十二話 仲間と焚火を囲む二人
「みなさん。そろそろ戻りましょうか。」
気の抜けたように空を見上げていたジョゼフとシーラに、ライザから声が掛かる。
ジョゼフとシーラは、呼び掛けられて、やっと周りに誰も居なくなっている事に気がついた。
「僕もはじめて見た時は大聖堂だったから、何も言えなくなっちゃったんだよね。」
リオンもライザと一緒にまだ言葉の出てこない二人を見て微笑む。
やっと人心地のついて来たジョゼフとシーラは、お互いに手を取り合って自分たちのテントへと戻り始めるのだった。
*
「さて、ちょっと火を貰って来るよ。」
ジョゼフはまだぼぅっとしている気持ちを振り払うように頭を振ると、焚き火をするための即席の囲炉裏を作り始めているリオンに言う。
シーラとライザには、つまみになる食材を洗いに行ってもらっていた。
「ああ。任せたよ。」
リオンが手を上げたのを見て、ジョゼフは薪を一本持つと、近くで既に火を熾こし終わっているグループを探す。
ちょうど隣のテントで火が熾きて、二人の人影を闇夜の中に浮かび上がらせたところだった。
「スマン。火を分けてもらえないか? 」
「ああ、いいよ。今日は飯も食い終わってるし、つまみを焼いて飲んだくれる気分でも無いしな。」
その男は、ジョゼフから薪を受けとると、先だけが火の中に入るようにして、焚き火の中へと入れる。歳の頃はジョゼフとそう変わらないように見えた。
彼らは家族のようで、焚き火に照らされている女性の胸には赤ん坊が抱かれていた。
「スマンね。助かるよ。」
「なに。うちには火魔法が得意な嫁さんが居るからな。火打ち石で熾こさなくとも良いから楽なもんさ。」
「ちょっと。人のこと便利な松明扱いしないでもらえる? 」
男はエルヴィン。答えた女性はリッタと言った。ジョゼフも名乗ると彼らと握手を交わす。
「君たちはこれから何処に行くんだ? 」
「リッタと俺は夫婦でな。これから王都で大聖堂にこの子の洗礼を受けに行こうかと思ってよ。」
「まさか、聖女の聖歌隊の歌が聴けるとは思わなかったけどね。」
「そうだな。村の連中にも自慢出来るな。」
そう言って、リッタとエルヴィンは微笑み合う。
「そうだったんだ。うちも結婚したばかりでね。」
ジョゼフが言うと、エルヴィンとリッタが紹介しろとせがみだす。
「それならエルヴィン、うちのテントに来るといい。つまみになる物もあるしな。」
「よしきた! 」
「エルヴィン。あなた飲まないんじゃなかったの? 」
「招待してくれるってんなら、飲まなきゃ損だろ? 」
まるでいたずらを見つかった少年のようにエルヴィンは答えたのだった。
*
「なんだい? ジョゼフ。火は持って来ずに、お客さんは連れて来たのかい? 」
ニヤリと笑いながら、リオンが訊ねて来る。
「いや、このご夫婦がね、お子さんの洗礼に行くって聞いてさ。」
ジョゼフがリオンに紹介すると、エルヴィンとリッタが礼をする。
「それはめでたい話だね。是非お祝いしなきゃ。」
「そうだろう。そう言うだろうと思って連れて来たんだよ。」
「なんでジョゼフが自慢げなのさ! 」
胸を張って二人を紹介したジョゼフに、リオンが不満を漏らす。
「あら? この方たちは? 」
水場に食材を洗いに行っていたらしいライザたちが戻って来て、見慣れない二人が居る事に気が付く。
「お隣のテントの人だって。このご夫婦がお子さんの洗礼に行くんだってさ。」
「なんて素敵なんでしょう。是非お祝いしなきゃ! 」
両手を組み合わせると、ライザは歌うように言う。
「そうだろう! そう言うだろうと思ってたよ。」
「なんでリオンが自慢げなんだ…。」
思わずジョゼフがリオンに言う。
「ジョゼフもやっとこの呼吸が解って来たんだね。」
そんなリオンとジョゼフは、顔を見合せて大笑いするのだった。
*
「へえ。二人は幼なじみなんだ。」
早速ご夫人であるリッタと仲良くなった様子のシーラが、二人の馴れ初めを聞いていた。ライザもその話に興味深々な様子で、リッタをシーラと挟み込むように話を聞いている。
さっきまで揺れる炎を見つめてキャッキャと喜んでいた娘のアリサちゃんは、今はリッタの腕の中ですやすやと寝息を立てていた。
「そうなの。この人ったら、小さな頃は村一番の腕白坊主で、あたしも良くカエルなんかを投げつけられてたの。」
