表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/11

第二十八節*サハラウと内乱

 王と共にフリーレンも残ること。護衛隊の十名も帰国せずに潜伏し、王の助けをすること。サハラウの王子を助けると言ったヴフトに対し、パコはこの二つの案を進言した。ヴフトもそれを受け入れ、さっそく行動に移した。

 フリーレンが常に持ち歩いている魔道具のうち、ヒト型の木片は魔力を注いだ本人そっくりに変形するという効果がある。これでヴフトとフリーレンの身代わりを作り、それを帰国の列に加えることにした。そうすれば彼らも帰ったように見え、タラルを助け動くことになっても、捜索の目を逃れやすい。

 ただしこの人形は姿を写すだけで動かぬ、喋らぬ物だった。そこで今度は人形の服に一枚ずつ呪文を記した札を入れ、それに対応する札をパコに渡した。これでパコが二つの人形を操り、動かしたり喋らせたりすることが出来る。

 だが一人で二体の人形を動かすのはそう容易ではなかった。

「扱えそうか?」

「動かすだけなら、まぁ何とか。両方いっぺんに喋らすのは無理ですな…」

「悪いがよろしく頼む。私たちはこの部屋に残るから、護衛隊にそう伝えてくれ」

「承知いたしました」

 パコは感覚を掴むためにしばらく人形を動かし、それに慣れると一礼してから部屋を出た。これで帰国の列は無事にドゥンケルタールへ戻れるはずである。後は残った側でサラーフ王とハビブ王を探し出し、何とか事態を収拾しなければならない。

 空室を装うために明かりも消えた室内で、タラルは俯いていた。父やハビブ王が心配で、ヴフトたちに負担をかけたことが申し訳なく、自分の無力さが悔しかった。

 けれども彼はこの国の王子として、やるべき事をしなければならない。

 窓ガラスを透かして入ってくる外の光が、柔らかく室内を照らしていた。

「タラル様、下を向いている場合ではありませんよ。今はこの危機を収めるために、顔を上げなければ。国を守る者が立ち止まっては、事態は収束しません。護衛隊が来るまでに、もう少し詳しく状況をお聞かせいただけますか?」

「……はい。ありがとうございます、ヴフト様…」

 一国の主に勇気づけられ、若い王子は顔を上げた。



『洗濯屋と魔王様』 第三章



 急な帰国に宛がわれた集合場所は、一つの大広間だった。机も椅子も片付けられた部屋の壁に、転送用の魔方陣が設置された。魔方陣は呪文を書き付けた一枚布で、いかにも急ごしらえという風である。

 パコが人形を連れてそこへ着いたとき、既に整列は終わっていた。一同はざわつきながらも、揃って出発の号令を待っている状態だった。目立った混乱はなく、一先ず順調な様子である。パコは内心ほっとしながらシュピッツを探し、彼と合流した。

「陛下、パコ様、点呼は完了いたしました。いつでも出発できます」

「ご苦労様やね護衛隊長。出る前に話があるから、護衛隊を集めてもらえるかな?」

「…全員ですか?」

 シュピッツはヴフトの姿を見て、もう帰国を開始するものだと思っていた。列が動いている間、各所で見守りをするのが護衛隊の役目である。だから隊員は列の途中途中に散らばっていて、今パコの前にはシュピッツ一人しかいない。

 パコはヴフトの言葉を伝えるために、その全員を集めようとした。

「せや。悪いけど、列の誘導は私の補佐官たちに代わってもろうてくれ」

「いえ……、そういう事ではなく、全員の招集は無理です」

「はあ? 何でや?」

 しかしシュピッツの返事は歯切れが悪かった。

「実は先程、ラムジ大将軍が直々にいらっしゃって、魔方陣の確認を頼まれ…。それで、五名は既にチモ第八交差点へ飛んだのです」

「確認? 魔方陣の用意はサハラウ側がするはずやろ? 何で君らがそれをしたんや」

「それは、その……」

 眉間に皺を寄せた大鼠に詰め寄られ、シュピッツはたじろいだ。

 パコの言うことは最もである。急な帰国を勧め、魔方陣を用意すると言ったのはサハラウ側だ。その準備や確認などは、当然向こうがやるべき仕事であった。そんな事のためにドゥンケルタールの護衛隊が付き合う必要はどこにもない。

