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二十八話 大聖堂を見に行く二人



 翌朝の早朝、泊まっていた宿屋の前に、ジョゼフたち全員が集合していた。

 

「それじゃ、またな。」


 リヒテルたちのパーティーは、ルデルでの冒険者学校に向けて旅立つ事に決まった。

 リヒテルたちは、宿屋の入り口まで来ると、ジョゼフたちへと振り返る。


 彼らは今日は自宅に帰り、家族に話をするのだと言う。その瞳には、希望と期待が溢れている。


「何から何まで……。ありがとう。みなさん。」


 バーグ村には、今回の魔物襲来の事件が終息するまで、衛兵が駐屯する事になるだろう事と、何より冒険者として一から鍛え上げて貰えると言うルデルの学校の事が魅力的に映ったようだった。


「なんだよ。リヒテル。またルデルで会えるさ。そんなしんみりした顔するなよ。」


 リオンが泣きそうな顔をしているリヒテルの肩を叩きながら笑い掛けた。

 そして、若い冒険者たちは手を取り合って家路へと向かって行く。


「賑やかだったから、急に寂しくなっちゃったね……。」


「そうだな……。でも、次に会うのを楽しみにしよう。」


 笑顔のまま、去って行く背中に手を振っていたシーラだったが、彼らの姿が通りを曲がって見えなくなると、急に寂しげな声で本音を漏らす。

 昨日の夜、リヒテルがルデル行きを決めてからの彼らは、歳相応の明るさと賑やかさでジョゼフたちを楽しませた。


 歳の近いシーラとライザは、ユーリアとノーラにかなり懐かれたらしく、落ち着き先が決まったら手紙を交換する事を約束していた。


「さて、今日はどうするかね? 」


 そんな別れの空気を払拭するように、明るい声色でリオンが全員を見ながら言う。


「今日は…。大聖堂に行ってみないか? 明日は王宮に出仕する準備で忙しくなるし。」


「大聖堂か。いいね。王都に行ったなら、大聖堂には行ったかい? って歌われるくらいだし。確かに見ごたえあるもんね。」


「そういえば……。シーラたちはまだ神父さんの祝福を受けてないんでしょ? せっかくだから受けて行ったら? 」


 ジョゼフの提案に、リオンとライザが答える。ジョゼフとシーラは、二人で結婚の誓いは立てていたものの、まだ教会での手続きは済ませてはいなかった。


「そうしたい所なんだがな……。黙って式だけ挙げてしまうと、色々と厄介な事になりそうなんだ。それもあって、王都には来なくちゃならなかったんだよ。」


「うん……。あたしも最初は勝手に式を挙げちゃえば良いって思ってたんだけど、これからの事を考えると、きちんとしておいた方が良いのかなって……。」


「なんだか歯切れが悪いね。まあ。二人がそれでいいのなら良いんだ。それじゃ、礼拝の時間に間に合うように行こうか。アーシアたちも帰って来てるし、きっと素晴らしい歌が聞かせてもらえると思うよ? 」

 

 理由を話そうとしないジョゼフたちに、察しの良いリオンは話を変える。


「そうね。アーシアさんやノルンちゃんにも会いたいし! 」

 

 その言葉を聞いたシーラとライザは、飛び上がらんばかりに喜ぶのだった。



*



「うわあ……。すごい……。」


 王宮の隣に建つ大聖堂は、この国が出来てすぐのころから建てられはじめ、二百年ほどの時間を掛けて作られたとされている。

 白い石を正確に削って作られている大聖堂は、この国のシンボルでもあり、他の国からも見学に訪れるものが後を絶たないと言われている。

 三つの尖塔の先には、大きな十字のシンボルが掲げられ、真ん中にある一際大きな尖塔の先には、下からでもはっきりと見える大きな金剛石が嵌め込まれていた。


「シーラは初めて見るんだったな。そばに行くともっとすごいぞ。」


「あ、ちょ、ちょっと待って! 」


 目を輝かせて建物に見入るシーラの手を引いて、ジョゼフは大聖堂の中へと歩いて行く。大聖堂の偉容に目を奪われて、道の中央で立ち尽くしていたシーラは、急に手を引かれて驚く。


「あんな所でぼうっとしてるからさ。でも、シーラはこういうのも好きだろう?」


「これ、職人さんたちが、一つ一つの石を削って作ったのよね……。」


 ジョゼフが手を引いて行った先は、大聖堂の入り口だった。大きな石がほとんど隙間なくぴったりと組み合わされて、四重の卵形の大きなアーチが表現されている。


「遠くから見ていた時は、ちょうど良い大きさだと思ってたけど……。本当にドラゴンだってそのまま入れちゃいそうね。」


「昔に、人に化けたドラゴンが、姫を拐った時には、ここからドラゴンの姿のまま飛んでいったらしいぞ? 」


「あ、それ、本で読んだことって本当だったんだ……。剣士になって勇者てして国を救えと予言を受けた姫さまが、聖女と共に旅立って、ドラゴンに見初められた話でしょ? だから、一度見て見たかったんだ。」


