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一話 夜の森で女の子を拾いました



「周りに溝も掘ったし、これでよし…っと。」


 ジョゼフは目の前に出来上がった自分の城を見てご満悦だった。


 さらさらと近くを流れる小川の音が、彼の耳朶を優しく撫でる。

 木々はそよそよと風にゆれ、葉擦れの音がそれに重なっていた。


 虫や鳥たちは恋の歌を歌い、ジョゼフを楽しませる。



 そこには雨具(ポンチョ)にもなる大きめの布をを三角に立てたテントがその姿を現していた。中には毛布を敷くための干し草が敷き詰められ、夜の地面の冷たさから身体を護れるようになっている。


 テントの前に建てられたポールには明々とカンテラが灯り、石ころを集めたかまどの上には、三脚が立てられて鍋が吊るせるようになっていた。

 集めて来た薪にはすでに火が熾きており、後は鍋を三脚に吊るせば、簡単な台所の出来上がりとなる。


 荷物を広げてすっかり小さくなった背嚢をテントの中に入れ、ジョゼフは夜空を見上げる。準備をしている間にすっかり暗くなってしまっていた。


 今日は新月だから、明るい月の姿は見えていない。

 まるで降って来るような星空にジョゼフはしばし心を奪われる。


 日中はもう初夏と言っても良いような天気が続いていて、重たい荷物を背負って歩いていると、体中から汗が噴き出すようになっていた。


「さて…水浴びでもしますかね。」


 誰に言うでもなくつぶやくと、剣とザルを手に取ると小川へと向かった。

 小脇に抱えたザルには、先ほど森で取って来たキノコや山菜、ハーブが入れられていた。



*



 ジョゼフは冒険者として旅を続けていた。

 もう旅を初めて数年にはなる。


 旅の目的もいつ終わらせるかも決めていなかったが、ジョゼフはこんな日々が気に入っていた。

 気が向くまま行きたい方角に向かってひたすら歩き、陽が暮れて来ると野営(キャンプ)の準備を始める。


 森は豊かな食糧をジョゼフにもたらし、彼はそれを毎日神へと感謝していた。



「ひええ…冷てぇ…。」


 ジョゼフは小川に手を入れると、思わずそう言ってブルっと震える。

 まずは、食材を洗ってしまおうと、手を清めると一つ一つキノコや山菜から泥を落として行く。

 筋肉質で背の大きな彼が丁寧に食材を洗っている姿は、クマのように見えなくもない。


 小川が淵になっているその場所は、ちょうど人ひとりが肩まで浸かれるくらいの深さがあった。

 日中は暖かくはなって来ていたが、山から流れて来る小川はまだまだ冷たい。



 それでもベタついた身体のまま寝るよりはと、ジョゼフは服を脱いで下着一枚となり、水に浸かる。


 心臓の辺りが締め付けられるような冷たさだったが、身体に付いた汚れが落ちていく感覚が気持ちよかった。


 ジョゼフは腰までの深さになっている場所に移動すると、身体をボロ布でこすり始める。

 あっという間に布は黒くなって行き、それを洗いながら全身をくまなく綺麗にしていく。


 サッパリとしたジョゼフは冷え切ってしまった身体を暖めようと、焚火の傍まで戻って来る。

 固く絞った布で身体は拭いて来たが、まだまだ温まるには時間が掛かりそうだった。



 火にあたりながら、ジョゼフは料理を始める。


 ジョゼフは木の板と折り畳みの椅子を取り出すと、板を膝の上に置き、腰に差していたナイフを抜く。

 森で取れる食材には、毒のあるものもあるので、丁寧に見分けながら切り刻む。

 

 鍋に切った食材を全て放り込むと、水筒の水を注いで三脚のチェーンに掛け、蓋をして煮立ってくるのを待つ。



 その間に、背嚢から下着を取り出して替え、脱いでいたシャツとズボンを取り出して着こむ。

 流石に日中は暖かくとも、陽が落ちてしまえば山の中は急に肌寒くなって来ていた。



*


 鍋が煮立って来たら丁寧に()()を取り、チェーンの長さを短くしてスープが煮立たないような距離まで火から離す。


「準備完了っと。」


 ジョゼフは舌なめずりをしながら瓶に入った茶色い液体を取り出した。

 それをスープに入れると、良い匂いが辺りにまで広がる。


 旅人であったジョゼフの祖父直伝のスープの素だった。

 肉や野菜を大きな鍋でじっくりと煮込み、全てが溶けた後にひたすら煮詰める。

 焦げない程度に茶色くなった液体に、塩と香辛料をこれでもかと入れ、腐敗防止の魔法を掛けたものだった。


 この液体を食材を茹でた鍋に少し入れただけで、絶品のスープが出来上がるのだ。


 味を見ながら少しづつ魔法の液体を垂らして行く。

 今日は良い食材が手に入ったから、その味もまた格別だった。


 ほどよく味付けが終わると、次は干し肉をナイフで削いで入れて行く。

 そのまま齧ると顎の力だけが鍛えられそうな塩味しかしない干し肉も、このスープに入れて一煮立ちさせれば、貴族の食卓で出される肉もかくやと言う柔らかさと味になるのだった。

