二十四話 王都のギルドに行く二人
「今回の件について、衛兵隊の方で話が伺いたい。申し訳ないが王都まで付いて来てもらえるか。」
ちょうど話が終わった頃に、村へと衛兵たちがやって来ていた。
王都のすぐ傍で、これだけの魔物が大発生したとの話を聞いて、衛兵隊でも大騒ぎとなっているらしい。
ジョゼフたちは、事件の内容をかいつまんで話す。ただ、連中が何処から来たのか等は、まったく見当もつかなかった。
衛兵の一隊が村に残って監視の任務に就く事になり、ジョゼフたちは残りの隊と一緒に王都まで向かう事になった。
「こりゃ助かる。列に並ばなくても王都に入れるかも。」
「そうだね…。あたしたちは元々別口だからいいけど、あんたらはそうも行かないからね。」
喜ぶリオンに、アーシアが相づちを打つ。
城壁に囲まれた王都の中では、許された騎士や貴族、そして衛兵以外は一切の武器の持ち込みが禁止されている。
また、魔法使いも令呪の入った腕輪を必ず身につけなくてはならない。街中では生活魔法と言われる火を熾したり水を作ったりする以外の魔法は厳禁とされているからだ。
そのため、荷物を改めたり、腕輪の効果を確認したりと門を抜けるのにはかなりの時間が掛かってしまう。
これは、現王が即位してから貴族家の取り潰しが相次いだことに原因がある。それは、国の予算のほとんどが貴族の年給に費やされてしまうような状態を脱却するためだとジョゼフは聞いていた。
ただ貴族であると言うだけで特権を享受する事は赦さないとして、国に対して貢献をしていないとされる家はどんどん潰されていった。
それだけに、国王が受ける恨みは相当なものとなっており、そのために王都での警戒が厳重になっているのだった。
*
「とうとう降って来たな…。シーラ、雨具は? 」
「ちょっと待って…。あ、あった。」
衛兵の後に続いて歩く二人にぽつぽつと雨が当たって来ていた。
シーラがジョゼフが背負っている背嚢から雨具を取り出す。最初に会った時に使っていたテントをルデルの街でローブに仕立て直したものだった。
うっすらと油をしみ込ませた布は、雨を弾いて体温が奪われるのを防ぐ。
「そう言えば、ジョゼフと会ってから初めての雨だね。」
「最近はずっと晴れてたからな。シーラは雨の日はどうしてたんだ? 」
「あたしは…。雨が降ったら洞窟や木のうろに入って止むまで待ってたよ。」
「やっぱりシーラはすごいな。」
普通は雨具も用意しないで旅に出る事などまず無い。だが、戦闘で背負っていた荷物を捨てざるを得ず、雨の森の中で夜を明かした事はジョゼフにも経験があった。
ただ、普段からそんな暮らしはさすがに願い下げだと思う。あの孤独感と、いつ何が起こるか解らない恐怖は、旅慣れたジョゼフでも厳しかった。
「凄くなんかないよ。ただ知らなかっただけ。洞窟に魔物が住んでるかもとか、大きな魔物が擬態したものだとか考えてなかったもん。」
そう言うとシーラは少しだけ震えた。いかに自分が無謀な事をして来たのかを思って、今になってから怖さを感じているのだろうとジョゼフは思ったのだった。
*
「そろそろ北門に着く。我々は通用門から入るから。付いてきたまえ。」
雨が本格的に降り出して来て、周りの地面を叩いていた。衛兵たちは、雨具も傘も使わない。
磨かれた金属製の鎧は、雨に濡れてしまうと手入れが大変だったが、この衛兵たちは気にしたふうでもなく、隊列も崩さずに歩いていた。
「なんだか凄いのね…。あたしなら文句の一つも言いたくなっちゃいそう。」
「王都の衛兵隊と言えば、この辺りだと子供の憧れでもあるからな。大体の子供は、試験の難しさに諦めてしまうけど。」
雨の中でもまったく口を聞かずに歩く衛兵隊を、シーラが興味深げに眺めていた。
ジョゼフも王都に居るときには、磨き抜かれた鎧と一糸乱れぬ隊列を誇らしく思ったものだった。
「ふふっ。それじゃ、ジョゼフも諦めちゃったんだ。」
「そう……だな。確かに諦めてたよ。だから冒険者になったのかも知れないな。」
口を濁すジョゼフの顔を、シーラがちらりと見る。ジョゼフは嘘は言ってないぞとシーラの顔を見返した。
「ふうん。でも、いつか話して欲しいな。」
シーラはそれだけ言うと、フードを深くかぶり直して前を向く。ジョゼフには、シーラがどんな顔をしているかを伺う事は出来なかった。
*
「では、こちらに並んでください。まずは聖歌隊の方からどうぞ。」
