二十七話 若い恋人を応援する二人
「それじゃ、あとよろしく! 」
シーラはそう言うと、女の子たちを引き連れてライザの部屋へと向かって行った。
ジョゼフたちの部屋には、男四人が残されていた。
「あの……。一体何が……? 」
リヒテルがおずおずと尋ねてくる。
何の説明も受けないまま、シーラに呼ばれて全員が集まると、女性だけは準備に時間が掛かるからと連れていかれてしまい、リヒテルは居心地の悪い思いをしていた。
「なに、ただの食事会の準備だよ。そういう時の女の子は、準備に時間が掛かるもんさ。これからは、そういう機会も増えるだろうから、今のうちに慣れておいた方がいいのさ。」
リオンがリヒテルに答える。
実際、銀等級になれば、依頼をした人物に食事やお茶に招かれる事も多くなる。
そうした時に萎縮してしまい、足元をすくわれる事もある。今回の食事会は、そんな事になっても動じないようにと言う意味もあった。
「さて、先に風呂に入って来ますか。せっかくだし下の浴場に行こう。」
「風呂……? なんで……? 」
「貸し衣装を着るのに、汚れたままだと悪いだろ? 」
そう言ってジョゼフはニヤリと笑うのだった。
*
「それで、これからどうする事になったんだ? リオン。」
「うちかい? 今までと基本的には変わらずかな。突然ライザだって変われないだろうしね。」
「そうか。クローネンバーグさんとは一緒に居なくても良いのか? 」
「まだ、誰が僕達に危害を加えようとしていたのか、はっきりしてないしね。ま、ジョゼフみたいな奴じゃなきゃ返り討ちにするけど。今はライザも戦力になるからさ。」
「なら、しばらくは俺たちと旅をしないか? 一度シーラを実家まで送らなくちゃならないんだ。リオンやライザが居てくれると心強い。」
「…僕の一存では決められないけどね。多分ライザも良いって言ってくれるんじゃないかな。冷たっ!」
石造りの天井から、たまに冷たい滴がぽとりと背中に落ちる。リオンが驚いた声が浴室いっぱいに響いた。
ジョゼフたちは、宿屋の浴場で昼間にかいた汗を流していた。
流石に雨上がりの道を陽に照らされながら歩いただけあって、身体がベタベタとして気持ちが悪く、帰ってから直ぐに身体を流したいのを我慢していたジョゼフが、裸の付き合いも良いもんだと誘ったのだった。
「あの、俺たちはこれからどうすれば……。」
「ん? まずは身体を綺麗にして、メシを喰う。それだけだぞ? 」
「いや、そうじゃなくって、これから冒険者としてやって行くなら、どうすれば良いのかなって。」
借りて来た猫のように大人しくしていたリヒテルが、ジョゼフに心細そうに問いかける。
「そこを自由に決められるのも、冒険者の良いところなんだがな。大成功を修めるのも、どこかでくたばるのも、そいつの自由だ。リヒテルはどうしたいんだ? 」
「俺……は、仲間たちとずっと一緒にやって行きたいだけだよ……。」
「それはそうも行かなくなるよ。銀等級に上がれば指名の依頼だって出てくる。そう言った依頼の難易度は高いからね。」
「……俺は……。」
ジョゼフとリオンの言葉に、リヒテルは何も言えなくなる。リヒテルにも、それは解っていた事だった。
ただ、見ないふりをしてごまかしていただけだったからだ。
「なあ、リヒテル。俺たちはそんなに頼りにならないか? 」
今まで、ずっと黙って話を聞いているだけだった魔術師のイゴールがリヒテルに問う。
「そんな……。頼りにしてるから、ずっとこうして一緒に居るんだろ? 」
「違うな。リヒテル。今のお前は、俺たちの事を守りきれるかどうかを考えてるはずだ。」
「そりゃそうだろ。お互いに守り合うのがパーティーなんだし……。」
「違うんだよ。リヒテルは一人で全員を守ろうと考えてるだろ? 」
「……。」
「俺たちだってバカじゃない。お前に敵わないことだって解ってる。だけどな、もうちょっと俺たちのにも頼ってくれよ。ノーラだって、きっとユーリアだってそう思ってるさ。お前にはそれが解らないのか? 」
「俺だって…! 」
ジョゼフにも耳が痛い言葉だった。リオンがジョゼフの肩を柔らかく叩く。
「さ、男だけの話はここまで。君たちはパーティーなんだろ? せっかくの機会さ。一度腹を割って話し合ってみるのも良いと思うよ。」
