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二話 はじまりの二人



「はぁ…負けちゃったか…。」


「どういう事か説明して貰おう。」


 大剣を置いたシーラは、おとなしく隷属紋が刻印された首輪を受け入れる。

 罪人を護送する時、暴れる事を防ぐ為に普通に行われており、首輪を外せば隷属の効果が消えるとあって、こういった仕事をする時には必要不可欠な魔術道具(マジックアイテム)だった。


「まあ、こういうのはあたしにはあんまり意味ないんだけどね…。もう逃げる気も無いし。」


「どういう意味だ? 」


「言葉の通り。わたしには魔術的な心理操作を防ぐ加護があるから。」


「じゃあ、抵抗してみろ。『這いつくばれ。』」


 ジョゼフは不遜な態度を取るシーラに、まずは自分の立場を解らせようと言葉に魔力を込めて命令する。



「あ…。ジョゼフって女にそう言うことさせる人なんだ…。ちょっとイヤだなー…。」


 シーラには全く効いているようには見えなかった。

 本当に隷属の効果が無さそうに見える。この魔術道具(マジックアイテム)が効かないなんて話をジョゼフは聞いた事が無く、思わず口をあんぐりと開けてしまう。


「でも…どうしても…って言うなら…でも…。」


「何をもじもじしてる…。まあいい。それで、なんでこんな事をしたんだ。」


 その姿に頭の痛くなって来たジョゼフは、質問に戻る事にした。


「盗みをしたってこと? あたしそんな事してないよ? 」


「…最初とずいぶん感じが違うんだな。そんな事してないって言うなら何だってそんな話になる。」


「あの人達、あたしに戦いを挑んで負けたの。そしたらお金を置いて逃げちゃって…。」



 シーラは掛け鞄から小袋を取り出すと、ジョゼフの前に並べて行く。


「最初はね、道に迷ったって話をして、それなら送ってやると言ってくれていたのよ。そしたら夜が更けてから抱かせろって言うの。あたしは自分に勝てたら良いよって答えて、勝負になった。手加減するのが大変だった。だってあの人たちって弱いんだもん。」


 口を尖らせながらシーラは言う。

 よく見ると目元がキツいだけで、かなり若い娘にも見える。


 ジョゼフには何となく話が読めて来た。この通報をした冒険者たちは、娘一人にあっと言う間に無力化されてしまったのだ。


 流石にこんな森に挑むからには、相当自信のある連中だったのだろう。言うに言い出せず、作り話をしているうちに話が大きくなって、ギルドに報告をしなくてはならなくなったのだ。



