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二十五話 王都で宿を取る二人



「これで晴れてリヒテルは銀等級の冒険者だな。おめでとう。」


「実質、ゴブリンキングを倒したのはリヒテルだからね。自信を持って良いよ。おめでとう。」


 ジョゼフとリオンがそれぞれ祝いの言葉を掛け、皆がそれに続いた。


 どこか恥ずかしそうに、そして嬉しそうに答えるリヒテルの姿を見て、ジョゼフたちの間にも暖かい空気が流れる。



「それで、ジョゼフ。今回の件に心当たりは無いんだな。」


「はい。我々が村に入った時には、彼らが既に戦闘に入っている状態で、そのままゴブリンキングが率いていた本体と遭遇したもので。」


 書類を読みながら、質問を投げかけるギルド総長にジョゼフはそう答えるしかなかった。

 ただ、まだ衛兵にしか話していない詳細を、既に記憶をしている事を察して、ジョゼフたちは軽い驚きを覚える。


「リヒテル君たちも、村に侵入して来たゴブリンたちと戦闘になり、何とか対処しようとしているうちに、ジョゼフたちの加勢を得て、後は行動を供にした……。と。」


「あ、はいっ! 最初、何匹か村の外で見かけたって聞いて、それであわててランゲさんの家のほうに向かったんですけど……。えっと。」



「……最初は西の森の入り口に数匹が現れて、そのまま村の入り口の辺りで戦闘になったんだったね。そのうち、火矢が飛んできて納屋のひとつが燃え始めて、その煙をみたジョゼフたちが加勢に訪れた…と。聞いた通りだな。」


「はい。大体その通りです。」


「大体……。とは? 」


「衛兵さんには言ったんですけど、あのゴブリンたちは、西の森にあるダンジョンに居た奴らじゃないかって……。一番深くにある部屋にはボスが居るんだって噂になってて……。」



 ギルド総長の顔色が一瞬にして変わる。


「…その話を詳しく聞かせてくれるかな。」



 それからギルド本部は非常にあわただしくなった。各部署のトップが次々と呼び出されて、話の内容を精査しに戻って行く。


 ジョゼフも、そんな場所にダンジョンがある事は知らなかった。


 ダンジョンと言っても規模やその難易度は様々で、小さいものを合わせると国内だけでも数百はある。

 小さなものだと林の中にある小さな洞窟から、大きなものだとルデルの街の傍にある森林全てだったりと、どういうものがダンジョンかと言われると一口で言うのは難しい。


 ただ、魔物が沸く場所があり、その魔物はある一定の範囲からは出て来ないと言うのが、ダンジョンだと言う事は出来た。


 リヒテルの報告も、西の森にはゴブリンが沸く小さなダンジョンがあり、そこに居た魔物たちが、溢れて出て来たのではないかと言うものだった。

 だが、ダンジョンからは魔物が出て来る事はないと言う大前提を覆してしまう事になるため、聴取に当たっていた衛兵に一笑に付されたのだった。



「こうやって重要な話が潰されて行くんだ! 」


 ある職員と話している時に、ギルド総長は机を叩きながらそう叫んだ。

 その言葉の迫力に、リヒテルたちは思わず首を竦める。



「それで。今までにこのダンジョンのことは誰に報告していた? 」


「ギルドへは何も言ってませんでした…。」


「何故だ!? ……あ、いや怒っている訳ではない。ちゃんと話してくれないか? 」


「あの…。ただ、魔石を渡している商人さんに、このダンジョンの話は広めないで欲しいって言われれてて…。」



 冒険者が依頼主と契約をする場合、こうした条件が付く事はよくあった。

 特殊な鉱石が出る場所や、特定の魔物が出る場所。そうした情報が知れ渡ってしまうと、あっという間に狩りつくされてしまう。


「そう…か。で、その商人はクローネンバーグで良いんだな。」


「はい。言われたのは商会の人ですけど…。」


 ギルド総長は、その言葉を聞くと、黙って手の平を目に当てた。


「後はこちらで良いように計らう。村の立ち退きの件も、何かあれば王宮に問い合わせるようにと言ってくれていい。今日は助かった。ありがとう。」


「いえ…。なんだかすみません…。」


「謝ることなんか無いよ。君は立派な功績を挙げた。それに応えるのにただのタグだけしか渡せないのが心苦しいくらいだよ。」


「ありがとうございます!」


「あ、あとリオン君と…ライザ君だったね。君たちにも期待をしているよ。名前が売れそうになると、場所を転々としているのに意味があるのも含めてね。さ、もう話は済んだ。下がってもらっていいよ。」


 ギルド総長がそうジョゼフたちに告げると、傍に控えていたギルド職員がジョゼフたちを部屋の外へと案内しだす。

 ジョゼフはリオンとシーラの方を見るが、既に部屋の外へと向かって行ってしまっており、その表情は見る事が出来なかった。



「向こうにも来るんだろうな。ジョゼフ。」


「もちろん。その為に来ましたから。」


 最後に部屋を出ようとしたジョゼフは、銀色の瞳を向けたギルド総長の言葉にそう答えるのだった。



*



「ねえ。あたしは何も聞かれずに銀等級のタグを貰っちゃったけど、良かったの? 」


「シーラだって、ルデルのギルト長に会っただろ。あの人はああ見えて結構凄い人だったんだぞ? それに、ギルド総長には嘘は付けない。シーラの正体だって大っぴらに言えるものでも無いしな。」


