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十一話 教会で演奏会を楽しむ二人



「それで…。あなたたちは本当にわかってるんですか? 」


 笑みを浮かべながら、目だけは笑っていないライザに、目の前で石畳の上に正座をさせられているのは、リオン、ジョゼフ、シーラだった。


「なんであたしまで…。」


「シーラさん? あなたはわたしに彼らの上まで運んで欲しいと言われました。それはまあ良いです。そこから飛び降りられたわたしが、あなたの事をどれだけ心配したのか。それまだ解らないのですか? 」


「はっ、はい。すみませんでしたっ!」


 不用意に文句を言ったシーラが、すかさずライザにお叱りを受ける。

 口調は静かだけれども、有無を言わせない迫力があった。


「ただ、皆さんの行動の結果、助かった方たちが居るのは事実です。今回は結果が最良と言えるものだったので、これ以上は言いません。」


 正座をしていた三人はホッとする。

 ジョゼフも物静かに怒られる事が、これだけ怖いとは思った事は無かった。



*




「まあ、そんなに怒らないでよライザ。いつもの事じゃないか。」


 慣れているのか、いつものように飄々としているリオンが言う。


 動物的カンで、リオンの口をふさごうとしたジョゼフだったが、一瞬遅く、既に言葉はライザの耳にも届いてしまっていた。


 ライザの笑顔が一瞬ひきつったのを見て、ジョゼフとシーラは思わず『ひっ』と小さな悲鳴を上げそうになった。


「わかりました。うちの人が無茶をするのはいつもの事ですが、それがあと二人も増えるとなると、私の精神が持ちそうにありません。ですので、今後は戦闘時には()()()()私の指示に従ってもらいます。」


「えー。ライザの指示って的確過ぎて面白くないし。」


「うちのひとって言い方っていいね。そう思わない? ジョゼフ。」


「まて。ちゃんと話を聞こう。」


 ジョゼフが気になっていたのは、三人の頭の上に浮かんでいる人ほどもあるような大岩だった。

 普段は物静かな印象のあったライザだったが、本気で怒るとこうなるらしい。


『ライザが本気で怒ったら、頭の上に石が浮く事になると思う。けど、まあ大丈夫さ。落ちて来た事なんてほとんど無いし。』


 そうへらへらと言っていたリオンが大物なんだなとジョゼフは思う。


 さすがにこの大きさの岩が落ちて来たら、痛いだけでは済まないだろうなと彼は覚悟さえしていたのだった。


()()()()・ね()?」


 額に青筋を浮かべながら言うライザに、ふざけていた面々も思わず首を縦に振った。



「なんだ。面白そうな事やってるじゃないか。 そろそろメシの用意が出来るよ? 」


「あ、アーシアさま。」


 その言葉と同時に、頭の上に浮いていた岩がドスンと三人の目の前に落ちた。

 石畳を伝わって来た必殺の振動には、さすがのジョゼフも肝が冷える。


「本気で怒らせちゃダメな子っているのね…。」


 隣を見ると、シーラまで青い顔をして震えていた。

 

「ああ。これからは気を付ける事にしよう。」


 ジョゼフも真剣な顔をして、シーラに答えるのだった。



*



 ここは、ノヴォト市の外れにある教会。


 主要な街道沿いにある市には、王都に置かれている大聖堂の指示によって必ず教会が置かれている。

 主神であり、唯一神である女神を讃える為のもので、祈りを捧げる為の聖堂がある他は、十字のシンボルがあるだけの簡素なものだ。

 だが、その求心力は高く、ほとんどの民はこの女神へ七日に一度の礼拝を欠かさない。



 そして、この教会には必ず野営地が隣接して設けられている。市街地にあるのもその為だった。



 これには訳があり、市街地への不審な人物の流入を防ぐこと、旅をする者が魔物や盗賊に襲われる事を防ぐこと、また、夢のある若者を応援すると言う教会の姿勢を明確に打ちだす事にあると言われていた。


 だが、一番重要なのは、必ず宿帳に名前と出身地、何処から来て何処へ行くのかを記載させることによって、誰がどの街へ移動したのかを国が把握する事にあった。

 