*



「…それで、お前は何者なんだ? 」


 大体の理由を察する事が出来たジョゼフは、ずっと疑問だったことを聞く事にした。

 これだけ強い娘が無名なはずは無い。どこかの道場主の武者修行か何かだと思っていた。



「その『お前』って言うの嫌い。お父さまみたい。ちゃんとシーラって呼んで! 」


「…わかったよ…。シーラ。君は何でこんなところに居たんだ? 冒険者ってのも嘘だろ? 」


「そう。冒険者って言うのは嘘。だけど道に迷っちゃったのは本当なの。」


 そう言うと、シーラは冒険者タグをくしゃりと握りつぶす。

 魔力で強化されている本物のタグとは違って、それはまるで紙のように丸められていた。


 ジョゼフが先ほど見つめた時にも魔力は感じられなかったので、最初から偽物な事は解っていた。


「道に迷ったって…。何だってこんなところに…。」


 ここは魔大陸との国境線の近くにある。だからこれだけ強い魔物が多いのだ。


「うーんと…。あたしって魔族なの。」


「え? 魔族ってあの悪魔みたいな姿形の? 」


 ジョゼフの口から間抜けな声が漏れる。

 魔族とは背中にコウモリの羽根が生え、緑や灰色の肌をし、ヤギの頭の乗った姿しか知らなかった。


「それ、お祭りの時の仮装でしょ? あたしも聞いた事しか無いけど。」


「仮装って…。俺も書物で見た事しか無いけどさ…。」


「姿かたちはみんなこんなもん。だから人間の街に遊びに行ったりしてる魔族も多いの。」


「……。」


 衝撃的な事実にジョゼフの頭はパニックになりそうになる。


――強盗団どころの騒ぎじゃ無い。まずはギルドに報告をしないと…。国王にも…。


 まずはシーラを魔族領まで送り届けたいが、自分まで予定の日までに帰らないと、さらに大騒ぎになってしまう。



「それじゃシーラ。まずは俺は街に戻って報告をしなくちゃならない。君を送って行くのはその後になるけど、いいかい? 」


「うん。それで許してあげる。」


 もの凄く引っかかる物言いだったが、ジョゼフの頭はそれどころでは無かった。


「じゃあ、洗い物に行ってくるね。…こびりついちゃって取れるかな…これ…。」


 鍋の底をゴリゴリと擦りながらシーラが言う。

 決闘のあと、話を聞いていたので随分時間が経ってしまっていた。



「ああ、それならこれを使うといい。石鹸って奴だから。ついでに身体も洗って来いよ。さっきので汗もかいたろう。」


「……。」


「何変な顔してるんだ? 洗うと綺麗になるぞ。いいにおいもするしな。」


 そう言って、カンテラを取り出すと蝋燭に火をつけて渡す。


 シーラが小川の方に向かうと、ジョゼフは今後の予定を立て始める。

 ここから一番近いギルドのある街まで行くのに四日…それから早馬を駆って王都まで二日…。

 最低でも一週間ほどの時間が掛かってしまう。

 その間にも魔族が人間の近くに忍び寄っているかも知れない…。


 そう考えると居ても立ってもいられなかった。



*



「ふう…いいお湯だった…。」


 気の抜けたような声がじっと焚火の炎を見つめていたジョゼフの後ろから聞こえた。

 近寄るまでまったく気配がしないのは凄い技術だと改めて感心する。


「おま…シーラ…。いいお湯ってなあ…。」


 後ろを振り返ると、素肌に貫頭衣だけの姿となったシーラが湯気を立てて立っていた。

 お前と言いかけて殺気が高まるのを感じたジョゼフは、慌ててシーラと言い直していた。


「魔法で沸かしたから、ちょっと温めだけど凄くサッパリしたよ。ジョゼフも入って来たら? 」


「あ、ああ。ありがたく入って来るよ。」



*



 まだ濡れている肌に張り付く貫頭衣を見て居られなくて、ジョゼフは小川へと向かう。

 先ほどまで冷たい水が流れていた淵の横に石造りの湯船が出来ていて、そこには湯気を立てるお湯が張られていた。


「これをあの短時間で作ったってのか…。」


 あまりにも現実離れした光景にジョゼフは唖然とする。

 人間ではこんな事をする事は不可能だった。こんな事が出来るなら大工も石職人も廃業だなとふと思ってしまう。


 指で軽く湯に触れてみるが、普通のお湯だった。

 毒性が無いかどうか、手で掬って臭いをかぎ、舌で味を確かめようと…。


「なにやってんの! 」


 ジョゼフはいきなり思い切り後頭部を叩かれた。

 自分じゃ無ければ首が飛んでたなと思うような一撃だったが、何とか耐えて涙目で後ろを振り返る。


 そこには真っ赤な顔をしたシーラが仁王立ちしていた。


「人の入ったお湯を飲もうとするなんて! そう言うのはダメ! 」


「は…はい。で、シーラさんは何を…? 」


「背中を流してあげようかと思ったら、お湯の匂いを嗅いだり、飲んだりしようとしてる人がいたから、慌てて止めに来たの! 」


 ガンガンする頭をさすりながら、ジョゼフは思わず敬語で答えてしまう。

 その事には全く気が付かず、青筋を立てながらシーラは怒る。


 どうやら完全に変態だと思われてしまったようだった。


「わ、分かった。もうしないから…。服を脱ぐからあっちで待っててくれ…」


「旦那様の背中を流すのは妻の務めでしょ? 」


「ちょっと待ってくれ。言葉の意味は解ってるけど、何を言ってるのか解らない。」


「? だって貴方あたしに勝ったじゃない。それにあたしのこと美しいって…。」