「確かにそうね…。でも、ああいう人ってどうも苦手。全て見透かされてるみたいだし。

聞きたい事も聞けなかったし。話してもくれないし。」


「多分、得意な人なんて居やしないよ。それに、また会う事もあるさ。」



 ギルドを出たところで、ジョゼフとシーラは周りに聞こえないように小声で話す。そろそろ昼が近くなって来た事もあり、人通りも増え、雑踏から聞こえる音で騒がしいほどになって来ていた。


 雨はいつの間にか止んでいて、石畳の道が濡れているだけとなっている。


「そろそろ腹も減ってきたな。この近くに安くて美味い飯屋があるんだ。良かったらそこで食って行かないか? 」


 ジョゼフはそう言って、皆の方へと振り返る。


「ああ。そうだね。もうお腹が空いて動けなくなりそうだよ。」


 本当に困ったような顔で言うリオンに、周りの皆も思わず笑ってしまうのだった。


 

 ジョゼフが連れていった食堂は、まだ昼になっていない時間にも関わらず、大盛況となっていた。

 何とか人数分の席を確保する事に成功し、テーブルに座ってジョゼフが勧めるシチューを頼む。



「あーあ…。リヒテルも銀等級か……。」


「俺が銀等級になったからってなんだよ。ユーリア。」


 ユーリアのどこか寂しそうなつぶやきに、リヒテルが少し憮然として答える。


 八人で掛けるには相当詰めなくてはならなかったので、彼らの会話はジョゼフにも良く聞こえてしまっていた。



「んー。なんか突然遠くなっちゃったなーってさ。そう思うワケ。」


「俺は何にも変わらないぞ。俺が一足先に銅から鉄になった時だってそうだったじゃないか。」


「だってさぁ。銀だよ?銀。あたしらじゃ無理だよ……。」


 二人の会話がやたらと耳に入ってくる。

 噛み合っているようでどこか違う、そんな会話を何とかしたいとジョゼフは思う。


 だが、こんな時にどう言ったら良いか解らずに、ジョゼフは黙るしか無かったのだった。



「お待たせしました。」


 店員の女性が、深い木皿を手の上に何個も載せてジョゼフたちのテーブルへとやって来る。


 小麦粉と牛乳を煮込んだシチューには、たくさんの野菜と鳥の肉が浮いている。雨で冷えた身体には、その暖かさが身に染みた。



「これ…美味しいね。」


「シーラが美味しく食べられないものなんて無いんじゃないのか? 」


「ひどい。あたしだって嫌いなものくらいあるよ? 」


「例えば…。…まあ、いいか。」


 じゃれあうジョゼフとシーラだったが、周りが黙々とスプーンを口に運ぶ姿を見て、居たたまれない気分になり、それからは皆と同じように黙々と食事を進めるのだった。



*



 食事が終わってからも、どうも皆の空気は固かった。

 それじゃああとは村の借金を返すだけだなと言うジョゼフの言葉にも返事はまばらで、特に一言も喋らなくなってしまったライザの事が、非常に気に掛かった。


 リオンは相変わらず何でも無いよとは言っていたが、先ほどからライザの方をちらちらと伺って、不安そうな目を向けていた。



 ちょうどクローネンバーグの商会に向かう途中に、ジョゼフが王都に来た時の定宿にしている宿屋があった。

 ルデルの宿屋もそうだったが、重厚な扉と落ち着いた作りの建物は、派手さは無いが品のある作りをしていた。



「さて、先に宿を取っておくか。リヒテルたちはどうするんだ? 」


「俺たちは…。下町の宿にでも泊まるよ。王都に来た時にはいつもそうしてるし。」


 下町にある冒険者の宿は、ジョゼフたちが昨晩泊めてもらったナターシアの家の客間のような作りで、大部屋に冒険者たちが集まって寝るタイプの部屋だった。


 シーラがジョゼフの肩をツンツンと突つく。

 ジョゼフが振り返ると、シーラが宿屋の前に貼られている張り紙を指した。


「ああ。こりゃいい。なあ、リヒテル。今日はお祝いだからここに泊まるといい。代金は俺たちが持つから安心しろ。」


「なっ…。こんな高そうなところには泊まった事無いし、いいよ。」


「リヒテル。君も銀等級冒険者になったんだ。こういう所にも慣れておいた方が良い。いいね。」


 ジョゼフたちに続いて張り紙に気が付いたリオンが、やや強引にリヒテルに頷かせる。多分リヒテルが決めた事には異を唱える者は居ないのだろう、ユーリアと仲間も、リヒテルが言うならと付いて来る事に同意してくれた。


