開かれる幸せ
「なぜ生きるか」を知っている者は
ほとんどあらゆる
「いかに生きるか」に耐えるのだ
※※※
私は冬が好きだった。
湿気の少ないシンと冷やされた空気が、朝の陽ざしに暖められていく様子を感じるのが好きだった。
夜に冷え切って固くなった背中が日向ぼっこでホクホクになる。
時間はいくらでもあった。
私は365日のほとんどを1日中、背を丸めて過ごす。
待っているという意識はない。
仲間たちと肩を寄せ合ってそうしていることの方が日常であったから。
ただ、足音が聞こえてくると、どうしても鼓動が早くなる。
待つしかない私は、密かに神経を尖らせてその音がどこで止まるのかを聞いている。
もし、近くで足音が止んだなら———。
考えるだけで、待ち焦がれる気持ちで溜まらなくなる。
スッと窮屈さが緩み、同じ列の奴が連れていかれた。
でもすぐに戻される。
そしてまた足音は始まり、止まり、小気味良い摩擦音と共に斜め上の奴が連れていかれた。
———もうすぐ。
このままでは足音はもうすぐここを通りすぎてしまう。
どんなに焦がれていても、私は言葉を発することができない。
私ができることと言えば、背中で語ることだけだった。
日焼けして少々草臥れた背中をいかに興味深く見せるかが私の使命だった。
中身なんて、手に取ってもらえないなら意味がない。
私はただ、手を差し伸べてほしかった。
そして解放され、暖かな日差しを一身に浴びて、気の遠くなる時間ぶりに深呼吸を楽しみたいだけだった。
少々の埃を振り撒いてしまうかもしれないがそれはご愛敬。
お互い最後に満足できればいいじゃないか。
そう言っているうちに足音は私の真裏に留まり、しばらく動かなかった。
固唾を呑んで、その一挙手一投足を感じる。
ここまで来たなら、両隣だなんて寂しすぎる。
できれば自分を選んでほしい。
皆、背格好は揃えられているが、体型は微妙に異なる。
それでもみんながみんな特徴を出さんと無言のアピールを怠らない。
重厚な黒。
実用的なオフホワイト。
深緑に臙脂。
そのつま先が背中を順になぞっていく。
触れられた瞬間、喜びが迸る。
早く自分を見てほしいという欲求で頭がおかしくなりそうだ。
———とうとう手に取られたとき、私はもうどうにでもしてくれと思っている。
私の全てを捧げたいと思っている。
全てを捧げるから、どうか開かずに戻すのだけは勘弁してくれと願う。
そして私はその手に抱かれ、無上の喜びと共にゆっくりと開かれていったのだった———。
はじめの言葉はニーチェの言葉でしたー