二十六話 商会に乗り込む二人
「お嬢様。まさかお帰りいただけるとは…。私の事を覚えておいでですか? 」
「あなたの顔を見忘れるなんて無いわ。ステファン。お母さまが亡くなってから、ずっと私の面倒を見てくれたのはあなたじゃない。ずっと居てくれていたのね。」
「旦那さまにはずっとお世話になってまいりました。そのご恩に報いるまではと思っております。お嬢様もお変わりなく……。」
そう言って、ステファンは涙を浮かべながらライザを見る。
「ステファン。私たち結婚したの。」
ライザが指輪を見せながらステファンに告げる。
「その男が……。確かリオンとか…。」
「はい。護衛としてグラーフの街に向かう途中、ライザを拐わせてもらいました。」
「お嬢様を拐うなどと最初はとんでもない奴を雇ってしまったと思ったが、こうなっては逆に良かったのだと思うしかあるまいな……。」
「いったい、何があったんだ? 」
ジョゼフはリオンに向き直ると、説明を求める。
「それは、私から説明させてもらいましょう。」
衿をただしながら、ステファンはぽつぽつと話し始める。
ジョゼフたちに応対をしていた初老の男は、名をステファンと言い、まだ商会が馬車一台しか無い頃から、ライザの父であるジョシュア・クローネンバーグの下で働き続けて来ていた。
そして、グラーフの街の領主であったカイエス・グラムハルトとの見合いに向かうライザを、冒険者の護衛をつけて送り出したのだった。
だが、元々この見合いには乗り気では無く、領内からの噂がまったく入って来ない事を聞いたライザは、旅の途中で意気投合したリオンと駆け落ちをする事になったのだった。
そして、ライザたちが行方をくらませてから数ヶ月後に、街に魔物が溢れるという、グラーフの災厄が起こる。
「私の不徳の致すところで、お嬢様の身を危険に晒すことになってしまいました……。聞くところに依ると、魔力量の多い娘を持つ家に、貴族の地位を傘に着て、手当たり次第に声を掛けて居たとか……。」
悔恨の表情を浮かべながら、ステファンは続ける。当時、魔石の売買がやっと軌道に乗り始め、大口の顧客であったグラムハルト家がライザとの見合いを求めて来た時には、旦那さまは応じるしか無かったのですとステファンは言う。
ライザが出奔した事についても心を痛め、ずっと捜索を続けさせていた。
「ただ、旦那さまのお気持ちも解っていただきたいのです。高額な霊薬さえあれば、奥さまを救えたかも知れない。旦那さまはそう思って仕事に打ち込まれる事を選んだのです。そして従業員も増え、その生活を守るためにも、ライザさまをグラーフへと送り出すしか無かったのです。」
「だからって、俺たちの村を犠牲にして良いって訳じゃないだろ? 」
話を聞いていたリヒテルが、思わず口をはさんでしまう。
「それは……。その通りです。ですが、旦那さまはライザさまの出奔を知ってから、急に塞ぎこんでしまわれました。その時を狙っていたかのように、サミュエルと言う男がこの商会の実権を握り、今は私どもには何の権限も無いのです……。」
バーグ村での事件の後に従業員たちは全て出払ってしまっており、商会長の世話だけを任されていたステファンには、バーグ村の住人が何を言って来ても追い返すようにと言付けて、サミュエルもまた商会を離れていた。
「なので、一体何が起こっているのかも私どもには解らないのです。」
「わかりました。後は父に直接お話を聞きます。案内をしてもらえる? ステファン。」
ステファンの話を聞いていたライザは、落ち着いた声ではっきりとステファンに命じる。
「はい。それではご案内します。」
「みんな。付いてきてくれる? 」
「当たり前じゃない! 」
少しだけ不安そうに言うライザに、シーラは胸をどんと叩きながらそう返すのだった。
*
「旦那さま。お嬢様がお帰りになりました。」
執事にも見えるステファンが、大きな木製のドアを叩く。中から物音が響き、ジョゼフたちはしばらくドアの前で待たされていた。
「入ってもらってくれ。ステファン。」
部屋の中に招かれると、老人と言っても良いような痩せた男が事務机に掛けていた。机の上はすっかり片付けられていたが、強い酒の匂いが辺りに漂っている。
まだ昼を過ぎてそんなに経っていない時間にも関わらず、男は酒に溺れていたようだった。