 まだ早い時間だけあって、部屋は問題無く取る事が出来た。

 部屋割りはジョゼフとシーラ。リオンとライザ、リヒテルたちは男二人と女二人に分ける事にする。


 荷物を置いたらロビーに集合と伝えて、各自が決められた部屋へと向かって行く。



「なあ。上手く行くかな? 」


「大丈夫じゃない? 今はお互いに怖がって大事なところを言ってないだけだもん。」


 それだけでうまく行くのかと不安になるジョゼフに、シーラは事も無げに答える。


 だが、それは自分に向けられた言葉なのかも知れない。そうジョゼフには感じられていた。



*



「みんな揃ったな。それじゃ行くぞ。」


「何にもない手ぶらって凄い久しぶりな気がする。」


 ジョゼフを先頭に、一行はクローネンバーグ商会へと向かう。

 他の全員は荷物を既に部屋に置いて来ていたので、背嚢を背負っているジョゼフ以外はみな手持無沙汰になっているようだった。


「おい見たかユーリア。ここ、部屋の中に風呂が付いてんだぞ? 」


「知ってるわよ。恥ずかしいからそんなに大きな声で言わないで! 」


 二人の会話を聞いていて、思わずくすりと笑いそうになってしまう。この年頃の男女は、どうしても女の子の方が大人になるのが早い。

 いくら成人をしたと言っても、リヒテルくらいの歳の時には自分もそうだったなとジョゼフは感慨深い気分になる。


「ああ。悪ぃ…。だけどよ、ベッドもふかふかでさ! 」


「あんた、まさかその汚い恰好のままでベッドに寝転がったんじゃないでしょうね? 」


「……。」


「はぁ…。後で直しに行ってあげるわよ。本当に手が掛かるんだから…。」



 ジョゼフはこみあげて来る笑いを堪えるのに必死だった。ふと後ろを振り返ると、リオンも必死で笑いをこらえているようで、不自然な真面目顔になってしまっていた。

 ジョゼフとリオンはしばらく顔を見合わせて、とうとう我慢できずに噴き出す。


「なんだよ。ジョゼフ。その顔! 」


「リオンこそ! 俺を笑わせようとしてただろ! 」


 そう言って笑いあう二人を見て、リヒテルとユーリアはきょとんとした顔をしていた。



「ちょっと。いい加減にしなさい! 」


 しかしそれも長くは続かず、シーラとライザに背中を叩かれる。


「あ、ごめんよ…。」


「すまん…。シーラ。」


「ちょっと。なあに? その顔。」


 すぐに情けない表情になる二人を見てライザとシーラが噴き出し、リヒテルたちも思わず笑ってしまう。


 笑いに包まれる皆を見て、ジョゼフは久しぶりの心の安らぎを感じるのだった。



*



「大変申し訳ないのですが、現在担当者が居なくて…。その支払いを受けさせていただく訳には行かないんです。」


 村の借金の返済にクローネンバーグ商会へと向かったジョゼフたちは、受付に居た女性にそんな返事をされていた。

 返済に来たと告げた時にはにこやかにしていたが、一旦後ろにある事務所に下がってからはずっとこの調子だった。



「あの…意味が解らないんだけど。前にここに魔石を納めに来た時には、あなたが受け取ってくれたよね? 」


「それも…担当者が居ないので解らないんです…。」


「じゃあ、その担当者さんっていつ帰ってくるの? 」


 とうとう我慢の限界に来ていたらしいユーリアが声を荒げる。



「どうかなさいましたか? お客様。」


 その声を聞いて、受付の背後のドアが開き、初老の男が顔を見せた。

 隙の無いその雰囲気は、武人のようにも見える。


「この人が、バーグ村の借金を受け取らないと言うもんだから。」


「話は伺っておりました。こちらもそう言ったお話しが多いもので、全ては担当者に任せているのです。今借金の返済を受けたとしても、証書の返還も出来ませんし…。」


「そんな事言って! 前は受け取ってくれたじゃないか! 」


 興奮し始めたリヒテルを押えて、ジョゼフが前に出る。

 こうした相手に言質を取られてしまうと、まとまるものもまとまらなくなる。

 ジョゼフもそう言った経験をした事は何度もあった。



「それでは、いつになったら『担当者』の方とお話をさせていただけるのか伺いたい。それが明確に出来なければ、この魔石は王宮の裁定所に供託をする事にします。」


 男の顔に苦虫を噛み潰したような表情が一瞬だけ見える。


 まさかこんな事態になるとは思わず、立ち退きの件を進めていたのだろう。取り敢えず冒険者など口先三寸で追い返してしまえば何とかなる。そう思っていたのだ。


 だが、王宮の裁定所に金を預けてしまえば、その時点で返済は完了した事になる。それから何をしようがもう借金をネタに立ち退きを迫る事は出来ない。



「ちょっと待ってください! お父さまと話をさせてもらえる? 」


 ジョゼフは後ろから聞こえて来た声に振り返る。フードを深くかぶってリオンの後ろに隠れていたライザがいつの間にか前に出て来ていた。


「お嬢…さま…? 」


 ジョゼフの目には、驚いた顔で固まる男の姿が見えていた。



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