忘られ島の唄い人
南風に流れ海へ甘え、生まれ育った島に流れついた世捨て人が一人。時と海どりは、風任せメロディー奏で、やつれた男を出迎える。
香る潮風、波の音。目が、耳が、肌が、感覚の全てが、過去を遠いものとして思い出す。
燦々と照り付ける太陽はチリチリと、胸の奥を焦がす。あまりに眩しくて、迎えに来てくれたアキラとの久し振りの再会だって、しかめっ面での対面となってしまった。すっかり海の男となった友人の第一声は、「おかえり、疲れたろ?」である。
高校時代、ふくよかな体系だった友人のアキラ。彼は見違える程逞しくなっていて、島育ちのくせに青白い自分の肌と比較すると溜め息を吐きたくなる。
「どうせ親父さんの所には、行かないんだろ? 俺ん家に泊まっていけよ」
事情を知っている友人の気遣いに、気を張って取っ手を握っていたスーツケースとギターケースが重くなる。潮風に香る海の柔らかな匂い、ティーシャツがびしょびしょになる位の暑すぎる太陽。俺はあんなにも退屈で疎ましく思った故郷を、不覚にも懐かしんだ。
アキラは俺を迎えに来るために、親父さんから、軽トラを借りてきてくれた。
「向こうの仕事はどうさね。大阪だっけか?」
カセットテープ特有の若干のノイズが乗った一昔前の流行歌。そいつが流れる軽トラの車内、不意に聞かれる。
「ああ、東京な。それくらい、この綺麗な標準語で悟ってくれよ」
アキラの俺の顔を見て「東京って顔じゃねーなぁ」とけらけら笑い、つられるように俺も笑う。東京に行って友人も出来たし、遊びだって覚えたが、こんなつまらないことで笑い合えはしない。
走る軽トラの窓から見える景色は、俺がいた頃とあまり変わっていない。よく親父に買いにこさせられたタバコ屋の角を曲がると、漁師には不釣り合いな木造の日本家屋が観える。俺の記憶が正しければこれがアキラの家である。
「お前が来るって言ったら、俺ん家のじい様が美味い酒くれたんだ」
「おおっ、そいつは楽しみだ」
敷地内に入ると砂利道で、潮風に乗った砂埃がキラキラと舞う。アキラは慣れた手つきで、プレハブの車庫に車を停める。
幼き日、かくれんぼした広い庭に、離れが一つ。いつも後ろからくっ付いてくる、二つ年下の弟は、よくこの庭で迷子になったっけ。俺とアキラは直ぐに置いてきぼりにして、泣きべその弟は、昔よくいたもう一人に手を引かれ帰ってきたものである。
「トミオもノブもパッチも皆、東京、大阪、福岡、みんなバラバラさね」
殆どの友人は、本土に渡って、今ではフェイスブックの中でしか、連絡を取ることもない。俺達、島の子供は幼き頃より、いつしかこの退屈な島から出ることを、使命かのように思っていて、当たり前のように行きたい場所に旅立つ。そして渡り鳥みたく旅から旅を繰り返し、様々なドラマの経て、それぞれ今では家庭を築いたり、一流商社に勤めていたりしているわけである。
陸続きの都会で生まれた者に、この気持ちは、理解しえないであろう。いつか皆で集まろうだなんて、簡単に言葉にしてみるものの、実行に移すのは凄く困難で、海を隔てただけで、心の距離はこうも遠くなるのだ。
夕餉はおばさんが獲れたての海の幸を天ぷらにしてくれ、アオリイカの刺身と一緒に出してくれた。親父さんが嬉々として、瓶ビールを俺に勧めてくる。やがておばさんは、酔い潰れて高鼾の親父さんを、無理くり起こして、部屋に連れていく。
俺は火照った体を冷ますため縁側に出る。風は微風、蚊取り線香の煙が香る。冷えすぎず暑すぎずとても心地よい。アキラはそこに七輪を置き、火を点け炭を焚べ、網の上にサザエを置いて「ちょっと火ぃ、見といてくれ」と、どこかに行ってしまう。