リオンはパンと手を叩いて、喧嘩になってしまいそうな若者二人を止めると、先に湯船から上がって行く。
何となく勢いを削がれてしまったリヒテルとイゴールの二人は、リオンの後に続いて、無言のまま一緒に上がろうとする。
「さあ、まずは腹ごしらえだ。腹が減ってればイライラするしな。良い知恵だって出てこない。」
そう言ってジョゼフが二人の肩を掴むと、リヒテルとイゴールは少しだけ照れくさそうに顔を見合わせてはにかむのだった。
*
「そっちは準備出来てる? 」
リオンの指導の下、リヒテルとイゴールが大体の所作が問題無く出来るようになって来た頃、ドアをノックする音が聞こえ、ひょっこりとシーラがドアから顔を出した。
シーラは髪を上に編み込んで、うっすらと化粧もしていた。
ジョゼフは思わずその美しさに息をのむ。
「どうしたの? 変な顔して…。あ、これは良いかもね…。」
シーラは、しっかりと紳士然と立っているリヒテルたちの姿を認めると、廊下へと一旦戻って行く。
「それでは、私たちを迎えに来て下さらない? お待ちしておりますわ。」
シーラはドアの外からそれだけ言うと、準備をしていたリオンたちの部屋へと戻って行く。
「さて、諸君。今日の依頼は晩餐会での淑女のエスコートだ。くれぐれも失礼の無いよう、細心の注意を払って励むように。」
「え…依頼…? 」
突然申し渡された内容に、リヒテルが怪訝そうな顔をして答える。
「よくある話だよ。僕がライザと初めて顔合わせをしたのも、クローネンバーグ家で行われた見合いの成功を祈る晩餐会だった。思えばあの時に彼女に一目惚れしてたのかもね…。」
貴族や商人の子女が移動をする時には必ず護衛が付く。だが、ただ道中を見張るだけと言うものもあれば、パーティへの列席を求められる事もある。
名を上げた冒険者ならば、なおさらだった。
そういった人間を呼べるという事が、社会的地位の誇示に繋がるという事情もあった。
「今回のリヒテルの功績は、既に知られているだろうからな。貴族の娘を嫁に貰って欲しいって話も出るかも知れないぞ? 」
「えー…。俺はいいや、そういうの。なんだか堅っ苦しそうでさ…。」
「そう言う話もあるって事さ。で、それを知っている君の仲間はどう思う? 」
「そりゃ…。ああ、あいつの機嫌が悪いのってそう言う事か…。」
リオンが少し意地の悪い質問をする。だが、リヒテルは直ぐに気が付いたようだった。
「俺、ユーリアとしっかり話すよ。あいつと小さな頃に大きくなったら結婚しようって約束してんだ。あいつは覚えてるかわかんないけど。」
「おい。俺たちの事も忘れるなよ? 」
「当たり前だろ? 」
そう言って、リヒテルとイゴールは拳を付き合わせるのだった。
*
「さて、まずはノックをしてみろ。まずはイゴール君からだ。」
「さっき教えた通りにすれば大丈夫さ。自信を持って行くんだ。」
ジョゼフとリオンが囁く。
一瞬だけ逡巡していたイゴールは、中に聞こえるようにノックをした。
「どなた? 」
中からライザの声がする。
「あのっ…。えー。イゴールともうします! ノ、ノーラ嬢を迎え…お迎えに参りました! 」
緊張のせいか上ずってしまったイゴールの声を聞いて、中から女性たちの笑い声が聞こえた。
「はい。どうぞお入りになって。」
ドアが開けられて、ドレス姿のライザの姿が目に入る。ジョゼフはライザがこうした格好をしたところを見るのは初めてだったが、リオンが一目惚れをしたと言う意味が解ったような気がした。
「どうだい? 僕の妻は。美人だろう? 」
「そうだな。だが、うちの嫁さんも美人だろう? 」
「つまらない事で張り合ってないで、そこで固まっている紳士さんを案内してくださらない? 」
ジョゼフとリオンにライザの呆れたような言葉が投げかけられる。
「…さあ、イゴール君。中に入りたまえ。」
リオンに即されて、イゴールが先に部屋の中に入って行く。うわあと言う驚きの声が二つ重なって聞こえた。
「次はリヒテルだな。行け。」
リヒテルは頷くと、前をしっかりと見てドアをノックした。
「どなた? 」
先ほどと同じように、ライザの声がする。
「えー…。リヒテルと申します! ユーリア嬢をお迎えにあがりました。」
「はい。どうぞお入りになって。」
