【1】
不定期投稿のそこまで長くないお話になります。
私は、忘れていった彼女の携帯のメール画面から、彼女の詩を読んでしまった。
ある漫画のように、ただの言葉に想いが宿っている事は映像で鮮明に浮かび、名前の書かれていない人物に、あの子の姿がことごとく重なって見えた。たぶん、これは間違いないのだろうなと頭の片隅でよぎっていく。
本人から直接言葉で聞いたわけではないのに、はっきりそうだと断言できるのは私にとって初めての出来事だった。それも、頭の中から追い払おうとすればするほどに、鮮明にこびりつきすぎている。
「はぁ」
バイト先の自分の机で深いため息を吐き出すと、隣の席で仕事していた同僚がニヤついた表情を浮かべた。
「優香さん、恋煩いですか?」
「……違うから」
人の恋煩いでなぜそこまで顔を輝かせる事ができるのか。
若いからかな。
「えぇー、その沈黙が怪しいです」
「口動かしてもいいけど、手、動かして」
「はいはい」
仕方がないなという口調で、同僚は仕事にもどった。
話す時はいつでも笑顔になっているところが、自分には真似できそうになくてすごいなと感じてしまう。話し始めた途端に笑顔になるのは、相手に自分は敵ではないのだという事を先手でうっている気がして、本当の笑顔ではないように感じている。
自分でも即答できなかった事が、不思議だった。あの子の事は、そういう感情じゃなかったはずだ。
ん、はず?って、なんで曖昧な表現になっているんだろう。
答えがちらつきそうになった私は、その答えを追い払いたくて机の上に置きっぱなしになっている珈琲に手を伸ばした。
あたたかい珈琲は、気分を落ち着けてくれる。
あの子が詩を書き始めたのは、つい最近の事だった。
美空の影響で書き始めたのだというのは、本人にも聞いて知っていたのだが見せてくれる事はなかった。本当に下手だからというのが理由だったが、それが本当の理由だとは思えなかった。みんなが上手いわけではないのだから、上手くないのは当たり前なのに。
近くにあれだけ書き慣れた相手がいると、高い目標をもって取り組めるのはいいのだが、自分の下手な部分を浮き彫りにさせられる。
クスっと笑う声が聞こえて隣に視線を向けると、同僚は「すみません」と言って頭をさげる。
「可愛いなと思って、つい」
その子はペットボトルに手を伸ばすと、一口のみ元にもどした。
「いつもは優しい雰囲気ですけど、最近、いい意味で表情に隙ができて話しかけやすくて」
「隙?」
「数秒間にくるくる表情が変わっているのに気づいてないですか?」
「そんなに変わっているの?」
「はい」
目の前に鏡があるわけでもないから、気づきようもない。確かに最近、仕事中に別の事を考えている事が増えてきている。以前は無心で仕事に集中できていたのに。
「どんな人なんですか?」
「どんな…猫か犬かなら、犬っぽい感じの写真好きの可愛い子」
「犬っぽい人なんですね」
「うん」
美空が自由気ままに動く猫だとするのなら、彼女は周囲にあわせて動く犬のようだと感じている。いい意味で真面目で、もう少し自分の気持ちに正直になって動いてもいいのではないかと思っている。
「告白は?」
「さーて、次の仕事を…」
あからさまに質問に答える事なく、自分のPC画面に視線を戻して手を動かす。
「告白」という言葉も、恋愛の意味での「好き」という言葉も、今はまだ口に出したくなかった。
口に出さなかったくらいで感情が、自分の心の中から消えてしまうものでもないのは分かっている。それでも、口に出して言った瞬間から決定的なものになってしまう事を、今までの経験で知っている。
ふっと苦笑を浮かべると、同僚も仕事にもどった。
私がこういう対応をする時は、話したくない時だというのを分かってくれているから、それ以上は追求される事はなかったけれど、自分の恋愛のノロケ話を聞く事になった。
ごめん、本人からすれば、恋愛の愚痴だというが、結局のところ相手がいてある程度の事を受け入れてくれるから、愚痴もうまれてくるわけで、私からすればノロケ話にしか聞こえないような深刻な話ではなく、可愛い内容だった。
彼女からは、すでに一回告白をされている。
その時には、まだ美空の事が好きだったので断っている。
それでも、好きと言われてはいた。
あれから、もう半年が経過している。
「こんばんは」
仕事帰りにふらっといつものBARに立ち寄ると、彼女がカウンターに立っていた。
「こんばんは」
「今日バイトだったっけ?」
