三十一話 聖なる武器を手に入れた二人
「大司教さまにお取り次ぎを。」
アーシアは、大聖堂の奥へと続く廊下の一番大きな扉の前で立哨をしていた僧兵たちに声を掛ける。
「しばし待たれよ。アーシア殿。」
一人が室内へと消えて行き、その間、ジョゼフたちは部屋の外で待たされていた。
控えている他の僧兵たちは、油断なくジョゼフたちの姿を眺める。
こうした職にある貴人と面会をするには、通常は先触れを出して許可を得なくてはならない。
突然押し掛けて大丈夫なのかとジョゼフは思う。
「大司教さまは直接お会いになりたいそうだ。」
中から出てきた僧兵は、怪訝そうな顔でジョゼフたちを一瞥すると、扉を開けてジョゼフたちを中へと招き入れる。
「大司教さま。槍兵アーシア、大司教さまに聞いて頂きたい義がございます。」
「そんな畏まった言い方をするな。お前にそういう言葉使いをされると、気持ちが悪いわい。」
窓の外に見える庭を眺めていた老人は、アーシアの上奏に対して、顔をしかめながら答えた。
「気持ちが悪いとは失礼だね。人が見てると思って気を使ったってのにさ。」
「ワシはお前のそういう歯に衣を着せないところを買ってるんだ。穢れの話かね? 」
呆れたと言った表情で、両手を腰に当てて話すアーシアに、老人はかかと笑いながら答えて、全員を見渡す。
「宝物庫への立ち入りと、宝物の使用許可をもらいたい。」
「ほう。それでは君たちが今代かね。良かろう。直ぐに許可を出す。」
老人は、机に腰掛けると、書面にペンを走らせだした。
「あの……。そんな簡単で良いんですか? 」
「アーシアがそうだと言うのなら間違いあるまい。それに、ワシはグラーフの街にも因縁があってね。あの時は助かったよ。冒険者ジョゼフ。」
思わず尋ねたジョゼフに、大司教は一瞬筆を止めると、ちらりとジョゼフを見ながら答える。
「あっ。そうだ大司教。グラーフで聖女の薬を取りに行ったあんたを助けたって冒険者が、ちょうど王都に来てるんだよ。娘さんの洗礼をしたいんだってさ。」
「お前は何でそういう事を早く言わん! 」
「あんたへの面会の許可が降りなかったからさ。仕方ないだろ。」
「また……。あいつら……。まあいい。ルドルフとアンリエットはどうしてる? 」
「ああ。ちょうどさっき帰って来てね。ちょうど良いから客人を迎えに行って、そのままお前たちも泊まって来いって言って、宿屋に行かせたよ。明日はこっちに来るだろうさ。」
「そうか。ワシが直接洗礼に立ち会うように取り計らっておく。ありがとうアーシア。で、護衛の居なくなったフレデリックを連れてきた訳か。ま、ちょうど良かったがの。」
老人は黙々と書面を作って行く。
ジョゼフは、ノヴォト市の野営場で会った、エルヴィンとリッタの夫婦の姿を思い出していた。
あの、ちょっと乱暴だが人の良い元冒険者夫婦は、今ごろ死んだと思っていた仲間と久しぶりに旧交を暖めているのだろう。
その光景を想像しながら、ジョゼフたちは暖かい気持ちとなるのだった。
*
「ここがこの大聖堂の一番奥だ。ちょうど祭壇の真裏になってる。」
アーシアはそういうと、古びた扉に鍵を差し込んで回す。
がちゃりと重い音が石造りの廊下に響いた。
宝物庫の中は、宿屋の部屋ほどの大きさで、壁にしつらえられた金具に無骨な武器が掛けられていた。
大剣、十字槍、大弓、魔導杖……。ジョゼフは一切の装飾も無く、街の武器屋にでも置いてありそうな姿の武器を眺めて行く。
「これが大聖堂に伝わる宝物だよ。女神から直接賜ったものらしいから、こうして普段は大聖堂のご神体として扱われているのさ。」
そう言って、アーシアは飾り気の無い十字槍を取る。普段使っているものの方が、よっぽど宝物として見えたが、アーシアが軽く魔力を通すとその槍は仄かな光を放つ。
「アーシアさんが普段使っている十字槍の方が、よっぽど聖なる武器に見えますね。」
「あれは目眩ましのようなもんさ。普段からああいうのを使っていれば、まさかこんなのが聖槍だとは思わないだろ? 」
