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二十二話 村の歓迎を受ける二人



「では、まずは食事しながらでも。」


 リヒテルの母は、問いかけるシーラにテーブルを手のひらで指しながら言う。


「そう…ですね。まずはご馳走をいただくとしましょう。」


 ジョゼフはそう答えると、シーラの手を取ってテーブルへと向かう。

 リヒテルは不安そうな顔をしながら二人の後を付いて来ていた。


「ほら、こっちの席が空いてるよ! 」


「さあ、まずは腹ごしらえをさせて貰おう。空腹じゃいい考えも浮かばないだろうしな。」


 振り返ってジョゼフたちの様子を見ていたアーシアが、自分の隣の空いている丸テーブルを指して呼んでくる。

 ジョゼフは、シーラ、リオン、ライザ、セラ、そしてリヒテルに、まずはテーブルに着こうと誘いかけた。

 そんなジョゼフの言葉を聞いた彼らは、めいめいに席に着く。


 周りのテーブルからは、冒険者たちの賑やかな話声が響いて来る。既に酒もかなりの量が回り、冒険者たちの喉を潤していた。

 アーシアの聖歌隊も合わせると200人近い人が地下にある広い空間に居たが、それでもまだまだ広間には余裕があった。


 ジョゼフたちが席に着くと、村の人々が次々と料理を運んでくる。鳥の丸焼きや新鮮な野菜を使ったサラダ、そして上等な小麦を使った白パンが次々と運ばれて来た。


 他のテーブルを見ても、同じような料理が並んでいる。


 借金が払えないほど困窮している村が行うもてなしとしては、上等過ぎるとジョゼフは思う。



「さあ。召し上がってください。」


 リヒテルの母のナターシアがワインの瓶を手にジョゼフたちの下へと戻って来た。ジョゼフたちの前に置いてあるカップに、そのワインが注がれて行く。


「シーラ…飲みすぎるなよ? 」


「? ……。 あっ。大丈夫…。ちゃんと気を付けるから。」


 シーラは真っ赤に顔を染める。飲まないと言ってはいたが、さすがにこうして出されたものに手を付けない訳にも行かない。


「あら? シーラさんは飲めないのですか? でしたら果汁水でも用意しますよ? 」


「あ、いえ。大丈夫。気にしないでください……。」


 ナターシアの問いかけに、シーラはどぎまぎとしながら答えたのだった。



「バーグ村を救った英雄たちに乾杯! 」


 そんな時、突然、冒険者の一人が、カップを高々と上げてジョゼフたちに敬意を表する。 その言葉にしんと静まり返った広間は、続いてその場に居た皆がカップを上げて乾杯をする大きな声に包まれた。


 ジョゼフたちを見る彼らの目は、称賛と喜びに満ちていた。


 それを見たジョゼフは、テーブルについていた面々を立ち上がらせると、言葉を待っている冒険者に向けて話し出した。


「ありがとう! では俺から紹介させてもらう。ゴブリンキングに止めを刺したリヒテルだ。彼が居なかったら、俺もこの場には居なかった。改めてここで感謝をしたいと思う。ありがとう。リヒテル。」


 握手を求めるジョゼフに、リヒテルは恐る恐る手を握り返してくる。


 そんな男たちに向けて、冒険者たちから割れんばかりの歓声と拍手が送られるのだった。




*




「なんだか最近は毎日こうしてお腹いっぱい食べてる気がするよ…。」


「わたし…太ってしまいそうかも…。」


 食事を終えたリオンとライザがそう言って笑っている。

 ジョゼフたちもこれ以上入らないと思うほど腹を満たし、満ち足りた気分で談笑する冒険者達を眺めていた。


 ジョゼフたちの席には、次から次へと冒険者たちが訪れ、酒を注ぎながら今日の戦いぶりを見た話をして去って行った。

 リオンとライザは元々強いらしく、注がれた酒を喜んで飲んでいた。


 ジョゼフも今日くらいは良いだろうとかなり酔うまで飲んだ。


 だが、シーラとリヒテルは強い訳では無かったようで、今はテーブルに突っ伏して眠ってしまっていた。


「シーラは寝ちゃったか…。まだ文句を言い足りなかったのに…。」


 ジョゼフの横では、セラがまだチビチビとワインを舐めながら残念そうにシーラを見ていた。

 セラもかなりの量を飲んでいたが、意識ははっきりとしていて、まったく普段と変わっていないように見える。


「セラは結構強いんだな…。」


「そうね。わたしはこっちに来てる時間が長かったから、飲む機会も多かったし。」


 ジョゼフがぽつりと漏らした言葉に、セラが答える。

 シーラが起きていた時は、質問をしてもシーラを通して答えるような感じに見受けられたので、ジョゼフには意外に思えた。


「シーラ以外とは話したくないって訳では無かったんだな。」


「そういう訳じゃないよ。ただ、あなたと直接話そうとすると、シーラの機嫌が悪くなりそうだったから。」


「シーラはそんな感じだったか? 」


「見ただけなら普段と変わらないんだけどね。この子を本気で怒らせたらかなり怖いから、予防線を張ってるの。」


 そう言ってセラはニヤリと笑った。



*


 


