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十話 魔物と闘う二人 後編



 女聖職者(プリースト)に声を掛けられたジョゼフは、シーラを腕に抱えながら彼女の方を向く。


「大丈夫だよ。そんな不安そうな顔するなって。」


 痛みのせいか、また気を失ってしまったシーラに、アーシアがそっと触れる。


「ふん。骨が折れたりもしてないみたいだね。頑丈な子だ…。」


「大丈夫なのか?」


「なに、内臓にも異常は無し。打ち身とちょっとした脳震盪ってとこだね。」


「そうか…。良かった…。」


「それよりもアンタの方だよ。自分で気が付いてないのかい? 」


 そう言われてジョゼフは自分の身体を確かめる。


 暴れる魔物を押さえつけていたせいか、着ていた防具はいたるところが割れ、へこみ、そして無数の深い切り傷が剥き出しの肌に刻まれていた。


「ああ…こんなになってたんだな…。」


 ジョゼフは腰のポーチに手をやると、中から小瓶を取り出す。


「ポーションだけじゃ傷は塞がらないよ。お嬢ちゃんが目覚める前に塞いでおかないとね。」


 そう言うと、女聖職者(プリースト)は、ジョゼフの治療を始めるのだった。



*



 ジョゼフの頬を平手が打ち付ける甲高い音がした。


「すまない。シーラ。君の気持ちを全く考えていなかった…。」


 大男が、少女と言っても良いような女性に平手を打たれ、謝っていた。

 

 ジョゼフの傷はしっかりと塞がり、流れ出た血の跡も拭き取られてはいたが、彼が魔物を力付くで押さえつけていた姿と、ボロボロになった防具から、シーラには何が起こっていたのかは、おぼろげに解っていた。


「考えてないとかそう言う問題じゃないわよ! ジョゼフ。あなたが居なくなったら、あたしはどうやって生きて行けばいいの? そんな事も考えられなかったわけ? 」


 シーラは涙を流しながら怒っていた。

 

 今までも、ジョゼフの軽率な言葉でシーラが機嫌を損ねる事はあったが、本気で怒っていると感じたのは初めてだった。


 彼女は女聖職者(プリースト)のアーシアの治療を受け、直ぐに回復をした。

 その後、リオンとアーシアから何が起こったのかを説明されると、ジョゼフに対して烈火のごとくに怒りだした。


 アーシアが自分たちのせいだと嗜めるが、シーラは夫婦のこれからに関わる問題なのでと頑として聞き入れなかった。


 実際に考えていなかった訳では無かった。ただ、人を救いたい、ただそれだけしか無かったジョゼフは、それ以外のやり方を知らなかったのだった。



「ジョゼフはね。自分よりも周りが大事なのよ! 」


 前にも言われた事のある言葉が、シーラの口をついて出た。


「……。」


*


 ジョゼフも今まで女性と恋仲になった事が無いわけではなかった。


 ある程度、名前が知られるようになってくると、冒険者の周りには女性が集まって来るようになる。


 高い収入に、危険な香り。そして、次の日には物言わぬ躯となってしまっているかも知れないと言う心構えから、金払いも良かった。


 そんな者たちに夢中になる異性は多い。


 だから、周りに何人もの異性を侍らせて、そのさや当てを楽しむという者も居た。


 ジョゼフは同時に何人も愛せるタイプでは無かった。

 また、恋をする暇があれば、その分自分を強くしたい。そう思うような人間だった。


 ほとんど街に戻らずに、旅暮らしをするようになってからはほとんど無くなったが、そんな彼の事が良いという女性も中には居た。



 そう言った女性と付き合いを始め、最後に言われた台詞がこうだった。


『ジョゼフは自分よりも周りが大事。でも、傍にいる私のことなんてどうなっても構わないんでしょう。 もう私は付いていけない。』


 ジョゼフは判決を言い渡される囚人のような気分でシーラを見る。自分より周りが大事、この後に続く言葉が予想出来たからだった。



*



 怒っている彼女の顔もまた美しい。ジョゼフはぼんやりとそんな事を思っていた。



「あなたはもうあたしのものなの。あたしはね、あたしのモノを大事にしてくれない人が一番嫌い。だから、あなたが自分を大事にしないのは、絶対に許さない。 」


「……。」


 ジョゼフはまさかこんな言葉が返って来るとは思わずに、まじまじとシーラの顔を見てしまう。

 まるで女王が配下のものに命令するかのように、シーラがそう言い切ったからだった。


「もし、あなたが自分を大事に出来ない事があっても、あたしが常に傍に居てあなたを護る。あなたが危険な目に遭えば、あたしも危険な目に遭う。それなら問題無いでしょ? 」