「そうなのか。この国では有名な話だからな。」


 ジョゼフはおとぎ話ではなくて、本当にあった事なんだがなと思う。


 その事件が起こるまでは、勇者や聖女に選ばれた者は、その旅を終えてから、王族にさせられる事が決まっていた。


 王族の権威を確実なものとする意味や、勇者を担ぎ上げて反乱を起こされる事を防ぐ意味があったが、実際は飼い殺しのような扱いで、王都の中に見張り付きで出ることすら、制限を掛けられてしまっていた。


 森で育った勇者に選ばれた娘には、堅苦しい王宮の暮らしは厳し過ぎた。貴族の中には、成り上がりとして敬意すら払わない者も居たが、誰もそんな不遜な態度を咎める者は居なかった。


 そこにふと彼女の様子を見に、勇者と旅の道中で仲良くなったドラゴンが、人間に化けて王都へとやって来た。

 きっと幸せに暮らしているんだろうと、その姿を遠巻きに眺めて帰ろうと思ったドラゴンは、娘が虐げられている姿を目の当たりにしてしまう。


 怒ったドラゴンは、大聖堂に来ていた娘の前で人間に化けていた姿を本来のドラゴンに戻した。


 娘の美しさに目が眩んだ侯爵が、無理やり彼女との婚姻を結ぼうとして、騙して連れてきた娘と結婚式を挙げようとしていたまさにその時で、大聖堂の中は大混乱となった。


 森に帰りたいか? と聞くドラゴンに、娘はこくりと頷く。


 そして、ドラゴンの背に乗せられた娘は、花嫁衣装のまま、何処へと飛びさってしまう。


「その本では、二人は最後にはどうなるんだ? 」


「ん? ドラゴンとお姫様のこと? 二人はいつまでも幸せにくらしましたって。だっておとぎ話だったんだもの……。まさか本当にあった事なんて思わなかった。」


 ジョゼフは扉の前に立って、数百年は昔のその話に思いを馳せる。

 例えおとぎ話としてでも、真実に近い話が伝わってくれていて良かったとジョゼフは思う。


 この国では、悪いドラゴンに王女が拐われたと言う話にされてしまっている。


 街中にいきなりドラゴンのような大型の魔物が出現したのだ。火消しは相当大変だったんだろうと思われた。


 だが、それ以来、勇者や聖女は生まれた村へと戻り、静かに暮らす事を約束させられるだけとなった。


「そうだな。本当にあった話には、誰も知らないような秘密があったりするんだろう。」


「英雄や、勇者の話? 確かにそうかもね。だって同じ人間なんだもの。完璧な人ばっかりじゃないよ。」


 シーラは自分に言い聞かせるように言うと、大聖堂の大きな扉に設けられている、人ひとりが潜れる小さな扉から、中へと入って行くのだった。



*



 聖堂の中では、既に礼拝が始まり、神父が説法をする中で、人々が祈りを捧げていた。

 神父の立つ説教台の横には、神官服を着込んだアーシアたちが準備を整えている姿が見える。


 ジョゼフたちは、何列にも渡って置かれている長椅子に並んで掛けて、聖歌が捧げられるのを待った。


「……女神は言われているのです。人の子よ、人生を楽しめ。と。」


 神父の説法が終わり、人々は手を組んで女神への感謝と祈りを捧げる。

 ジョゼフたちも周りの人に習って手を組んで頭を下げる。


 初めは聞こえるか聞こえないかで始まった歌は、もの悲しい曲調で始まり、最後には喜びの歌で締め括られた。


「ここで聞くと、さらに素晴らしいな。」


「なんだか、目の前に見たこともないような風景が広がるの。音しかないはずなのに、不思議ね。」


 ジョゼフとシーラは、また目を潤ませながら歌に聞き入っていた。初めてアーシアたちの歌を聞いた時よりは大分慣れたものの、人々が仕事に向かってからもまだ椅子から立ち上がる事さえ出来ずに居た。


