三十話 大聖堂に再び招かれる二人
ジョゼフたちはアーシアを部屋に招き入れ、アーシアの息が整うのを待つ。
「で、明日は何が起こるんだい? 」
アーシアにお茶を渡しながらリオンが尋ねる。
「穢れって知ってるかい? 」
「あの…聖者が纏めたって言う人の大罪の事だったっけ…。憤怒とか色欲とか…。」
「そう。そのうちの何かが、明日この近くで大きな力を使うことになる。聖女はその穢れを祓える唯一の存在だ。だから、あたしは明日ノルンと一緒にバーグ村まで行かなくちゃならない。だから、あんたたちに手伝ってもらえないかと思ってね。」
アーシアはそう言って目を伏せた。
自分の言っている事が、相手にとってどれだけの負担となるかを解っていたからだった。
決して楽な事では無く、相当な危険が伴う依頼となる事が伝わって来る。
「なあ、アーシア。俺たちはシーラと一緒に旅を続けようと決めたところだったんだ。勇者はそんな聖女を穢れから護れる存在なんだろう? 」
「な…。そうだったのかい…。言い伝えは本当にそうなるように出来てるんだね。」
「ねえ、アーシア。その穢れは何かって解らないの? 」
「ああ、そこまではまだだ…。そうなるって事が解ってるだけで、どの穢れを祓う事になるのかは、近くに行ってみなくちゃ解らないらしい。」
シーラは考え込む。話については聞いていた通りだった。聖女は穢れが溜まり大きな力となる事を予言は出来る。ただ、それが何かまでは解らない。
シーラが幼い頃から聞いて来た、勇者の伝説の話の通りだった。
「それで、みんなはどうするんだい? 」
話を聞いたリオンは、一人一人に目を向けながら、ゆっくりと話す。
「あたしはみんなの帰る場所を護る。そう決めてるから。」
シーラがまず答え、ジョゼフに目を向けた。
「俺はもちろんシーラと一緒に行くさ。それが俺の望みだからな。」
「ジョゼフ…。」
「バーグ村には、リヒテルたちが居るんだよね。わたしはあの子たちの旅立ちを応援したい。それにせっかく助けた村に、また被害が出たら悲しいし。だからわたしも行く。」
「ライザ…。」
「僕はライザが望むのなら、それを叶えるだけさ。それにさ、一宿一飯の礼ってのは、返さなくちゃならないものだろう? 」
最後にいたずらっぽく答えるリオンの言葉に、全員から笑いが洩れた。
「良かったよ…。アンタたちが居てくれると心強い。大聖堂には古の勇者が残した武器が保管されてる。今から取りに来ちゃくれないかね。」
そんな全員の言葉を聞いたアーシアは、にっこりと笑うとジョゼフたちの先に立って大聖堂までの道を歩き始めるのだった。
*
大聖堂には、古の勇者とその仲間たちが、女神から与えられた武器が保管されている。そんな噂はジョゼフも聞いた事があった、アーシアが歩きながら語ったところによると、その武器は新しい勇者が選定される度に貸与されて来ていた。
その武器は、使用者が死んだ時やその務めを果たした時、再び大聖堂の宝物庫へと戻って来る。そしてまた新しい勇者が選ばれる日を待つ。
そうして千を超える年月、人々を護り続けていたのだった。
「シーラは大剣…。そして、リオンは本当は弓使いだったんだよね。ライザは魔法使いだし、そして…。まあ、ちょうど良いって事さね。偶然にしちゃ出来過ぎだけどね…。あとは治療術師と斥候役が居れば完璧だし。」
アーシアは後ろを歩くジョゼフたちの顔を見ながら、ひとりごとのようにつぶやく。
「なんだ…? 何かあるのか? 」
「ん? それは着いてからのお楽しみってやつさ。」
一年の間で一番日が長い時期だけあって、まだまだ空は明るく、行き交う人の数もまだ多いが、もうそれなりの時間にはなっているはずだった。
石畳の道をアーシアの後に着いて歩いて行くと、大聖堂の威容が目に入って来る。
――まさか一日に二度もここに来るなんてな…。
ジョゼフはそびえたつ大聖堂を見上げながら思う。
ふと横を見ると、先ほど来た時にはその造りを見て喜んでいたシーラが、今は黙ったまま何か思い詰めたような表情をしていた。
「どうしたんだ? シーラ。」
「ううん。何でもないの。」
