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七不思議・弐 しゃべる自画像ベートーベン

「まったく……不愉快にも程があるってもんでしょ」

 未だ怒り冷めやらずといった体の千鶴を先頭に、次に目指すは渡り廊下で繋がれている別棟にある音楽室。

 渡り廊下は両壁に等間隔で設けられた窓から差し込む月明かりで青白く照らされ、反響する足音も相俟って蠢く自らの影が些か不気味に思える。

 胸中に広がる不安を振り払うように懐中電灯一本を手に早足で突き当たりにある音楽室へと向かう。

「千鶴。今度はどんな七不思議なの?」

 背後から掛けられた美香の問いに、見慣れた音楽室の入り口の前で立ち止まった千鶴は、手に持っていた案内図を確認する。

「え……とぉ……? 『しゃべる自画像ベートーベン』、だってさ」

「しゃべるの? 目が光る、とかじゃなくて?」

 背後から千鶴の手元の案内図を覗き込んできた美香は、自らの目で確かに『しゃべる自画像ベートーベン』という大きな文字を見て、何処となく納得いかない顔をしながらも音楽室へと続く扉を開けた。

「目が動くとか、目が光るとか。そういう噂ならよく聞くんだけどなぁ」

 七不思議や占いといった、神秘に満ち溢れた事柄だけではなく、基本的に噂話が大好きで情報通でもある美香がそう言うのだから、珍しい七不思議なのだろうと思う。

「えぇと……?ベートーベン……ベートーベン……」

 年季を思わせる薄汚れた壁に貼られた肖像画の中から目的のものを探そうと、千鶴は手に持った懐中電灯の光を一枚一枚確認しながら当てていく。

「千鶴。多分、こっちだと思うよ」

「え? そうだっけ?」

 美香の指摘に、千鶴は反対側の壁へと光を移す。

「あ、ほんとだ。あったあった」

 右側より二枚目。相変わらず鋭い眼光でこちらを睨み付けるようにしている偉大な音楽家の姿があった。

「……別に、変わった所はないよね?」

 しばらくの間ベートーベンの顔にライトを当てていた千鶴の言葉に、彼女を挟んで並んだ美香と雅子は無言で頷く。

「美術室みたいに、何かアドバイスでもないの?」

「うん……ちょっと待ってよ」

 手元の案内図を確認しようと、肖像画を照らしていた懐中電灯を千鶴が動かそうとした瞬間だった。

『眩しいのでおじゃるッ!』

 突如として響いた怒声に、三人はびくりと肩を震わせた。左右から美香と雅子に抱きつかれた千鶴は、声の主を捜そうと暗い音楽室に懐中電灯の光を走らせる。

『先程から我輩の顔ばかり照らしおって! いい加減にするでおじゃる! この小娘共!』

 声の主を確信し、恐る恐るといった体で千鶴は彷徨わせた懐中電灯の光を再び頭上の肖像画へと当てた。

『だから、眩しいと言っているのでおじゃる!』

 ただの紙の絵であるはずの偉大な音楽家が、眩しそうに手で目を覆いながら怒鳴っている図。

 その非現実にあんぐりと口を開けて呆然としていた三人は、千鶴が吹き出したのを合図に笑い出した。

「あっはははは! 『おじゃる』って、どんだけ想像と掛け離れてれば気が済むのよ!」

「っていうか、この顔でそれは有り得ないでしょ! 有り得なさ過ぎて逆に笑えてくるわ!」

 いつもなら千鶴と美香の酷いものの言い様に躊躇いながらも一応の注意をする雅子も、次はどんな怖いものが出てくるのだろうと身構えていた矢先のこの展開に、流石に込み上げてくる笑いを噛み殺すことが出来なかったらしい。口元を覆い、顔を背けるその肩が小刻みに震えていた。

『えぇい! 五月蝿い小娘共でおじゃる! 笑うでないぞ!』

 我輩がどんな喋り方をしようともお前達には関係ないでおじゃる!と力説するも、それは逆効果で、更に三人の笑いを誘う結果となった。

「も、も……ダメ……あはは。お腹……痛い……ッ」

 どうやら笑いのつぼに見事にはまった様子の千鶴など、爆笑の果ては笑い過ぎの為に些か痛覚を訴えかけてくる腹部を抱えて蹲る始末である。

「千鶴……ライト。そろそろ移動しないと、次のグループの人が来ちゃうよ」

 やっと笑いが収まった様子の美香の指摘に、こちらは未だ可笑しさが抜けない千鶴は立ち上がった。お腹を抱えた時に方向違いの場所を丸く照らし出していた光が音楽室の入り口を捉える。

「ごめんごめん。でも……『おじゃる』……って……ほんとに笑える……」

「まだ言ってるわ」

 二人に呆れられながら、千鶴はその口元に笑みを残して音楽室を後にする。千鶴と美香に続いて部屋を出ようとした雅子は、不意に足を止めて背後を振り返った。

「……ごめんなさい」

 女子高生三人に笑われて暗い影などを伴って黄昏ていた彼の有名な音楽家が、『謝られちゃったのでおじゃる……』と、その謝罪の言葉に漂わせる悲壮感をより一層深いものにした事は、遠のいていく足音の主達が知るはずもない。


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