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十七話 聖女とお話しする二人



「ブレッセルって、グラーフの近くにあるって言う村の事? ノルンちゃんはそこの生まれなの? 」


 ジョゼフが聞きたかった事を、シーラが一足早くノルンに言う。

 今までは記憶から消し去れるほどになっていたグラーフの災厄に、今回の旅はつくづく縁があるなとジョゼフは思う。


「はい。わたしもあの災厄を経験しました。アーシアさんが居て、ジョゼフさんが街に来てくれなかったら、わたしはもうこの世には居なかったでしょう。」


「ブレッセル村で人を纏めてたのはアーシアだったのか……。」



 ジョゼフの中で話が繋がって行く。


 旅芸人をまとめていた若い女座長が、ブレッセル村に逃げ込んだグラーフの市民をまとめ、人を攫って行こうとしていた領主に抵抗していた。


 それをジョゼフが聞いたのは、事件が終わって王都まで運ばれ、毒や無茶な魔力の使い方でボロボロになっていた身体がやっと快復した頃だった。


 彼女たちの素性については誰も何も聞かせてはくれなかった。



「そうです。わたしは、護衛として来てくれていたアーシアさまたちを、あぶない目にあわせてしまったんです。」


 ノルンの目にじわりと涙がたまって行く。こぼれ落ちるのを何とか防いだノルンは、目元を手のひらで拭う。



「いったい何があったの? 話してみて? 」


 優しく問いかけるシーラが、ノルンの目元にハンカチを当てる。


「聖女となる者は、聖刻と呼ばれるアザが生まれた時から身体にあるのはご存知ですよね? 木樵をしていた両親から生まれたわたしにも、洗礼の時に聖刻が見つかり、村は大騒ぎになったそうです。」


「ああ。それは知ってる。勇者と聖女には女神の加護として、聖刻が与えられるんだったな。」


「聖女に選ばれた者は、いつか迎えに来る勇者を待たねばなりません。当時の領主さまはわたしと両親を誇りだといって大変手厚く扱ってくれていたそうです。」


「それが、代替わりしたころから変わったのか。」


「はい。何かおかしいぞと言われ始めたのは、あの災厄が起こる半年くらい前です。街で人が領主の屋敷に行ったまま帰ってこないって言って、街の人がブレッセルの村に逃げ込んで来るようになったんです。」



「その人たちを村で受け入れたのね。」


「困った時にはおたがいさま。わたしがそう言ったから…。」


「ノルンのせいじゃ無いさ。」


「いえ。わたしの言葉は、女神さまのお言葉になってしまいます。当時のわたしはそれをよくわかってなかったんです。だから村の人たちは必死になって街から逃げて来た人たちのお世話をしてくれてました。」



「それじゃ、村の事は何も出来なくなったんじゃない? 」


「ええ。わたしのお父さんもお母さんも仕事どころではなくなって、毎日走り回ってました。だけど、皆さんがそれを感謝してはくれなかったんです。ごはんがおいしくないとか、ちゃんとしたおふとんは無いのかとか……。」


「それはひどいよ。村の人は出来る限りの事はしてたんでしょ? 」


「もともとお金持ちな村じゃなかったんで、街の人はみすぼらしく思っちゃったんだとおもいます。そんな事が続いて、村の人と逃げて来た人の仲は一月ほどで悪くなって行きました。」


「そして逃げて来る人も増えて行ったんだな。」


「はい。そしていつケンカになってもおかしくないようになってしまったんです。そんな時に来てくれたのがアーシアさまたちでした。」


「ノルンちゃんの護衛として? 」


「そうです。どうもグラーフの街がおかしいぞって言われて王都から来たのがアーシアさまたちでした。旅芸人はぎそう?とか言っていて、直ぐにここから逃げようって言ってくれたんです。」


「だけれども、ノルンちゃんは逃げるのを断ったのね。」


「はい。村に居る人たちの中には武器を準備してたりする人も居て、とても放っておけなかったんです。」



*



 話すほどにノルンの顔は青ざめて行き、カップに注がれたお茶にもほとんど手をつけなくなっていた。


「ねえ。ノルンちゃん。話したくないことは、無理に話さなくても良いのよ? ほら、これを羽織りなさいな。すっかり冷えちゃってるじゃない。」


 シーラはそう言ってノルンの肩にショールを掛けた。



「ありがとう、シーラさん。でも、こういう時じゃないと、お話を聞いてもらうのは難しくって…。」


「アーシアさんの前でも難しい? 」


「いえ。アーシアさまたちは、わたしを普通の娘と同じように扱ってくれます。ただ、他の方が居るときには、どうにもならないんです…。」



「だから、普段は話さないようにしてるのね…。」


「はい。そうなんです……。だから、ずっと話を聞いてもらいたくって…。」


「いいわ。話して。ノルンちゃん。」



 少し血色が良くなって来たノルンに、シーラが話の続きを促す。


「はい。アーシアさまは、わたしの村に残りたいってワガママを聞いてくれました。でも、村の人たちが一つにまとまるには、あんたの力が要るから、手伝って欲しいってわたしに言ったんです。」