「さて、そろそろお話が出来そうです。この村の現状がお知りになりたいんですよね。」


 片づけがひと段落ついたのか、リヒテルの母のナターシアが前掛けで濡れた手を拭きながらジョゼフたちに声を掛けて来た。

 彼女は寝てしまっているリヒテルに、自分が羽織っていた上着を掛ける。


「そう…ですね。お願いします。この村を追い出されるんですか? 」


 ジョゼフは寝てしまっているシーラを見やって、自分が話を聞いておけばいいかと考えを決めた。


「はい。そうなのです。十一年前の日照りの年から、この辺りでは三年ほど不作の年が続きました。困った当時の村長は、この地を治める監督官さまに相談し、税の減免と村人が生活をしていくために借金させてくれる商人さんの紹介を申し込みました。」


「それは解ります。しかし、この村の状況なら、返済は充分可能ですよね。」


 天候が不安定な時に、こうした借金を税吏に申し込む事は今までも行われていた。


 自然を相手にした農業では、常に一定の収穫を望む事は出来ない。こうして借金と返済を繰り返す事によって、税収を安定させる狙いもあった。



「はい。それからは村の人の努力もあって、順調に作物も生育し、王都でこの村で取れる果実が人気となった事もあって、村の収入は飛躍的に増えました。」


「それなら、十分借金は返せたのでは? 」


「そうですね。現物や現金でなら充分に返せるはずだったのです。」


「どういう意味です? 」


「返済は魔石にて行う事になっていたからなんです…。」


 ジョゼフはなるほどと思う。三年前のグラーフの災厄以降、魔石の売買はギルドもしくは認可を受けた商人を介して行わなければならなくなった。

 その全ては国が管理をして、魔石が悪意を持つ人間の下へ流れないようになっている。


 それまでは、各地で相場の異なる魔石を、高く買い取ってくれる所まで持って行くのが当たり前だった。

 だから主要な魔石の産地であるルデルのような街には、買い付けの為に馬車を引いた商人たちが集まり、冒険者から魔石を買い付けては地方に運んでいた。


 その中から大商人へと一代で身を立てた者もいた。



「なるほど…。それまでのように、この街を通る冒険者から買い付ける訳には行かなくなった…と。」


「はい。最初は現金で返済をするよりも、魔石で支払った方が安くなる。そう言われて私たちは喜んでいたのです。しかし、法律が変わってからは、魔石を手に入れる事は難しくなりました。」


「そうでしょうね。冒険者が勝手に誰かに魔石を売った事がバレたら、資格をはく奪されてしまいますし。」


 冒険者タグには、魔術的な仕掛けがあり、ギルドに預けている財産の情報だけでなくどれだけ魔物を討伐したかの情報も記録されるようになっている。


 討伐の途中で思わぬ事が起こり、魔石を取る事が出来なかったとして誤魔化す事も出来ないでは無かったが、資格のはく奪の危険を冒してまで魔石を売る冒険者は居なかった。


「それで、元は冒険者をしていた私の夫が、近くにあるダンジョンに入っては魔石を取って来ては返済に充てていたのです。ですが…。」


「そう…だったんですね…。」


「……はい。それで、夫が亡くなってからしばらくは返済を待っていただいてました。そして息子が冒険者となり、魔石を取って来てくれるようになっては来てくれていたのですが、返済するには全然足りず…。とうとう私たちはこの村を出て行かなくてはならなくなってしまったのです。」