髪にも櫛を通した様子は無く、目は落ち窪み、荒んだ生活を送っていた事が伺えた。
そんな商会長ジョシュア・クローネンバーグは、ライザの姿を見て、目を見開く。
「お父さん……。」
「ライザ……。よく帰って来てくれた……。お前にはどれだけあやまっても謝り足りない。俺は家の事を蔑ろにし過ぎた。お前から母を奪い、気持ちを考えもせずに縁談を進めた。その結果がこのザマだ。きっとわたしを恨んでいるだろうね……。本当に済まない……。」
「お父さん……。なぜ……。」
王都でも有数の商会の長である男は、椅子を立ちライザの前に跪いて許しを乞う。その目には後悔の涙が溢れていた。
厳格だった父が、まさかそんな姿を見せるとは思っていなかったライザは、言葉を継ぐ事が出来ないようだった。
「そこまで後悔をしているのなら、なぜ僕達に殺し屋を差し向けたりしたんです? 」
「なんの……話だ? ……この方たちは? 」
二の句が継げずに黙りこんでしまったライザに変わって、リオンが商会長に訪ねる。
それでやっと商会長はジョゼフたちがライザと一緒に部屋に入って来ていた事に気がついたようだった。
あわてて立ち上がり、ライザが紹介をしてくれるのを待っている。
その姿は、先ほどまでの哀れな老人とは異なり、一代で大商会を築き上げた男らしい立派な立ち姿に見えた。
彼の中に残っていた矜持がそうさせたのだろうとジョゼフは思う。
「とぼけないでください! この人たちは、わたしの仲間たちです。そして、彼がわたしを救ってくれた大事な人です。私たち、結婚したんです。」
どこか冷たく言い放つライザに、商会長は悲しげな目をして立ち竦んでいた。
「そう……か……。きっと私からの祝いなどは嬉しくは無いだろうが、おめでとう……。式にも出てやれなくて……済まない……。」
「今さら! そんな! 」
涙を溢しながら娘の幸せを祈る姿に、ライザが我慢出来ずに叫んだ。その言葉には、色々な感情が溢れていた。
「ちょっと待って! ライザ。どうしてあなたはお父さんが自分たちを狙ってると思ったの!? 」
掴み掛かりそうになっていたライザを、シーラが止める。
「わたしたちが逃げてから、何度も何度も狙われたの! その度にリオンがわたしを守ってくれた! そして捕まえた殺し屋から、依頼主がクローネンバーグ商会だって聞いたの! 」
「だからちょっと待ってってば。まずは話を聞かせて? 」
シーラの腕の中から逃れようとして、ライザが身をよじるが、さすがに魔力を使ったシーラには敵わなかったようで、彼女は落ち着きを取り戻す。
「初めて狙われたのは、わたしが逃げてすぐの頃だった。」
ライザたちが初めて襲われたのは、辻馬車に乗ってグラーフからルデルに向かう道中のアシス峠を越えている時だった。
今までお嬢様育ちだったライザのペースは遅く、歩きでの峠越えは難しいと思った二人は、この区間だけは馬車を使う事にしたのだった。
だが、峠の頂上に差し掛かった頃、馬車の前に盗賊風の男たちが立ちふさがった。
リオンは馬車からすぐに飛び降りて、盗賊団へと斬りかかって行った。
まさか十人ほど居た集団に向かって来るとは思っていなかったようで、彼らは隊列を乱す。
あっと言う間に数人が斬られ、不利と見て取った盗賊は森の中に逃げようとする。
リオンは背嚢に縛り付けてあった弓に矢をつがえると、逃げて行く盗賊の背中を射ぬいて行く。
あまりの事にライザはあっけに取られた。
こっそりとその場を離れようとした御者も、リオンのみぞおちへの一撃で気を失う事になった。
縛り上げた御者に、リオンが話を聞こうとすると、御者は聞いてもいない事まで話しだす。
彼らは、この辺りを根城とする盗賊団で、リオンたちを狙って欲しいと依頼を受けていたのだった。
この御者が直接話を聞いたのは、峠の麓にある街の顔役からだったが、王都の有名な商会からの依頼だと聞いて、取りっぱぐれの無い美味しい仕事だと思ったらしい。
ライザは淡々と質問を続け、最後には命だけは助けてやると木に縛り付けたまま、御者をその場に残して行くリオンに、怖さと頼もしさを同時に感じていた。
その話を聞いた時は、ライザはまさか自分の父がそこまでするとは思っていなかったが、そんな事件が何度も続き、その口からクローネンバーグの名前が出るようになってからは、疑う事を諦めた。