ジョゼフに見られていた事に気が付くと、シーラは屈託のない笑顔を向けて来る。だが、その瞳には、まだ微かな不安の色が見えていたのだった。
*
「さて、この時間は礼拝に来てるやつも居ないから、中はとても静かだ。騒ぐとあたしが怒られるから、節度を持って入場して欲しい。」
大聖堂の扉に手を掛けながらアーシアが言う。
「もちろん! 」
そう答えるシーラは、いつものシーラに見えた。
聖堂の中に入ると、アーシアの言う通り礼拝に訪れてい
る人の姿は見えなかった。
ただ、一番奥に設けられている祭壇の前で、女の子が一人で静かに祈りを捧げていた。
「お待ちしてました。やはり、あなたたちが此度の勇者さまたちだったんですね。日中はお会い出来ず残念でした…。」
ジョゼフたちの足音に気が付いたのか、その少女はゆっくりと振り返る。
聖女ノルンは、真っ白な神官服にその神聖な魔力を漂わせて、ジョゼフたちに微笑む。
「ノルンちゃん、今日はなんだか雰囲気が違うのね。」
「今日はお役目があるので…。ちょっと恥ずかしいですけど。練習したんで、笑わないでくださいね。」
そう言ってはにかむノルンは、年相応の女の子に見えた。
ノルンは居住まいを正すと、祭壇の前にしっかりと立つ。
「勇者よ。今から祝福を授けます。」
ノルンはそう声を響かせると、一人一人の前に立ち、その身体を細い腕で抱きしめて行く。
「ジョゼフさんは…ちょっと届かないです…。」
「そうか…どれ。」
ジョゼフは屈むと騎士の礼の姿勢を取る。ノルンがちょうど胸の高さになったジョゼフの頭を抱き締めると、身体の中に暖かいものが流れ込んでくるのを感じる。
「さて、これで今日のわたしのお役目は終わりです。一緒に旅をする事になる人たちは、いつの間にか周りに集まっていると聞いてましたけど、まさかこんな形でとは思ってませんでした。」
「ん? どういう事なの? ノルンちゃん。」
ノルンがホッとしながら言う言葉を聞いて、ライザが尋ねる。
「わたしも聞いた話なんですけど…。聖女が穢れを祓う旅に出る時には、その周りに必ず勇者とその仲間が集まってくるんです。幼馴染だったり…家族だったり。中には全然関係ない人がたまたま…なんて話もあったみたいですけど。」
「不思議な話ね…。まるで初めからそう決められているみたい…。」
そんなライザが零した言葉を聞いて、シーラはどこか悲しそうな顔をした。
「さて、それじゃ宝物庫にご案内だ。誰でも見られるものじゃないから、一生の自慢になるよ? 」
アーシアはそう言うと、宿屋から出て来た時のようにジョゼフたちの先に立ち、今度はノルンと共に案内を始めるのだった
*
宝物庫は、聖歌隊の控室も過ぎ、大司祭の部屋も過ぎた大聖堂の一番奥、祭壇の裏へと続いている廊下の先にある。
ジョゼフたちは、先を歩くアーシアに続いてすれ違う人に挨拶を交わしながら歩く。
「こんばんは。聖女様。ただいま戻りました。」
「あ、おつかれさまです。今回の旅は如何でしたか? 先に戻る事になってしまってすみませんでした。」
「いやいや。ちょっと向こうで厄介な患者が居ましてね。こちらこそご一緒出来なくて済みませんでした。みなさん、頭を上げてください。」
頭を下げ続けるジョゼフたちの前で、ノルンと聖職者の会話が始まっていた。
どうやら治療術師のようで、ルデルの街に聖歌隊と一緒に行って、怪我人の治療に当たっていたらしい。
護衛の僧兵の男女を連れたその顔には、ジョゼフは見覚えがあった。
「あれ…君は…? 」
「あ、フレデリックさん…? 久しぶりです。あの時は本当に助かりました。」
「そういう話し方は止めてくれ。歳も変わらないじゃないか…。」
「世話になった人には、礼儀を持って返せと言われてまして…。」
グラーフの災厄の時に、大怪我を負ったジョゼフの治療に当たってくれたのが、このフレデリックと言う男だった。
幼い頃から治療術の才を認められ、教会の中でも屈指の治療術師だと噂されていた。