 今朝からずっとサラハウの都合で振り回され、パコはいい加減苛立っていた。護衛隊の半数がいないとなれば、その分ヴフトへの応援も少なくなる。ただでさえ多勢に無勢な状況で、パコはどうすれば良いのか迷った。

 五名だけでも集め、ヴフトの話をすべきかどうか。

 いつになく険しい表情でパコが考えていると、視界の外から声がかかった。

「産業の卿殿」

「ラムジ大将軍様…」

 低く野太い声の主は、今最も顔を見たくない男だった。兵の中でも一際巨体で、鋏が太く、ごつごつとした体格のラムジ大将軍であった。

 パコが平静を装って振り向くと、ラムジも人の良さそうな顔で言った。

「どうか彼を責めないで下さい。私が頼んだ事なのです。急拵えの魔方陣が貴国の最寄り交差点へ繋がったことを確認するために、護衛隊の方々にご協力をいただきました。勝手をして申し訳ありません。交差点の魔方陣は一方通行なため、貴国の方にお通りいただくのが一番だと考えまして」

「大将軍様、此度の重なる非礼、如何なものかと存じます。例え魔方陣が一方通行でも、貴国の者が通過をし、通信にて状況確認を取れば済むだけのこと。帰りは順に交差点を回れば宜しい。なぜ我が国の護衛隊を使ったのです? 一体何のおつもりですか?」

「それは、産業の卿殿のおっしゃる通りで……。全く、私の配慮が足りませんでした。重ね重ね申し訳ございません。今回のお詫びは後日改めてさせていただきます。が、今は一先ずこちらにご用意いたしましたお品にて、お許しいただきたく存じます」

「品? ……んッ? まさか、あれを? 全部っ?」

「はい」

 ラムジ大将軍の態度は、状況を知っているパコからすれば図々しいにも程があった。タラルの話によれば彼が内乱の指導者である。その張本人が、まさか見送りを装ってこんな所へ来るとは思ってもみなかった。しかも下らない理由で護衛隊を半分も帰されてしまったのだ。パコは相手の様子を見て、乱は突発的なものではなく、ある程度準備されたものであると確信した。

 そしてそれは、将軍の後ろから現れた大量の贈呈品を見ても明らかだった。

「大将軍様、お心遣いはありがたいのですが…、それ程の量、運搬係だけでは持ちきれません。お気持ちだけ頂戴し、品はご遠慮いたします」

 煌びやかな台に乗せられた布織物や香油、香辛料、青果物。金や宝石を使った装飾品。それが計三つ。とてもあり合わせとは思えない量が山のように積まれていた。ヴフトの衣裳や護衛隊の荷物を持つために運搬係が何人かいたが、既に手一杯だ。そうでなくても持ちきれそうにない量を見て、パコは丁重に断った。

 しかしそれで引き下がる将軍でもない。あれやこれやと提案し、(しき)りにこちらの荷物を増やそうとしてくる。しかもその話を、少し離れたところに立たせていたヴフト姿の人形に向かって話したのだ。

 出来れば会話などさせたくなかったパコは、内心酷く舌打ちをした。

「……帰国の手間が増えますので、お品物はご遠慮いたします。お詫びならば、どうか後日に。国王様よりお手紙を頂ければ、それで十分です…」

「それは勿論! 必ずや改めてお詫びに参ります。けれども今、ご帰国に際しましても、どうか心ばかりの品をお受け取りください。これをお受け取り戴かなければ、我が王は今回の件を決して許されぬものと思い、二度とヴフト陛下の御前に姿を現せなくなってしまいます。恥じ入り王を名乗ることすら出来なくなってしまいます」

「何もそこまで…」

「いいえ、必ずや。ですからどうか、お受け取り下さい」

「…………」

 ヴフトの姿で断りを入れても、将軍は一向に譲らなかった。

 パコは王が人形であるとバレないよう、必死に挙動を合わせた。けれども長く操れば操る程、ボロが出る可能性が高まる。万が一、フリーレンにまで話しかけられたら…。

 魔法を使いながら何食わぬ顔で打開策を考えたが、それすらも負担だった。

 結局、将軍の提案を聞き入れて、三つの台を補佐官と護衛隊で持つことになった。もしここでヴフトたちが人形だと知れたら、事態は一層ややこしくなってしまう。護衛隊を回せないどころか、追っ手が掛かるかもしれない。