そして、魔術師として冒険者登録をしたライザは、リオンと共に魔物を狩り、名前が広まる前にその地を離れる生活を続けて来た。
「リオンにはね、何度もわたしを捨てて自分の人生を歩んで欲しいって言った。でも、この人ったら最初に落ち着き先が見つかるまでは付き合うって言ったろって言って、ずっとわたしを守ってくれてたの。そんな人を好きにならないはず無いでしょ? だから、わたしは思いきって自分から結婚を申し込んだ。そして、二人で話し合って、直接ここに来る事にしていたの。リヒテル君たちの話が無くても。」
「そう。二人で暮らすのを邪魔するのなら、もう許さないって気持ちだったのね……。ライザはこう言ってるけど、どうなの? 」
話を聞いたシーラは、商会長と後ろに控えるステファンに問いかける。ライザを止めていた腕は、今は軽く添えられているだけになっていた。
「お嬢様。リオン様。私どもはそんな依頼をしたことはありません。私の命に賭けて申し上げます。」
「え……。どういう事なの?」
「ご存知の通り、脛に傷を持つものも多い冒険者の居場所は、ギルドに問い合わせても答えてはくれません。ですから、お嬢様が失踪された時、私どもはまず衛兵隊に誘拐として捜索を依頼しました。ただ、当時は各地方の衛兵は、領主が任命するもので、横の繋がりはほとんど無く、お嬢様の行方については全く掴めていなかったのです。それに……。」
そこまで説明して、ステファンは言葉を濁す。
「それからは、私が言おう。ライザが居なくなったと知ってから、私は今まで何をやって来たのか、と思うようになってしまってね。何もする気が起きず、仕事も手につかなかった。そんな時に、サミュエルが私の代わりに色々と手を尽くしてくれてね、私はそれに甘えてしまったのだよ。気がつけば商会長とは名ばかりで、私の話を聞いてくれるのはステファンしか居なくなってしまった。」
現在は実権をサミュエルと言う若い男に握られてしまっており、ステファンもその男の指示でバーグ村の件を引き伸ばせと言われていた。
「それで、リヒテルさんには、バーグ村の借金について、ああ答えるしか無かったのです。」
「それなら……。立ち退きの話はどうなるのさ。」
「それに関しては私が責任を持って対応しよう。まだそれくらいは出来るよ。それに、ギルド総長に会って銀等級の冒険者だと認めてもらったと言うなら、村には一切手出しは出来ない。それは安心してくれていい。ステファン、アリーに証文を用意するように言ってくれ。」
「お父さん……。それじゃあ、わたしは……。」
「済まないね。ライザは私がそう命じてもおかしくないと思ってしまったのだろう? それは私がそれまでお前に当たって来た態度では仕方のない事だ……。ただ、婚姻の証文に私のサインだけは入れさせてくれないか? このままでは母さんに合わす顔が無い……。」
「もちろん! ぜひお願いします! 」
頭を下げる商会長に、リオンがライザに先んじて答えるのだった。
*
「これでバーグ村の件も一安心だね。わざわざギルド本部に行ったのも、訳があったんだ。」
「そうだな。色々と考えてはいたんだが、結局、人の繋がりの前には無意味だったな。」
「そんな事ないよ。色々準備して行ったから門前払いをされずに解決したんじゃない。」
ジョゼフとシーラが、クローネンバーグ商会からの帰り道、腕を組んで歩きながら、今日の出来事を話し合う。
誤解が溶けて、解放されたような表情で笑い合うリオンとライザを見て、ジョゼフの心は弾んでいた。
「やっぱりね。幸せって連鎖して行くの。私の言った通りでしょ? 」
後ろで一つに縛った髪を嬉しそうに揺らしながら、シーラはジョゼフに笑い掛けるのだった。
「さて、次はあなたの番ね。ユーリア。」
「あたし?……。ですか?」
「そう。今日はね、良いことがたくさんあったから、きっと女神さまも喜んでくれてる。そんな時には、気持ちも通じやすくなるの。」
「あたしは……。わかんないです……。」
ジョゼフの腕を離れたシーラが、ユーリアの前で後ろ歩きをしながら話しかける。
返却をしてもらったバーグ村の借金の証文を見ながら喜ぶ三人から離れて、ユーリアだけは一人浮かばない顔をして歩いていた。
「任せなさい! 女は誰でも魔法が使えるってところをみせてあげるんだから! 」
そんなユーリアに、シーラはそう言って笑い掛けるのだった。




