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十六話 エーザウの街を楽しむ二人



「それじゃ、男はこっちだから。」


「えー。一緒に入れないの? つまんない…。」


 まずは汗をかいた身体を流す事にしたジョゼフとシーラは、この宿自慢の風呂に浸かりに行った。まだ宿に泊まっている客は食事や飲みに行っているようで、浴場の中はほぼ貸し切り状態となっていた。


 昨日は風呂に入れなかっただけに、湯の心地よさが身体に沁み込んで行くような気がしていた。



 時折女湯の方から、シーラの鼻歌が聞こえて来る。

 少しだけ調子はずれのその歌は、ノルンが歌っていた勇者が残した歌に聞こえた。


「先に戻ってるからなー。」


「はーい。すぐ行くから待ってて―。」


 ジョゼフは女湯に声を掛けて、さっさとガウンに着替えて部屋へと戻る。



*



「おはだつるっつるー! 見て見て! ジョゼフ! 」


「ほう。すっかりいつも通りに綺麗になったみたいだな。」


 ワンピースの浴衣に着替えたシーラは、長い髪を上にまとめていた。まだ濡れている髪と上気した顔が妙に色っぽく感じられて、ジョゼフは思わず目を逸らしてしまう。


「ねえ…。ちゃんと見てってば…。」


 下を向いて置いてあった冊子を見ていたジョゼフの目の前に、不満げなシーラの顔が突き出された。


「あ、ああ。何だかシーラが色っぽくてな。ちょっと直視出来なかったんだ。」


「ふふっ。なにそれ。もう…。」


 椅子に座るジョゼフの太ももにしなだれかかり、シーラは指先でジョゼフのふとももをくるくると弄ぶ。


「…なあ。この店に晩メシを食べに行ってみないか? 」


 ジョゼフがその気を見せないのが不満なのか、シーラはジョゼフが差し出した冊子を胡乱げな目で眺める。


 と、シーラの目が突然光りだした。


「あ、これやってみたい! 」


「そう言うだろうと思ったよ。」


 先に戻っていたジョゼフが暇を持て余して眺めていた冊子に、宿屋が企画をしている仮装の紹介があった。挿絵も載せてあって、ジョゼフすら興味をそそられた。

 襲い掛かりたい衝動を我慢出来て良かったとジョゼフは胸を撫でおろすのだった。



*



「コルセットって意外とキツいのね…。胸も苦しいし。昔の人って大変だったのね…。」


「昔って言うか、今も貴族はそうだぞ? 」


「えー。そうなの? じゃああたしには無理だなー。」


「イヤだったか? 」


「イヤじゃないよ? 昔から憧れだったもん。こういうドレス着るのって。」


 紳士と淑女が温泉街の目抜き通りを腕を組んで歩いていた。

 礼服を来た王子様のような恰好をしているのはジョゼフ。貴族の令嬢といった淡い桃色のドレスを身に纏っているのはシーラだった。


 普段は後頭部でひとまとめにしている長い黒髪を編み込んでうえにまとめ、つばの広い帽子をかぶり、しずしずと歩く姿はどこかの王女さまのように見えた。


 普段はしない化粧。形を整えた眉と薄く引かれた口紅にジョゼフはどきりとした。



「シーラも意外と物怖じしないんだな。もっと落ち着かないかと思って楽しみにしてたのに。」


「あ、非道い。それが目的だったの? 」


 すれ違う人が、なんでこんな人たちが?と驚いた顔で見て行く。中には本物の貴族だと勘違いをしたのか、頭を下げて通り過ぎるのを待つ人まで居た。


「これじゃ俺は引き立て役にすらなれないからな。少しばかりの抵抗ってやつさ。」


「ジョゼフも似合ってるわよ? 本物の王子さまみたい。」


「そう見えているのはシーラだけだと思うぞ? 」


「あら。あたしこれでも見る目はある方なんだけど。」


 手を振って来る女の子に、シーラは手袋を嵌めた手を振り返す。

 にこやかに通り過ぎて行く人々の視線は、美しいシーラの姿に集中していた。



「お、ここだ。」


「なんだかすごい店構えね。私たちが入っても大丈夫なの? 」


 看板には金の鷲亭と書かれていた。料理店である事を示すフォークとナイフの絵が掲げられている。


「ああ。昔は身分で入れない店もあったけど、今はもうそんな事は無いぞ。」


「えーっ。そうなの? 」


 多分前に言っていた小説ではそうなっていたんだろうなとジョゼフは思う。

 先王の時代までは確かにそうだった。


 玄関の前に立つと、ドアボーイが扉を開けて待つ。


 王都から一日半、高原に広がるこの街は、古くから貴族や湯治客の保養地として栄えていた。


 この店も元々は貴族専用の店だったが、時代の変化から一般人も受け入れるようになっており、貴族に変わって裕福な商人やジョゼフたちのように記念にと訪れる者がその客となっていたのだった。