ばたばたと襖を開け行ったり来たりして、やがてじい様から貰った美味い酒とやらの瓶を持ってきて、俺のグラスにそれを注ぐ。
「あとこれ。卒業アルバム」
投げよこしたのは、第四十七期、佐伯島分校、卒業アルバム。ページを捲れば、あの頃の一学年数十人の小さなコミュニティ。体育大会で下の学年の弟にものの見事に敗れ、悔しそうな俺。
ぱちぱちと音を立てながらサザエが、いい匂いをさせる。そこにアキラは醤油を垂らし、その匂いだけで酒が進む。
「俺もみんなと外の世界に行きたかったなぁ。真琴もそう言ってたよ」
真琴。アキラと俺と弟と、昔よく一緒にいたもう一人。
「なあ、明日の練習はしないのか?」
俺はもってきたギターケースを開け、使い慣れたフォークギターを出す。音叉をちーんと鳴らし、酔っ払った手元で、悪戯に調律。
「あ、あのミュージャンの曲頼む」
「いや、俺の曲聴けよ。バカ」
俺は島を出て、旅から旅を続け、様々なドラマを経てプロのミュージャンとなった。所謂シンガーソングライターというやつだ。わん、つー、すりーと、ギターのボディを叩きカウント。スリーフィンガーの簡単なアルペジオに、あの頃のノスタルジーを乗せ歌う。
もう一度言おう。俺は旅路の果てに夢を叶え、プロのミュージャンとなった。波の向こうに人を残して。酒と自分が奏でるアルペジオの旋律が、俺にあの頃の自分を映し出す。
※ ※ ※
タイムトラベルへようこそ。時空の扉をひとたび開けても、やっぱりそこは夏で、蝉の声と咽せるような気だるい暑さ。チンピラみたいなアロハシャツの弟が、自転車に跨がる。俺の背中にはギターケース。呆れるくらいに十七の夏だった。
「ほら、早く行くぞ」
昔は後ろをくっ付いてきてばかりの弟だったが、この頃には華奢な俺より大柄で、関係はすっかりと逆転していた。
弟の自転車の後ろに乗ると、彼は必死にそれを漕ぎ、勾配の急な下り坂で加速していく。何十、何百回と通った海岸への道。直ぐ左手に海が観えて、弧を描く大きなカーブを越えれば海岸である。
弟は自転車から降りないまま、防波堤を慣れた手つき駆け下り、最後の最後に運転を誤った。
後輪が打ち上げられた砂に取られ、ダイナミックに横転。そのままずるずる滑り、俺達二人の体は、砂浜に投げ出された。
「うわっ、口に砂入った」
ぺっぺと唾を吐く俺が目を開くと、手が差し伸べられていた。その手を辿ると、逆光で影になったシルエット。うなじを隠す程度の長さの髪が風に靡いている。真琴である。
「相変わらず、体を張って人を笑わせるねぇ。アクロバティックなのは良いけど、そのうちそのギター壊すよー」
弟に言って欲しいものであるが、俺はその手をとり真琴に起こしてもらう。俺を起こした真琴は、次に弟を起こそうとするも、弟はその手を払い、自分で立つ。難しい年頃なのであろうか。
少しして「おーい」とアキラが、両手いっぱいに、菓子とジュースと花火をもって歩いてきたので、俺と弟で荷物を運ぶのを手伝う。海岸に着くとアキラは汗だくで、砂の上でへたり込んでいる。
ジュースを飲んで、手持ち花火で騒いで、日が暮れて。俺はもってきたギターケースからフォークギターを取り出し、弟に渡す。初めはアキラが音楽室から拝借した物であるが、今では教師の許可を得てきちんと借りている。