 パコは人形で帰国を宣言し、一行を国へ帰すことに専念した。

 王の意を汲めば、こちらの方が優先である。

 荷を押しつけるとラムジはいなくなり、顔を曇らせたパコが行列を見守った。


   ***


 護衛隊を待つ間、タラルはサハラウ国が抱えている水問題をヴフトに説明した。

 そもそも砂漠と言う土地は雨量が少なく、生活用水や農業用水の確保に困る。けれどもこの国は戦争の末に大きな湖を獲得し、一応はそれを克服していた。

 サハラウの中心にある湖は、船が何隻も浮かべられるほど巨大なものである。そこでは淡水に住む魚が泳ぎ、溢れる水が川となって海まで続いている。それに毎年夏になると緩やかな増水が起こり、これによって川辺に作られた農業用地は十分な潤いを得ることが出来た。

 湖の水は地中深くからの湧き水である。この他にもいくつかの井戸が掘られ、国民の生活に役立てられていた。砂漠は地表に出ている水が乏しくとも、こうやって地中に水があるため、彼らは暮らすことが出来るのだ。

 しかしここ数年、その貴重な湖の水嵩が徐々に減っていた。一見大きさは変わらない。だが増水期に得られる浸水の範囲が、徐々に徐々にが狭まっていた。それに何ヶ所か井戸の水量が減ってきたという報告もある。サハラウは国土の端が海に面していたが、塩分の多い海水では生活にも農業にも使うことが出来ない。唯一の淡水である地下からの水が減ってしまえば、それは国が傾く大問題であった。

 この問題に、サラーフ国王は直ぐに取りかかった。あらゆる手を尽くし、地下水が減少しつつある原因を探った。このときにはラムジ大将軍も王と共に、水の確保に尽力してくれていた。

 そうして浮かび上がった原因の一つに、隣国ケペリアのカナート事業があった。

 ケペリアはかつてサハラウと水を求めて争った国であり、破れた結果、砂丘を越えた先の小さな湖に国を構えていた。そして国民全員の喉を潤すには些か足りない水源を補うために、カナートと呼ばれる地下用水路を掘っていた。

 地下水を見つけて利用すると言う点で、カナートは一般的な井戸と変わりない。だがカナートは水源に対して縦に井戸を掘るのではなく、横に掘り、好きな場所へ水を引き込めるタイプのものだった。どこで水源を見つけたとしても、カナートを作れば国まで水を流すことが出来る。勿論、地中で横穴を掘り進めるというのは大変なことで、一度完成した後も、それを維持するために手入れが必要だった。

 それでもケペリアは、国の発展を掛けてこのカナート事業に力を注いでいた。

 サハラウは当然この事を知っていたが、他国のことであるから特に関与はしなかった。

 砂漠で水を求めるのは皆同じである。そう思い静観していた。

 しかし地下水の流れを人工的に作るこの方法は、元々その水が行き着くはずだった場所から水を奪うことにもなる。つまりカナートという技術は、複数の井戸を独り占めするようなものだった。そこに偶然、サハラウ湖が含まれたのだ。

 この事が判明したときのラムジ大将軍の怒りは凄まじいものだった。将軍は直ぐにでも軍を整え、ケペリアが造ったカナートを破戒すべきだと主張した。大臣の中には彼を支持する者も少なくはなかった。これをサラーフ国王と穏健派の大臣たちが必死に宥め、何とか話し合いによる解決が試みられることになった。

「……しかしこれに関する議論は、半年続いても答が出ませんでした。父から聞いた話では、どのカナートが我が国の湖に影響しているのか分からず、ケペリアの協力を得ることが出来ていないそうです…」

「なるほど、そういう事でしたか」

 辛そうに話し終えたタラルへヴフトは労りの視線を送った。

 国を背負う者として、ヴフトもまた国家間での問題解決が難しいことを知っている。問題に関わる利害の数が多ければ多いほど、それを解きほぐすには時間がかかってしまう。ときには、ラムジが主張するように強固な手段を取らなければならない場合もある。しかしサラーフ王は平和的な解決を望み、そのために尽力していたのだ。