「バカっ…止せよ…。」
「まあまあ。まずは飲めよエルヴィン。」
そっちを止めておけと言わんばかりのシーラからの視線を受け、ジョゼフはエルヴィンに酒を勧める。
「えー。そんな事されたら嫌いになっちゃうんじゃない? 」
「そうね。小さな頃はエルヴィンの事は大嫌いだったかな。」
「それがなんで…? 」
「大人になってからね。あたしは冒険者になった。伝説の魔術師になるんだって言ってね。こう見えても鉄等級までは行ったのよ? それでね、パーティ募集の張り紙を見て顔合わせに行ったら、この人が居たの。」
「えーって思った? 」
「最初はね。ま、他にいい話があった訳でも無かったから、そのパーティに参加したわ。そしたらね、この人本当に細々とした事に煩いの。やれ金属同士は音を立てないように布を巻いておけとか、魔力回復のポーションは常に何本以上無きゃいけないとか…。持って行く荷物の中まで見ようとしたから、頭に来て怒っちゃった。同郷だからって先輩面しないでって。」
「それは酷いわ。怒っても仕方ないよ。」
「それからも事あるごとに、この人は小言を言うの。それであたしが直すまで、絶対に連れて行かないって言い張ってた。ただね、そのうち気が付いたの。そうやって細心の注意を払っていないと、冒険者ってすぐに死んじゃう事に。」
「そうですね。初心者の頃が一番死ぬ確率が高いですから…。」
「そうそう。最初は採集とか護衛の仕事ばっかり受けてて、そして初めて魔物を討伐に行った時、常にこの人ってあたしと魔物の間に立つのよ。」
「俺は前衛なんだから当たり前だろ? 」
「ほら。口を挟まない。」
今度はリオンがエルヴィンのカップに酒を注ぐ。
「そして、あたしが前が見えないって文句を言うと、あんな感じでぶっきらぼうに答えるの。それからもずっとそうだった。」
「この人は、自分を常に護ろうとしてくれていると気が付いた…と。」
「そうね。シーラさん。でも、気が付くのには結構掛かっちゃったかな。だって事あるごとに村に帰って誰かの嫁にでもなれって言うのよ? 」
「あー。不器用なんですね。」
全員の視線がエルヴィンを射る。
「確かにそうね。不器用。今回だって、この子が生まれてから心配で気が気じゃないのに、全然気にしていない振りをして、突然大聖堂に行くかなんて言うのよ。」
「確かに大聖堂で洗礼を受けておけば安心ですもんね。」
子供が治療術の効かない病魔に侵されて死んでしまう確率は非常に高かった。だから、子供が生まれると親たちは教会に行って洗礼を受けさせ、病魔や魔の者から子供を加護してもらうように願う。
特に大聖堂で行われる洗礼には、女神からの加護を直接受ける力があると信じられていた。
「それで、どちらから結婚しようって言ったんですか? 」
「それはナイショ。」
「何言ってんだ。お前が俺みたいな乱暴者の嫁になれるのはあたしくらいしか居ないって無理やり結婚を迫ったんじゃないか。商人の娘との縁談も進んでたのによ。」
「あら? あなたがこれから先も守ってやるなんて言ったからでしょ? 」
「……。」
「もう。こんな時まで憎まれ口叩かないの! 本当に子供のままなんだから。」
そんなエルヴィンを見つめるリッタの目は、何処までも優しいものだった。
「今も冒険者を? 」
「いや、今はもうただの村人よ? エルヴィンは銀等級まで上がってたけど、あたしが妊娠しているのが解ったら、村に戻るかって言われてね。」
「悔いは無いんですか? 」
「そうね。無いと言ったら嘘になっちゃうけど、このまま家族で暮らせるならどこでも良いかなって思ったかな。」
そうリッタが言うのを聞いて、エルヴィンは何も言わずに頬をポリポリと掻く。
照れているのか、酔っているのか、その顔には朱が差していた。
*
「良い話だね。聞いててちょっとホロリと来たよ。」
暗がりからアーシアとノルンが顔を出す。
「あ、聖女…さま!? 」
「しーっ! お忍びで来てるの。」
リッタが驚きの声を上げると、ノルンがそう言って口に指を当てる。周りではそれぞれのグループが焚火を囲んで話に夢中になっていた。
ノルンが見つかってしまうと、その全てが挨拶に来てしまうと思われた。
「はい…。でも、どうしてここに? 」
