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十三話 グラーフの災厄の話を聞く二人



「そういや姉ちゃん。いや、シーラさんだっけ、グラーフの災厄の話を聞いた事はなかったのか? 」


 エルヴィンがシーラに尋ねるが、シーラは顔を横に振るだけだった。


「ギルドで依頼を受ける時には、必ず噂話も聞いておかなきゃな。そういう話にこそ大事な事が隠れてるもんだ。」


「ねぇ。エルヴィン。そんな話はあと。シーラさんに話してあげて。」


「そうだな…。ちょうど酒も回って来た事だしな。」


 そういうと、エルヴィンは話し始めた。



*



 俺たちがグラーフの街に着いたのは、今から三年前の秋だった。


 ギルドからの依頼内容はグラーフの南西にある森の中の村が盗賊団の拠点となっているから、それを壊滅させよと言うものだった。かなりの高額で、俺たちはホクホクしてた。


 グラーフの街の人間も困り果てていると聞いてよ、人助けしたいと思う気持ちもあったな。

 英雄ってのに憧れがあったしよ。

 

 その時にパーティーを組んでたのが、剣士の俺、魔術師だったリッタ、槍兵のルドルフ、弓兵のアンリエットだった。これで聖女が居れば、まんま伝説のパーティーだなって言って笑ったもんさ。



 結局その依頼を受けたのは全員で100人ほどだったかな。一緒に向かっても意味が無えからグラーフでの集合日だけ決めて、パーティごとに向かう事になったんだ。



 普通、盗賊団なんて言ったら、俺たち冒険者の敵にはならねぇよな。冒険者を倒せるくらい強ければ、冒険者やった方が儲かるし。


 だから俺たちは楽で金になる仕事だと思ってたんだよ。


 中にはおかしいって言ってる奴も居たが、依頼主は貴族だったしギルドを通した依頼だったから、俺たちは大丈夫だと思い込んでいたんだ。



 それがどうもおかしいぞとなったのが、集合日の前日に街に衛兵の姿がまったく見えない事に気がついた時だった。


 街のなかは酷いありさまでな。昼間だってのに追い剥ぎみたいな事が平然と行われてた。

 店なんかも荒らされ放題でよ。通りにゃ人も歩いてねぇ。



 それでな、こりゃ変だと思って、グラーフのギルドに文句を言いに行ったんだ。


 そしたらよ、ギルドにも若い男が一人だけしか居なくてな。この依頼の窓口は全て領主のグラムハルト卿になっているから、そっちに行ってくれと言いやがる。

 何が起こっているのか聞いても、私には答える権限が無いの一点張りだった。


 それでな、埒が明かないから、そのギルドに居た男に依頼を破棄するとしたらどうするのかと聞いたんだ。

 男は嫌そうな顔をしながら、依頼を破棄する場合には、前金として支払っていた額の十倍の違約金が必要となりますと答えやがった。


 もちろん依頼書にもそんな内容は書いてねぇ。ただ、ギルドの人間が言うのなら、それは黙って受け入れるしか無かった。

 聞かなければ冒険者資格が剥奪される事もあるしな。

 


 仕方がねぇから、領主様のお屋敷に行くかとなって、ギルドでその要領を得ない男から場所だけ聞いて向かった。

 知らねえ、解らねぇ、権限がねぇ。そればかりしか言わねえソイツともう話をしたくも無かったし。ただ、あんな奴は後にも先にもソイツだけだったな。



 それで領主の屋敷に向かってる途中で、暴漢に襲われている爺さんが居た。


 普段はそう言うのを見ても何とも思わねえようにしてた。関わればどんな事件に巻き込まれるかも判らねえからな。


 ただ、人を救う為に来たはずだったのに、訳のわからねえ状況に放り込まれてよ、ちょっとイライラしていたのもあって、その暴漢どもを蹴散らした。


 爺さんはかなり弱っててな。リッタが治療魔法を掛けて俺がポーションを飲ませた。

 ひでえ出費だとボヤいたが、関わった以上は仕方ねえ。


 だが、この爺さんに会ったから、俺たちはまだこうやって生きていられている。

 領主の館に向かった連中は、誰も戻って来なかった。



 やっと口がきけるようになった爺さんは、冒険者なら直ぐに街を出た方が良い、魔力を使える人間はみんな居なくなったと言って来た。

 

