十九話 バーグ村に向かう二人
「本当も何も、俺が嘘を言う意味がないだろ。」
「……。そんな、じゃあ僕は一体何を……。」
ジョゼフの言葉に、リオンは半ば放心したようにがっくりと肩を落とした。
「リオンみたいな手練れが、俺と旅をしてくれるのは、おかしいと思ってたんだ。知っているんだろう? 死にたがりの生還者って言われてるのは。」
「ああ、もちろん知ってたよ。だから、姉に救われた命を粗末にする大馬鹿野郎だと思ってた。だから、君の姿を見つけた時、……どんな奴なんだか知りたくなったんだよ。」
「ユーリアが言ってた、地元に残してきた弟分って、リオンの事だったんだな。よく話を聞いてて、そのうち会わせてあげるって言われてたよ。きっと馬が合うはずだってね。」
「腹違いの姉なんだよ。ユーリアは、お人好しで困ってる人を放っておけないパーティーリーダーの事をよく手紙で愚痴ってた。仕方がない人だって言ってね。僕はずっとそれが君の事だと…。」
「そうだろうな。あのパーティーの中で金等級になったのは俺だけだったし。」
「それに、こんなクマみたいな大男の事を、可愛い弟分なんて書いてあるなんて思わないよ。普通。」
リオンは泣き笑いのような表情でジョゼフに言う。
「俺だって、いざって言うときに頼りになる可愛い子って言ってたのが、こんなんだとは思わなかったよ。」
「こんなんって何だよ! 」
リオンがジョゼフの肩を拳で軽く殴る。
「ユーリアは、気に入ったものは何でも可愛いって言ってたよな……。」
「そうだね…。あの人はそういう人だったよ。」
涙を滲ませた男二人は、今はもう居ない姉の事を思って、遠くの空を見つめるのだった。
「どうせその辺りもライザにきちんと説明して無かったんだろ? 心配してるみたいだから、しっかり説明してやるといい。」
がさりと垣根が揺れる音がして我に帰ったジョゼフは、それだけ言い残すとリオンとライザを残して東屋を後にした。
ふと振り返ってみると、両手を顔に当てて泣いているライザを、リオンが優しく包みながら声を掛けている姿が見えた。
たまにリオンが殺意に似た感情をぶつけて来るのは、ジョゼフにも解っていた。
きっと今までに助ける事が出来なかった者に縁があるんだろうとは思っていたが、ジョゼフの生き方を決める事となった、ユーリアの縁者だとは思ってはいなかった。
「これもあなたの意思なのですか? 」
ジョゼフは誰も居ない空に向かって、そうつぶやくのだった。
*
顔を洗いに行くだけのつもりが、結構な長居にとなり、すっかりジョゼフの身体は冷えてしまっていた。
部屋に戻ると、シーラはまだシーツをかぶったままでいた。
「シーラ、そろそろ起きてくれ。」
ジョゼフはシーラの冷え切った肩を揺すって、髪の毛に付いていた小さな花びらをそっと取る。
「あ、おはよう…ジョゼフ。」
「おはようシーラ。今日はお寝坊さんだな。」
「そうね。またジョゼフの事を知る事が出来て、幸せな気分だったの。」
「ずいぶん身体が冷えたみたいだな。風呂に入ってくると暖まるぞ。」
「そうしようかな……。でも、あたしはこっちがいい。」
そう言ってシーラはジョゼフに抱きつく。
「おい、俺の身体もすっかり冷えてしまってるから、暖かくなんてないだろ。」
「ううん。暖かいの。これが良いの。」
そう言って、シーラはジョゼフに抱き付き続ける。
「大丈夫だって、シーラを置いてどこにだって行きやしないよ。」
そんなジョゼフの言葉を聞いて、シーラは一瞬だけ顔を上げて微笑むと、またジョゼフをきつく抱きしめるのだった。
*
「さて、そろそろ出発するよ! 明日の朝には王都だ。あとちょっと気合いを入れな! 」
アーシアの掛け声に、聖歌隊のメンバーがめいめいに返事をする。
まだ眠そうな顔をしたり、気分の悪そうな顔をした者が居たが、歩けないほどでは無いらしく、隊列は徐々に動き始めた。
ノルンは馬車に乗って、シーラとジョゼフに手を振っている。
リオンはジョゼフの肩を叩くと、いつものようにライザと隊列の先頭へと向かって行った。
シーラはスカーフを巻いてジョゼフの隣で笑っている。
既に陽は高く登り、澄み渡った空には雲ひとつ無かった。
その何でもない光景が、ジョゼフにはとても尊いものに思えて、この出発の朝を忘れないように心に留める事にしたのだった。
ここからは時々里山のような森を見るくらいで、王都までずっと田園が広がっている。街道の脇には並木が整備されており、旅人が思い思いのタイミングで休憩が取れるように木陰を地面に落としていた。
