二十九話 仲間と一緒に悩む二人
「セラ……。どういう事……? 」
「申し上げた通りです。殿下。」
「え……。だってお父様はそんな急には……。」
「元々、お屋形さまは、その予定で動かれていたと言うことです。お二人のこれからの話もしっかりなさっておいて頂けますか? 」
「なんで……? もう少しだけ時間があるんじゃなかったの……? 」
「……どうしたんだ? シーラ。」
冷たく言い放つセラの言葉に、シーラはペタリと座り込んでしまう。
ポロポロと涙をこぼし、呆然としたまま宙を見つめるシーラの姿に、ジョゼフはそう尋ねる事しか出来なかった。
「なあ、セラ。シーラは一体……。」
「ジョゼフ様。わたくしから申し上げても良いのですが、シーラルヴァ殿下から直接お話を伺っていただいた方が良いでしょう。明日のお昼には殿下をお迎えに上がらせていただきますので、それまではゆっくりお過ごしくださいませ。」
セラはまるで感情の見えない目をしたまま、質問をしかけたジョゼフの言葉を遮ると、一礼をして立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってくれ! 」
「なんでございましょう。」
「シーラを連れて行くなんて、絶対に許さない。」
ジョゼフは、宿屋の扉に手を掛けたセラに向かって気迫の籠った言葉を投げ掛ける。
「それを選ばれる事も自由です。ただ、殿下がお許しになるかどうか……。それでは、失礼いたします。」
セラは最後にそれだけ言い残すと、宿屋から出ていく。
ロビーには泣き続けるシーラと、立ち尽くすジョゼフ。そして、何が起こっているのか理解ができずに、おろおろと二人を見つめるリオンとライザが残されていた。
「まずは、君たちの部屋に行かないか? 」
リオンが提案して、背中を押すようにしてジョゼフをロビーから連れ出す。
それを見たライザは、シーラの肩を抱きかかえるようにしっかりと掴んでリオンの後を追ったのだった。
*
「みんな……。ごめんね……。」
シーラが落ち着き、やっと話せるようになったのは、それからしばらく経ってからの事だった。
真っ赤に泣きはらした目をしたシーラは、ただ、仲間たちへと謝り続ける。
「何が起こっているのか、聞かせてくれないか? 」
「……。あのね。ジョゼフ。あたしまだ言ってない事があるの。」
ジョゼフはシーラの言葉に頷く。
それを肯定と取ったシーラは、ジョゼフの目を見ながら話し出す。
「……あたし、実は魔族ってだけじゃないの。……あたしの父は魔族の王、あなたたち人間が言うところの魔王なの……。」
「魔王? 魔族って……。え……。」
リオンがそう言って、ライザをシーラから庇うような位置に立つが、ハッと気がついたように、ライザの横へと戻る。
「うん…。そうなの。黙っててごめんね。ずっと言おう言おうと思ってたんだけど、みんなの見る目が変わっちゃいそうで…。」
「スマン。俺も知っていて黙っていた。シーラを送るって言うのも魔族領に向かうって話だったんだ…。だから責めるなら俺を責めてくれ…。」
「いや、だって魔王の娘だって言う事は、ジョゼフだって知らなかった。あたしがずっと黙ってたの! だから…。」
「ぷっ…わはははは! 」
真剣な表情で自分が悪いとリオンとライザに解ってもらおうとする二人の姿を見て、リオンが思わず笑いだしてしまう。
「ねえ。シーラ。あなたが魔族だとわたしたちに知れてしまったら、あなたは何か変わるの? 」
「そんなこと無い…。ライザは初めて出来た人間の友達だもん。だから、絶対に失いたくなかった…。だから…怖くて…。」
シーラはどんな顔をしてライザが話を聞いているのかを直接見る事が出来ず、下を向いたまま絞り出すように言う。
「ねえ。シーラ。わたしもあなたを大事な親友だと思ってるの。あなたがどんな存在であれ、わたしはそれだけであなたのことを嫌いになる事なんて無い。シーラだって、わたしがバーグ村の問題を引き起こした商人の娘だと知っても、何も変わらなかったでしょ? 」
「だって、ライザはライザだもの。そんなの当たり前じゃない。」
「それと同じことよ。バカね、シーラ。」
ライザはそう言うと、シーラの身体を抱きしめる。背の高いシーラに抱きついているように見えるライザだったが、その姿はシーラを包み込んでいるようにも見えた。