「金貨や現物での支払いには出来なかったのですか? 」


「はい。元の契約を反故にするわけには行かないの一点張りで…。」


「この辺りは王家の統治領ですよね。監督官には申し出なかったのですか? 」


「申し出はしたのですが、クローネンバーグさま…あ、商人さまと結んだ契約には口を出す事が出来ないという事でした。」


 その監督官は、商人から媚薬を嗅がされているのだろうとジョゼフは思う。そうした話は何度も耳にした事があったからだった。

 だからと言って、訴え出たとしても証拠などは出て来ない。そう言うものだった。



「なるほど。ちなみに今の村長はナターシアさんが務めているんですか? 」


「そうです。元は父がこの村の村長でした。」



 辛い話だろうに、気丈に話す姿にジョゼフは感心する。

 きっと必死で駆けずり回って来たのだろう。


 どうしてなのかを上手く説明をする事は出来なかったが、どうしてもこの人たちを助けたい。そう思った。



*



「どうしたらいいと思う? 」


 ジョゼフは話を黙って聞いていたリオン、ライザ、セラに顔を向けた。


「…まあ、魔石の量は問題ないだろね。あれだけあれば村一つくらい買えそうだし。だけど、それにしたってジョゼフが売れなきゃ仕方ないか…。」


 ジョゼフの意図を直ぐに汲んだリオンがそう答える。ジョゼフの頭の中には今日の戦いで得た大量の魔石の事が浮かんでいた。

 ただ、これをそのまま村の借金として支払う事は出来ず、一旦は村に売却をしなくてはならないからだ。

 

「ジョゼフさんがこの村の住人になっちゃダメなの? 」


「それでもダメだね。住んだ実績が無いとギルドに持ち込んで現金化するしか無くなる。」


 セラの質問にもリオンが答えた。


「………。」


 テーブルを囲んでいる人影は、頭を付き合わせて方策を練ろうとする。

 何か解決策はある気がしていたが、どうにもそれが頭に浮かばない。



「どうしたのー。みんなだまっちゃってー。」


 そんな中、まだほろ酔い気分のシーラの陽気な声が聞こえて来た。机に突っ伏して寝ていたシーラの頬には、机の木目の跡が残っていた。

 ジョゼフはシーラにかいつまんでナターシアさんから聞いた話と、これからどうしたらいいのかを話し合っている事を伝える。


「ん? それじゃあ何の問題もなくない? 」


「いや、俺たちが魔石を持っていても、そのままじゃ返済には充てられないんだ。」


「いや、そうじゃなくって、リヒテル君が居るじゃない。」


「どういう意味だ? 」


 シーラの言っている意味が解らずに、ジョゼフは聴き返す。


「あのね、多数で行った討伐が終わってからその参加者で戦利品を分ける時は、討伐数だけじゃなくって参加者の希望があれば自由に行える事になってるでしょ? 」


「あ…そうだったな…。」


 ジョゼフは古い記憶を引っ張りだしてやっとその事に思い当たる。通常はパーティを組んで討伐に当たるから、その役割によって実際の討伐数には大きな隔たりが出来てしまう。


 例えば治療術師(ヒーラー)としてパーティに参加していたら、討伐数は0になってしまうが、パーティにとっては絶対に必要なものだ。だから、冒険者が複数で討伐に当たった時は、その分配方法は自由であるとなっているのだった。


 パーティを組んでいた時には分配など気にした事も無く、その後はずっと一人で行動をしていたジョゼフはすっかりその内容を忘れてしまっていた。


 シーラは冒険者登録をした際に渡される冊子をよく読んでおり、細かい規定などもしっかりと覚えていたのだった。



「僕たちもずっと二人だけでやって来たからね…。そういう規定がある事すら忘れてたよ。」


 リオンも思わず苦々しい顔をしながらつぶやく。


 そうした教育を受けた事が無いセラは、ペロリと舌を出した。



 そして全員の目が、まだ机に突っ伏したままいびきをかいている少年に集中する。


「だけど、ゴブリンキングを実際に討伐したのはこの子でしょ? もう銀等級に上がっちゃうよね。」


「それで大金持ち…。ちょっと面食らっちゃうんじゃない? 」


 リオンとセラが不安を口にする。少年の肩に掛かる重圧がかなりのものになってしまう事は誰にでも予想が出来た。


「もし、この子がこれからも冒険者を続けるつもりなら、俺に考えがある。多分それで大丈夫だろうと思うが、それを選ぶかどうかもこの子次第だな…。」



「あの…一体何が…? 」


 話を聞いていたリヒテルの母であり、村長のナターシアが、何が起こっているのか判らずに全員の顔を見渡しながら訊いてくる。


「大丈夫です。この村の問題は全て解決しますよ。ただ、それにはリヒテル君の決意が必要なんです。明日彼が目を覚ましてから説明します。」


 そう言ったジョゼフはナターシアに安心してくださいと言葉を続けるのだった。



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