 不安そうに手を握りしめるタラルに、ヴフトは優しく話しかけた。

「実は今日の会談では、地下水源に関して話し合う予定だったのですよ」

 えっ、と言う短い声とともに、タラルが頭頂の眼を丸くした。

「カナートの問題はこちらまで伝わっていませんでしたが、地下水源の探し方や流れの把握方法など、そういったことを我が国から学びたいとおっしゃって、それでケペリアのハビブ王も同席なさると言うお話でした。ご存じの通り、ドゥンケルタールは渓谷の底にある国ですから。形を維持するために、定期的な地下の調査は欠かせないのです」

「それでは、もしかして、水源を特定する方法なども?」

「ある程度までは」

「……嗚呼っ! 何てことをッ! 何て日に将軍はッ!」

 ヴフトの言葉を聞きタラルは両手で顔を覆った。

 将軍を始めとする強硬派の間では、進展の見えない水問題を取り上げ王の怠慢だと言う者もいた。穏健派の中でもこれ以上長引き問題が悪化するれば、強硬手段もやむを得ないという声も聞こえ始めていた。半年の間に設けられた何十回という協議の結果が、未だ皆無という事実に皆が不安を与えていた。

 水が不足すれば、過去となったはずの水戦争が再び起こりかねない。

 おそらくこの問題を知る者全員が、そういう焦りを持っていたに違いない。

 タラルの知る限り、これまでこの問題に第三国が関わることはなかった。サハラウにとっても、ケペリアにとっても、重大な弱点となる話で、外に漏れることを避けたかったのかもしれない。

 それでも半年間の停滞に王も無理を感じたのだろう。仲裁役とも言える第三国を招き入れ、現状を打破するための一歩がまさに今日だったのだ。

「何としてでも将軍を止めなければ…。一刻も早く、父とハビブ王を……!」

 護衛隊の到着を待たずに飛び出しそうな程タラルは気がはやっていた。無事にこの乱を収めなければ、その先に戦禍が待っている。それはサハラウだけのものでなく、隣国もこの砂漠をも巻き込む、大きなものに違いなかった。


 緊張が高まる室内で、リリーンと言う二つの音が鳴り響いた。一つはタラルからで、もう一つはフリーレンからである。それは、それぞれが持つ通信用の魔道具が発した呼び鈴の音であった。

「陛下、パコ様より通信でございます」

「聞こう。こちらに」

 テーブルの上に貝殻を模したヴフトの通信機が置かれる。

 王子は自分で通信機の蓋を開け、顔を近づけた。

「タラル、今どちらにいるのですか? タラルッ? 無事にいますかっ?」

「お母様! 私は無事です。どうなされたのですか、何か、戸を叩く音が聞こえます」

 小さな箱形の通信機から聞こえたのは、焦るような王妃の声だった。周囲が騒がしいのか、やたらと雑音が混じっている。母の声を聞いてタラルは一瞬ほっとしたが、続く通信にさっと顔色を変えた。

「嗚呼、タラル。貴方はまだ無事なのですね。良かった。宮殿の中で乱が起きました。兵士が皆、敵になったのです。おそらくラムジ大将軍が先導しているのでしょう。母は今、部屋に立て籠もり抵抗しております。このような形で己の主張を通そうとする者たちに、国を渡してはなりません! 貴方はすぐに宮殿を出て、外に助けを求めなさい。ここに留まっては貴方まで囚われてしまいます。街へ下り国民と力を合わせるのです!王を愛する者たちと共に軍に抗うのですっ!」