 ジョゼフは貴族の食卓など知らなかったが、祖父はそう言っていた。


 あとは、半刻ほど待てば完成である。最後にオートミールをぶち込んで溶き卵を絡めて食べるところまで想像して、ジョゼフの腹はぐうぐうと音を立てた。


 テントから背嚢を手繰り寄せ、背中に敷いて寄り掛かる。中に入れてある替えの衣類がちょうどよいクッションになり、ジョゼフは幸せな気持ちで目を閉じた。



*



「あの…ちょっと火に当たらせてもらえないでしょうか? 」


 暗がりの中から、冒険者と思しき女が一人出て来た。

 両手で身体を抱え、プルプルと震えている。


 革の鎧を纏い、背も結構高い。そして背中には振り回せるか疑問に思えるほどの大剣を抱えていた。



 ジョゼフは剣が傍にあるのを確認する。


「ああ、どうぞ。こんな夜更けにどうしたんだい? 」


「いや、道に迷ってしまって…。」


カンテラの光の届く所まで出て来た女は、ひどく美しく見えた。

病的なほど白い肌に、愁いを帯びた瞳が揺れていた。



「ここへどうぞ。ちょうどスープも出来たところだし。」


そう言って、ジョゼフはボロ布を敷き、その冒険者に勧める。


「ありがとうございます…。」


「いやいや。困った時はお互い様だから。」


 努めて冷静な笑顔を装いながらジョゼフは言う。

 緊張で心臓は早鐘を打っていたが、気が付かれないように祈っていた。


「助かります。私はシーラっていいます。この恩は忘れません。」


 そう言って娘は頭を下げた。


「そんな大げさな…。聞いた話だと、この辺りには盗賊も出るらしいし、一人より二人で居た方が良いさ。俺はジョゼフだ。冒険者をしてる。」


「ジョゼフか。そうね…よろしくお願い。私も冒険者なんだ。」


 シーラは胸の谷間から、細いチェーンを引っ張り出す。

 そこチェーンの先には、鉄等級のタグが揺れていた。


 ジョゼフは谷間とタグを見比べていて、思わず生唾を飲み込んでしまう。

 だが、その音はシーラから洩れた腹の音でかき消された。



「あ…。ちょうどスープも出来たところだから、一緒に食べよう。一人より二人の方が美味しいからね。」


「…本当にありがとう…。」


 恥ずかし気に顔を赤らめるシーラは、横に下げていたバッグから木の椀を取り出す。

 それを水筒の水で軽く洗って、ジョゼフに手渡した。


 そんな姿をみて、ジョゼフはにっこりと笑うのだった。



*



「このスープは本当に絶品ですね。」


 二杯目に手を付けていたシーラの頬に色が戻って来ていた。


「なんだ。しばらく何も食べてなかったみたいじゃないか。」


「本当にしばらく何も食べてなかったんです…。この三日間は水と小さな木の実くらいしか食べてなくって…。」


 ジョゼフは消化の良いスープにしておいて良かったと思う。

 飢えている時に、突然食べるとそのまま倒れてしまう事があると聞いていたからだった。


 ただ、このシーラにはその話は当てはまらなかったようで、三杯もスープを食べ、いよいよ残り少なくなって来たスープにオートミールを入れた粥も満足そうに平らげた。


「これだけ美味しそうに食べてくれたなら、作った方として嬉しいよ。」


 すっかり空になった鍋を見て、ジョゼフも満足そうに微笑む。

 彼は一杯目を食べ終えると、美味しい美味しいと言いながら食べ続けるシーラの姿をずっと見ていた。



*



 食事を食べ終えて人心地ついたのか、シーラはほうと息を吐く。

 暖められた息が、白い煙となって夜空に吐き出されていた。流石に晴れているだけあって、この辺りの気温は十度位まで落ちているようだった。



「今夜は本当に助かりました。洗い物は任せて。」


「いや。それは良いよ。ただ、君が何者なのか教えてくれ。」


「さっきも言いましたよ? 私はただの冒険者。」


「そう…か。」


 それだけ言うと、ジョゼフは剣を抜く。


 シーラの顔に驚きが浮かび、そして顔が引き締まり剣士としての眼光が宿り、背中の大剣が抜かれる。



「どういう事? 」


「この辺りに来るには、人里から歩いて四日間は掛かる。そんな中に日帰りでしか使わないような掛け鞄しか持って来ていない? それはいくら何でもおかしいぞ? 」