 しかし、この料理店は男女ともドレスコードに見合った衣装で訪れなくてはならず、そのため、宿でも貸衣装を用意していた。

 裕福になって来ていた冒険者や商人たちが記念や思い出として利用すると冊子には書いてあり、せっかくののんびりとした旅なのだからと試してみる気になったのだった。


 店内は着飾った客で八割がた席は埋まっていた。

 だが、余裕を持ってテーブルが置かれており、混雑をしていると言う感じには見えない。


「ねえ。この中のどれくらいが本物の貴族なのかな? 」


「どうだろう。みんな俺たちみたいな仮装なのかも知れないぞ? 」


「ふふ。たしかに仮装ね。」


 シーラは笑う時にはきちんと口元に扇子を当てて隠す。その仕草は元々身についているもののような感じがした。



 給仕に案内されるまま、席へと二人は案内される。

 椅子が引かれてシーラが席へと着き、続いてジョゼフも向かい合わせの席に着く。


 テーブルに立てられている燭台から柔らかい光がゆらゆらと二人を照らす。


「今日はちゃんとした料理みたいだからな。失敗しても笑うなよ。」


「大丈夫。あたしも自信ないし。」


 そんな事を言い合っている間に、前菜が運ばれて来たのだった。



*




「こういうのもたまにはいいかも! 」


「こら、衣装を脱ぐまでは気を付けないと。」


 食事が終わり、料理店から出るとシーラは背伸びをしてしまう。大きく開いた胸元から零れ落ちてしまわないか、ジョゼフは心配をしてしまう。


「大丈夫よ。これくらい。」


「それでもな。他の男たちの目線が気になるんだ。」


「あら? やきもちを焼いてくれるの? ジョセフ。」


 シーラは腕に絡まりながら上目遣いでジョゼフを見る。普段の天真爛漫な姿と、そんな妖艶さすら感じる姿の落差に、ジョゼフはまたドキドキと心臓が高鳴るのを感じてしまうのだった。


「…さて、帰りますかお嬢様。」


「うん。」


 二人で料理のあれこれについて話しながら、街灯に照らされている石畳の上を歩く。

 芝居小屋があったり、土産物屋が呼び込みをしていたり、屋台から美味しそうなにおいが漂って来たり。

 陽が落ちればすぐに静まり返ってしまう普通の街と違って、観光で訪れる者の多いエーザウの街は夜になってもまだ人通りが多かった。


 歩く人たちに見えるのは笑顔。喜びや楽しさに満ち溢れていた。



「あら? 貴方たちも貸衣装を借りてたの? 」


 反対側から歩いて来た紳士と淑女が、ジョゼフたちに話しかけて来る。


「あら。マーガレットさん。あなたも? ふふっ。ごきげんよう。」


 シーラがスカートの裾を摘まんで令嬢のような礼をすると、聖歌隊のメンバーであるマーガレットも同じようにお辞儀を返す。


「だから俺にはこういうの似合わねえって言っただろ? 」


「いまさらそんなコト言わないの。男は度胸! ね。シーラさん。」


「はい。なかなか気持ちがいいものですよ。」


 ジョゼフも被っていた帽子のつばを掴むと、軽く礼をする。

 恥ずかしそうに顔を赤らめていた男も、ジョゼフに倣って礼を返してくる。


「さ、行きますわよ。()()()。予約の時間に遅れてしまうわ。」


 やれやれと言いながらも満更では無い表情の男の腕を掴んで、マーガレットは雑踏の中に消えて行った。

 ジョゼフたちと同じように料理店で食事をするのだろう。



 ジョゼフも食事についていたワインで少しだけ酔っており、顔に当たる涼しい夜風が気持ちよくて笑顔がこぼれ、すれ違う人一人一人と挨拶を交わしていく。



「ねえ、ジョゼフ。」


「なんだい。シーラ。」


「ん。何でもない。ただ、この世の中って、こうした小さな喜びで出来て行くんだなって。」


「そうだな。そうかも知れない…。」


 何か決意を秘めたようなシーラの顔を見て、ジョゼフは相槌を打つ事しか出来なかった。



*



「あー。解放された気分! 」


「そんなにキツかったのか? 」


「ああいう服ってね、着心地の良さとかよりも、いかに綺麗に見せるかだから。お腹が苦しくて大変だった。」


「あんなに食べるからだろう。」


「だって、なんだか残すのって負けた気分になるじゃない。」


「そう言う問題か? 」


「もちろん! 」


 着替えを終えて部屋に戻ると、早速シーラはベッドに大の字になって寝転がる。

 