 その爺さんが言うには、魔力を使える住民の一人が、領主の屋敷に呼ばれたまま帰って来ないのが始まりだったそうだ。


 最初は領主の屋敷で、何かさせられているだけだと皆は思っていたが、何人も何十人も領主の館に行っては帰って来なくなる。

 これはおかしいと思った住民たちは、呼ばれたとしてもあえて聞かなかった事にするようになった。


 だが、そのうち衛兵たちが直接訪れて来て、断る人を無理やり連れて行くようになってたらしい。


 

 これは自分の命が危ないと思った住民たちは、一人また一人と街から逃げて行く。その連中が行きつく先が、その南西の森にある村だったんだ。


 グラーフは知っての通り、西の山脈に囲まれた盆地にある。この街から他の街へ行くには、一本きりしかない峠道を通って、砦を抜けなきゃならない。

 もちろんその砦も領主の持ち物でな、外から入って来るには自由だが、中からは絶対に人を出すなと厳命されていた。


 それでも逃げようとした奴は、その場で殺されてしまったらしい。


 だから、状況が明るみに出るまで時間が掛かっちまってた。



 その村…名前はなんだったかな。そうそう、ブレッセル村な。そこに人々が逃げ込んでた。

 爺さんもその村に行っていて、自宅に物を取りに帰って来たところを暴漢に襲われてしまったみたいでな。本当に助かったと泣いて感謝されたよ。


 村を護っているのは、旅芸人たちのグループで、その首領は若い女だと聞いていた。

 俺たちは、爺さんにその首領あての伝言を頼んでおいた。


 次の日には冒険者たちが大挙してやってくる。そうなればこの街の状況も変わるだろう。

そちらにも誰か向かわせるから、まずは話を聞いて欲しいってな。



 そして、俺たちは一晩だけ爺さんの家を使わせてもらう事にした。

 広い家でな。街がそのままだったら俺たちが話しかける事すら出来ないような人だったようだった。


 次の日になれば100人からの冒険者が集まる。俺たちはその時を待つことにした。

先陣を切るのはワイバーンの討伐をこなして金等級冒険者になったばかりの奴だと聞いていた。


 そうだよな。ジョゼフ。


 

 …まあいい。それで、俺たちはまんじりとも出来ずに夜明けを待った。

 交代で寝る事にしてはいたが、何が起こるかわからねえから怖くって中々眠る事が出来なかった。


 特にリッタがその時に怖がってな。魔力の流れがおかしいって言ってよ。

 だから、俺が何があってもお前は護るって言ったんだ。


 そんな感じで夜が明けると、冒険者が街に集まり始めた。



 俺たちも街に出て、連中と合流して状況を伝えた。ギルドの方に向かった奴も居るかも知れないから、俺たちはそのままギルドにも行って、領主の屋敷に行こうとしてた連中を止めて本体に合流させた。


 こういう時には冒険者同士はすぐに横のつながりが出来る。


 その金等級冒険者にも、直ぐに話は伝わっていて、連中が代表して領主に話を聞く事になったと俺たちは街の広場に集まっていた本隊に合流してから聞いた。



 村への使いは誰がやるかと声が上がって、その老人と顔見知りの奴が良いだろうと言って俺たちに白羽の矢が立った。


 だが、その爺さんの顔を知っている者が、この街にも居てくれないと困るとの話も出て、俺たちのパーティが俺とリッタ、槍兵のルドルフと弓兵のアンリエットに別れて、俺たちが街に残る事になった。