「いたぞっ! お連れしろ!」

 扉を蹴破る音と、兵士のがなり声。悲鳴を最後にブツリと魔力が途切れる。タラルは通信機を握りしめ立ち上がると、居ても立ってもいられずに部屋を飛び出した。

 咄嗟にフリーレンが声を掛けたが、それはもはや届いていなかった。

 王子を止めそびれ、行動を決めかねヴフトを振り返る。

 しかしこちらはこちらでまた別の問題に直面し、難しい顔をしていた。パコから護衛隊が直ぐに合流できない旨を伝えられたのだ。

「一応、用意はあったと言うことか……」

 ヴフトは苦々しい思いでそう呟くと、通信を終えてタラルを追うことにした。


   ***


 二頭の犬が宮殿内を駆け抜ける。一頭は漆黒で、もう一頭は白藍の毛をしていた。

 彼らがタラルの香りを辿っていくと、途中で荒らされた王妃の部屋を発見し、それから客間の区域に入っていった。少し前にヴフトたちが兵士を多く見かけた場所である。

 俄に廊下の先で言い争う声が聞こえ、二頭は急いだ。

「なぜ私が入ってはならないのですかっ? 今すぐこの扉を開けなさい!」

「それはなりません。今こちらは、大事な会議で使用しておりまして…」

「嘘を申すなッ! ラムジ大将軍の目論見は既に露見しています! ここに父とハビブ王を閉じ込めているのではありませんかっ? それに母、王妃様をどこへやったのです? 荒らされた部屋を私はこの目で見たのですよ!」

 体の大きな兵士たちの間に、小柄なタラルの姿があった。

 兵は遠慮がちに王子を取り囲んでいたが、その手にはしっかりと槍が握られている。扉を開けろと言うタラルに対し、彼らはしきりに別の場所へ誘導しようとしていた。

「退きなさいッ! 国を危機に陥れるのが、兵たる者の務めですかっ?」

 ダンッ、と強く床が踏み鳴らされる。白々しい押し問答にタラルが痺れを切らした。背中から生えた二本の鋏が左右へ伸び、力いっぱいに兵士を威嚇する。大きく開かれた先端が、王子の覚悟を示していた。

 普段の穏やかな性格からは想像も出来ない怒りように、一瞬だけ静止の手が緩んだ。タラルはその隙を突いて槍を押しのけると、扉へ向かって走った。

「失礼しますッ!」

 飛びかかるようにドアノブへ手を伸ばす。その勢いで扉を押し開けると、奥からぬっと大きな手が現れ王子の首を掴んだ。不意を突かれたタラルのあっ、と言う表情がドア影に消える。二頭の犬はそれに素早く反応し、閉まりかかった戸の間をくぐり抜けた。

 タラルを引きずり込んだのはラムジ大将軍の手だった。

 その背後には、椅子に拘束されたサラーフ王とハビブ王の姿があり、隅には王妃や使用人たちが兵士に取り囲まれていた。

 将軍に捕まり半ば宙吊りになったタラルを見て、王妃から悲痛な声が上がる。

 二頭の犬は唸り声を上げながら将軍の左右に分かれた。

「おい、どこの犬だ。外に出せ。邪魔になる」

「ハッ!」

 将軍は闖入者(ちんにゆうしや)に眼を細め、追い出すよう命じた。

 しかし犬は素早く部屋を駆け回り兵士の手を逃れる。そしてタラルを掴む将軍の肘に牙を立てた。固い甲羅のような皮膚で覆われた優蠍族も、関節だけはヒト族と同じぐらいに柔らかい。犬の牙がそこへ食い込むと、将軍は呻き声を上げてタラルを落とした。

「おのれっ……!」

「ギャゥンッ!」

 怒った将軍の手から空気の弾が発射される。それは犬の横腹へと命中し、ひしゃげた形で壁へ弾き飛ばした。床に落ちた犬が苦しみ悶絶する。ラムジは改めてそれをつまみ出すよう兵士に言いつけ、足元の王子に眼を戻した。

 しかしそこには王子だけでなく、彼を助け起こす黒髪の王の姿があった。

「タラル様、このような場合、全員が捕まるのは得策とは言えません。こうやって正面から斬り込んでしまうのも失策です。ここは私が引き受けますので、貴方は外で体勢を立て直してください」

「あ、ヴフト様っ? 待ってください、ヴフト様っ……」

「必ず仲間と共に。独りで飛び出すことは、もうしてはいけませんよ」

「待っ……!」

 若い王子を諭すヴフトの手のひらから、ぞわりと闇が溢れ出す。転送されると感じたタラルはそれを拒否したが、濃い闇はあっという間に彼を包み込んだ。それが丸い球体となり、小さく収束していく。

「貴様ッ!」

 ラムジ将軍がヴフトに飛びかかった時、球は既に消えた後だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