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反撃の狼煙

 魔力弾が視界をかすめた。

 キースは目を見開き、己の迂闊さを呪う。後方に展開中の呪符結界は、全方位を防御するものではないのだ。

「来るなら来い。跳ね返してやる」

 息を止めて身構える。

 ところが、キースたちを大きく回り込んだ光弾は、そのまま前方へ飛んでいく。

「なにっ」

 その先にはエマーユの姿。髪の色が違うが、彼女は魔族。気にしている場合ではない。

「エマーユ。結界だ」

 着弾。砂埃が立ち込める。

 遅かった。唇を噛み、そちらに向けて加速するキース。背後では、呪符結界に魔力弾が激突する轟音が響く。

 周辺の砂埃が薄れると、光る鎖に巻き付かれてもがくエマーユの姿がそこにあった。

 狂気をはらむ、けたたましい笑い声が後ろから追いかけてくる。

「ほらほら、もうすぐゴーレムも降りてくるわよぉ」

 バネッサの言葉を裏付けるように、巨人の咆哮が上空から近付いてきていた。

「メリク。呪符でゴーレムの光線、防げるか」

「一撃くらい……なら」

 キースの問いに、弱々しい返事があった。今にも意識を手放しそうな声だ。もし先ほどのメリクの言葉に従って置いて行こうものなら、彼は一歩も動けなかったに違いない。

 エマーユが声を張り上げる。

「もう、縛られるのは」

 続く言葉を気合いに変え、一気に両腕を広げた。

 鎖が弾け飛び、火の粉が飛び散る。

 お返しとばかり、彼女は緑の光弾を連続で射出した。

 キースたちを回り込んで飛んでいくそれらの光弾を、バネッサは特に魔法を使う様子も見せずに右手一つで叩き落としてしまう。

「飛ぶのが初めてだからってノロノロしてんじゃないよ、ゴーレム。あの女から潰しなっ」

 直後、駆け寄るキースとエマーユを遮って、轟音とともに巨人が着地した。キースに背を向け、左足で立つ。

 右足を振り下ろす、その先には。

「逃げろ、バレグ!」

 意識がないのか、赤毛の少年はキースの声に反応しない。

 巨人の動きは鈍い。砂埃に目を凝らし、右足を落とすべき場所を探っているようだ。メリクとファリヤをこの場に残し、自分が飛び込めば間に合うだろうか。いや、そこまでの時間はない。ならば蜘蛛糸で引っ張る。

 エマーユとのアイコンタクト。

 彼女は巨人の左足側へと走り、魔力弾を打ち上げる。気を取られた巨人はそちらに顔を向けた。

 その隙にメリクを地面に横たえ、蜘蛛糸を投げる。

 バレグ自身も身じろぎしていたが。

「させないわよーん」

 キースたちを回り込む光弾。着弾地点はバレグの周囲。直撃こそなかったが、バレグはその場に釘付けにされた。

「くそ、蜘蛛糸がっ」

 巨人の足から逃すための命綱は、青い光弾によって切られてしまった。

 もう一度投げる。その時には、巨人の足はバレグの鼻先まで迫っていた。

「ほらがんばれがんばれぇ、でも遅かったわねー」

 背後からの声を無視して蜘蛛糸の操作に集中する。だが、間に合わない。

 

 その刹那、疾風が駆け抜けた。


 何事か。目を凝らす間もあらばこそ。

 巨人が足を踏み下ろすと当時、光線が炸裂した。

 爆炎が広がり、濃密な砂埃が立ち込める。

「エマーユ! バレグ! くそおっ」

 キースはファリヤを下ろすとメリクの隣へ静かに横たえる。

「やってくれたな」

「ひょっとしてあなた、自分がやられるよりも周囲の連中がやられる方がこたえるタイプぅ? 笑えるぅ」

 狂気の笑いに身をよじる妖女へと振り返る。彼の目はオレンジ色に燃えていた。

 対照的な態度の両者が視線をぶつけ合う。赤い瞳とオレンジの瞳、その目はいずれも笑ってはいない。

 一触即発。

 突然、爆音が不規則に変化した。戦場への闖入者に、対決の空気は一時的に凍りつく。

 妖女でさえ、口を半開きにして空を仰いでいるのだ。

 爆炎が急速に収縮し、細長く変化していった。その様はまるで、意志を持つ生物のよう。

「炎の竜?」

「キース」

 エマーユの声に振り向くと、強烈なオレンジ色の光を放つ髪が視界に飛び込んだ。耳も尖っていない。彼女は敏捷に走ってくると、鈍重なゴーレムの股を抜けてキースに飛びついた。

