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黒幕の提案

 上空から緑の魔力弾が飛来した。地面付近から赤い破壊光線が垂直に撃ち上がって迎撃する。

 それが巨人にとって最後の抵抗となった。

 光線を回り込むように落ちてきた炎の蛇が、巨人の額に激突したのだ。文字が消えるとともに巨人の両目も光を失い、その巨体はただの岩塊と化した。

「全く。こんなのを動かす方法があるのなら、大きな建物を作るとか、川の氾濫の際に人間を救うとか考えないのかしら」

 エマーユは腰に手を当てて文句を言う。そこに、さきほど彼女が放った炎の蛇が戻ってきた。腰に巻きつくようにして姿を消す。

「この力……」

 あの時だ。土蜘蛛の小屋でフォレストスパイダーの襲撃を受けた時。

 キースが最後の二匹と戦っている最中、小屋は激震に見舞われた。暗闇の中、魔力の枯渇したエマーユには何が起きているのかわからなかった。

 唐突に訪れた静寂。その一瞬後には、キースは重症を負っていた。

 おかしい。時間が飛んでいるようだ。

「もしかして」

 先に瀕死の重症を負っていたのは自分なのでは。途端、頭の中で符合する一つの事象。

 あの後、突然魔力が横溢した理由。

 火を苦手とするエルフの彼女が、暖炉や松明、料理などで盛んに火を使う人間の王宮で寝起きしても落ち着いていられた理由。

 つい今しがた見たばかりではないか。キースの血が、メリクに力を与える様子を。

 あの時、またしても。自分は彼に助けられたのだ。この身体に彼のほのおが注ぎ込まれたのだ。

 彼女は愛おしげに自らの身体を抱いた。しかし、すぐにはっとして顔を上げる。

「いけない、こうしてはいられないわね」

 踵を返すとファリヤたちのもとへと向かうものの、わずか数歩で足を止めた。目の前に長身の男が立ちはだかっていたのだ。

 黒目にグレーの髪、一見して普通の人間だ。直前まで、全く気配を感じなかった。そして何よりも、こいつは——。

狼男ワーウルフっ」

 彼女は身構え、瞳にオレンジ色の炎を宿す。

「お待ちください、戦う気はありません。あちらの人狼とは別人ですから。……しかし、私の正体がよくわかりましたね、フレイムエルフ」

 喋りながら、青年の虹彩が反転した。両手を上げて敵意が無いことをアピールする。

「それあたしのこと? あたしエマーユなんだけど」

「そうですか、私はスコールです。我が主から金髪少年への伝言があります」

 その言葉に首を傾げた。キースの髪の色を知っているということは、この青年は戦場を監視していたというのか。彼も強力な魔族。やはりバレグの魔法に探知されなかったということか。

「主って誰よ。彼のことを知ってるの?」

「セイクリッドファイブが一人、凍獄の竜騎士フリズルーン・ライダー

 その言葉に息を飲むエマーユに笑顔を見せ、上げていた手を自然な動作で下ろすと腕組みをした。

「そうですな、我が主とあの方——

アーカンドル王子キース殿下とは面識があります」

「……」

 相手は彼の正体まで正確に把握している。唇を噛む少女の様子には無頓着に、スコールは自然体のまま続ける。

「驚きましたよ。彼がグラウバーナ・ライダーであることはつい今しがた知りました」

 そこで、と言った後で思わせぶりに言葉を切ると、ただでさえ異様な瞳をさらに妖しく光らせる。

「提案です。我が主と共に、大陸の全てを掌握しましょう。セイクリッドファイブは神に等しい存在。この世に君臨すべき五人なのです。富も快楽も独占し、彼らに逆らうあらゆる者の生死さえ意のままに」

 エマーユは柳眉を逆立てた。

「そんなこと! キースが認めるはずないわ!」

「それは殿下ご自身にご判断いただきたく。失礼ながら、現在のところ王室の余り物と揶揄されるお立場。きっと我が主に賛同いただけるはず」

 なおも反論しようとするエマーユを手で制した。

「バネッサの非礼についてはお詫びを。あれは竜騎士の器にあらず。殿下がご賛同くださるならば、我が主はあの女の手からブラウニーストーンを奪うとの仰せ」

 仲間を仲間とも思わぬ所業。それはキースもエマーユも心底嫌悪するものの一つである。

「無駄よ。そんな話、するだけ無駄!」

 エマーユは炎の衣を纏った。実際に燃えているかのような、目に見えるオレンジ色のオーラを立ち上らせる。

「念のため、一つお耳に入れておきます」

 スコールは彼女の様子を見ても慌てることなく、口許を笑いの形に歪めながら話す。

「我が主は既に、バネッサの他にもセイクリッドファイブたる賛同者を得ておられます。サスパーダ・ライダーを」

 写本の提供者に対して隠し事は不要とばかり、人狼は淀みなく説明する。曰く、サスパーダ・ライダーとは天雷の竜騎士である、と。五聖竜に序列はないものの、歴代の天雷の竜騎士は最強の異能者であり続けてきた、と。

