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七不思議・漆 『         』

 学校の七不思議というのは、実際に知られているのはそのうちの六つというのが定番だ。七つ目を知ってしまった時、恐ろしい事が起きるのだという。

「知らない方が身の為よ」

 正門で眩しいくらいの営業スマイルで送り出してくれたお姉さんは、空白になっている七つ目を尋ねた時、唇に指を当てて妖艶に笑った。

 恐らくあれは忠告なのだろうけれど、どちらかというと、彼女も本当は七つ目は知らなくて、それを誤魔化す為にあんな事を言ったのではないだろうか。

 あの時もそういった考えは浮かんでいたが、流石に本人を前にして尋ねるのも気が引けたし、何よりも、七つ目も他の七不思議同様ろくな物でない可能性が高かったのでとにかく帰りたかった。それが、一眠りした今、本当のところはどうだったのだろうという疑問が膨れ上がっている。

「千鶴!」

 考え事に夢中になっていた千鶴は、だから背中を思いっきり叩かれて文字通り飛び上がった。

「おはよ。って、なんでそんなに驚いてるの?」

 疾走どころか爆走する心臓を宥めていた千鶴は何とか呼吸を整え終えると、次いで疼くような背中の痛みを感じて笑顔で乱暴な挨拶をしてくれた彼女を睨み見た。

「おはよう、美香。……何でもないよ」

「とか言っちゃって。わかった。昨日の事でしょ? ね、そうでしょ?」

 こういうところは妙に勘がいい。

「ん……まあね。七つ目って、何なんだろうなって思ってさ」

 中庭に置かれた銅像の足元に頬杖をついた千鶴は、その姿を見上げる。今は物言わぬ銅像の、書物を懸命に読んでいる姿に思わず舌を出した。

 そんな千鶴の行動に苦笑を浮かべながらも、昨晩の怒りが戻ってくるのを恐れた美香は敢えて触れなかった。

「そうだねぇ……確かにちょっと、興味あるよねぇ」

 よく晴れた朝の青空を見上げ、眩しそうに美香は目を細める。

「七不思議って、もっと怖いものだと思ってたんだけどな」

「それは皆そうだろ。まさかうちの学校の七不思議が、あんなだとは誰も思わないよ」

 昨晩の事を思い浮かべ、千鶴は苦笑を浮かべる。

 昨日体験したそれはあまりにも奇天烈なものだった。特に、校庭で騎馬戦をしているおじ様方の姿など、夢に見て跳ね起きた程に衝撃的だった。

「あ、雅子だ。おはよう」

 中庭へと出てくる制服姿の中から見慣れた友人を見つけて手を振れば、こちらに気付いた相手も手を振り返しながら駆け足で近付いてくる。

「おはよう、千鶴ちゃん、美香ちゃん」

 二人の前で立ち止まって笑った雅子は、次いでその視線を千鶴が頬杖をついている銅像へと向けた。

 やはり、彼女も気になるらしい。

「……動き出したりしないよね?」

「しないだろ。だって、七不思議って夜が定番……」

 不安そうな雅子を宥めていた千鶴は、ふと制服を引かれて振り返った。それはどうやら美香も同じだったようで、三人の視線が集まった先には背の低い女子生徒がいた。

 見知らぬ相手に注意を引かれた三人は、俯き加減の彼女に顔を見合わせて小首を傾げる。

「何かあたし達に……」

「――ありがとう」

 用事でもあるのかと、千鶴の言葉は突然の謝意に遮られる。

 知り合いでもない相手からお礼を言われるような事をした覚えがない三人は、困惑顔で小さな女子生徒を見つめた。

「ファンデーション、ありがとう」

 顔を上げた、おかっぱ頭の女の子。綺麗に化粧を施した顔でにこりと笑い、彼女はくるりと踵を返して駆け足で遠ざかっていった。

「あ、ちょっと……!」

 引きとめようと手を伸ばした千鶴は、背後で生じた音にその状態のまま振り返る。

 目が合った。そして何故か、ウィンクまでされた。

 唖然としたまま、三人は自然と上を見上げる。特別教室が連なる左校舎の窓から、それ等はこちらを見下ろしていた。

「―――……!」

 理科室と美術室と音楽室。その窓からこちらを見下ろす、人ではないもの達と目が合った三人は、背筋に走った悪寒に全身を震わせた。

 知らない方が身の為よ――昨晩の言葉が蘇る。

 人ではないもの達は、人間のすぐ傍にいる。彼等と人間とを区別する強固な境界は存在せず、彼等は常に、近くにいる。

 それが、七不思議の七つ目。

 顔を見合わせた三人が再び校舎を見上げても、それ等の窓に彼等の姿はなかった。

 始業のチャイムが鳴り響く。




終り

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