今までとは違って、歩いても歩いても変わらない景色に、時間の経つのが少しだけ遅く感じる。
「なんだ? あれ。」
街を出てしばらく経ち、そろそろ一度目の休憩を終えてすぐの頃合いだった。
前方からリオンの声が聞こえて、ジョゼフは思わず身構える。
「どうしたんだい? 何か見える? 」
隊列を止めたアーシアが、早速リオンの下へと向かい、何事かと尋ねる。
「なんだかバーグ村の方に煙が見えるような気がするんだ。」
「飯炊きの煙…じゃないね。それにしてはまだ時間が早い。」
「どうしたんだ? 」
ジョゼフも胸騒ぎを感じて、隊列の先頭に回るとリオンとアーシアに話しかけた。
「いやね、バーグ村の辺りに煙が見えるんだ。何だと思う? 」
リオンがジョゼフに問いかけて来る。
バーグの方角を見れば、確かに灰色の煙が上がっているようにも見えた。
街道を歩いていた周りの人々も、そんなジョゼフたちを見て歩みを止めてバーグ村の方を見やっている。
ジョゼフはすぐにでも飛び出したい衝動に駆られるが、今はこの聖歌隊の護衛の仕事を請け負っているため、勝手に動く訳にも行かなかった。
「この足だとあと二刻は掛かるね…。」
アーシアが唇を噛みながらバーグ村の方角を睨む。
もし大事件が起こっているならば、直ぐに向かわねば意味がない。
だが、この隊を護るには最低でも二人は手練れが欲しかった。
「俺とリオンで先行しようか。こちらにはライザとシーラを残す。」
「それはダメです。相手方の戦力が解らない以上、最低でも三人以上で向かってください。戦闘になった場合にペアで戦う者と、もし敵わないと判断した場合にこちらに知らせる連絡係が必要です。」
「そんな…。」
ライザの指示に反論しようとして、ジョゼフは黙る。
実際に戦闘が始まってしまっていたとすれば、嫌が応でも巻き込まれてしまう。だが、戦力の判らない相手に、一人で向かうのは自殺行為でしか無い。
本来ならパーティで向かいたいところだったが、護衛の任務を放棄する訳にも行かない。
こちらが手薄になるのを待っている何かが居ないとも限らないからだ。
そうすると、強行偵察を出すにしても、もう少し村まで近寄ってからになってしまう。
だから、ライザの指示は的確なものに思えた。
「くそっ…。どうにも出来ないのか…。」
リオンが思わず声を荒げる。ジョゼフにもその気持ちは痛いほどよく理解できた。
あと一人手練れが居れば…。そう思って思わず両手の拳を突き合わせてしまう。
「おーいい…。シーラぁーー!」
そんな時、遠くからシーラを呼ぶ声がした。
声を上げた人影は、短く刈った黒髪を揺らして人の間をすり抜けるように走って来る。
「良かったあ…。王都に着く前に間に合って…。」
「あれ? セラじゃない。どうしたのよ。」
目の前でハァハァと息を荒げているのは、ルデルの街で会ったセラと言う魔族の少女だった。
どうやら、ルデルの宿屋でカーミラに伝えていた言伝を聞いて、慌てて追いかけて来たのだろうとジョゼフは思う。
「……もう…あんたのそういう所は諦めた…。」
「諦めたって何よ! いくら従妹でも言って良い事と悪い事があるんだから! 」
「まあ、待ってくれ…。セラさん…だったか。カーミラに残しておいた言伝を聞いて追いかけて来てくれたんだろう? 」
「ええ。そうよ…。旦那さんが話の早い人で良かった…。」
「ふふん。うちの人は凄いんだから! 」
「待ってくれ…。セラさん。今はちょっと話をしている余裕が無い。あと二刻ほど、この隊の護衛に付き合ってもらえないだろうか? 」
「…あ…いいわよ。それくらいなら。」
「よし。頼んだ! 聞いたか! 行くぞ、リオン、シーラ! 」
何が起こっているか判らずにおろおろとしているセラを置いて、三人は走り出していた。
やれやれと肩を落としているライザが説明をしてくれるだろうとジョゼフは思う。
アーシアはお腹を抱えて笑っていた。
「あんたたちどこにいくのぉーーー! 」
後ろからセラの絶叫が聞こえて来る。三人は顔を見合わせて噴き出してしまうのだった。
*
バーグ村が見えてくると、やはり村からは黒煙が上がっていた。
さらにジョゼフたちは足に魔力を込めて速度を速め、逃げて来る人々の間をぶつからないようにすり抜けて行く。
村に入ると、ゴブリンと思しき魔物と十数人の冒険者たちが既に戦闘となっていた。
「加勢するぞ! 」
「頼む。数が多すぎて手に負えない! 」