 この政策の実施によって、治安は飛躍的に良くなって来ていた。



 夕暮れ時が近くなって来て、続々と冒険者や旅人たちが野営地に集まって来る。


 陽が沈むのを待たず、あっという間に広い野営地はテントで一杯になった。


 ジョゼフたちも、慌てて場所を確保してテントを張る。



*




「あなたたち、アーシアさまの楽団を知らなかったの? 」


 ジョゼフとシーラは首を縦に振る。怒られていた訳では無かったが、条件反射的に頷いて答えてしまう。


 アーシアたちは、大聖堂から派遣される聖歌隊で、普段は地元の有志達で行われる讃美歌の斉唱を、地方に出向いて行う一団だった。


 ジョゼフたちがルデル市に帰る直前まで教会で讃美歌を披露し、人々を感動させていた。


 ライザとリオン夫妻は、それこそ何度も行っていたようで、ライザの喜びようと言ったら無かったとリオンも優しげな笑顔をこぼす。


 

 ジョゼフは元々旅暮らしだったので、貴族の動向や、魔物の発生の有無以外の世事には本当に疎かった。

 シーラはシーラで魔族の中での流行りについての知識はあったが、人間の国での話はここ最近知った事しか無かった。



「ま、話すよりは聴いた方が良いだろう。とりあえず腹ごなししなくちゃな。」


 シーラとジョゼフが知らなかったと言った事を気にしたふうでもなく、アーシアは彼らを教会の中まで案内する。


 大聖堂直属の聖歌隊と言うだけあって、この教会の神父が聖堂を食堂として使わせてくれる事になっていた。


 四人がアーシアに案内されて、教会の中に入ると椅子は片付けられており、代わって置かれたテーブルには、数々の料理が用意されていた。


「さあ。あたしたちの夕食会へようこそ。たくさん食べておくれ。今日は、あんたたちに命を救われた感謝を。そして、引き合わせてくださった女神さまに感謝を。」


 そう言うとアーシアは両手を組んで祈りを捧げる。


 テーブルについていた、聖歌隊のメンバーたちも同じように祈りを捧げ、ジョゼフたちもそれに(なら)った。


「食後には、あたしたちなりの感謝のしるしとして、歌を披露しようと思ってる。魔物には勝てなかったが、これだけは自信があるんだ。」


 アーシアがそう言うと、聖歌隊のメンバーから笑いが漏れた。





*




「今日も食べたな…。もう動けそうに無いぞ…。」


「ジョゼフは魔力が空の状態なんだから、それくらいで良いのよ。」


 用意された食事は、身体を動かす者向けの濃い目の味付けだったため、ジョゼフもシーラも美味しい美味しいと言っては貪るように食べた。


「その二人の食べっぷりはいつもなのかい? 食費が大変そうだ。」


「下手に料理するなんて言わなくて良かったかも…。」


 リオンとライザが呆れたようにお腹を擦るジョゼフとシーラを見る。


「なに。量があれば満足だからな。森には食材も一杯あるし。」


「あれはあれで美味しかったよ? またあのコメっていうの食べたいかも。」


 そう言ってまだ食べ物の話をするジョゼフとシーラに、リオンとライザは顔を見合わせ、そして笑いだすのだった。



「満足して貰えたかい? うちの料理人が腕によりを掛けたって言ってたからな。」


「なんだか冒険者向けの料理店の食事みたいでした。聖歌隊というから、もっと貴族みたいな薄味なのかと…。」


「歌を歌うって言うのは、意外と身体を使うものなのさ。あんな貴族料理みたいのじゃ、腹から声は出せないんだよ。」


「なるほど!そういう事なんですね。」


「それにね。女神は『飲め、喰え、そして踊れ。人の子よ、人生を愉しめ。』そう言っておられる。従わない訳には行かないだろう? 」


 興味深々と言ったライザにアーシアが答える。

 この女神は常に微笑みを絶やさず、泣く事は無い。人が人生を愉しんでいる姿を何より慈しみ、満足の行く死を迎えた者を優しく迎え入れる。そう信じられていた。


「ちょっと用を済ませて来る。」


「行ってらっしゃい。暗いから気を付けるのよジョゼフ。」


「わかったよ。」


 話に盛り上がる女性たちをちらりと見ながらジョゼフは教会を出る。

 そこには満天の星空が広がっていた。


――女神さま。あなたがもし俺を見ていたなら答えてください。俺は人生を愉しんでも良いのでしょうか。