「バイトではないけど、マスターが買い出しの間だけ頼まれて」
「そうなんだ。飲み物はいつもので、食べ物は…何が頼めるの?」
「食材は全種類あるので、どれでも」
「そう…じゃあ、野菜の何か、おすすめで」
「……」
あまり苦手なメニューを頼むと困らせてしまうかと思い、野菜のつまみなら後片づけも楽だろうと思って注文したけれど、かえって悩ませてしまったようだった。
「分かりました」
何にするのか決まったらしく、よし、と自分にかけ声をかけると調理を始めた。
ここのバイトをする事を決めたのは、まずは、何ができるのかを試してみたいという挑戦からだったという。現在、大学生の彼女は今までバイトというものをした事がなかったらしく、親に相談したところ自分の将来の妨げにならない範囲でのバイトを許可したとの事だった。
ここのお店は、確かに夕方から開店するBARではあるが、マスターの優しい人柄にひかれて来るからなのか、酔ってからんでしまうような人は、なぜか来ない。来ないので、私も知り合いとして安心していられるバイト先だった。
いつものカクテルを作る作業をしながら、一度彼女は顔をあげた。
「あ、お腹のすき具合ってどうですか?」
「あまり…って言いたいところだけど、だいぶすいています」
「じゃあ、もう一品つけますね。はい、いつものです。どうぞ」
「ありがとう」
コップを傾けるとカランと、氷が涼しい音をたてた。
見るともなしに、包丁さばきを見ていると「緊張するから見ないでください」と言われてしまい、手帳とボールペンを取り出して今日の日付を見る。
手帳の中の月は、もう季節は秋になっていた。
今月を示している文字の色も、紅葉を表現している色になっている。
書かれているスケジュールは、悲しくなるくらい仕事のスケジュールしか書かれていない。仕事とプライベート、もしくは、スマートフォンのカレンダー機能に予定を書き込む人がいるかもしれない。
私の場合、書いて覚えるところがあるので、電子は忘れてしまいそうになるし、2冊別々に書くのも忘れてしまいそうになる。
そんな理由で、私の手帳は、仕事とプライベートの予定、どれにどのくらい使用したのかの家計簿、一日のうちに何にどのくらいの予定をしていたのかを確認する日記代わりの3冊分の役割をもっている。その分、ハード本くらいの大きさと重さがあるけど、何をするにもいつも一緒の相棒だ。持ち歩くのを忘れてしまうと、その日がなんだか落ち着かないくらいに私の中でよく馴染んでいる。
しっかりした家計簿は、何回でも修正できるエクセルで、項目ごとに数字を記入するだけで合計数を自動で計算してくれる計算式をいれているので楽に管理する事ができるし、パソコンを開けない時は電卓で計算すればいいようにしていた。
やりすぎているのかもしれないが、そうでもしておかないと、大ざっぱな私の性格で自分の趣味をするために自己管理する事ができない。
一口飲むと、何も食べていない胃をほんのり熱くした。
「お待たせしました。エリンギと人参のバター炒めにツナを添えたのと、ピザサンドです。優香さん、今度あいている日に公園行きませんか?…って、黒っ!」
「うん、なんでも書き込むくせに、消せるボールペンじゃないからね」
苦笑を浮かべていったん手帳を閉じる。
「いいよ、何時にしようか?」
「あの、予定は?」
「大丈夫。年末は、会社の休みになる前に何かとまとめるもの多いから、今だとあわせやすいから助かるの」
年末にやらないといけないリストたちが、家事と仕事分が頭の中をよぎったのを、追い払ってしまうようにカクテルを飲みながら笑みを浮かべる。
今のバイトをするようになって2年目くらいからだろう。自分の心の余裕をもつために通年おこる仕事のスケジュールをすべて書き出し、今の時間に何ができるのかを考えるようになっていたので、年末に思考をめぐらせるだけで思い出せてしまう。
「それに、幸来と会っていると落ち着く」
「……落ち着く」
「うん、癒される。仕事の疲れがとれる。ごめん、酔っているね…変な事言っていたら忘れて」
ほろ酔いになっているのを自覚して、いつもよりも思った事をそのまま口に出しているのに気づいて、これから話す時には気をつけようと思った。
おつまみをつまみながら、カクテルを飲む。
「美味しい」
「よかった」
単純な味付けが優しく感じ、食パンにトマトケチャップをぬりチーズとコーン、あまったエリンギをはさんだピザサンドも簡単だけど美味しい。
後日、私は彼女に連絡をとっていた。