「どんなことを? 」


「歌を歌って欲しいって言われました。」



*



 その日は、朝から良い天気でした。街の人も村の人も皆が集まって、旅芸人たちが行う歌劇を見に来ていました。


 主催はわたしとなっていて、聖女さまが辛い目にあっている人々に施しを与えてくださる。

 アーシアさまは、ほぼ全ての人をそう言って集めてくださいました。


 アーシアさまたちが作った舞台は、村の広場の一段高くなっているところを仕切っただけの簡単なものでした。


 衣装も無くて、役者さんたちは普段着のまま。

 最初は広場に集まった人たちはがっかりしていたようでした。



 だけれども、アーシアさんが歌い始めると、その空気が変わりました。


 人々が真剣に聞き出したのを見たアーシアさんは、早速演劇を始めました。


 演目は、あれが欲しいこれが欲しいとワガママばかりの姫様が、最後には王子様に呆れられて捨てられてしまう『カルドア姫』、そして次の演目は、なんでも人に恩を着せないと気が済まないおじいさんの『ユーゲリアの木』でした。


 その演技はとてもおかしくて、姫様が王子様の言葉を勘違いするところや、おじいさんが木の根に引っ掛かって転ぶところは、わたしも思わず広場に集まっていた人たちと一緒に笑ってしまうほどでした。


 そして、演目が終わると讃美歌の合唱が始まりました。その頃にはもう今まであった垣根は無くなっていて、街の人も村の人も一緒になって歌っていました。



 そして、最後に歌う事になっていたわたしは、すごく緊張をしていました。


 そんなわたしにアーシアさんは、楽しんでくればそれでいい、女神さまもそう望まれているって声を掛けてくれたんです。


 アーシアさんにみっちりとしごかれた三日間を全て出そうと思って、思い切り楽しんで歌いました。

 

 曲は前に聞いてもらった勇者が残した歌です。それからあの歌は、とっておきの日に歌う歌になったのです。



*



「そして、ブレッセルにいた人々は、いつか当たり前の暮らしを取り返すぞと言って、団結する事になったのです。」


「それを討伐せよと言う依頼だったんだな。あのときは。」


「はい。領主の衛兵が来ても、数で囲んで帰ってもらっていましたからね。」



 街から人が居なくなり、領主であり、魔物を飼っていた張本人のカイエス・グラムハルトが自分の部下たちを餌にしはじめたのが、ちょうどこの頃だった。


 その結果、衛兵やギルド職員すら逃げ出し、グラーフの街はさながらゴーストタウンのようになって行ったのだった。



「でも、食料の面でも必要な物資の面でも、もうブレッセルは限界でした。それでも何とか半年を耐えた頃に、ジョゼフさんたちが来てくださったのです。ですから、感謝してもしきれないのです。」


 聖女は跪いてジョゼフに礼をする。


「止めてくれ。ノルン。そんな立派な事はしてないよ。」


「女神さまだって、全ての人々を助ける事は出来ません。貴方は神以上の結果を望むのですか? 」


 ノルンの顔が少しだけ歪む。困ったような、嫌なものを見たような、そんな表情だった。



*



「あなたは誰? ノルンちゃんじゃ無いよね? 」


「わたしはノルンですよ? 」


「だって気配がまるで違うもの。それに、ノルンちゃんはそんな威圧的な気配で話したりしないわ。」


 シーラが突然ノルンに向かってそんな事を言い出した。ジョゼフは何を言ったら良いか解らずに、二人の顔を交互に見つめる。


「あちゃー。バレちゃった。ゴメンねノルン。」



 ノルンは自分自身に向かってそんな事を言い出した。


「やっぱり。あなたは何者なの? ノルンちゃんを害するつもりなら許さない。」


「落ち着いてよシーラさん。わたしは聖女でしょ? そういう事だよ。」


「まさか……。」


「そのまさかさ。でも無理矢理喋らせている訳じゃないよ? ノルンに上手く説明出来そうにないから手伝ってと言われてね。……私は彼女の頼みはどうにも断れなくって。」


 頬をポリポリと掻きながら、ノルンの姿をした何かは続ける。


「この子は本当に君に感謝してるんだよ。ジョゼフ。だから素直に聞いてあげて欲しいな。」


「解った。俺も少しだけ自分を認めてやろうとは思ってるさ。」


「それは良い。さっきも言ったけど、女神でも全てを救う事なんか出来やしないんだ。君がそうやって苦しめば、私も苦しい。それは覚えておいて欲しいね。」


 どこか寂しげな表情となったノルンは、ジョゼフに向かって呟くように言う。


 