 そんなシーラの姿を見ながら、ジョゼフは明日の出発の準備を整え始める。


「そろそろ洗濯もしたいよな。」


「明日は少しのんびりなんだっけ。」


「そうだ。明日は王都の手前にあるバーグ村まで行くだけだからな。」


「お昼過ぎには着いちゃうのよね。そのまま王都には入れないの? 」


「王都に入るには長い列が出来るから、時間を調整して朝一番から並ばないと、入れるのが何時になるか解らないからな…。」


「そんなに混むんだ…。行列って苦手かも…。」


「色々あってな。大きな荷物はバーグ村で預けて、着替えと身の回りの品だけ持っていくから、まだ楽な方だぞ。」


 そんな話をしていると、ジョゼフたちの部屋のドアがコンコンとノックされた。


「誰だろう。どうぞ。」


「ノルンです。開けてもらえますか? 」


 聖女様がどうしたんだろうと思いながら、ジョゼフは部屋のドアを開けに行く。

 

 部屋のドアを開けると、ティーセットをお盆に乗せた聖女様が、ニコニコとしながら待っていた。


「ちょっとお茶に付き合ってもらおうと思って。シーラさんと。」


「そうか。いらっしゃい。俺は外した方が良いかな? 」


「いえ、ジョゼフさんも是非居てください。」


 そう言って、聖女ノルンはしずしずと部屋へと入って来るのだった。



*



「どうか召し上がってください。」


 ノルンが手ずから淹れてくれたお茶が、テーブルの上で湯気を立てていた。


 部屋に備え付けられている椅子は二つしか無かったので、ジョゼフがベッドに腰かけて、シーラとノルンに椅子に掛けてもらう事にしていた。


 ジョゼフはカップを貰うと、ベッドに腰かけて一口飲む。


「こりゃ美味しい。」


「どれどれ。あ、ほんと。すっごいいい香り…。」


「喜んでもらってうれしいです。」


 思わず声が出てしまったジョゼフに続いてシーラがカップに口を付ける。そんな二人を見ながら、ノルンはいつものような微笑みを浮かべていた。



「今日はどうしたの? あれからなかなかお話も出来なくて…。」


「仕方ないんです。私が話せばそれは女神さまのお言葉として受け取られてしまいます。だから、こういう時じゃないと自由に話せないんですよね。」


 ノルンはいたずらを見つかった子供のように舌をペロリと出した。


 一緒に旅をするようになってから、シーラはノルンに何度か話しかけようとしたものの、彼女はニコニコと笑うばかりで、言葉を返してくれることが無かった。

 シーラは嫌われちゃったかなとずいぶん気にしていたが、こうして部屋の中に居ないと自由に話す事も出来ないという事らしい。


「良かったあ…。あたし、ノルンちゃんに嫌われてるかと思ってて…。」


「そんな事ないです! わたしこそ、なかなかお話をする事も出来なくってごめんなさい! 」




*



 シーラとノルンは手を繋いで謝り合う。

 普段ノルンが浮かべている微笑みとは違って、年相応の娘が浮かべるような笑顔に、ジョゼフの心にも言いようの無い気持ちが浮かんだ。


「それで、今日はどうしたんだい? 」


「あ、今日はジョゼフさんにまたお礼を言わなくちゃって思って…あとはシーラさんに…。」


「俺にお礼? 魔物を倒した時のお礼なら、逆に多すぎるほど貰ってるぞ? 」


 一応護衛とはなっているが、この旅もノルンを助けたお礼と言っても良い位のものだった。

 昨日は素晴らしい歌を聞かせてもらい、今日はメンバーと同じ、良い宿屋を取ってもらっている。

 一介の護衛の冒険者に対しての扱いでは無かった。



「違うんです。ジョゼフさんはグラーフの街を救ってくれたのでしょう? 」


 またその名前を聞く事になるとは。ジョゼフは口の中に苦い味が広がって行くのを感じていた。

 グラーフの災厄の生き残りであったエルヴィンから話を聞き、自分のしでかした事は間違いばかりでは無かったと少しは思えるようにはなっていた。


 だが、ジョゼフの心にはまだ上手くやれたのではないか、まだ沢山の人を助けられたのではないか、そんな思いが渦巻いていた。


「ああ。救えた訳では無いがな。一応の解決は出来た。」


「ジョゼフさんは優しいんですね。」


「優しくなんか無いさ。助けられなかった奴も多い…。」


 ジョゼフの頭に、仲間たちの顔が浮かぶ。ライアン、リカルド、アンヌマリーそして、ユーリア。みなあの戦いでジョゼフの前から居なくなってしまった。


「でも…。わたしたちはあなたに助けられました。」


「ん? ノルンちゃんもグラーフに居たの? 」


「いえ、私はグラーフでは無くて、ブレッセル村で生まれたんです…。」


 聖女はまるで神託を授ける時のように、静かに話し始めた。




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