弟は潮風でさびさびになった弦をたどたどしく押さえ、それを吹く風と共に掻き鳴らし、暮れ行く海に向け歌った。今日が二人に初披露で、アキラと真琴とそれに酔う。神は彼に天使みたいな綺麗な歌声を授けたのだ。天才というやつである。
やがて星が空を敷き詰めて、島の明かりが灯り、それが一つずつ順に消えていく。この島が眠りにつくのは、なんだかとても早い。
穏やかに時間と雲が流れ、月をその雲が覆い被さった時、互いの顔も殆ど見えなくなった。お互いどこにいるのかも、解らなくなった俺達はまだ帰りたくなくて、然しすることもなく、沈黙が少しずつ生まれる。
そんな時、誰かが俺の手を引いた。アキラと弟の話声が遠くから聴こえるので、真琴である。暫くして、唇に柔らかな感触と体温。彼女は誰にも見えないよう、誰にもばれないよう、暗闇の中でそっと俺に口づけた。
赤潮の影響からか、今年は思ったような海産物の収穫量が見込めず、大人たちは貴重な島の収入源である観光客を、例年以上にあの手この手で引きいれようと、島自体が忙しなくなる。俺たち子供は、上の空。そんな大人を見ていつしかこの島を出たいと願った。
古くから旅館を営む真琴の家は掻き入れ時であり、猫の手も借りたいと夏休みは一日中真琴は、駆り出される。あのキスした日から、一度も会っていない。ずっと俺はそれを意識していた。どんな意図があったのであろうか。
ちりんちりんと窓際の風鈴。レースのカーテンが風に揺れる。物思いに耽っていると、どっどっどっと階段を軽快に駆け上がる音に我に返る。数秒後、コツのいる建てつけの悪い襖は、慣れた手つきで開けられる。
「お父さんがアサリいっぱい獲れたからもっていけって」
会いたくても、中々会えなかった真琴は、こんな風にあっさりと俺の前に現れる。ちりんちりん。再び風鈴の音。俺は台所で封の開いていないかりんとうをお袋に出してもらい、麦茶と一緒にもってきて、木製の丸テーブルに置く。
「忙しそうじゃん」
「今年は特にねぇ。あんたは暇そう」
ちりんちりん。彼女は卒業しても島に残り、婿を取り家業を継がなければならない。こんな島の寂れた旅館である。夏以外に何の意味があることか。汗をかいた麦茶のグラスがテーブルをびしょびしょに濡らしている。
「なあ、卒業したらさ、俺と一緒に島を出ないか?」
俺の言葉に、くはっと歯を剥き、目を細める真琴。
「なにそれ。プロポーズ? なんかさぁ、それ順番違わないかな?」
俺は真琴の思わぬカウンターに言葉を失う。数秒の沈黙。その熱に溶かされたグラスの氷が溶けて、からんと音を立てる。
「ねえねえ。ギター弾いてよ」
「え、嫌だよ。俺、弟みたいに弾けないし」
ギター弾けたらカッコいいぐらいに思い、練習はしていた。しかし、俺もアキラも弟ほどは上達しなかった。優越感は努力する糧となり、劣等感は怠惰の糧になる。俺たち二人は、どんどん弟に差をつけられた。
「聴きたい曲があるんだぁ」
仕方なく俺は立ち上がり、襖を隔てた弟の部屋からフォークギターを取ってくる。すっかり潮風で弦はさびさびになっている。こんな島ではギターの弦一つ、入手するのは困難なものである。
「下手くそだからな」
ギターをもったまま胡座をかき、ずっとこっそり練習していた真琴の好きな曲を奏でる。
下手で聴くに耐えないBGMを真琴は瞳を閉じ聴いてくれる。優しい時間が流れる。ちりんちりんと、柔らかい風が窓から吹き込む。
その日から俺は、気でも狂ったようにギターを弾いた。一本しかないフォークギターは、弟と取り合いになり、やがて俺がギターを弾き、弟が歌を歌うスタイルに落ち着く。最初は鼻歌みたいな感覚で、どこにもない自分だけの曲を作ったりして、満更でもなかった弟は、いつか都会でバンド組んで一緒に演ろうと、二人で盛り上がった。