再びドアが開けられて、ライザが部屋へとリヒテルを招き入れる。
目配せをするライザに気が付いて、ジョゼフとリオンも部屋へと足を踏み入れた。
薄暗い廊下と違って、部屋はランプの灯りで明るく照らし出されていた。
そこに居たのは四人の貴婦人だった。ドレスを纏い化粧をした四人は、普段とはまるで別人に見える。
ただ、これほどまでに美しい娘たちが集まる事は、貴族の晩餐会でもそうは見る事が出来なかった。
若い紳士二人は、その衝撃に完全に固まってしまっていた。
「笑いたければ、笑うといいわよ? 」
椅子に掛けていた娘の一人は、淡い桃色のドレスを身に纏い、形の良い眉を片側だけ釣り上げている。髪も流行りに合わせて綺麗に編み込まれ、ドレスに合わせて引かれた紅がそんな言葉をリヒテルに投げかける。
「そんな…笑うだなんて。……とってもユーリアが綺麗だからびっくりしちゃってさ…。」
その言葉に、座っていた淑女の顔は一気に赤く染まる。
とにかく褒めろとリオンに言い聞かされてはいたが、本心から出た言葉以上に相手に伝わるものは無いなとジョゼフは思う。
「さて、それではわたくしたちを案内して下さらない? 」
「もちろん。それでは付いて来ていただけますか? お嬢様。」
そう言うジョゼフが突き出した肘に、シーラはそっと手を添えるのだった。
*
多少ぎこちなくはあったが、給仕の付いた食事は無事に済ます事が出来た。
後は場数さえ踏めば貴族に招かれても大丈夫だろうとジョゼフは思う。
「あの。みんなにちょっと聞いて欲しい話があるんだ。」
食後のデザートが終わり、ワインを嗜んでいた時、リヒテルが真剣な表情で仲間たちを見ながら話し出した。
「なに…? パーティの解散? 」
「違う。俺は今回ちょっとズルをする形で銀等級冒険者になった。だけど俺は自分が何か変わったとは思えないんだ。だけど、きっと周りから見る目は変わっちまう。でも…俺はずっとお前らとやって来て、これからも同じようにずっと一緒に居たいんだよ…。」
「でも…。リヒテルはこれから色々な機会が巡って来るじゃない…。きっと貴族の娘との縁談だってある。そうなったら…あたし…邪魔になっちゃうもん…。」
リヒテルの言葉に応えていたユーリアが、とうとう堪えきれずに涙をこぼす。
「邪魔なんて事は絶対にない。俺が一緒に居たいって思うのは仲間だからって言う事だけじゃない。ユーリアだからなんだよ。大きくなったら結婚しようねってお前がシロツメクサの指輪を作ってくれたろ? 俺、今でもあの約束を忘れた事なんて無いぞ? 」
「リヒテル…。あんな昔の話を覚えててくれたんだ…。」
とうとうユーリアは隣に座っていたリヒテルの腕に縋りついて泣き出した。
リヒテルがいずれ冒険者として旅だって行くだろう事を昔から予感していたユーリアは、出来るだけリヒテルが悔いを残さぬように、自分の気持ちにも蓋をしていた。
そんな涙が堰を切ったように溢れ出す。
「ごめんよ…。ユーリア。俺がもっとしっかりしてからって思って、正直に気持ちを言わなかったから、お前はずっと悩んでくれていたんだよな…。イゴールもノーラも済まない。ずっと二人が好き合っているのは知ってたんだ。俺がこんなだから、気を使わせてしまってごめん…。だから、今までどおり、みんなで一緒にやって行きたいんだ。これからも俺を助けて欲しい…。」
絞り出すような声で、リヒテルが仲間たちに言う。
「バカね。何言ってるの。ずっと助けられて来たのはあたしたちの方。リヒテルに頼まれたなら、断れるはずなんて無いじゃない…。」
目を真っ赤に腫らしたユーリアがリヒテルの目を見てそう答える。
イゴールとノーラは立ち上がると、そんな二人を両手で包む。
シーラとライザは思わずもらい泣きをしてしまい、ジョゼフも涙を必死でこらえていた。
「君たちがもし望むなら、一つ提案があるんだ。」
少しだけ声を震わせながらジョゼフが若い冒険者たちに話し掛ける。
「なんですか…? 」
「ルデルに行ってみないか? あそこには冒険者の訓練所が出来るんだ。そこの一期生にならないかい? 君たちであれば、そこで鍛えられれば銀等級は保証出来る。」
ジョゼフはその提案に驚いた顔で固まっている冒険者たちの答えを黙って待つのだった。




