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天雷の野望

 エマーユの耳が尖り、髪も黄緑となった。

「うん、いつものエマーユだ。おかえり、って感じだな」

「えへへ」

 髪を撫でられ、嬉しそうに目を細める。撫でているのは小さく華奢な掌だ。キースの横に寄り添うファリヤが、彼女の髪に手を伸ばしていた。ひとしきり愛でて満足した後、よく似た互いの服装を眺めて微笑んだ。

「うふ。あたし、エマーユの妹になったみたい。よろしくね、姉様」


 バレグは少し離れた場所でその様子を眺めている。微かな溜息が聞こえたが、気付かないふりをした。だが、溜息の主は話しかけてきた。

「まるで敵わないな。だけど厄介なことに……」

 彼女から話しかけられた以上は無視できない。そちらに顔を向けたバレグは、小さく息を飲んだ。ポニーテールの少女は陽だまりのような笑顔を浮かべ、キースたちを見ていたのだ。

「悔しくないんだ。なあ、これって負けを認めたってことなのかな」

「うーん。よくわかんない。でもさ」

 悔しくないってことは、と続けながら視線を宙に泳がせて、ごく短い時間思案する。

「スーチェにとって納得できること……、なんじゃないかな」

「そっか」

 そうだよ、と返すと彼女の手を引いて歩き出す。

「早く帰ってあげないと、身代わりを演じてるニディアが大変だ」

 バレグの声に、ファリヤはいたずらっぽく笑ってみせる。

「大丈夫よ、彼女の方があたしよりお姫様っぽいもの。いっそこのままニディアとして過ごそうかしら。そしたら兄様とお出かけとかできそうだし」

「ふむ。私は構いませんぞ」

 そこに声がかけられた。バレグがそちらに目を向けると、声の主はベルヴェルクだった。彼は二頭の馬に馬車を牽かせるべく作業をしていたのだが、たまたまファリヤの言葉が耳に入ったようだ。

 キースが苦笑する。

「ベルヴェルクが言うと冗談に聞こえないな」

「ええ、私は冗談が不得手ですから」

「……おい」


 ふと、他の二人が気になったバレグは周囲を見回す。何か、手伝うべき作業があるかも知れないと思ったのだ。程なくリュウの姿が目に入る。

 ケン愛用のバスタードソードを大事そうに抱え、馬車に積み込むところだった。

 メリクは地面を調べている。どうやら、ケンの遺品が他にないか調べているようだ。

 リュウがバスタードソードを積み終えるタイミングを見計らい、キースは一同に黙祷を命じた。

 戦士として立派な最期だった。感傷に浸るのは王国に帰ってからでよい。

「さて。馬は三頭、馬車一台。でも俺たちは八人いる。誰か一人は徒歩ってことになりそうなんだが」

 馬車は二頭立て、御者一人を含めて五人乗りである。六人乗せたらキャパシティオーバーだ。この三頭は人を背に乗せて走る訓練を受けてはいるが、馬車を牽く訓練は受けていない。普段の倍を超える重量の負荷をかけた状態で、宥めすかして走らせるのは容易なことではあるまい。

