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三十三話 戦場に向かう二人



「あれ……。君は……? 」


 ジョゼフとシーラの影に隠れるようにして、気配すら消して歩いていたセラに、フレデリックは気がついた。


「すまないが、後で君に詫びさせてもらいたい。ただ、これから厄介なものと戦わなくてはならないようでね。出来たら帰ってからにしてもらえると助かる。」


「あ…………はい。いいですよ。あたしも今はあんまり余裕ないんで。」


「恩に着る。」


 フレデリックは歩きながらそれだけ言うと、またアーシアとの打ち合わせに戻って行く。


「なんだか、シーラたちから聞いてた話とちょっと違うみたいね。いきなり口説かれるかと思って構えてたらから、肩透かしをくらったみたい。」


「あれ? この前の感じだと、そういう人に見えたんだけどな……。ねぇ、ジョゼフ。」


「あの人は、良い意味でも悪い意味でも優先順位を間違えないだけさ。」


「ふうん。ま、あたしはどうせなら王子さまが良いな。ただの治療術師(ヒーラー)には興味ないかも。」


「セラは人の事は乙女扱いする癖に、そういうところは夢見がちよね。」


「それくらい夢を見たっていいじゃない。どうせ好きでもない、ただ強いだけの男に嫁がされるんだし。あんたみたいな考え無しとは違うの! 」


 呆れたように言うシーラに、セラが言い返す。よく似た顔の二人は、子供のケンカのような言い合いを始めていた。


「しっかし、緊張感無いなぁ……。」


「それをリオンが言うのか。」


「僕は普段どおりなだけさ。気合いを入れすぎると良いこと無いしね。」


「悲愴な覚悟を決めて行こうが、普段どおりにしていようが、結果が同じならなんでもいいさ。」


「ははっ。そうだね……。確かにジョゼフの言うとおりだよ。」


 リオンは迷いが晴れたように笑う。


「あなたたち、ちょっとは止めようとか思わないの? 一応、ここは大聖堂の中なんだから……。ちょっと! シーラ。セラさん? 」


 ライザが子供の頃の人形がどうのと言い合っている二人の中に割って入る。

 ライザのお説教は、なぜか抗いがたく、直ぐにしゅんとした二人の姿にジョゼフは思わず吹き出しそうになった。


「みんなに会えて本当に良かった。心からそう思うよ。」


 ジョゼフは自分の穏やかな心に気がついて、そうつぶやくのだった。



 大聖堂の宝物庫は、昨日と同じくひんやりと冷えた空気が漂っていた。


「あんたたち。休みの時間は終わりだ。しばらくあたしらの旅に付き合ってもらうよ? 」


 壁に掛けられた武器たちに、アーシアが言う。武器に話し掛けるなんてと思う者も居るかも知れないが、ジョゼフたちにはそれは当然の行為のように思えた。


「やっぱり、持った瞬間しっくり来る感じがする。頼むぜ!相棒! 」


 シーラが大剣を手にして話し掛ける。


 周りの皆も、それぞれの武器を手にしては感触を確かめていた。


 最後に残った戦斧(ハルバート)を、ジョゼフはしっかりと握りながら、壁から取る。


「頼むぜ……。相棒。」


 ジョゼフはシーラに倣ってつぶやく。

 そんな言葉を聞いたのか、まるで応えるように手の中で戦斧(ハルバート)がキラリと光ったのだった。



*



「さあ、武器を馬車に積み込みな。」


 アーシアが号令を掛けると、ジョゼフたちは宝物庫に返却をしていた武器に布を巻き、周りから見えないように馬車の中へと積んで行く。


 あくまでも王都の中は武器の携帯は近衛兵以外は厳禁となっており、市街を警らする衛兵ですら、警棒のみしか持たない徹底ぶりだった。



 ただ、一歩王都の外に出れば、そこはまだまだ力の支配する世界になる。

 そのため、こうして王都の外に武器を持ち出す場合には、周りに見えないように隠して運ぶ事が決められている。


「この馬車は聖歌隊のだろ? 使ってしまって良いのか? 」


「なに言ってんだい。この馬車は元々聖女さまにって言って、国王陛下から下賜されたものさ。ノルンは人がいいからね、荷物も乗せてくれてただけさ。」


 ジョゼフの質問に、アーシアが答えながらノルンの頭を撫でる。

 こうしている時も、ノルンはほとんど口を開かない。ニコニコと笑って周りを見ているだけだった。


「なあ、ノルン。俺たちはノルンの言葉と女神さまの言葉が常に一緒だとは思ってない。だから、気にせず何でも話してくれ。みんなだってそうさ。」


「うん。ありがとう。ジョゼフさん。みなさん。」


 ジョゼフの言葉を聞いて、武器を馬車に積み込んでいた仲間たちも、口々にノルンともっと話したいと言い出した。

 それを聞いたノルンは、頷いて礼をいうとニコニコと笑い、恥ずかしいのかアーシアの影に隠れた。


「あたしも普段から言ってはいるんだけどね。知らない顔はまだ苦手なんだよな。ノルン。」


 アーシアは聖女の頭をくしゃくしゃと撫でながら笑う。

 ただ、ジョゼフはそう遠くないうちに、ノルンが普通に話してくれるようになると確信していた。

 このパーティーには、シーラが居るのだから。



「ちょうど陽が登って来たね。今日は暑くなりそうだ。」


 リオンがはるか東に見える山を目に手を当てたまま見上げる。

 晴れ渡った空には雲一つ無く、まぶしい光が全員を照らしていた。


「ねえ、みなさん。女神さまが『あなたたちの旅立ちを祝福します。』って伝えてくださいって。」


 ノルンがおずおずと皆に告げる。

 ジョゼフたちは、一人一人、自分なりの方法で神に感謝の祈りを捧げるのだった。



*


「おい! 伝令はまだ戻って来ないのか! 準備の出来た者から詰め所前に集合させろ! 」


 門を入ってすぐにある衛兵詰め所は、まだ陽も上りきって居ないうちから、大騒ぎとなっていた。


「どうしたんだい? 」


 アーシアが詰め所の前で声を張り上げていた隊長と思しき立派な鎧を身に纏った衛兵に尋ねる。


「なんだ? 今は……。あ、アーシアさん。」


 振り返った衛兵は、アーシアの顔を見て驚く。


「どうした、何があった? あたしたちは街を出たいんだけど。」


「はっ。昨日ギルドに報告が上がった、バーグ村の近くにあるダンジョンに調査隊を出したのですが、彼らが帰って来ず、調べに出した隊から大変な事になっていると報告が来まして……。」


