二十三話 村長の家に厄介になる二人
明日にリヒテルにお願いする内容をナターシアに話し終わった時には、周りに居た冒険者たちはすっかり酔いつぶれており、起きているのはジョゼフたちだけになっていた。
リヒテルに協力を求めなくてはならないと言うジョゼフたちに、最初は難色を示していたナターシアだったが、もし冒険者を続けるなら必ずこうしてもらうと言うジョゼフの提案に頷くと、協力を申し出てくれることとなった。
「さて、そろそろ寝ますかね。だけど、ここで寝るにはちょっと明るいな…。」
「この時間からだとテントを張るのは大変だしな…。」
室内は魔道灯に照らされて昼間のように明るいが、眠気の感覚からしてもう夜はかなり更けていると予想出来た。
暗い中でランプの灯りだけを頼りにテントを設営するのはかなり大変な作業になる。リオンもジョゼフも思わず顔をしかめてしまう。
「良かったらうちに来ませんか? 部屋も余ってますので。」
リヒテルを起こしていたナターシアがジョゼフたちにそう言って来た。
最初はそこまでお世話にはなれないと断っていたジョゼフたちだったが、これからお世話になるのに私の気が済みませんと言うナターシアに押し切られる格好で自宅にお邪魔する事になったのだった。
*
外に出ると、すっかり辺りは真っ暗になっていた。空も雲が垂れこめて来ているようで、星一つ見えない。
ジョゼフと冒険者達をもてなしてくれた村人たちは、食事が終わってしばらくしてから各自の家に戻っていったようで、広い農地の中に点々と建つ家の窓にはぼんやりとランプの光が揺れていた。
「ねえ、ジョゼフ。あそこにはみんなの暮らしがあるのよね。」
まだフラフラと歩いているリヒテルの腕を掴んで歩くナターシアに先導されながら、一行は夜の道を歩いていた。
ランプを持って夜道を歩くジョゼフに、手を繋いで歩くシーラがつぶやく。
「どうした。シーラ。」
「ん…。こうやってね、灯りがともっているのを見て、今日私が護るつもりだったのは何だったんだろうってふっと思った。」
「そうだな。俺は……がむしゃらに戦うだけで、具体的に何を護るって考えた事は無かったな。」
「あたしもそう。だからね、ちゃんと考えなきゃって思ったの。」
「シーラはどう思うんだ? 」
「うーん。なんかね、こうやってどの家にも灯りがついているところを見て、今日歓迎をしてくれた人の帰る場所を護る事が出来て良かったなって思う。」
「帰る場所か…家を護れたって事か? 」
「家…だけだと建物だけみたいだけど、そうじゃなくって、人も建物もその生活も合わせて家だと思うの。だから、帰る場所。」
「そうだな…。確かに人を護れたとしても、その住んでいる場所を焼け野原にしてしまっては、本当の意味で護れたとは言えないな。」
「そう。逆にその家に帰る人が一人でもいなくなると、それも護れたうちには入らないと思うの。」
愛しそうにその家々を見るシーラの横顔は、そのはるか向こうにあるものを見ている気がした。
「シーラも家に帰りたいと思うのか? 」
そんなシーラの姿を見て、流浪の生活を送り続けて来たジョゼフは彼女が自分の家に戻りたくなっているのだと思い、思わずそう聞いてしまう。
「あ、違う違う! 生まれた家は懐かしいけど、あたしの帰る場所は今はジョゼフの傍なの。でもね、いつかどこかに家を建てて、あたしがジョゼフの帰りを待って…そんな暮らしがあるのかなって思ってたの。」
シーラは両手を振って慌てて否定する。
「そうか…。良かった…。俺もシーラが居てくれたら何処だっていい。でも、そうやってシーラが待ってくれているなら、家に帰るのも幸せそうだな。」
ジョゼフはいつかシーラと建てた家にただいまと言って帰ると、彼女が料理を作って待っている姿を夢想する。それはひどく幸せな光景に思えた。
家にただいまと言って帰ると、気持ちの良い春風が開け放たれた窓から吹き抜けて、部屋には明るい陽の光が差し込んでいる。
シーラが調子はずれの鼻歌を歌いながら、料理を作っている音が聞こえる。そして泣き始めた我が子をあやしに来て、ジョゼフの帰りに気が付いてお帰りなさいと言ってくれる。