「あー。おかしい。ジョゼフとシーラは本当に似たもの同士なんだね。自分が悪いって勝手に決めて、そして相手の気持ちも考えずに先走るんだ。」
笑い続けていたリオンは、涙を指で拭いながら言う。
「そんなことは無いさ。元々俺が森で出会ったから、シーラをここまで引っ張りまわす事になったんだ。その事も含めて話をするべきだった。」
「僕らだって、元々はクローネンバーグさんを最悪始末するつもりでここまで来た。それに君は気が付いているんだろうけど、僕たちが狙われたとしても、君たちなら何とか出来るだろうって打算もあったんだよ。お互い様さ。本来は王都についたら別れるつもりだったんだし、必要な事以外は言わないもんだろ? 」
「それは…そうなんだが…。」
「だから、気にするなって。せっかく仲間になったんじゃないか。前にも言ったろ? 一人で悩むなってさ。困った時には仲間をを頼るもんさ。」
「ありがとう…。助かる…。」
肩を叩くリオンに、ジョゼフも感謝の言葉を述べるしか無かったのだった。
*
「まずは、何があったかを話してくれない? 」
ライザがシーラに尋ねる。
これからの事を考えるには、何があったのかを知る事が必要だとライザは説明する。
シーラは自分が勇者である事、そして魔大陸にある訓練場から逃げ出して来て、そこでジョゼフと出会った。出会いの瞬間が以前に見た本とそっくりで、この人なら自分を辛い運命から救い出してくれるのでは無いかと思ったと話す。
「じゃあ、シーラは勇者になるのがイヤで、魔大陸から逃げて来たの? 」
「嫌だった訳じゃないの。ただ、勇者として何で人を救わなくちゃならないのかが解らなくなっちゃって、衝動的に飛び出したって言うか…。自分の力はまずは自分の望みを叶えるために使うべきだと思ったと言うか…。」
「それが、旅をしているうちに変わったのね。」
「そう。この世界に生きている人って、みんな自分の幸せのために必死で生きてる。だから、あたしはそう言う人達をジョゼフみたいに護りたいなって思ったの。結局、幸せってみんな繋がっているものだから、みんなが幸せに生きていればあたしたちも幸せになって、またその幸せがみんなに返って行く。そんな世界の輪を護る事が出来る勇者って称号は、あたしにとってやっと意味を持つものになったの。」
シーラは生まれた時には既に勇者の聖刻が身体に刻まれていた。
父である魔王は、生まれたばかりの娘に刻まれたその刻印を見て、驚きと共に女神を呪う言葉を叫んだとシーラは侍女たちから聞いていた。
もし自分とシーラの間に生まれた娘に、そんな過酷な運命が待ち受けていたとしたら、と想像してみれば、魔王の気持ちもジョゼフは解る気がした。
シーラはその為に、幼い頃から魔力操作と武術を嫌と言うほど叩き込まれる生活を続けることを余儀なくされた。
ほかの娘たちが遊んでいるのを尻目に、ひたすら名だたる武人から手ほどきを受けさせられていたのだ。
そんなシーラが唯一楽しめる娯楽が読書だった。文字が読めなくては不利になる事が当たり前で、また、勇者になれば、人間とパーティを組む事になるため、人間の社会を知る意味でも本を読む事を勧められていたのだった。
そうして、外の世界を知ったシーラは、人生を謳歌する人々の暮らしにあこがれを抱くようになる。
そして、その気持ちが我慢できなかった頃に、とうとう脱出をする事を決意したのだった。
「魔族ってね、強さだけが価値基準なの。弱者は常に強者の言う事を聞かなくちゃならない。だけれども、自分の配下に加わった者は何があっても守らなくちゃならない。あたしは勇者もそんなものだって思ってたの。」
「どういうこと? 」
「強いから弱い者を護る義務があるって感じかな…。」
「なるほど。確かに勇者は強いものね。でも、そうじゃ無かった? 」
「人ってね、人が作る輪の中に居なくちゃ幸せか不幸せかも判らない。きっと世界に二人だけになったとしたら、どんな幸せだって当たり前のことになってしまうのよ。だから、強き者も弱き者も違いなんて無い。みんな同じなんだって。」
「そっか。だからその輪を護りたいって、そう思うようになったのね。」
「そう、だから、あたしはあたしの意志でこの世界を護るために戦う。そう決める事が出来たの。辛い思いをして来たのも、このためだったんだって。でも、もうちょっと時間に余裕があると思ってた。このままじゃジョゼフと離れ離れにされちゃう…。」