 仮に馬車を捨て、一頭に二人ずつ騎乗したら、徒歩での帰還を強いられるのは二人となる。

 レアアイテムであり、魔力消費も多い移動系マジックアイテムなど、この場の誰も所持していない。

「ま、ここは余り物の俺が」

「……」

 応える者がおらず、キースは頬を掻く。

「いやまあ、歩くのは構わないんだけどな。無反応ってのは悲しいなぁ」

「うふふ。キースが歩くならあたしも」

「助けてくださった兄様が歩くというのに、あたしだけ馬車に乗るわけには参りません」

「戦場ではろくに役に立たなかった。帰りの道中、護衛くらいさせてくれ」

「やれやれ。若者は自分の足で歩けってか。僕も歩くよ」

 少年たちの様子を眺めて愉快そうに笑うと、ベルヴェルクが言う。

「ファリヤ殿下をお迎えに参上した我々が、あろうことか徒歩での帰還を強いたとあっては陛下の逆鱗に触れてしまいます。十代の皆さんは馬車にお乗りください」

「や、これは申し訳ない。考え事をしておりまして。ベルヴェルクさんとメリクさんも馬を使ってください。どうも私、馬に怖がられてしまったみたいで」

 一同が視線を向けると、往路リュウを乗せてきたはずの馬が、彼の手を避けるようにして少し暴れているところだった。彼がそう言ったことで、徒歩で帰還する人物が決定した。

 このメンバーの中では、リュウは最もケンに近い立場であり、長く共闘してきたのだ。一人になって彼の死を悼むにもちょうどいい機会であろう。

「悪いな、リュウ。じゃ、俺たち王宮で待ってるぜ」

 キースの言葉に、リュウはニヤリと笑う。

「今の私、速いですから。然程お待ちいただく必要もないかと」


 去って行く一台と一騎を見送ると、リュウはそのままの姿勢で低い声を発した。背負った剣の柄に手を添える。

「何の用だ、バイラス。この力、返せと言うのではあるまいな。もし、そうなら」

 土を踏む音がして、リュウの背後に白い人物が現れた。見た目は二十代後半から三十代前半。青い目をしているが髪は真っ白。荒野には似つかわしくないタキシードを着こなしているが、その色も真っ白。穏やかな笑みをたたえ、リュウに話しかける。

「いえいえ。それは差し上げたもの。代わりにあなたの残りの寿命、半分ほどいただいておりますのでね。返していただこうなど、微塵も思っておりませんよ」

「魔族は契約を重んじると聞く。寿命と魔力、交換が成立している以上は貴様と私は無関係。今後、貴様が我が王国の敵として立ちはだかることあらば、遠慮なく斬り捨てる」

 剣を持って振り返り、剣先で地面を突きながら唸るように言った。

「承知しておりますよ。このバイラス・ダイラー、魔族ということではなく一人の男として……。あなたと交わした契約において、追加で何かをお願いすることはございませんのでご安心を。今後は特段の理由なくお会いすることはないということで。ただ、今回は一つだけご忠告を」

 細めた目に妖しい光が宿る。

「人狼の姿の時、ロレイン族の歌声に逆らえなかったのはあなたご自身の問題です。その力を不浄なもの、穢れたものとお考えでしょう? そうである以上、今後もロレイン族の前では変身できませんよ」

「ならば変身しなければいいだけのことだ」

 バイラスは一度天を仰ぎ、眉間に皺を寄せた。しかし、あくまで穏やかな声音で告げる。

「それは勿体無い。あなた方はまたいずれ、あのバネッサと戦場で対峙する運命。寿命を支払ってまで手に入れた力、使わずに戦うと仰るのですか」

「ふん。惜しくはない。もとより王室警護隊員、明日をも知れぬ命だ。この俺の残り寿命の半分など、さぞや短いことだろう」

「さすが、近衛兵のエリートともなると覚悟が違いますな」

 バイラスは感心した顔を作り、しかしわざとらしく手を叩くことでその演技を台無しにして応じる。

「頂いたのはあくまで天寿を全うした場合の寿命。その半分ですから。正確には申し上げられませんが、結構な長さですよ」

 ですから、と言葉を続ける。

「さすがに、差し上げた力に対して過分な報酬を頂いたのでね。今さらお返しできないけれども、代わりと言っては何ですが、追加でサービスを」

 リュウは目付きを険しくするや、グレートソードを正眼に構えた。

「信用できない。何が狙いだ」

 それに対し、バイラスは慌てたように両手を挙げて無抵抗を表明する。

「そう警戒なさらずに。御守りを差し上げたいだけですから」

「御守りだと」

 訝るリュウに対し、バイラスは胸を張って答えた。

「ええ、レアなマジックアイテム、〈精霊の多情〉です。呪文を唱えると、敵の魔法の反射と味方の魔法の増幅を同時に行うのですが、ただ持っているだけでも所有者に一定の効果が」