「残る一人の竜騎士、タイゲイラ・ライダーも探しておりますが、我が主はそのお方も必ずや仲間に引き入れることでしょう」

「だからキースには勝ち目がないとでも?」

 炎のオーラは物理的な炎さながら高熱を放射する。

「まだ、殿下ご自身のお言葉をいただいたわけではありませんのでね。交渉決裂とは思っておりませんよ」

 ですが、と付け加える声はこれまでで最も低く、その目に刃の輝きを宿した。

「抵抗を決意なさるのならば、その前にお父上——ヴァルファズル陛下とご相談されるよう進言なさいませ」

「まさか。戦争でも起こすつもりなのっ」

「さて、私には何とも。我らには人間を食糧としてきた過去がありますので恨まれて当然ではありましょうな。それはそれとして、全ては我が主とキース殿下の御心のままに」

 エマーユは確信した。人狼が主と呼ぶ人物は、盗賊の長程度の小物ではない。どこかの国王か、そうでなくても国の重要なポストに就く者だ。

 刹那の躊躇。自分が戦いに参加することで、人間の国家間における戦争の幕を開けてしまうのではないか。 エルフである自分が干渉してはいけないことなのではないか。

 だが、すぐさま首を振る。そもそも、目の前にいる相手も魔族なのだ。

「あなたは敵。絶対、キースと相容れない存在」

 彼女の決意を反映し、オレンジ色のオーラは真紅に近い紅蓮の輝きを放つ。

「おっと。お伝えしたいことは全て話しました。私はこれで」

 声だけをその場に残し、スコールの姿はかき消えてしまった。まるで、初めからいなかったかのように。

 悔しげに唇を噛んでオーラをおさめたものの、エマーユの背筋を冷たいものが走る。接近においても離脱においても、まるで気配を感じさせない敵。その脅威は計り知れない。


*          *          *


「ご苦労だった、スコール」

 青年が姿を現すよりも早く、ドレン卿は労いの言葉をかけた。オッドアイの紳士は今、薄笑いを浮かべて戦場を眺めている。

「もったいないお言葉。予想通り、バネッサもハーディも目の前の戦い以外目に入らぬ状態です。それと、一つよろしいでしょうか」

 表情を変えず、続きを促した。

「おそれながら申し上げます。アーカンドルの連中に限って、我々に尻尾を振ることなどありますまい。おそらく、ご承知の上であのような伝言を送ったのではありますまいか」

「ふむ。永く生きておるだけのことはある。さすがに慧眼だな」

「恐れ入ります。同じ長生きでも進歩のないハーディについては生死など知ったことではありませんが、バネッサへの加勢はいかがいたしましょう。いかなセイクリッドファイブの一柱と言えど、あの人数が相手では万一の事態もあり得るかと」

「介入はせぬ。今は、な」

 即答するドレン卿に異を唱えることなく、スコールは「御意」と応えて脇に控えた。

「写本を斜め読みしたようだが、あやつは肝心なところを読んでおらぬ。ブラウニーストーンを原石そのままの状態で使えるだけでは竜騎士とは呼べぬのだ」

 アークルード。それは時に固体として、時に液体として自在に姿を変えるマジックアイテムである。そしてブラウニーストーンはアークルードへと進化する魔石なのだ。写本から得た知識を語って聞かせた。

「あやつがこの戦いで命を落とす程度の存在なら、ここで救出したところで道具としての価値もない。勝てぬまでも命を存えたとき初めて、道具としての価値が芽生える」

 低い笑い声をたてる。

「本能で目覚めてみせよ、バネッサ。噴流の竜騎士アークルード・ライダーとして」

「楽しみでございますな」

 当然だ、と返す言葉は愉悦の昂りに満ちている。

「この先は一方的な蹂躙しかないと思っていたのだからな。いずれにせよ未来が変わることはないが、業炎の竜騎士グラウバーナ・ライダーが相手をしてくれると言うのだ」

 こんな楽しいことはないだろう、との言葉を受けると、スコールも声を立てて笑い出す。

「障害なき征服に達成感はない、と」

「わかっておるではないか」

 彼らの視線の先、戦場では一際強烈な輝きが生じる。荒野の激突は最終局面を迎えようとしていた。

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