たまたまグラーフに居た彼の治療が無ければ、ジョゼフもどうなっていたかは解らないと後から言われ、礼をしようと方々を探し回ったが、常に治療術師が必要とされているところを転々としているという話で、会う事は叶わずにいたのだった。
*
「それで、今日は何を? 」
「ああ、こいつらが今代の勇者さ。世話になる事もあると思うからよろしく頼むよ! 」
アーシアがいつもの調子で、フレデリックの背中を叩く。
「そうか…。でも、今のわたしでは力になれそうに無いよ…。」
「まだそんな事言ってんすか大将…。」
「やめてあげなってルドルフ…。」
力になれそうにないと自信を無くして肩を落とすフレデリックの姿を見て、護衛の男女がため息をつく。
「何があったのさ。」
「いやね。俺たちだけ遅れて帰って来たじゃないですか。その道中でこの大将一目惚れしたらしくって…。」
落ち込むフレデリックの姿を見て、何事かと尋ねたアーシアに、護衛の男が説明をする。
そんな話をされているのにも関わらず、我関せずとため息をつくフレデリックの姿がアーシアの目に入る。
「…ぶふっ。なに…、あの堅物で有名な治療師フレデリックが恋…? ぶっ…ぶはははは…。」
そんな姿にアーシアは耐えきれなくなったのか、大聖堂の中だというのに大声で笑い始めた。
「ちょっと…。 アーシアさん? 失礼ですってば…。 」
「…ひひ。いや、こいつに今まで掛けられた迷惑を思えば、このくらいは安いもんさ。危ない所にばかり行きたがってさ。で、どんな娘なんだい? その愛しの君は。」
大笑いするアーシアの袖を、不安そうにノルンが引く。
「なに、良いんですよ。聖女様。エーザウの街の手前で暗くなってしまってね。ちょうどこの辺りに避難所があったはずだと思って、野営の準備を彼らに任せて、わたしだけで見に行ったんだよ。そうしたら、やたらと立派な建物に明かりが煌々と灯っていてね…。これはおかしいと思って中を調べる事にしたんだ…。そしたらその娘が居てね…。」
「この御仁、奥が風呂になってるとは思わなかったらしくってね。扉を開けたらそこに真っ裸の娘が居たらしいんだ。あまりの美しさに見惚れてたら、一撃でノサれたらしくてさ。」
流石に女性に一撃で沈められたと言うのは恥ずかしかったのか、フレデリックが言わなかったところを護衛の男が補足する。
「アンタを一撃で…? どこの魔物さ。」
「やっぱりそう思いますよね。アーシアさん。あたしたちが戻って来ないフレデリックさんを探しに行ったら、確かにそんな建物があって、風呂場の前で倒れてたんですよ。で、この人を倒すような魔物がまだ近くに居たらどうしようって思いながら、気付け薬を飲ませたり叩いたりしてやっと起こしたらコレでしょ。もう何と言ったら良いか…。」
やれやれと言わんばかりの態度で今度は護衛の女性がボヤく。
*
「君たちね…。まあいい。銀色の瞳に黒い短い髪をした美しい女性だったよ。間違いなく。ちょうど、あんな…。」
ため息をつきながら主人の姿を見ている護衛に言いながら、フレデリックはシーラの方を見て固まる。
「あの…。」
「すまない…人違いだな…。よく似た人もいるものなのだな…。」
一瞬期待に満ちた目でシーラを見たフレデリックは、残念そうに肩を落とす。
ジョゼフとシーラは目を見合わせ、同じ人物を頭に思い描いている事を確かめる。
「あの、もしかしたら…。明日の昼に俺たちの泊っている宿屋に来れば、その娘と再会できるかも知れませんよ? 」
「それは本当か! 」
ジョセフが落ち込む姿に掛けた言葉に、フレデリックは大きな声を上げるとジョゼフの肩をしっかりと掴み、前後に揺すりながら聞き返してくる。
その真剣な目と迫力に、思わずジョゼフはたじろいでしまう。
「ただ、彼女の気持ちを射止めるには、勝負に勝たないとダメらしいですよ? 」
ジョゼフは魔族の結婚の申し込みの話を思い出しながら言う。
「そうか! それならば問題は無い! あの時は本当に見惚れてしまっていてな。倒されるまで何が起こったのかも解っていなかったんだ。よし。君たちの傍に居れば彼女と会えるのだな。それではわたしも君たちの傍に居る事にしよう。」
治療術師はそう言って、にこりと笑うのだった。