アーシアはニヤリと笑いながら、ライザの質問に答える。
「さあ、あんたたちも自分の武器を取りな。」
アーシアの言葉に促されて、リオンとライザがそれぞれ弓と魔道杖を取り、ジョゼフの方をちらりと見たシーラも壁に掛けられていた大剣を取った。
「なに…これ…。」
その武器は軽く魔力を通しただけでも、今まで使っていたものとは全く違う事が解った。
あつらえた訳でもないのに、手にはしっくりと馴染み、魔力を通せば軽く振る事が出来る。
「これ、矢はどうしたら良いんだい? 」
「魔力を籠めてみな。リオン。ただ、ここで射るんじゃないよ。何かに当たったら爆発するからね。魔力を流すのを止めれば消えるから。」
「どれ……。あっ……。魔力で矢が出来るんだ……。」
リオンが矢をつがえるように構え、魔力を流すと、ぼんやりと弓の中に矢が見えて来る。
「これは慣れるまでちょっと時間が掛かりそうだよ。矢筒を探して射るのが遅れてしまいそうだ。」
「握りは問題無いかい? 」
「ああ。自分で作った弓でもここまでしっくりするのは無かった。しかもかなりの強弓っぽいのに引きは軽いし。」
リオンは相当気に入ったようで、あれこれと弓の感触を確かめていた。
「これ……。凄いです。ライトニングの魔法も連発出来そう。もしかしたら、上位魔法も使えるかも……。」
ライザも杖に魔力を籠めて、感触を確かめ、その秘められた威力の大きさに驚く。
「やっぱりね。アンタたちで間違いないよ。この武器は、女神が認めた者にしか使う事が出来ないからね。さ、あとはあんただけだ。ジョゼフ。元々使ってたのはあいつなんだろ? 」
武器を取る事もせず、黙って仲間たちを見ていたジョゼフに、アーシアが話しかける。
「なぜ…あれががここにある? 」
ジョゼフはひときわ大きな戦斧を指しながらアーシアに尋ねる。
「そりゃ古の勇者の誰かが使ってたからここにあるんだろ? 」
アーシアはさも当然のように言う。
「ちょっと待ってくれ。勇者のパーティーは勇者と槍兵と弓兵と魔術師だったはずだ。だからパーティー戦の基本もそうなってる。」
「さてね。公になっちゃマズい事でもあったんだろ? 勇者の仲間に魔族が居た…とかね。それに、あんなデカい戦斧を扱える奴もそうそう居ない。いつの時代でも、都合の良いように歴史ってのはねじ曲げられるもんさ。」
アーシアは、シーラをちらりと見ながら言う。
「さあ。取りな。あれがあんたの武器だ。」
そうして、ジョゼフは使い慣れた武器である戦斧を手にするのだった。
*
「それじゃ、ためしに使ってみるかい? 」
「使うったって何処で? 今から街の外には出られませんし。」
「なに、それにはちょっと抜け道があるのさ。」
アーシアがニヤニヤと笑いながら手に入れたばかりの武器の感触を確かめるジョゼフたちに言う。
新しい武器や防具を手にすれば、すぐに使いたくなってしまうのが人情と言うもの。
アーシアもそれを解っていたのだった。
*
大聖堂と王宮の間には、訓練場が設けられており、騎士や僧兵たちが日中に使っている。
観客席なども無く、切り立った壁に囲まれた空間。
「こんなところがあったなんて……。」
「ここには僧兵くらいしか来ないからね。一応騎士も使える事にはなってるけど、あいつらは訓練を見せるのもまた仕事だからさ。」
リオンとライザは、遠距離からの射的をしに行く。
ジョゼフたちは、一段高くなっている石の舞台へと向かう。
俗に言う闘技場と呼ばれるものだった。
「まずはお手並みを拝見と行こう。」
治療術師であるフレデリックが、目を光らせながらジョゼフとシーラを見る。
その目は、不甲斐ない勝負は許さないと言っているように見えた。
「剣を交えるのはこれで二度目か。」
「そうね。なんだか、かなり前の事に感じるかも。」
ジョゼフとシーラは、初めて会った晩の事を思い出す。まだ十日も経っていないのに、ひどく昔の事のようにも思えた。
二人は南北の対角線上に別れる。そろそろ陽も傾いて来ており、ジョゼフとシーラを真横から照らしていた。