「それはあたしから説明するよ。こいつらは今はあたしたちの護衛をしてくれててね。ちょっと聞きたい話もあったから、お忍びで来たのさ。」
リッタの疑問にアーシアが答える。彼女たちは、広げていた舞台の片づけを終えて直ぐにここに来たと説明した。
「それじゃ、まずは娘さんを抱かせてくれませんか? 私ので良ければ加護を与えますよ? 」
「願っても無い事で! 」
ノルンが言う言葉に食い気味で答えたのは、黙り込んでいたエルヴィンだった。
「ね? こういう人なのよ? 」
そう言うリッタに、全員から大きな笑いが洩れた。
ノルンがその小さな身体で、抱きかかえるようにエルヴィンとリッタの娘であるアリサを緊張気味に受け取る。彼女はそのまま上を向くと何事かをつぶやき始める。
次第に白いもやのような光がノルンの周りを漂い始め、アリサの身体を包み込んで行く。
その漂う白い光からは、どこまででも溢れて行きそうな優しさが感じられた。
次第に光がアリサに吸収されて行き、ついに見えなくなる。
「この子に女神さまの祝福があらんことを。」
ノルンが言い、儀式が終わった事が告げられる。
「なに、大司教がするよりもよっぽど凄い加護だぞ。」
そう言って笑うアーシアに、そこに居る全ての人の顔に笑いが溢れた。
「あたしにも抱かせてくれない? 」
「いいですよ。ほら、怖がらなくても大丈夫ですから。」
シーラが気持ちよさそうに寝息を立てるアリサを受け取る。
その表情には、いつもとは違った母性が溢れて来ているようにジョゼフには見えていた。
自分の胸にしっかりと赤子を抱いて微笑みをたたえるシーラの姿を見て、ジョゼフはいつの日にか我が子を抱いているシーラの姿を夢想するのだった。
*
「やっぱりな、色々と不安でよ。あんな事もあったしな。」
聖女から直接加護を受けると言う、この世界で最上級の洗礼を受けられた事に安心したのか、エルヴィンは陽気に喋り始める。
「あんなことってなんだ? 」
「ああ、俺たちはな、結婚する直前までグラーフの街に居たんだ。冒険者なら知ってるだろ? 」
「…もしかして、あの災厄にも関わったのか? 」
「あの街にいた冒険者なら誰でも関わってただろうさ。仲間は死んじまったけどな。」
エルヴィンの言葉を聞いて、質問をしたジョゼフの顔色が変わる。まるで隠していた罪を暴かれた、そんな表情だった。
「じゃあ、『生還者』の話も知ってるか?」
「あのお屋敷に行って、一人だけ生きて帰って来たって奴だろ? それがどうした? 」
「俺がその『生還者』なんだ。エルヴィン。君は俺を恨んでもいい。俺は君たちの事を助ける事が出来なかった…。」
そう言って、ジョゼフは胸元から金色に光るタグを取り出して見せ、頭を下げる。
「……。」
リッタとエルヴィンは驚いた顔でそのタグを見つめていた。
ジョゼフは頭を下げたまま、次の言葉を待つ。
どんな言葉でも甘んじて受け入れるつもりだった。
「はーっはっは!。リッタ! こりゃ凄げえ土産話がまた増えたぞ! 」
「ねぇ。村のみんなに羨ましがられるわ。」
「俺に恨みは無いのか? 」
「他の奴がなんて言ってるかは知らねぇけどよ。あの街で実際に戦った奴なら、お前が他の連中を助けられなかったからと言って、何か思う所があったりはしねぇよ。だからそんな辛気臭え顔すんな。俺の娘の祝いの日だぞ? 」
「そうよ。ジョゼフさん。あいつらがあれ以上溢れて来るのを止めてたって言うじゃない。もっと数が増えてたなら、あたしたちもここには居ないわ。」
恨みは無いかと聞いたジョゼフの肩を、エルヴィンがバンバンと叩く。
そんな彼の痛いくらいの叩き方に、ジョゼフは少しだけ心が軽くなった気がするのだった。
*
「あの…。そのグラーフ? って街で何があったの? 」
黙って話を聞いていたシーラが、アリサを抱いたままエルヴィンに尋ねる。
「あー。何から言ったら良いかな…。そんじゃちょっくら昔話でもしようかね。」
そう言ってエルヴィンは語り始めるのだった。
拙作を読んでいただいてありがとうございます!
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これからも出来るだけ皆さんに喜んでもらえる物語を書いて行きたいと思っておりますので、どうか今後とも当作品をよろしくお願いいたします。