両親は俺が大学に行くことを望んでいる。都会の大学に行き、生活を落ち着かせながら音楽制作をする。そんなプランが頭に浮かんだ。
八月も終わりに近づくが、真琴は相変わらず忙しそうで、それでも夜に時間を作ってこっそり家を抜け出し、逢ったりした。
その日は月の綺麗な夜で、待ち合わせは海岸に沿った通り、自転車のベルを三回鳴らす合図は、どちらともなく生まれた。
「靴紐解けてるよ」
「ああ、本当だ。弟に見つからないように急いで来たから」
靴紐を結び、下から見上げれば笑顔があった。月は真琴を綺麗に映す。それに誘われるように俺は、真琴のその細い身体を抱きしめた。
「言ってなかった。俺は臆病者だな。小さな頃からずっと好きだった」
クラスで一番の半端者で、常に弟に劣等感を抱いている俺は、自信がなくて、いつだって一番の希望より、二番三番を選ぶのが癖だった。あの日キスしてくれたのに、真琴が自分を好きなはずがないと自分に言い聞かせていた。
「やっと言ってくれた。一生言ってくれないと思ってた」
真琴の頬を触ると少しだけ汗ばんでいて、髪は湿っていた。立ち上がった俺の首に両手を回し瞳を閉じる。波打ち際、夜光虫がきらきら輝いて綺麗な夜だった。
夏の終わりに嵐が来た。海が哭いていた。風が呼んでいた。防波堤に止め処なく打ち寄せる波の飛沫を横目に見やる。台風の予報に予想はしていた強い風と突然の雨。
「真琴。着いてきてよ」
「だめだよ。本気でミュージシャンになるんでしょ。わたしがいたら、重さで沈んじゃうよ」
隣で俯く真琴は笑い泣き。この夏が終わり季節が巡れば、卒業した俺は島を出る。
「わたしも外の世界に行きたかったなぁ」
「じゃあさ、向こうで大学卒業したら迎えにくる。きちんと就職して、真琴のこと守れるようになって帰ってくるからさ」
目を閉じ首をゆっくりと横に振る真琴。予想通りの反応だ。彼女は風が強いので、喉の奥、大きな声で言葉を紡ぐ。
「いいよ。無理しないで。あんたの作った歌好きだから絶対ミュージシャンになって」
「ああ、約束する。ならミュージシャンになって迎えにくるから待ってて」
嗚呼、涙。涙。雨が止まず、時間なんか止まればいいのに。
夏が終わり、秋が来て、冬が隣を過ぎていき、旅立つ季節がきた。「先に東京で待っててよ。卒業したら俺もそっち行くから、音楽活動を再開しよう」そんな弟の言葉を最後に俺は大嫌いなこの島を出た。
俺は人付き合いが得意な方ではなく、中々友人が出来なくて、それでもバイトとかしながら、少しずつ一人暮らしに慣れていく。
東京。昔はテレビの中でしか見たことのない、広大なコンクリートジャングルが広がる。ピザの配達を終え、タイムカードを切った俺は駅へ向かう。人でごった返す駅前、かーんかーんかーんと音が鳴り、遮断機が下りる。東京砂漠は蜃気楼をたまに俺に見せる。踏切の向こう側に真琴が見えた。違うんだ。ちゃんと迎えに行くんだ。置いて来たわけじゃないんだ。手を伸ばしても、電車が物凄いスピードでそれを阻む。
眩暈を振り払い、駅のホームから、満員電車を乗り継ぎ、アパートに帰りギターを弾く。コンビニで夕食に買ったコロッケは、電子レンジに入ったまま、無心で曲を制作する。
そして二年後。待ちに待った弟は来なかった。
※ ※ ※
「おい。起きろ。時間やべぇぞ」
ぱしぱしとアキラが俺の頬を叩き、酒の残る身体を起こす。窓の外は強い日差し。昨夜はノスタルジーに身を任せ飲み過ぎてしまったようである。