 剣を収めて背負い直すリュウを見て、バイラスは胸に手を当て軽く頭を下げる貴族風の挨拶で感謝を表明した。

「マジックアイテム〈幼竜の魔笛〉による無効化を受け付けず、ロレイン族の歌声による精神操作も無効化します。この特性があるからこそ、御守りと表現させていただきました」

「もし本当なら、とんでもなく価値のあるアイテムだと思うのだが?」

 剣を収めはしたものの、疑わしげな表情は崩さない。

「私には必要のないものです。もっとも、あなた様もその力を、鍛えて得た筋力や剣技と同等の力として受け入れてさえくだされば、アイテムに頼る必要もないんですがね」

「無理な相談だ。人狼は王国にとって因縁の相手とも言うべき魔族。そもそも、陛下にご報告した時点で私は首を刎ねられるかもしれない」

「ふむ。そのことに関しては私から申し上げられることはございませんな。あなた様の強運を信じて、このアイテムを差し上げます」

「……礼は言わんぞ」

 リュウは押し付けられたアイテムを奪うようにして懐にしまうと、踵を返して風のように走り去った。大きく先行した馬車に、すぐにでも追いつきそうな勢いだ。


 その場に一人佇む白ずくめの男は、薄笑いを浮かべてリュウを見送った。

「あやつの生命力をもってしても、私の寿命はほとんど変わらない。もどかしいものだ。わずかな残り時間の中、機が熟すのを待つというのは」

 見開いた目は血走り、大きく開いた口は笑いの形に歪んでいた。

「同時に! 愉しくてたまらないぞ、このギリギリの状況が。そして必ず手に入れる。永遠の命を」

 ひとしきり笑うと、虹彩を反転させた。

「種は蒔いた。決して交わることのない業炎と凍獄。全てを呪う噴流。未だ見ぬ翔烈。さて、この天雷に福音を齎すのはいずれか」

 予備動作なく、その身体が浮き上がると天へと昇ってゆく。

「しばらくは、最も可能性の高い凍獄への肩入れを続けるとしよう。どれ、あやつらを起こしに行くか」

 一筋の光と化したバイラスは、遥かな高空へと飛び去っていった。


「兄様、いま流れ星が! それも、下から上に……、って寝てるし」

 ファリヤは不満げに呟いたものの、すぐに微笑んだ。兄とエマーユが手を取り合い、互いの頭を寄せ合って寝ていたのだ。

「全く、何て無防備な寝顔だ。見てられないな。……おいバレグ、替われ。私が御者をやってやる」

 しかし、赤毛の少年は空気を読まず反論した。

「いちいち停めて交替する方が面倒臭いよ」

 たちまち口論に発展する。ファリヤはその様子に苦笑してみせたものの、

「微笑ましい点ではこの二人も同じなのよね」

 と、誰にも聞こえない呟きを漏らした。

 もう日は随分傾いているが、この分なら日没前には王国に着きそうだ。

 とりあえず、帰ったらニディアに充分感謝をして、一杯スキンシップしよう。そんなことを考えているうちに、彼女もうとうとし始めた。

 この一週間で得たもの、失ったもの。大きく変わったこと、全く変わらないこと。それぞれの思いには無頓着に、等しく揺れを与えながら馬車は走る。一路、アーカンドル王国を目指して。

 大陸に渦巻く野望は、彼ら少年少女をも容赦無く巻き込もうとしている。そんな彼らに与えられた、束の間の休息であった。


 


ご愛読ありがとうございました。

これにて土蜘蛛編、最終回です。

いずれ続編を書く予定です。

もし少しでも楽しんで頂けたなら望外の喜びです。

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