「あ、アーシアがこっちに気がついたみたいだよ。」


 隣からリオンが声を掛けて来て、神官服を纏ったアーシアが近づいてくるのに気がつく。


「ようこそ大聖堂へいらっしゃいました。後で使いの者を送りますので、こちらでお待ちいただけますか? 」


 アーシアは、今まで聞いたことの無いような口調で、ジョゼフたちに話し掛ける。

 普段の彼女の話し方からは、ちょっと想像が付かずに、ジョゼフたちは呆気にとられてしまう。


「ここだと色々うるさい奴らが多いんだよ……。笑いたきゃ笑え。」


 そう、小声で諦めたように言うアーシアに、ジョゼフたちは笑いを堪えるのに必死になるのだった。



*



「こちらが、聖歌隊の控え室になっております。」


 案内をしに、聖堂まで迎えに来たのもまた見知った顔だった。

 マーガレットも、普段とは違って、いかにも聖職者然とした立ち居振舞いでジョゼフたちを控え室へと招いた。

 途中、何人かの神父やシスターとすれ違い、その度に立ち止まっては挨拶を交わす。


 ドアがノックされ、控え室の中へとジョゼフたちは案内される。

 今まで何を聞いても微笑むだけだったマーガレットがやっと話をしだしたのは、控え室のドアが閉められてからだった。


「あー! もー! 面倒くさいー! 」


 マーガレットが叫び、聖歌隊の面々が頷く。

 ジョゼフたちは、何事が起こったのかと顔を見合わせる。


「あ、ごめんね。ここに戻ってくるともう堅苦しくてたまらないのよ。神父もシスターも常にあたしたちの事を見てて、ちょっとでも粗相があると、長い説教が始まるしで……。」


 マーガレットはやっと落ち着いたのか、ジョゼフたちに頭を下げる。


「あら、あんたたち、やっと来たのかい。」


 奥からカップを手にやって来たのはアーシアだった。ここでは普段通りのしゃべり方に戻っていて、ジョゼフたちは思わず笑いたきゃ笑えと言った時の顔を思い出して笑ってしまう。


「あんたたちも、ここで過ごすようになれば解るよ……。」


「いや、すまない。アーシア。そりゃ王都の大聖堂だと、うるさい人も多いよな。」


「ホントだよ。あいつらはその生活や立ち居振舞いで神へと近づくって考えだから仕方ないけどさ、音を神に捧げて、生活も神に捧げてだと息がつまっちまう。」


 聖歌隊の面々が、マーガレットの台詞を聞いた時と同じように頷く。


「相変わらず息がピッタリだね!? 」


 そんなリオンの言葉に、控え室は笑いに包まれるのだった。



*



「へえ。あの子と仲間たちをルデルにね。村の立ち退きの件も無くなったなら、今回も大活躍じゃないか。」


「そうは言っても、俺がした事なんて何もないけどな。」


 さすがにまだ陽が高いから、酒は出せないから勘弁なと言って渡されたお茶を飲みながら、ジョゼフはアーシアに今回の顛末を話していた。

 シーラとライザは、マーガレットたちと、リオンは聖女の護衛に当たっているメンバーに体術を教えていた。


「何を言ってんのさ。あんたが居なきゃ、そもそも村は襲われてたろうし、あたしらだって生きちゃいない。少しは自分を認めてやりな。」


「自分を認める……か。前よりは出来てると思ってたんだがな。」


「そうさ。あんたが何を理想としてるのかは知らないけどね、他人の望みをいくら叶えたって、自分の空っぽの器は満たされないのさ。」


「……。」


「あたしらはね、自分たちの奏でる音が出来るだけ神の世界へと近づくようにって自分たちで願っているから歌い続けて居られる。これが、誰かに聞かせる為に歌ってるだけなら、やっぱりそれはどこか嘘くさいものになっちまうのさ。」


「やっぱり嘘くさいんだろうか……。」


「あんたの場合はよく解らないけどね。ただ、あんたが今まで何も願っちゃいなかったのだけは解るよ。望みを叶えるってのは生きてこそのもんだ。それを最初から捨てて考える奴が何を望むってのさ。」


「俺は……どうしたら良い? 」


「少しはワガママになってみる事だね。なに、世界なんてものは結局自分の目に入る場所にしか無いもんだよ。」


 そう言って微笑むアーシアは、着ている神官服と相まって、聖人と呼ばれる聖職者のようにジョゼフには見えていたのだった。



*



「どうしたの? なんか難しい顔して。」


 宿屋への帰り道、シーラがジョゼフの顔を覗きこみながら訪ねる。


「ん? いや、アーシアに色々言われてな。俺は少しワガママになった方が良いらしい。」


「なにそれ。……でも、なんとなく解る気がする。」


「じゃあ、少しだけワガママを言わせてもらっていいか? 俺は、ずっとシーラと一緒に居たい。だから、俺の隣で笑っていてくれないか。これからもずっと。」


「……何を言ってるのよ。そんなの当たり前じゃない……。」


 シーラはそういうと、何故か俯いてしまう。繋いでいたシーラの手に力が入るのをジョゼフは感じていた。



*



「シーラさま。ロビーで先ほどからお待ちになっている方がいらっしゃいます。」


 宿屋に戻り、鍵を受け取りにカウンターへと向かうと、受付嬢がシーラへと告げた。


「シーラルヴァ殿下。明後日お屋形(やかた)さまと奥様がこちらにいらっしゃいます。準備もございますので、明日お迎えにあがります。」


 見慣れない衣服を身につけたセラは、シーラへとそう告げるのだった。



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