 そして、伸ばした腕を真っ直ぐゴーレムに向ける。

 その動きに呼応して、炎の竜が飛び上がった。

 空気を焦がす燃焼音がキースの耳に届く前に、竜の先端は巨人の眼前へと肉薄していた。

 両腕でガードする巨人。左腕に直撃を受け、咆哮を上げると大きく仰け反る。そのまま地面に背を叩きつけられ、轟音とともに大量の砂埃を舞い上げた。

 直撃と同時に竜は消えたが、巨人の左腕は肘から千切れ、彼方へ転がっていく。

 すぐに起き上がろうと するゴーレムだったが、片腕を失った状態では巨体をうまく起こせないようだ。焦れたのか、やけに感情的な短い咆哮を断続的に轟かせる。

「そうだ、バレグはっ」

 ふと見ると、横たわるファリヤの隣に、いつの間にか彼の姿がある。意識があるようで、座った姿勢で頭を振っていた。

「何のつもりよ、人狼風情がっ」

 バネッサの怒声がした。

 再び振り向くと、そこでは妖女と人狼の肉弾戦が始まっている。人狼は今までこの場にいなかったはずだ。つまり、先ほどの疾風の正体はその人狼なのだろう。

 あの人狼がバレグを連れてきたというのだろうか。ところで——。

 キースは目を見張った。人狼の服装には見覚えがある。

「まさか。あれはリュウなのか」

「私です。噛まれましたが、正気です。ここは任せて、ファリヤ殿下を安全な場所にっ」

 聞き紛うことなきリュウの声だ。キースは短く返事をした。

「任せた」

 人狼と言えばアーカンドル王国にとって宿敵とさえ言える魔族。何故リュウが人狼に。メリクから報告を受けていないキースは混乱したが、今はいちいち考えている場合ではない。

 破裂音がしたので振り向くと、リュウの胸から焦げ臭い煙が立ち上っている。バネッサの魔力弾を胸に受けたようだ。しかし、リュウは平然としている。

「効かないぞ、そんな攻撃」

 剣を振りかざす。人狼となる前のリュウと寸分たがわぬ構えである。

「聞いたことないわねぇん。人狼に噛まれても正気を失わない人間がいるだなんて。捕まえて解剖してみたぁい。でも今日のあたしの気分じゃダメね」

 バネッサの目に妖しい光が宿り、地面が揺れ出した。

「殺すことしか頭にないわぁ」

 敵は本気だ。

 リュウ一人に任せるには荷が重いことはわかり切っている。だが、メリクはいよいよ限界だ。

「必ず戻る。リュウ、無茶するなよ」

 エマーユにはファリヤを任せ、自らはメリクを担いで運ぶ。バレグは自力でついてきた。

「防御系・攻撃系ともアイテムが残ってる。僕らのことは気にしなくていい。それよりスーチェとベルヴェルクさんが! 人狼と二対二! 早く加勢してあげてっ」

 一息にまくし立てるバレグに対し、キースは親指を立てて見せた。

「その前に」

 メリクの胸に突き立ったままのダガーに手をかける。今や命の灯火が消えかけている青年は、ぐったりと目を閉じた状態だ。

 エマーユと目を合わせ、頷き合う。

「ななななにする気っ、キースぅ」

 一気に引き抜き、続く動作で自らの負傷箇所に切っ先を突き込んだ。

 エマーユが治癒魔法をかけているため、メリクの傷口から血が飛び散ることはない。

 微かに眉を顰めたキースは脇腹からダガーを抜く。

 飛び散る血潮が中空に魔法陣を描いた。

「グラウバーナ・ライダーの名において命ずる。メリクよ、炎竜の一員としてその身に新たな血を受け入れよ」

 魔法陣は収縮し、メリクの胸の傷口へと吸い込まれた。見る間に傷跡が癒えていき、やがて彼は目を開いた。開き切ったその一瞬、瞳はオレンジ色に輝いた。

「こ、これは……。いけません、殿下。御身に宿る貴重なお力、私ごときに分け与えるなど……っ!」

 キースは静かに首を振る。

「メリク。俺の力ってなんだ。全てを燃やし尽くす炎か。仲間ごと滅する炎なら、そんなのいらない。みんなを暖め、守り抜く炎が欲しい。それって、俺一人じゃ不可能なんだ」

 キースは本能的に悟っていた。ファリヤを背負った状態で本気で戦えば、彼女が無事ではすまなかったであろうことを。

「賭けだったんだ。屍反斬を使い、ここまで意識を保って見せたメリクだからこそ。俺のほのおを受け入れる器たり得るんじゃないかと」

 そう語るキースの横に跪き、エマーユが治癒魔法をかけている。

「俺にはメリクのような師匠が必要だ。だから」

 一緒に戦おうぜ。

 差し出す手を両手で包み込むように握ると、メリクは大きく頷き立ち上がった。

「殿下、お間違いなく。私は今より御身の眷属。師匠だなどとおこがましいです」

「その話はあとでゆっくり」

 戦士たちは戦場を見回し、役割分担を確認する。

「あの銀髪女とは俺が戦う。メリクはスーチェに加勢。エマーユはゴーレムを無力化してからファリヤたちの護衛」

 僅かに不満げな顔をする者もいたが、反対意見は出ない。

「速やかにケリつけて、全員でバネッサに仕置きだ」

 行くぞ、との掛け声に返事が重なった。三つの炎が今、戦場の温度を上昇させていく。

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