「なんだって!? ノルン。解るかい? 」


「隊長さん。そのダンジョンってバーグ村の西にある森の中にあるの?」


「はい。聖女さま。でも、どうしてそれを? 」


「ありがとう隊長さん。多分、間違いない。そこから穢れの力を感じるの。」


 ジョゼフたちは、年若い冒険者のリヒテルが言っていた話を思い出した。

 バーグ村を襲おうとしていたゴブリンの大群は、バーグ村の西の森に居た連中ではないかと言う話だった。


『西の森にあるダンジョンに居た奴らじゃ無いかって……。』


 ジョゼフの頭の中に、リヒテルがギルドで言っていた言葉が浮かぶ。


「どうする? 急ぐか? 」


 逸る気持ちを何とか押さえ、ジョゼフは仲間たちへと問いかける。


「まずは、何が起こってるのか解らないと何ともならないわ。ねえ、隊長さん。そのダンジョンで、何が起こってるの? 」


「あなたは……? 」


 ジョゼフの言葉に答えたのはライザだった。彼女はそのまま隊長へと話し掛ける。


 アーシアと共に居るのだから、ただの冒険者では無いとは解っていたが、無闇に内情を話す訳にも行かない。

 隊長は、尋ねて来たライザを見てから、アーシアに顔を向ける。


「その娘も今代の勇者の一員さ。ちょうどそこに穢れの気配があるらしくてね。後はその子の令呪付きの腕輪も外してやってくれないかい? 」


 隊長はアーシアの言葉を聞いて顔を引き締めると、隊員たちに声を掛けて武器の返却と腕輪の取り外しを急ぐように伝えた。


 そしてジョゼフたちに向き直ると、解っているだけになりますがと前置きをしてから話し出した。



*



 一昨日の夜、ギルドを通して王宮に依頼があり、我々はバーグ村に近い、未報告のダンジョンの調査を命じられました。

 調査と言っても、中を探索する訳では無く、場所と入り口の状況を調べ、報告書に纏めると言うものです。

 ご存知だとは思いますが、ダンジョンの中の調査に関しては、その後にギルドから依頼をされた冒険者が行う事になりますからね。

 幸い、場所も詳しい話が解っていたので、私はある隊に調査を命じました。

 それが昨日の昼ころになります。


 午後からはハイキングだと笑って、よく働いてくれている彼らを労うつもりで送り出したのですが、帰隊の予定時刻になっても、彼らは帰って来ませんでした。

 こうした調査では、他の入り口が見つかったり、近くに住んでいる者が居たりなどと言った、予期せぬ事件が起こる事があります。

 私も最初はそういった事があり、調査に時間が掛かっているのだろうと楽観視をしていたのです。


 ですが、彼らはもう陽が傾いて来る時刻になっても戻って来ず、私は非番の隊に声を掛け、彼らの様子を見てきて欲しいと頼みました。

 お安い御用ですと彼らも笑って言ってくれ、私は彼らが戻って来るのをここで待っていたのです。


 ここからそのダンジョンまでは片道一刻も掛かりません。

 非番の彼らは、直ぐにこちらに戻ってきました。


 私はどうしたと彼らに尋ねました。後から送り出した隊員だけしか戻って来て居なかったからです。



*



「そして、私は青ざめた顔の彼らから、ダンジョンが大変な事になっている事を聞かされました。」


「一体、何が起こってるんです? 」


大雀蜂(キングビー)。そのダンジョンはやつらの巣になってしまっているんです……。」


 ジョゼフも名前だけは聞いた事があった。地面に空いた穴の中に巣を作り、その大きさは子供の背丈ほどもある。