洗面で歯を磨き、寝癖を直す。東京に行っても中々芽が出なかった。気がつけばこの歳になっていた。しかし、俺はやっとのことで音楽でメシを食えるようになった。これで堂々と真琴に会いにいける。手早く持ってきたスーツケースの中の服に着替える。
おばさんに礼を言い俺は、アキラが運転席に座る軽トラに乗り込んだ。車庫を出た軽トラは、砂利を撒き散らしながら一車線の道路に出る。車内時計を見やれば既にいい時間である。車内は相も変わらず新し過ぎず古すぎない流行歌が流れていて、時の歌い手はあどけない声で、切ない夏の悲恋を紡ぐ。
タバコ屋の角を曲がり、海岸に続く下り坂の通りを過ぎ、見えてきたのは公民館。そこの駐車場にアキラは車を停める。
車から降ろしたギターケースを担ぐ。アキラは汗だくであるが、俺は不思議とそれほど暑く感じなく、寧ろ寒気がするくらいである。
東京にいた俺と島に残った真琴は、数年間ずっと、電話でやりとりを繰り返した。
『ねえ、お盆、島に帰ってくる?』
『ライブがあるんだ。暫く帰れない』
嘘だった。俺は中々芽が出なくて、真琴に合わせる顔なんてなくて、島にはずっと帰らなかった。
島の小汚い公民館。その内の広いフロアは、今日だけ随分と綺麗に飾り付けられていた。用意された椅子と純白なテーブルクロス。そこには島で獲れた新鮮な海産物で造られたオードブル。島の民は、島に一つだけある神社で、それを家族だけで済ませ、ここにくる。島の公民館は今日という一日だけ、その姿を披露宴会場に変える。見知った顔で賑わう会場。そしてスピーカーからはシェイクスピアの戯曲が元の、有名な結婚行進曲。堅苦しい儀式めいたものを嫌う島民らしく、あっさりと軽い足取りで入場してくるのは、真っ白いウェディングドレスをその身に纏った真琴であった。透き通るその白は白鳥みたいで今にも飛び立ちそうだ。
ーーそりゃ綺麗に決まっている。真琴だもの。
そしてその傍らには、似合わないタキシードを着た弟が照れ臭そうに立っていた。
その顔を見たら、ぎりぎりまで花嫁を攫って逃げるつもりだったのに、そんな気はすっかりなくなって、俺は人一倍大きな拍手で二人を祝福した。すると気の所為かもしれないが、不意に花嫁と目が合う。俺の両親は俺と真琴が昔付き合っていたことを知っていて、結婚式には呼ばず、披露宴だけに呼んだ。
ーー別れましょう。
最後に電話で言われた言葉。俺は電話を切りたくなくて、少しでも話を続けたくて、他愛のない会話を続けていたら、最後にそんな言葉を告げられたのだ。
俺は話をする程、ダメになってしまいそうで、その時は電話を切った。その時には既にどうしようも無いくらいに、取り返しのつかないくらいに失っていたのだ。とうの昔に失っていたのだ。
それでも俺はデビュー出来たら、必ず迎えに行くつもりであった。
過去と酒に酔った頃に俺は呼ばれた。今日の余興の為に練習してきた曲。天使の歌声をもつ弟には歌わしてやるもんか。
開いたギターケースには、今日まで仕舞った幾つもの思い出。張り替えたばかりの弦が煌めく。マイクの位置を確認し、一言言おうとして辞める。
果てし無く気の長い旅路だった。歳を重ね、遅咲きの夢が叶っても、決して振り解けない不安、迷い、こらえる消えない傷の痛み。
俺はぽかりと広がった穴を満たすような歌をこの日の為に書いた。
祈り、希望、祝福を込め、二人の不安がその姿を消しますように。
小さな島の、小さな会場。俺の右手が今ギターを掻き鳴らす。
終