 ルドルフたちには銀等級のパーティが一隊付いて行ってくれる事になってな。お使いにしては随分豪勢だなと思っちまってた。



 まさかそれがあいつらとの別れになるとは思わなくてよ。また後でなって言ったのが最後に交わした言葉になっちまった…。


 …済まねえ。ちょっと待ってくれ…。



 …それからほどなくして、街に魔物が沸いて来やがった。人の大きさほどもある蜘蛛だった。

 一匹一匹はさほど強くねえ。鉄の連中でもパーティの陣形さえ崩さなければ、十分に相手が出来る程度だ。



 ただな、とにかく数が多かった。


 目の前の建物があっという間に真っ黒に染まって行った。連中が建物の中に居た人間を襲おうと壁を這い上っていたからだ。


 奴らに火魔法を放てと俺は無我夢中で叫んだ。


 中に人間が居るのは知っていた。だが、もう助けられないのも解ってた。

 虫の魔物は火には弱い。だから俺は俺たちが助かるために、その建物に居た連中に犠牲になって貰う事にしたんだ。


 俺は悪人だろ? ジョゼフ。



 だが後悔なんざしてねえ。あの瞬間を逃せば冒険者も街の人間も全て犠牲になってただろうしな。全ては俺が命じた事だ。


 魔法使いが放った炎であっという間にその建物は火に包まれた。

 

 どうやらその建物は、人が居なくなった街で盗賊まがいの事をしていた連中のアジトだったらしくてな、その建物にだけ人が集中してた。


 だからまず蜘蛛の魔物は手近なそいつらを狙ったんだ。奴らに知能があれば、武器を抱えて戦闘状態になってる俺たちを先に狙ったろうさ。



 それで蜘蛛野郎はだいぶん数を減らす事が出来たが、まだまだ後から沸いて来やがった。

 それからはもう必死だった。周りにいた連中と陣形を固め、魔法使いと弓兵を中心に置いて、俺たちが壁になって襲ってくる蜘蛛をひたすら斬った。


 その間に、後から俺たちに向かってくる蜘蛛を魔法と弓が貫いて行く。

 あっという間に目の前は蜘蛛の死骸だらけになって、それを乗り越えてまた蜘蛛が襲ってくる。



 辺りからは、冒険者の悲鳴がひっきりなしに聞こえてきてた。

 恐れをなして陣形を崩すと、あっという間に蜘蛛にたかられる。だから、俺たちは最初に陣を構えた位置から動く事も出来ず、ひたすら闘い続けた。


 体力が尽きて何度も気を失いそうになったが、その度に誰かに励まされて気を引き締める。



 どれぐらいそんな事をやってたのか…。


 気が付くと、周りを壁のように蜘蛛の死骸が取り囲んでいて、もう動いている蜘蛛も居なかった。


 振り返ると、リッタが倒れてた。何処か怪我でもしたか、毒でも食らったかと思ってよ、もう半狂乱になりながら治療師(ヒーラー)を探した。


 やっと見つけた治療師(ヒーラー)は、他の重傷者に掛かり切りになっててな。その娘は後で良いなんて言いやがる。


 こいつが死んだらお前も殺すなんて言っちまった俺を、そいつがちらと見た。

 その娘はただの魔力切れだ。ポーションでも飲ませときゃ治ると言われてな。


 後から聞いたらそいつは教会の中でも有名な治療師(ヒーラー)だったらしい。今考えると済まねえ事をしたな。


 それからすぐに俺はこいつにポーションを飲ませた。

 うっすらとリッタが目を開けた時には心底ホッとしたな。こいつが居なくなった事なんて考えられなかったしな。


 後から初めてだったのに!ってリッタには怒られたけどよ。



 酔ってる? まだ全然酔ってなんかねぇよ。リッタ。


 それからか? あーっと。その戦いの中で俺はタグを無くしちまってよ。銀等級のやつ。それで何か色々と吹っ切れちまったのかな。


 村に逃げてた人たちは無事だった。だが、途中で蜘蛛に襲われた連中は戻って来なかった。銀等級の連中もルドルフもアンリエットも…。


 何もやる気が起きなくて、半年くらいリッタと旅をしてた。蓄えもそこそこあったし、気ままなテント暮らしもいいもんだったしよ。


 そしたらよ。リッタから子供が出来たって聞かされてな…。


 ずっと俺を心配して傍に居てくれていたリッタに、結婚して田舎に戻ろうって言って、今に至る訳だ。


 