ライザと話していたシーラは不安そうな表情でジョゼフを見る。
ジョゼフはシーラの望みなら、どんな事だって叶えるつもりだった。その望みはシーラと会って、共に時間を過ごし、そして惹かれて行くうちにどんどん強いものになって行く。
ただ、今はそうやって幸せだと思うシーラの隣には、自分が居たいと思っていた。誰か他の男と幸せになっている彼女の姿など見たくは無かった。
彼女の全てを自分のものにしたい。いっそ一つになってしまいたい。
焦燥とも言って構わないような感情に、ジョゼフは驚きを感じる。
「俺も…。変わったのかな。俺はシーラの望みを叶えたい、それだけだった。でも、最近はその望みの中に俺の存在も含めていて欲しいと思う。だから、シーラは渡さない。」
ジョゼフの口からそんな言葉が洩れた。
「ジョゼフだってきっと変わってるさ。前の君だったら、こういう場を持とうとすら考えなかっただろうからね。」
そんなリオンの言葉に、ジョゼフは少しだけ安心するのだった。
*
「それで、問題なのは、魔王さまがここに来るって事なんだね。シーラを連れて行くって何処に行くつもりなんだろう。」
「それは…解りませんね。冒険者に偽装している魔族も来ているみたいだから…ギルド? 」
「もしかしたら、取引のある商会かも…。小麦とか輸入を始めるってお父さまが言ってたし。」
「魔族は力が全てなんだろう? 勝負で勝つのはどうだ。」
最後にジョゼフが言った言葉に、皆は驚きの表情で答える。
「魔族の勝負は一対一なの。ジョゼフがお父さまに勝つのは無理よ。魔力量でも武術でも、あの人に敵う存在なんて無い。あたしはジョゼフを失ってしまうのだけは絶対にイヤなの。あたしが三人居てもあの人にはかすり傷一つ負わせられないわ。」
ジョゼフとシーラが出会って最初の勝負の時、ジョゼフはシーラを降すのにかなりの時間が掛かった事を思い出す。
シーラ一人相手で何とか勝てる領域では、とても届きそうにないのは明白だった。
「じゃあ、シーラのお義父さんが反対だと言ったらどうする。」
「その時は…。最初は逃げてしまえば良いとしか考えてなかったから…。」
人のつながりが大事だと言うのなら、シーラの両親からの祝福は必要だった。だが、力で屈服させて祝福をしてもらうのはまた違うなとジョゼフは思う。
とにかく明日の昼までに、これからもずっとシーラと共にいるために、シーラの両親を納得させる理由を考えなくてはならない。
きっとセラが言っていた明日の昼までと言う期限は、シーラとの別れを惜しむ時間として与えられたものだ。だが、嘆いているよりも、最後の瞬間まで共に悩む事をジョゼフたちは選んだのだった。
「ねえ。シーラって勇者なんでしょ? 今までどおりのメンバーで正式なパーティを組むのはダメ? 」
今まで何で忘れていたのかと言う表情で、ライザはそう提案をするのだった。
*
「そんな…。だって、これから訪れるのは七つの穢れを祓う旅なのよ? そんな危険な事にみんなを巻き込めない…。」
シーラは縋るような表情でジョゼフを見る。
「なんだ。最初に戻ったのか? シーラ。俺に怒った君とは思えないな。シーラが危険な目に遭うなら、俺も同じ目に遭わなくちゃダメだろ? 」
「ああ、ジョゼフの言う通りだ。僕らも君たちの旅に付き合うつもりだったからね。」
「わたしはシーラみたいな危なっかしい人はほっとけないな。最初に言ったでしょ。これからはわたしの指示に従ってもらいますって。」
「みんな…。」
シーラの目に涙が溢れて来る。
既に聖女とは会ってしまっている。後は旅の始まりがいつになるかだけだった。
ジョゼフは元々彼女の旅にも付き合うつもりだった。パーティとなれば他にも男は居るだろう。そんな中にシーラを一人で行かせるなんて、考える事すら出来なかった。
「ジョゼフ! シーラ! 居るかい!? 」
突然、ドアが乱暴にノックされて、アーシアの声が聞こえてくる。
「どうぞ。一体何が? 」
ジョゼフがドアを開けると、息を切らし、慌てた顔のアーシアが立っていた。
「明日、最初の穢れが出る。バーグ村の近く、ノルンが予言したんだ…。」
そう言って、アーシアは驚く四人の顔を見渡すのだった。




