と魔物を倒して行くパーティ。『砂漠の狐団』と名乗っていた彼らの止まっていた時間が、再び動き出したようにメンバーには感じられていた。



*



「戻りました! 空気穴から大量の煙が巣に送られてます! もうすぐこちらに大量のハチが出て来ると思います。準備を! 」


 ダンジョンの入り口がギリギリ見える位置で息をひそめていたジョゼフたちに、ライザの声が掛かる。


 その声が響いたのか、入り口で警戒に当たっていたハチたちの動きが激しいものになって行き、歯をかちかちと鳴らして仲間を呼び始めた。


「行くぞ! 」


 ジョゼフの声が掛かり、シーラとジョゼフが並んで飛び出して行く。


「さあ、魔力を通して! 」


 ジョゼフとシーラの武器に魔力が籠められ、二人の武器は紫色に光りだす。


 巣に近づくものは無条件に攻撃すると本能に刷り込まれている大雀蜂(キングビー)は、仲間を呼びながらジョゼフたちへと向かって行く。



 尾についた針から、毒がジョゼフたちへと吹き付けられ、大雀蜂(キングビー)たちの攻撃が始まった。


 ダンジョンの入り口からは、溢れるようにハチたちが出て来る。あっという間にジョゼフたちの姿は見えなくなり、ハチが自らの身体で作る玉がどんどん大きなものになって行く。


 ダンジョンの入り口からは、空気穴から入った煙が溢れて来ていた。


「よし! ライザ。もう出て来る奴はほとんど居なくなった。行け! 」


 リオンが悲鳴のような叫び声を上げる。


地獄の業火(ヘル・フレイム)



 魔力を練っていたライザが、青白く見えるほどの高温の炎の塔をハチたちの周りに発生させた。


 その鉄ですら姿を保つことが出来ないほどの炎の中で、ハチたちはあっと言う間に炭となって行き、バラバラと崩れていく。


 ジョゼフたちを攻撃していたハチたちも気が付いて逃げようとはするが、玉の外側に居るものから消し炭となって行った。


 そしてどんどんその炭の玉は小さくなって行き、ついには中に居るジョゼフたちの姿が見えるようになった。


「もういい。ライザ。魔法を止めて! 」

 

 固唾を飲んで見守っていたリオンが、ほぼすべてのハチを倒しきった事を確認して、ライザに指示を出す。



「ふう…。」


 ライザがホッと息を吐くと、炎の塔はその姿を消した。


 辺りには嫌なにおいが立ち込めて、少しだけ炎が掛かっていたダンジョンの入り口も石が熱せられて赤く光っていた。


「よう。大丈夫だった? ジョゼフ。」


「ああ、リオン。おかげで何ともない。凄いな女神さまの加護は…。」


「あたしも…。もう死んだかと思っちゃった。」


 そう言ってジョゼフはシーラとの間にいた聖女ノルンの頭を撫でる。

 ノルンが張っていてくれた女神の加護のおかげで、ジョゼフたちはハチの攻撃でもライザの魔法でも無傷だった。


「魔物は魔力の強いものに向かって行くからね。大丈夫だとは聞いてたけど、ドキドキだったよ…。」


 リオンは心底ほっとしたと言う表情を浮かべて、三人の姿を眺めていた。



「あぶない! 」


 突然駆け寄って来たセラがシーラとノルンを抱いて倒れ込む。



「まさか…なんで…。」


 まだ熱い地面に倒れ込んだシーラが見たダンジョンの入り口には、先ほどよりは一回り小さい大雀蜂(キングビー)がまた溢れてこようとしていたのだった。



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