「…シーラ、君はワガママなんだな。」


 ジョゼフは笑顔になると肩をすくめてシーラに答える。


「あら? 今頃気付いたのジョゼフ。あたしはワガママなの。」


 そう言って腰に手を当てて、シーラはまだ頬に涙の痕を残したまま不敵に笑うのだった。



*



「あー…。そろそろいいかな? 」


 抱き締め合って見つめ合うジョゼフとシーラに、そんな声が投げかけられる。


「スマン、リオン。本当に助かった。」


「なんだかとっても淡泊だね!? 」


「そっちも怒られてただろ? だから俺から言えるのは感謝だけさ。」


「確かにそうかも…。違いない。」


 そう言ってジョゼフとリオンは笑いあう。

 シーラが怒っている間に、リオンもまたライザに連れられて行っていた。

 戻って来たライザの頬に流れる涙を見た時、ジョゼフは心苦しさで胸がつかえる思いがした。


 だが、この男が居なければ、自分の限界まで魔力を絞り出す事は出来なかっただろうとジョゼフは思う。

 リオンが諦めずに戦っていてくれたからこそ、何度も諦めかけた心を奮い立たせることが出来たのだった。


「それで、どうした? 」


「ああ。大体片付けが終わったってさ。馬も麻痺してただけだったから、馬車も捨てずに済みそうだって喜んでるよ。」


 馬車も魔物にひっくり返されていただけだったので、足回りに大きく壊れたところも無く、男たちが数人がかりで起こした。

 その間に、女たちが周りに散らばってしまっていた荷物を集め、また馬車へと積み込んで行く。



 戦いが終わった後、ジョゼフたちは、逃げた人達が集まっているという街道の合流点まで女聖職者(プリースト)たちのグループの人間を迎えに行っていた。


 魔物と闘っていたのは男たちがほとんどだったが、彼らの中には怪我をしてしまっていた者も多く、女聖職者(プリースト)のアーシアの治療術(ヒール)を受けても、まだ動けない者も多かった。


 女性たちは魔物が襲って来たあと直ぐに逃がされて、合流点で他の冒険者たちに護られていた。


 冒険者たちの顔には、ダンジョンの奥に行かなければまず会う事すらない大百足が出たとの話に、緊張を顔に浮かべていたが、ジョゼフたちが迎えに行くと、ホッとした表情を浮かべたのだった。


 最初にジョゼフたちに襲われている事を知らせてくれたドレスの女性は、他の冒険者たちに連れられて、女性たちと合流していた。


 たまたま通りがかったその冒険者のグループに、シーラが頼み込んだと言う事だった。


 無事に合流出来た皆は、お互いに喜び合う。

 重傷者は出たものの、死者は居なかったと聞いて、ジョゼフは胸を撫でおろしたのだった。



*



「あの…。ジョゼフさん!ごめんなさいっ!」


 ジョゼフが服の裾を引っ張る手に気がつくと、少女が涙を浮かべながらジョゼフを見ていた。


「ああ。馬車の中に居た子か。どうした? 」


 ジョゼフは少女と目線の高さが合うようにしゃがむと、そのぱっちりとした目を見て話し掛ける。


「せっかくジョゼフさん達が追い詰めていた魔物を、わたしが魔法で攻撃してしまったせいで怪我をさせてしまって…。」


 それだけ言うと、目を擦りながらその少女は頭を下げる。

 年の頃は七から八歳満くらいだろうか。だが、見た目とは違って、しっかりした話し方だなとジョゼフは思う。


「大丈夫だ。もうなんともないぞ。俺も君と同じようにアーシアさんに治してもらったしな! お名前は何て言うんだい? 」


「…あの…わたし…ノルンって……。」


 ジョゼフが聞く言葉に、ノルンはすすり上げながら返事をする。


「ノルンか。アーシアさんを守ろうとしたんだよな。あれだけ大きなファイアボールを出せるなんて凄いぞ。」


「私…あんな事しか出来なくて…。使っちゃダメって言われてたのに…。」


 ジョゼフが頭を撫でながら誉めるが、ノルンはまだグズり続けていた。


 自分のしたことで、大切な人が居なくなってしまうかも知れない。その怖さは少女には厳しかったのだろうなとジョゼフは思う。

 