村の目と鼻の先にある丘からは、大軍と言っても良いくらいのゴブリンの群れが迫って来ていた。今、村の中で戦っているのは斥候のようなものらしかったが、それでも100を下らぬ程度の数が居る。
あの数が迫って来たら、この村はあっという間に飲み込まれる。
ジョゼフは覚悟を決めた。
「リオン! 済まない! 村が片付くまでアーシアたちは村の外で待っていてくれと伝えてくれないか! 」
「解った。僕が戻って来るまで死ぬなよ。」
「もちろんだ。戻って来る頃には片付け終わってるさ。」
ジョゼフは剣を抜き、ゴブリンに斬りつけながらリオンに答える。
魔力で強化された剣は切れ味も鋭く、斬られたゴブリンの上半身が何が起こったのか判らぬまま横に滑り落ちる。
「あたしも本気で行く! 」
シーラから膨大な魔力が立ち上がると、彼女が握っている大剣がその色を赤く染めて行く。
「頼んだよ! ジョゼフ、シーラ! 」
そう言い残すと、リオンはアーシアたちが向かって来ている方向へ駆け出す。
魔力を全開にしているようで、その姿はあっという間に小さくなって行く。
「はああぁっ! 」
掛け声とともに、シーラがゴブリンたちに斬り込んで行く。
大剣が振られる度に、相当な数のゴブリンたちが肉片へと変わった。
「すげえ…。」
呆然とその光景を見ていた冒険者の中から、思わず驚きの声が上がる。
村に侵入して来ていたゴブリンたちが、あっという間に両断され、叩き潰され、首を刎ねられ、吹き飛ばされて行く。
「おい! 俺たちも負けてられねぇぞ! 」
最初に闘っていた冒険者たちは、半ば諦めていたところに訪れた強力な味方に、喪われつつあった士気を回復させたようだった。
彼らもまた実力者だったようで、剣に魔力を籠めるとジョゼフとシーラの後ろに回り込もうとしていた一団に斬りかかり始めた。
徐々に魔物の軍勢を押し返しつつある彼らの姿は、村の外からいつでも逃げられるように遠巻きで見ていた冒険者にも勇気を奮い立たせ、彼らの中からも次第に加勢しに来る者が増えて来ていた。
「シーラ。危なくなったら直ぐに逃げろよ! 」
「イヤよ! ジョゼフが居るならあたしも逃げない。言ったでしょ! 」
「俺は大丈夫だ! 」
「またそうやって無茶するつもりなんでしょ? 許さないって言ったわ。それにね、あたしは自分の力で人の幸せを護りたい…そう決心してるの! 」
*
そんな話をしているうちに、とうとう魔物の大群との戦端が開いた。
いよいよ二人は話す余裕も無くなって来ていたが、その息は不思議なほどに合っていた。
ジョゼフの背後から奇襲をしようとする一団があれば、シーラがその集団を吹き飛ばし、木の枝の上からシーラを狙う矢があれば、それをジョゼフが叩き落とす。
辺りはあっという間に血の臭いで満たされて行くが、ジョゼフとシーラにはまだ傷一つついていなかった。
お互いにこんなに楽に戦闘を進められているのは初めてだと感じていた。
来るときにジョゼフ達が追い越していった冒険者たちがどんどん加勢をしてくる。魔法使いも参戦して来たようで、時折ゴブリンの間で大きな爆発が起こり、土と煙とゴブリンだったものが辺りに巻き散らかされる。
ジョゼフは自分たち、いや、シーラに当たらないかとひやひやしていたが、完全に制御された魔法が、冒険者達を傷つける事は無かった。
草原が広がっていた丘は、今や真っ赤に染まり始めていた。
そんな戦いが続いていたが、徐々にジョゼフは自分の剣の切れ味が落ちて来た事を感じ始めていた。魔力切れがそろそろ近い。
シーラを見ても、まだまだ大剣を振れてはいるが、その速度はジョゼフの剣の切れ味と同様にだいぶん落ちてしまっていた。
「くそっ……。あと少し……持ってくれ……。」
歯を食いしばりながらジョゼフは耐える。
「あっ…。」
金属がガラガラと落ちる音と共に、シーラがつぶやいたのが聞こえた。
ゴブリンたちが振るった斧で、シーラは大剣を取り落としてしまったのだった。
ジョゼフは慌ててシーラの援護に入り、シーラの周りに集まっていたゴブリンたちを叩きつけるように斬って行く。
「シーラ。もう魔力切れだ! 一旦下がれ! 」
「ダメよ。今下がったら、戦ってるみんなが犠牲になる…。」
ジョゼフはシーラの見つめる先に視線を動かした。
「…ゴブリン…キング……。」
その力は銀等級の冒険者にも匹敵すると言う、通常のゴブリンの三倍ほどの背丈のある魔物が、シーラたちへと向かって来ていた。