そんな光景を護るためなら、何だって出来る気がする。どれだけ泥にまみれようと、どれだけバカにされようとも。
「そうね……。いつかそんな暮らしが出来たらいいな。」
シーラは何故か少しだけ涙を浮かべて、果たせない夢を語るようにそうつぶやくのだった。
*
「いや、すっかりお世話になりました。」
「いえいえ。何もお構いできませんで…。」
翌朝、まだ薄暗いうちにジョゼフたちはナターシアに見送られて家を出た。
部屋には10個ほどのベッドが置かれており、駆け出しの冒険者たちが泊まる宿のようだった。
ご主人がよく若い冒険者を連れて来ていて、その時に作った部屋だとナターシアは言っていた。
ジョゼフたちはベッドしかないその部屋に、自分達が駆け出しだったころを思い出し、少しだけ懐かしさを感じて、あっと言う間に眠りに着いてた。
「あー。結構すっきりしたかも! 」
「シーラはちゃんと眠れたようだな。」
「うん。ああやってみんなで寝るのも初めてだったけど、意外といいかも。」
そんな話をしていると、ジョゼフの背中が突かれた。
「なあ。ジョゼフさん。俺は何をすればいいんだ? 」
「ああ、リヒテル。君には仲間は居ないのか? 」
「急に何を…。パーティを組んでる奴は居るよ。あと四人。矢が当たって先に下がった二人と、シーラさんを運んだ中の二人。それがなに? 」
「ちょっと彼らを集めてくれないか。昨日の歓迎会ではテーブルには来なかったみたいだけど。」
「あんな注目を浴びる所になんて行けるかってさ。便所に行った時に一応話しかけたんだけど、そう言って断られた。あいつらになんか用があるのか? 」
「ああ、英雄について行く覚悟はあるかって聞きたくてね。」
そんなジョゼフの言葉に不可解な顔をしながらも、リヒテルは仲間を集めてくれる事を了承してくれた。
それじゃあいつらを起こしてくると言ってリヒテルは先に駆け出して行く。
うっすらと明け始めた空が徐々に村の姿を浮かび上がらせて来ている。
空には厚い雲が垂れこめていて、天気が崩れてしまう事を予感させていた。
「今日は雨になりそうだな。」
「まずはとっとと戦利品の分配をしなくちゃね…。」
ジョゼフのつぶやきにリオンが答える。
「そう…だな。で、ライザは一体どうしたんだ? 」
「ん…。ちょっとね。色々あるのさ。」
「喧嘩でもしたのか? 」
昨日の歓迎会の後から、急に黙り込んでしまったライザをジョゼフも気にしていた。シーラが話しかけても何でもないと答えるばかりで、うつむいたままでいる事が増えた。
元々おしゃべりだと言う訳でも無かったが、その悲しそうな表情がどうにもジョゼフには気になっていた。
「そういう事じゃ無いんだ。ジョセフと同じように、彼女にも歴史があるって事だよ。ライザは強い娘だからね。心配しなくても大丈夫さ。」
「そう…か。」
前を向いたまま答えるリオンに、ジョゼフは自分を納得させるしか無かった。
*
「じゃあ、わたしは先に王都に行ってるわ。ちょっと調べたい事も出来たし。準備もしなくちゃならないし。」
「あれ? セラはもう行っちゃうの? 」
「今から行っても入れるのはかなり遅くなるぞ? 」
「あー…。その辺りは大丈夫。ちょっと伝手があるんだ。」
村の中心に着くと、セラが分かれ道を王都へと向かって行った。彼女は何を目的としているのかとジョゼフは思う。
探している家出娘を連れまわしているのだから、何かあっても良さそうだったが、特に敵対をする意志すら見せず、どちらかと言うとじっと見ているだけの事が多かった。
ジョゼフとシーラは、去りながら手を振るセラに手を振り返すと、村の広場へと向かった。
村の広場に積み上げられた戦利品は、昨日のままとなっていた。
ここで野営をする事にした冒険者と村人が、一応見張ってくれていたらしい。
「やっと来たんだね。もう分配は始まっちまってるよ。」
広場に張られたテントの前でアーシアがジョゼフたちの到着を待っていた。
昨日の歓迎会の後、ナターシアから話を聞きはじめた時には隣にいたが、いつの間にか姿を消していた。