「いつ初めたらいい? 」
「あんたたちの好きなように。別に生き死にを掛けた勝負じゃあるまいし。」
「ねえ、ジョゼフ。あたしはあの時、すごいドキドキしてた。でもね、今はすごく落ち着いてるの。」
「俺もだよ。シーラ。まさか君のような娘が、あんなところに居るなんて思わなかったからな。」
「ふふっ。じゃあ、アレを始めの合図にしない? 」
シーラがいたずらっぽくジョゼフに笑い掛ける。ジョゼフはニヤリと笑う。
「……こんなところに、こんな美しい娘が居るはずがない! 」
「よし。ならば、試してみるがいい! 」
その言葉と共に、二つの影が一瞬にして距離を詰めると、金属同士が打ち合わされる甲高い音が響く。
「なんだ。シーラ。あの時は本気じゃ無かったのか? 」
「ううん。あの時だって本気だった。この剣がね、あたしの思い通りに動くだけ。ジョゼフだってそんな重たい戦斧なのに、前よりもずっと速いし重いよ? 」
「そうか。やはり伝説の武器なんだな……。」
「隙あり! 」
「なんの! 」
ジョゼフがしみじみと戦斧を見ていた姿に、シーラは躊躇なく飛び込んで行ったが、その突きはハルバートの広い斧の部分で防がれる。
そして次の瞬間には、シーラの頭の上に」戦斧《
ハルバート》が振り下ろされる。
「あちゃー。ダメだったか……。」
「さすがにシーラ相手に気を抜く事なんか出来ないさ。」
シーラは必殺のタイミングで振り下ろされた戦斧を交わすと、後ろに跳び下がって間合いを取っていた。
「じゃあ、もうちょっと力を入れていくね! 」
シーラが持っている大剣が淡く光りだす。
「応! 」
ジョゼフも答えて戦斧に魔力を籠めていく。その言葉ほど余裕は無く、シーラが振るう剣の重さに、自分が受けきれるかどうか自信は無かった。
「ハッ! 」
短い掛け声と共に、シーラが飛ぶように距離を詰めてくる。居合いに構えられた大剣の動きを見逃すまいとジョゼフはその切っ先と、シーラの筋肉の動きを見逃すまいと一層集中する。
ふと、時間がゆっくりと流れる感覚に襲われる。世界から色が無くなり、音も聞こえなくなった。
目の前のシーラは、あと三歩ほどで、ジョゼフの間合いに入る。
彼女が持つ大剣が、低い位置から横凪ぎに振られ始めるのが見えた。突きや足元を刈り払うのでは無く、ジョゼフの首を一直線に狙うシーラらしい一撃だった。
三十一話 聖なる武器を手に入れた二人
ジョゼフは振られてくる剣の動きに合わせ、シーラの大剣を弾き上げるように戦斧を振り始める。
真正面から斧を当てるのではなく、その剣の威力を殺さぬように、ジョゼフは戦斧の角度を当たる直前に変えた。
シーラの顔が迫ってくる。一撃に籠めた真剣な想いが伝わってくる。
腕に何か大きくて重たいものが当たる感覚が伝わって来た。
――これを受け流せるか……?
ジョゼフは、シーラが振るった剣の重さに思わずたじろぐ。
だが、ジョゼフの思惑は上手くいったようで、斜めになった斧の刃の上を、シーラの大剣が滑って行く。
斧の上を火花を撒き散らした剣が滑って行く。
ジョゼフの首を正確に狙った剣は、ジョゼフの頭の上スレスレを通り過ぎていく。
激しい動きに弾んだ、ジョゼフ髪の毛の一束が、その剣先によって裁ち切られた。
しまった! と言いたげなシーラの顔が目に入る。
既に剣はジョゼフの上を通り過ぎて、引き戻すにも勢いが付きすぎていた。
ジョゼフは身体を開いて、そのまま突っ込んで来るシーラの身体を躱す。
真正面から打ち合う事を想定していたシーラの身体は、力を受け流されてしまい、剣を振り抜いた態勢のまま、前へと倒れこみそうになる。
ジョゼフは、身体を斜めに開いてシーラの突進を交わすと、片腕に魔力を籠めて彼女の身体を抱き止める。
「今回も俺の勝ちだな。」
「また……負けちゃったか……。」
「両者そこまで! 」
目を丸くしていたアーシアとフレデリックが、そんな二人を見て慌てて試合の終わりを宣言するのだった。