「いつも済まないね。こんな天気の日には、本当に申し訳なく思うよ。」
雨の中、正門に並んでいる人々から送られる、羨望の眼差しを受けながら、アーシアたちが先に門をくぐって行く。
アーシアは行列に並んでも良いとは思っていたが、一日が入門手続きで終わってしまうと、年間で何日も無駄にしてしまう。その分色々な場所で公演をした方が良いと言われて、何とか自分を納得させていた。
「それじゃ、お先に。落ち着いたら大聖堂まで来な。他の連中にも紹介してやるよ。」
アーシアが最後にウィンクをしながら門に吸い込まれて行く。彼女も久しぶりの王都で心が弾んでいるようだった。
「じゃあ、次。荷物を見せてくれ。」
不安そうな顔で、リヒテルたちがジョゼフを見る。今朝の話を聞いてから、彼らはずっと黙り込んでいた。
無理もないなとジョゼフは思う。突然降って沸いた話から、自分たちが突然英雄となってしまうのだ。
さらに、長く続く列から送られる、あいつらは何だと言う視線に、彼らは恐縮してしまっているようだった。
「こんな事くらいで縮こまってたら、これからやって行けないよ? 冒険者で大成するって言うのは、やっかみや嫉妬を受けるって事でもあるんだ。」
「解ってる。俺たちも昨日まではあっちに居たんだ。なんだか、ちょっとズルい気がしてさ。」
諭すように言うリオンに、リヒテルが強がる。こうした特別扱いをされる事は、ランクが上がれば良くある。
「さあ、行った行った。後がつかえてる。」
こればかりは慣れてもらうしか無いのだが、簡単には自分で納得する事が出来ない気持ちも、ジョゼフは痛いほど理解出来ていた。
*
「これで全員揃ったな。」
荷物をあらためてもらって、武器を預けたジョゼフたちは、衛兵隊の隊舎へと案内をされて、型どおりの聴取を受け終わり、衛兵の隊舎の入り口に集まっていた。
取り調べでは、王都の傍でこれだけ大量の魔物が現れた事は今までには無く、何か心当たりはないかと聴取の担当官からもしつこく聞かれたが、村に入った時には既に戦闘になっており、後から押し寄せて来たゴブリンの軍勢が、どこから現れたのかについても、皆目見当がつかないと答えるしか無かった。
「この雨はしばらく続くのかね。」
「さあ、どうだろう。雨期には入ってるから何とも言えないな。」
リオンのつぶやきにジョゼフが合わせる。
濡れている雨具を着なおすと、どうしても雨が衣服に染みて来てしまう。出来ればそのまま雨具を着ていたいが、こうして建物に入るとそうも言ってはいられない。
これから冒険者ギルドでも一旦雨具を脱いでから着直さなければならなくなるので、出来れば雨が止んで欲しいものだとジョゼフは思う。
「さ、それじゃギルドに向かうぞ。午後からは混みだすから、昼前には終わらせてしまいたいしな。」
ジョゼフは雨具を纏うと、仲間たちにそう告げるのだった。
*
「石畳って、雨の日に汚れなくていいね! 水溜まりも嫌いじゃないけど、靴が汚れなくて助かる。」
ジョゼフがシーラを見ると、彼女は丸い石が敷き詰められた道を、スキップをするように歩いていた。
「革靴は泥だらけになると後が大変だしな。」
「そうそう。油も飛んじゃうから、また塗り直さなきゃならないし。だから雨って嫌い。」
「そうは言っても雨が降らないと美味いメシも食えなくなるしな。シーラはどっちが良い? 」
「それは……。ごはんかな。」
「やっぱりな。」
「もう! そうやってあたしを食いしん坊扱いして! 」
そう言って笑うジョゼフをシーラが怒ったふりをして追いかける。
そんな二人を仲間たちは笑いながら見ていた。
「あ……。ここ……だ。」
「ハァハァ……。ちょっと! 本気でかわさないでって……。えっ……。」
途中からかなり本気で叩きに来ていたシーラの攻撃をジョゼフが何とかかわしているうちに、ギルドの前へと着いていた。
石造りのギルド本部は、中で数百人が働いている。そのため、周りの立派な建物と比較しても、ひときわ大きく、無骨ながらどこか上品にまとめられていた。
「シーラは本部に来るのは初めてだろう? 結構凄くないか? 」
「うん……。ルデルのギルドみたいのを想像してたから、ちょっと意外。装飾が無くてもこういう雰囲気って出せるのね……。」
ルデルにあるギルドは、元々酒場だった建物に受付や事務室を増築した作りで、お世辞にも立派な建物には見えなかった。
「ルデルと違って、ここではギルドの威光も示さなきゃならないらしいからな。ただでさえ冒険者の扱いは悪い。だが、それで成り手が居なくなると困るのさ。」