 頬に手をあてて首を振るシーラさんの姿を見ながら、ジョゼフは思い返す。


『こんな美しい女が一人でこんな森をうろつけるはずが無いからな。』


 確かに言っていたので、否定は出来なかった。


「美しいとは言ったけど…。魔族は決闘に勝ったら夫婦になるのか? 」


「ふふん。やっぱりね。そう。魔族は勝った者に好きに命令出来るわ。人間は違うの? 」


「そう…だな。喧嘩に勝ったからと言って嫁に出来るとは限らないよ。お互いを好きになった者同士が結婚するんだ。」


 ジョゼフは親が決めたりだとか、勢いでとか略奪してとか色々とあるのは知っていたが、言うと面倒な事になりそうだったので、黙っておいた。


「そっか…。ジョゼフもやっぱりイヤなんだ…。お父さまにもお母さまにも『お前みたいにガサツだと嫁の貰い手が無いぞ! 』って言われてたし…。」


「い…いや、イヤだって訳じゃないぞ。まだお互いを知っていないからとかそんな理由だけだから…。」


 急に悲しそうな顔になるシーラの事が居た堪れなく、ジョゼフはフォローを入れてしまう。


「そうなんだ…。それなら何の問題も無いよね。さあ脱いで。」



*



 有無を言わせないという笑顔が眩しすぎて、ジョゼフは大人しく着ていた服を脱ぐ。

 最後の砦である下着だけは、何とか死守する事が出来ていた。


 ひと悶着あったおかげで、お湯は完全にぬるくなっていたが、シーラが魔力を込めるとあっという間に熱いほどの湯となった。


「なんでこんな所まで来ようと思ったんだ? 」


 背中を流すシーラの姿を意識してしまい、ジョゼフは何とか自分を鎮めようと質問をする事にした。


「なんで…って、お婿さん探し? 」


「魔族はそうやって婿探しの旅に出るのか? 」


「いや。普通は家で待ってれば、戦いを挑みに来る男が来て決闘するの。だけどあたしには誰も来てくれなくって…。」


「……大変だったんだな。」


「うん。それでね。両親からもっとお淑やかにならないと、誰も婿になんか来てくれないぞって言われて、それなら自分で探しに行くって出て来たの。」


 またもや雲行きが怪しくなって来た気がする。

 どうやら、この娘は家出をして来たらしい。


「ご両親は、シーラがここに居るのを知っているのかい? 」


「知ってるはず無いでしょ? 家を出て来るのだって大変だったんだから! 」


――ビンゴだ…。


 ジョゼフは暗澹たる気持ちになる。

 今の状況は、どう見ても娘を誑かした男が連れ去ろうとしている。そうとしか見えない。


「シーラ。君はちなみに幾つなんだい? 」


「16。去年成人を迎えたの! 」


 そう言って胸を張る姿が、後ろを振り返った時に見えた。

 貫頭衣なんだから、お願いだからもうちょっと気を付けてくださいと思う。

 横から零れ落ちそうになっていた。


 年齢的には問題が無さそうだった。ジョゼフはまだ20になったばかりだったし、王国では15から結婚は出来る。

 これで10歳とか言われた時にはどうしようかと思ってしまう所だった。

 何しろ魔族とはどういう種族なのか知っている人間など今までは居なかったからだった。


 見た目通りの年齢ではない種族も居る。子供を誘拐したなんて言われたらたまったものでは無かった。



*



「それじゃ…そろそろ寝るか。シーラはテントで寝てくれ。

寝袋くらいあるだろ? 」


 精神的にも肉体的にも疲れ果てたジョゼフは、シーラにテントを勧め、自分は外で毛布を被って寝る事にしていた。


「イヤ! ジョゼフが外で寝るならあたしも外で寝る。」


 最初に声をかけて来た時の大人っぽい喋り方はどうしたと思いながらジョゼフはため息をつく。


「そんな事言っても、嫁入り前の娘と一緒には寝れないよ…。」


「やっぱりあたしなんかとじゃイヤなんだよね…。」


「わかった…わかったから…。」


 この世の終わりのような表情で言われると、どうしても嫌だとは言えなくなる。

 ジョゼフは仕方なく毛布を隅に寄せて、その中にもぐりこんだ。



 衣擦れの音がして、シーラがテントの中に入って来る。

 そしてジョゼフが横になっている毛布の中にそのまま入って来た。


「何をしてるんですか? シーラさん。」


「だって寝袋なんて無いもの。あたしが風邪でも引いたら困るでしょ? 」


「…今までどうやって寝てたんですか。」


「木の下とか洞窟とかで剣を立てて寄り掛かって寝てたよ? 」


「……。」


 そんな寝方で大丈夫なら、風邪など引く事は無いんじゃないかとジョゼフは思うが、あえて何も言わないことにした。


「あー。久しぶりに横になって眠れる。干し草もいい匂いだし…。こういうのも良いもんなのね。」


「それよりもシーラさん。腕に絡みつくのはいいんですけど、なんで裸なんですか? 」


「横になる時は全裸って決めてるの! 」


 もうジョゼフは何も言わない事にした。

 このお嬢様は自分が望む通りにしないと気が済まないらしい。



「うでまくら! 」


「はいはい…。」


「ふふーん…。」


 しかし、何とも幸せそうなその笑顔を見ると、ジョゼフはまあ仕方ないかという気分になるのだった。


 日中に気をずっと張っていた疲れがあったのか、ジョゼフは目を閉じるとそのまま眠りについた。

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