「ジョゼフは渡しませんよ? 例えあなたが何だったとしても。」


「大丈夫。私の気持ちは全ての生きる者に向けているものと同じものさ。君が心配するような事にはならないよ。」



 シーラの言葉にノルンはクスクスと笑いだす。


「…ああ、ちょっと気が晴れたよ。ただね、シーラ。君が何者なのかは、もうこの子は気がついてる。黙っているのは、なにか迷いがあるんだろうってね。どうするかは君次第だけれども、このままって訳には行かない。」


「どうして? 」


「王都の魔力の流れがおかしくなってる。きっと君たちは巻き込まれるだろう。その覚悟はあるかい? 」


「……。」


「時間はもうあまり無いよ? 君たちの将来にも関わってくる事だ。」


「わかってる! わかってるってば! 」


 シーラが耳を塞いで首を振るのを見て、ノルンはジョゼフに笑い掛けると、こてんと首を前に倒した。


 気を失ったように見えるノルンを見て、ジョゼフは慌てて彼女を抱いて脈や呼吸を調べる。


「寝ちまっただけか。」


 ホッとしたジョゼフが抱いているノルンは、すやすやと静かな寝息を立てていた。



*



 ジョゼフとシーラは、寝てしまったノルンを抱えて、アーシアの部屋まで向かう。

 寝間着姿のままで出て来たアーシアに、ジョゼフが眠ったままのノルンを渡した。


「あの人には会ったのかい? 」


「ああ。少しだけ話しも出来たよ。」


 彼女は全てを解っていたようだった。だからノルンを探しもせずに、部屋で待っていたのだろうとジョゼフは思う。


「そうかい…。この子はそうなったら寝ちまうんだ。朝には起きてるから、またいつも通り接してやってくれないか? 」


「もちろん! ノルンちゃんはノルンちゃんだもの。」


「そうかい。シーラがそう言うなら安心だね。」


 そう一瞬も躊躇(ためら)わずに答えるシーラに、アーシアは優しく微笑むのだった。



*



 二人はノルンをアーシアの下へ送って行った後、自分たちの部屋に戻って来ていた。

 何から話せばいいのか判らず、二人は二つあるベッドの一つで、シーツを被ったまま黙って天井を見上げていた。


「ジョゼフ……。あのね……。」


「なんだい? シーラ。」


 いつになく真剣な声色のシーラに、ジョゼフは思わず身を固くする。



「あたしの声もあんなふうに聞こえてたのかな…。」


 静かになった二人の耳に届いて来ていたのは、隣の部屋を取っていたリオンとライザ夫妻の部屋から聞こえるくぐもった音と声だった。


 意外とこういう宿でも壁は薄いんだなとジョゼフは思う。


 ただ、獣のように聞こえるライザの声を聞いて、人は見かけによらないんだなと、どこか遠い世界の事のように感じていた。


「あまり気にする事はないんじゃないか? 俺は好きだぞ? 」


「そうね…。ジョゼフが良いなら良いか…。」


 二人はシーツの中で笑いあう。



「ジョゼフ……。あのね……。」


「なんだい? シーラ。」


「ううん。やっぱりいい…。」


 何か言いかけて、シーラは反対を向いてシーツを被る。



「シーラが今代の勇者だって事かい? 」


「……! なんで!! 」


 シーラは慌てて跳ね起きた。被っていたシーツがはだけ、形の良い胸がランプの灯りに照らされていた。


「はじめて一緒に寝た夜の事を覚えて無いか? シーラはいつも明るい所じゃ絶対に裸の背中を見せようとはしなかった。だけど、あの日の朝だけはシーラは気にせずに出て行ったんだよ。その時に腰にある聖刻を見てしまった。慌てて見ていない振りをしたけどな。」


「なんで聖刻だって判るの? ただのアザかも知れないじゃない。」


「あんな魔法陣みたいなアザなんて無い。それに俺は本物を見た事があるからな。」


 そう言うジョゼフを、シーラは驚いた顔で見つめるのだった。



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