どうやら、アーシアたちはこちらのテントに先に戻っていたらしい。
「ああ。済まない。そう思って早めに出て来たんだが…。」
「王都の入門列に早めに並びたい奴も居たからね。討伐数に応じて渡してるから安心しな。」
こうして大量に魔物を倒した場合には、自分の討伐数が記録されているタグに応じた戦利品を分配する場合が多い。
タグに記録されている以上の魔石や戦利品を持ち込んだとしても、盗品ではないかと疑われてしまうだけなので、そうした分配をしてもあまり問題になる事は無かった。
魔術師が並ぶ冒険者のタグに魔力を籠めて、今回の討伐数を表示させ、それに応じた魔石を誰かが冒険者に渡してお互いに確認し合う。
流れ作業が終わり、ほとんどの冒険者に自分が討伐した分の魔石が行きわたっていった。
「王都に入る前に、ちょっとした稼ぎになったな。」
「今晩はちょっといい所で飲むか。」
そんな話をしながら冒険者たちが荷物を持って王都へと向かって行く。
そうして分配が終わっても、広場にはまだ魔石と戦利品が山のように積まれている。昨日の討伐でほとんどの数を倒したのは、ジョゼフとシーラだったからだ。
*
「ジョゼフさん。仲間を集めて来たよ。」
ジョゼフはリヒテルが声を掛けて来た方向へ向き直る。
リヒテルの他のメンバーは、女剣士と魔術師、そして弓兵という構成のパーティだった。
「それで、英雄さんが何の用? 」
ぶっきらぼうな口調で、女剣士がジョゼフを睨みながら言う。
「お…おいっ! ユーリア…。」
「詳しい話はこれからする。まずは、みんなを紹介してくれないか? リヒテル。」
突然ジョゼフにそんな態度で接した仲間の方を見やりながら、リヒテルはジョゼフたちに仲間を紹介していく。
弓兵はノーラ、魔術師はイゴールとそれぞれ名乗った。彼らはどうも落ち着かない様子で、お互いに視線を合わせては不安げな目をジョゼフに向けていた。
「あたしはユーリア。見てのとおり剣士。昨日は矢を食らっちゃったけど、もうあんな失敗はしない。それであたしたちに何をさせるつもり? 」
「きみもユーリアと言うんだね。大丈夫。無理に何かしてもらうつもりは無いから。」
突っかかって来るユーリアに、リオンが優しく笑いながら答える。突然呼ばれて何をさせられるのかと思っていたユーリアは、その言葉に押し黙ってしまう。
「じゃあ、このパーティの事を聞かせてくれる? 」
今度はシーラがそう言って、リヒテルに話を即すのだった。
*
このパーティのメンバーは全てこの村の出身で、リヒテルの父に小さな頃から武術を教えて貰っていたらしい。
いつかはルデルの街に行って、自分達も冒険をするのだと約束をしているのだと言う。
その中でも剣技や魔力操作で頭一つ抜けているリヒテルがパーティのリーダーとなり、近くにあるダンジョンにもぐったり、近くの森に出た魔物を狩ったりしていた。
この辺りの魔物にはそんなに強いものは居ない。これ以上の強さを求めるのなら、早いところにルデルに行って、強い魔物と闘えるようにならなくてはならないと、色々な冒険者達から言われていた。
しかし、リヒテルたちが居なくなってしまえば、この村の借金を稼いでくれる者が居なくなる。だから彼らはこの村に残るしか無かった。
でも、それももう少しで終わる。この村が無くなってしまうからだ。それからはどうしようかとちょうど全員で集まって話し合っていたところだったらしい。
「そんな時に、突然ゴブリンの集団が現れたんだ。村に泊まっていた冒険者達も加勢してくれて、何とか村の入り口であいつらを押さえられてた。火矢を食らった納屋が一つ燃えてしまったけど、村に被害が無くて本当に良かったよ。でも、どうせ無くなってしまうから同じだな…。」
「なあ、リヒテル。この村を救えるなら、君は何でもするか? 」
ジョゼフはリヒテルの目を見ながら問いかける。
「もちろんさ。泥水だろうが毒水だろうが食らってやる。俺が帰る場所は、母さんや父さんの思い出が詰まったここしかないんだから。」
そう言って真剣な顔をするリヒテルを見ながら、ジョゼフはリヒテルに計画を話しだすのだった。