「なんで冒険者が居なくなると困るの? 」
「この国は、魔石を輸出する事で成り立っているからだ……。おっ。来た来た。こっちだぞー! 」
雨に煙る街の中を、数人の人影が歩いて来る。ジョゼフはその人影に大きく手を振る。
「今からそんなに体力使ってたら、バテないかい? 」
リオンがまたふざけながら聞いて来る。
「まだまだ。でも…、ちょっと疲れたかな。」
そういっておどけるジョゼフに、皆は思わず笑ってしまうのだった。
*
「はい。お話は伺っております。ギルド総長が奥でお待ちしておりますので、どうぞ。」
ギルドの受付は、磨き抜かれた木目も美しい窓口で出来ていた。
ジョゼフが中にいた受付嬢に、バーグ村での討伐の件で来たと伝えると、すぐに奥へと案内をされる。
どうやら階段を最上階まで上がらなくてはならないようだった。
リヒテルたちは、この奥まで通された事は無かったようで、その視線がキョロキョロと辺りを見回す。
「バーグ村の件で、冒険者の方が見えられました。」
周りの扉の中でもひときわ大きな扉の前に立つと、受付嬢はドアをノックして中に声を掛ける。
「どうぞ。」
扉の中から響いて来た声を確認すると、受付嬢はドアを開いてジョゼフたちに中に進むように促す。
ジョゼフたちは、礼をし続ける受付嬢の前を通って、部屋の中へと進む。
「やあ。いらっしゃい。ちょっとまだ片付けなくてはならないものがあってね。少しだけ待っていてくれないか。どうか掛けてくれたまえ。」
四十代くらいに見える男が、大きなテーブルの上に積まれた書類を一枚づつ読んでいた。
その男は銀色の目を光らせながらジョゼフたちを一瞥し、再び書類に目を落とすとジョゼフたちに席を進めた。
「それでは失礼します。」
ジョゼフは一礼をすると、部屋の中央に置かれている長椅子へと仲間たちを案内する。
リオンとライザは堂々としたものだったが、リヒテルたちは居心地が悪いらしく、まだ視線をあちらこちらに泳がせたままでいた。
「リヒテル君だったね。既に話は聞いてるよ。凄い活躍だったそうじゃないか。なに、取って食おうと言う訳じゃない。もう少し落ち着きたまえ。」
いきなり名前を呼ばれてリヒテルはびくりと肩を震わせる。まったくこちらを見た様子すら無いのに、そんな台詞を投げ掛けられたこと、また、名乗る前に名前を知られていた事で、リヒテルは一気に萎縮してしまう。
「ギルド総長。若い子をそうやってからかうのは感心しませんね。」
「なに、これからの心構えを教えているだけだよ。こうした交渉術を使う人間は山ほどいるしな。」
ジョゼフの苦言を気にしたふうでもなく、ギルド総長は答える。
「あの……。」
「よし、終わった。それで? 君の銀等級への昇級を認めればよいのかな。」
何か聞きかけたシーラの言葉を、手をパンと叩いて遮りながら、ギルド総長は顔を上げて話しだした。
「あ……。あの。はい! 俺、何がなんでも銀等級に昇級したいんです! 」
「それはどうしてだい? 」
「それは……。俺、自分の育った村を守りたいんです! あのっ……。俺、王さ、いや、国王陛下が銀等級冒険者を出した村は、その冒険者が生きてる間は報償金を出してくれるって聞いて、それで、いま村が無くなり掛けてて……。それでっ。」
そこまで一気に言って、リヒテルの言葉が止まる。気まずい沈黙が部屋の中に流れた。
そんな様子をギルド総長はじっと眺めたまま、微動だにしない。
「あの……。俺……。」
「君は、どうして冒険者になった? 」
やっと口を開く事が出来たリヒテルの言葉を最後まで聞かずに、ギルド総長はリヒテルに尋ねた。
「最初は父さん……。父への憧れです。でも、村を守るためにどうしても魔石が必要で……。」
「冒険者になりたくは無かったと? 」
「いや、それが無くても冒険者にはなっていたって思います。俺は父さんみたいに冒険者の人を家に招いて一緒にメシを食って稽古をつけたり、村のみんなの暮らしを魔物から護ったり、そんな冒険者になりたかったんです……。」
「君の父、冒険者ユーゴリの話は聞いている。惜しい人物を亡くしたものだ。冒険者リヒテル。君が彼の意思を継ぐつもりなら、銀のタグを持っていくがいい。」
「それって、どういう……。」
「合格って事さ。」
既に書類に目を落としていたギルド総長に変わって、ジョゼフはそっとリヒテルに耳打ちをするのだった。