*



「そうだったの…。でも、その魔物はなんで街に溢れたの? 」


 シーラがすやすやと眠るアリサを腕に抱いたまま聞く。


「あいつらはな、子蜘蛛だったんだよ。その貴族のグラムハルトって奴が土蜘蛛を屋敷の地下で飼ってやがったんだ。人間を餌にしてな。そしてジョゼフたちが来た時に、もはやこれまでと思って始末しようとしたんだろうな。落とし天井を落として潰そうとしたが、奴らは知っての通り物理的な力には強い。だから中途半端に潰れた親蜘蛛から、子蜘蛛がわんさと沸いた。」


 その光景が想像出来てしまい、シーラの顔が嫌悪にゆがんだ。


「でも、ほとんどは屋敷の中から出る事すら出来なかった。ジョゼフが率いていたパーティが、それに気が付いて直ぐに結界を張ったおかげだ。」


「1023だ。」


 ジョゼフが数字だけを言って黙り込む。


「何のこと? 」


 シーラがジョゼフに尋ねる。


「そいつはグラーフで犠牲になった連中の数さ。こいつはその全てが自分の責任だと思ってやがる。」


「当たり前だろう。しっかりと作戦を立ててさえいれば…。」


「お前は神にでもなったつもりか? そのうちの2~300と2人は俺の命令で死んだ。その贖罪の機会すら俺から奪うのか? ジョゼフ。」


「そんなつもりは…。」


「いいか。お前がいくら罪の意識を感じたとしても、死んだ人間は戻っちゃ来ねえ。お前が考えなきゃいけないのは、これから自分がどうするかじゃねえのか? 俺にはリッタが傍に居てくれたから立ち直る事が出来た。お前は違うのか? 」


 そう言ってエルヴィンはシーラの方をチラリと見る。


「そう…だったな。俺はもう一人じゃない…。」


 少しだけ不安そうな顔をして自分を見ているシーラを見て、ジョゼフはぎこちなく笑う。

 だが、その笑顔が上手く作れたか自信は無かった。



*



「おやすみなさい。」


 ややあって、皆がジョゼフたちに声を掛けて自分のテントへと戻って行く。

 すでに眠ってしまっていた聖女のノルンを抱いたアーシアが、アリサを抱いたリッタに何事か話しかけていた。


 

「じゃあ僕たちもそろそろ寝るよ。おやすみ。」


「おやすみなさい。」


 ずっと黙って話を聞いていたリオンが、ライザを連れてテントへと戻って行く。



「さて、うちも寝ますか。」


 今日は濃密な一日だったなとジョゼフは思う。だが、目を瞑っても果たして眠る事が出来るだろうかと不安になった。


「ねえ。ジョゼフ? 」


 ジョゼフの寝袋にシーラが入って来る。


「どうした? シーラ。」


「今日はね、色々と考えた事があると思うの。でもね、頭でわかってても、それを直ぐに変える事なんて出来ないと思う。だから、あたしがずっとジョゼフの味方でいてあげる。たとえどんなに間違ってたとしも、遠回りしたとしても。」


 シーラの両手がジョゼフの頭を包む。柔らかな感触がジョゼフの顔を包んだ。


「ありがとう。シーラ。」


 ジョゼフは、初めてシーラの前で着けていた仮面を取れた気がしていた。

 シーラは、自分の腕の中で静かに泣いているジョゼフの頭を、いつまでも撫で続けた。



 

拙作を読んでいただいてありがとうございます!


みなさまから頂いたポイントやブックマークが創作の励みになっています。


これからも出来るだけ皆さんに喜んでもらえる物語を書いて行きたいと思っておりますので、どうか今後とも当作品をよろしくお願いいたします。

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