 ジョゼフは、少しだけ滲む星空を見上げながら、そんな事を思っていた。



*



 教会の前は、半円形にスペースが開けられていた。

 そのカンテラで仕切られた空間の背には、教会の十字が掲げられており、荘厳な雰囲気を作り出していた。



 ここに泊まる事になった旅人たちからも、興奮気味の声が聞こえてくる。


「まさか。聖女さまの聖歌隊を生で見れるなんて。」


「俺もここにたまたま来ることになってよ。帰ったらみんなに自慢しねえとな。」


 教会のドアが開けられて、ざわついていた観客たちは水を打ったように静かになる。



 出て来たのは、最初に森で助けを求めて来たドレスの女性だった。

 彼女は良く通るソプラノで一人歌いだす。


 いわゆるア・カペラと言う歌唱法で、伴奏を付けずにハーモニーだけで歌い上げる。


 ドアからはアーシアたち数人の女性が出て来て、彼女に重ねて歌いだす。


 教会に行ったことのあるものだったら、誰もが歌ったことのある讃美歌だった。


 だが、それは聞いた事のある曲とは全く違うものだった。


 

 次に男性たちが数人出て来て、彼女たちに重なる。


 低音が入る事によって、音に奥行きが見えて来る。


 

 ジョゼフは作曲家たちが、音楽というものを通して神の世界を地上に写し取ろうとしたと聞いた事はあった。


 あまり信心深いとは言えなかったジョゼフも、思わず手を組んでしまう。



 ドアからはさらに人が出て来る。


 複雑に重なりあった音は、絡み合って洪水のように耳朶を襲う。


 女神への感謝で締めくくられたその歌詞がふっと夜の闇に消えて行く。



 聞いていた者たちは、声を上げることも拍手を送る事も出来ずに、ただその感動に震えていた。



*



 その後、数曲を披露した彼女たちは、その余韻を残したまま教会の中へと下がる。


「シーラ。泣いてるのか? 」


「ジョゼフだって。」


 思わずジョゼフも頬に手を当てる。もう何があっても泣かないと誓っていたはずの瞳から涙が溢れてしまっていた。


 魔力も何も使わず、ただ人の声だけでここまで心を動かされるとは思わなかった。


 周りからも、やっと余韻から覚めてぽつぽつと声が上がり始める。


 ただ、それは開始前の興奮に満ちたものでは無く、自分が味わっている気持ちをどう表現したら良いかというもどかしさが感じられた。


 どれもジョゼフすら知っている歌のはずだった。

 子供の頃にふざけながら歌って、神父さんに怒られた事を思い出す。


 大地や空への感謝などと言われても、子供だったジョゼフには理解できていなかったのだ。


 だが、アーシアたちの歌を聞いた時、恵みをもたらす大地と空に感謝をする人々の姿が確かに見えた気がしたのだった。



*



 ふたたびざわつくようになって来た観客たちの前で再びドアが開かれる。


 中から出て来たのは、まだ七から八歳と言ったふうに見える少女だった。


「聖女さまだ。」


 シーラが驚いた顔でその方を見て、舞台に居るノルンに目を戻す。


 聖女とは、勇者と共にこの世の魔を滅ぼす役割を担っている者に与えられる称号で、その身には聖刻が刻まれていると言われていた。



 彼女の後ろから数人の男女が出て来た。


 今度は先にその男女が歌いだす。


 素朴な音程で、母が子に教え伝える歌の伴奏曲だった。


 (いにしえ)の時代に異世界から召喚され、魔を滅ぼしこの世界を救った勇者が残したと言われる歌だった。


 歌詞はあるが、意味はもう解らない。

 

 ただ、その勇者がよく歌っていたと言う歌は、その歌いやすさと優しい曲から、母が子に伝える歌となり、この世界の母親たちに歌い継がれて来た。



 ノルンが歌いだす。


 その素朴だけれども物悲しく優しい歌は、聞いているもの達の心を抉るように響く。


 ノルンが歌い終わると同時に奏でられた伴奏の音が消える。



「おれ。一度実家に帰るわ。」


「あたしも。久しく母さんの顔見てないし。」


 そこかしこから、そんな言葉が涙声で紡がれる。


 ジョゼフとシーラは、何も言えずに夜空を眺めていた。

 満点の星空に掛かる星は滲んでよく見えなくなってしまっていた。



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