 数万とも言われる個体が巣の中に居て、近くを通り掛かる者に襲いかかる。

 しかも肉食性で、巨大なコロニーを維持するため、常に集団で狩りを行う。


「なんで……。そんな奴らが……。ルデルの森を四日は歩かないと出てこないような連中なのに……。」


 リオンも驚きを隠せて居なかった。

 この魔物は、魔大陸にほど近い森の中でたまにはぐれた個体と遭遇する事があるくらいで、その生態もよく解ってはいない。


 ただ、その針に含まれる毒は強力で、あっと言う間に行動不能になること、そして一匹を殺すのに手間取ると、すぐに何百と言う数に囲まれる事だけは知られていた。


「ギルドと王宮に報告は……? 」


「もちろん行いました。ただ、時間が遅くなっていたため、まだ返事が貰えず……。」


「それで、隊を出して救出に向かおうとしたのね。」


「はい。私にはもうそれくらいしか出来る事が無くて……。」



*



 その女性の衛兵隊長は、それだけ言って肩を落とす。魔物の知識のあるものであれば、大雀蜂(キングビー)の集団に襲われて、生きて帰って来た者は居ない事は知っているはずだった。

 

「もしかして、ご主人さんなの?」


 シーラが涙を必死で堪えている隊長に聞く。ジョゼフがふと左手を見れば、真新しい指輪がその薬指に光っていた。


「はい。実は……。」


 報告に来た衛兵も、じっと何かに耐えている隊長に話し掛けるのを躊躇っていた。

 衛兵は冒険者とは違い、所帯を持っている者が多い。

 その副官と思しき衛兵も、左手には指輪が嵌まっている。


 もしシーラがあの魔物の巣の近くに取り残されているとしたら。

 そう想像してみて、ジョゼフは改めてこの隊長が必死で堪えている姿に感心する。



*



「大丈夫。あなたのご主人さんはきっと生きてる。あたしが必ずあなたの帰る場所も守るから。」


 シーラはそう言って、真剣な眼差しを仲間に、そしてジョゼフへと向けた。


 普段は街の人の生活をひたすら守ってくれている衛兵の、ささやかな幸せすら守れないで何が勇者か、その目にはそんな決意が見えた。


 仲間たちは無言で頷き、出発の準備を始める。



「隊長さん。ちょっと頼まれ事をしてくれる者を見繕ってくれないか。二人居ると助かる。」


「今は一人でも人数が欲しいのです。」


「大丈夫。上手く行けば今の数倍の数はは動かせるさ。」


 フレデリックはそう言って、伝令を二人借りると、紙に何かを書き留めて渡す。


「これは……? 」


「ある人に宛てた書面だよ。君が責任を持ってその人に渡すように。王城に着いたら、近衛詰所のカール・バウベルグを訪ねてくれ。それで後は指示に従うように。君はギルドに行って……。」


 フレデリックが伝令たちに指示を出して行く。こうした時の機転の速さもジョゼフは見習いたいものだと思う。


「ね、準備出来たって。衛兵さんたちも着いてくるって言ってる。」


 シーラがジョゼフに話し掛けて来る。


「なあ。シーラ。多分彼はもう……。」


「大丈夫よ。あのハチは捉えた獲物をしばらく仮死状態にして、ある程度取っておくの。昨日の今日ならまず助けられるから。」


「シーラ? 何故そんな事を知ってるんだ? 」


「それはね。あたしが魔族だからよ。」


 そう言ってシーラは不敵に笑うのだった。



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