「ほーら。もう泣かなーい。」


 シーラはノルンを持ち上げると、脇をいきなりくすぐり出す。


「ちょっと…やめっ…あはははっ! 」


 ノルンの顔に笑顔が戻って来る。


「ねぇ。ノルンちゃん。あなたは何も悪い事なんてしてないよ。」


「え……。どうしてですか? 」


「それはね。間違った事が出来るのは、子供の特権だから! 」


 自信満々に答えるシーラの顔を見て、思わずジョゼフは吹き出してしまう。


「ははっ。ジョゼフさんも笑ってます。 」


「何よ! せっかく良いこと言ったのに! 」


 まるで子供のようにむくれるシーラを見て、ジョゼフとノルンは顔を見合わせ、また吹き出す。


「何よもう…。二人して! 」


 そんな二人を見て、シーラもつられて笑いだした。


「なんだか楽しそうだね。もう出発出来るよ。」


 笑い合う三人に、アーシアが声を掛けて来る。


「そうか…。じゃあ気をつけてな。」


 若干の名残惜しさを感じながらジョゼフは言う。


「いや、話は最後まで聞いてくれ。あたしたちは、この子の護衛でもあるんだが、さっきの戦闘で数が足りなくなっちまってね…。」


 アーシアがちらりと見た馬車には、重症を負った数人が乗せられていた。

 

「街道の護衛だったら十分なはずだったんだが、腕の良いやつほど怪我が酷くてね。だから、アンタたちに護衛を頼みたいんだ。どうせ王都まで行くんだろ? 」


 ジョゼフがアーシアの横を見ると、リオンがニコニコと笑っていた。


 どうやら話は既についているらしい。


「あたしもノルンちゃんともう少し話してみたい。」


「そうか…。どうせなら、旅は大人数の方が楽しいもんだ。ご一緒させてもらおう。」


 シーラが言うのを聞いて、ジョゼフはアーシアにそう答えた。



*



「それで、ライザに魔法で放り上げてもらって、そこから落ちて来たってのか? 」


「そうよ。だってあいつが硬いのは知ってたもん。」


 ジョゼフは驚きの表情を浮かべて、隣を歩くシーラの顔を見る。

 無茶はどっちだと思わず言い掛けて、何とか飲み込んだ。


「あたしなら大丈夫よ。あれくらいの高さなら死なないのは解ってたし。飛ばされた時に木に当たっちゃったのは予想外だったけど。」


 ジョゼフの表情を読んだのか、シーラは続けた。


 ジョゼフたちは、リオンとライザが前衛、ジョゼフとシーラが後衛に別れて、四十人からなるアーシア一行の護衛に着いていた。


 さきほどまで、入れ替わり立ち代わりにメンバー達がお礼を言いに来て、ジョゼフはシーラとゆっくり話す事も出来ていなかった。


 一通りお礼を言い終わったのか、やっと人並みが切れ、ジョゼフはシーラにどうやって上から攻撃を仕掛ける事が出来たのかを聞いていた。

 

 ライザとシーラが先に川まで行っていた時、泳ぐ魚を見つけたライザが、魚を獲りましょうと言って、いきなり巨大な岩を魔法で持ち上げた。


 川に浸かっている岩に、大きな岩を落とすと周りの魚が気絶して浮かんでくる。どうやらそんな漁をしようとしていたらしかった。


 それを見ていたシーラが慌てて止めて、飛び散った岩で周りが大惨事になるのは避けられたらしい。

 

「まさか、あんな膨大な魔力を使えるとは思わなかった。」


 シーラも思わずそうつぶやくくらい、その魔力量は凄まじいものだった。

 

 そして、その光景を目の当たりにしていたシーラは、嫌がるライザに頼み込んで、ジョゼフたちの上に移動させてもらい、そこから一気に魔物の上に飛び降りたのだった。

 

「実はあたしも後から話があるってライザに呼ばれてるんだよね…。」


 ぽつりとシーラが言う。


「なんだ。シーラも俺と変わらないじゃないか。」


「ちがっ…。わないかな。あたしもライザの気持ち的にまで気が回らなかったし…。」


「俺たちは、違っているようで似てるのかもな。」


「そうね…。だからこうやってずっと一緒にやって行けそうな気がするのかも! 」


 シーラはそう言うと、いつも二人で歩く時のように、ジョゼフに腕を絡みつかせるのだった。

 

「もうちょっとで教会に着くよ。怪我の軽い奴もしっかり治してもらいな! 」


 アーシアの号令が掛かり、護衛の僧兵たちの雰囲気が一気に引き締まったものになる。


「なんだか、アーシアさんって女聖職者(プリースト)ってより、盗賊団の首領みたいね。」


 何の気なしに言うシーラの顔を、周りに居た僧兵たちが驚いた顔で見ていた。



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