「だから道に迷ったと言っているでしょ? 」


「そんな初心者みたいな奴がこの森で生きて来れただと? 銀等級の冒険者だってパーティを組んで入って来るような所だぞ? 」


「フン。それなら貴方は何だって言うんです? ジョゼフ。」


 訊かれたジョゼフは胸元から金色に輝く冒険者タグを取り出して見せる。

 この国で『金』のタグを持つ冒険者は10本の指でも余るほどしか居ない。


「この辺りで美しい女性が声をかけて来て、その美貌にうつつを抜かしていると、いつの間にか盗賊に囲まれていて金品を強奪された。そんな話があってね。こんな森の中で生きていける強盗団なんてあったら国家の一大事だ。だから俺が派遣されて来たのさ。」


「そうだったの。それで私を盗賊だと…? 」


「そうだろう? こんな美しい女が一人でこんな森をうろつけるはずが無いからな。」


 シーラはその言葉に驚いた表情を見せたのだった。



*



「そうか…。よし。何なら試してみるがいい。」


「元よりそのつもりだっ! 」


 それだけ言うと、ジョゼフは数メートルの距離を一気に詰めるとシーラに斬りかかる。


 シーラはその大剣をまるで木の棒のように軽々と振り回し、ジョゼフが横なぎに払った剣をはじき返す。


 森の中に鋼が打ち合わされる大きな音が響き、驚いた人鳥(ハーピー)が木から一斉に飛び立った。


 ジョゼフは払われた剣をそのまま受け流すと、今度は後ろへ飛び下がる。


「はぁっ!」


 ジョゼフが飛び下がった瞬間から駆け出していたシーラは、瞬時にその距離を詰めると、大剣ならではの間合いで大きく横なぎに振るう。


「くっ!」


 それを未だ空中に居るジョゼフは剣で受け、その力を利用して斜め下へと飛ぶ。

 足が着くと同時に、今度は前へと飛び、剣を振りぬいてしまいがら空きとなっているシーラへと突きを入れようと剣を腰だめで構える。


 しかし、突きを出そうとする直前に死の予感を感じ取り、転がるようにしてシーラの横を駆け抜けた。

 その直後にジョゼフの頭の上を何かがが恐ろしい速さで通り過ぎた。

 まるで小枝のように引き戻された大剣が、ジョゼフの首を狩ろうと振られていたのだった。


「シーラ。あんた魔力も自由に使えるのか。」


 ジョゼフは驚いたように言う。

 シーラが持つ大剣は、夜の闇の中でうっすらと赤く光っていた。


「さあね。手品は種を明かしちゃ面白くないでしょ? あたしだって殺す気で振った剣が二度も交わされちゃってびっくりしてる。」


「そっちが素か。面白い。じゃあこちらも手品を使って行くさ。」


 シーラがニヤリと笑って言うと、ジョゼフも笑って応える。



 それから、森に何度となく剣戟の音が響く。

 まるで攻城戦の破壊鎚が打ち合わされるような重い音が響く。

 二人の影が重なり、打ち合わされる音が響く度に、まるで雷のように森が明るく照らされる。


 ジョゼフの剣には青い光が宿り、さらにその速さと重さを増していた。


 その光景を目にした森の魔物たちは、出来るだけここから離れようと移動を開始していた。

 野性の感が鋭いものほど、絶対に敵わない相手には近寄らないものだ。


「はぁっ…はぁっ…」


 どちらの物かは解らないが、荒い息遣いが響く。


 再びシーラが大剣を下から掬い上げるように斜めに振りぬく。

 慌てたジョゼフは、受けるので精いっぱいで、威力を殺しきれずにふらついてしまう。


「もらった!! 」


 シーラは歓喜の声を上げると、体勢を崩したジョゼフの首を狙って全力を以て横なぎに剣を振る。

 剣先がその首を捉える寸前に、何かに跳ね上げられて上へと逸れてしまう。


「……!! 」


 勢いのついた大剣を引き戻そうとした時、シーラの首にはジョゼフの持つ剣が付きつけられていた。


「拳で剣の動きを変えたと言うの…? 」


「こういう手品は好きだろう? 俺の勝ちだな。」


 青く光る左手の拳を見せつけながら、ジョゼフは勝利を宣言するのだった。

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