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偏頗の規則

 吹き荒ぶ風が砂塵を巻き上げる。サワムー湖にほど近い荒野に、ユグドール山脈から風が吹き下ろす。時折雪が混じるが積もってはいない。どうやら山からの吹き下ろしが運んできただけのようだ。

 馬三騎と馬車一台で構成された討伐隊一行。彼らが足を止めたのはそんな場所である。

「バレグ。〈蒼竜の長耳〉と〈怨恨の銅鏡〉を起動」

 御者席から告げるメリクに返事する手間さえ省き、詠唱のボーイソプラノを張り上げた。

「蒼竜エメリーフに乞う。竜の知覚を我らが耳に授け給え」

 球体が弾け、光の粒子がメリクとバレグに降り注ぐ。どうやら、このアイテムはレプリカらしい。

 一呼吸置き、銅鏡とは名ばかりの眼鏡型アイテムを装着しつつ次の詠唱にとりかかる。

「北方の守護者よ、仇敵の姿を映したまえ」

 緑色の魔法陣が空中に浮かび、さながら銅鏡のような外観を形成する。次の瞬間、それは小さくなってバレグの眼鏡へと吸い込まれた。

 そのとき地面が揺れ出した。前方に目をやったバレグが叫ぶ。

「地中にゴーレム。バネッサもいます——出ます」

 御者席から次の指示が飛ぶ。

「〈戦鬼の天幕〉起動」

「我らを覆え、戦鬼の——」

 荒野に笛の音が響き渡り、三つ目の魔法は不発に終わった。そんなことは織り込み済みなのか、メリクは舌打ち一つせずに告げる。

「エマーユ、全員の武器に補助魔法。スーチェは荷台から降りて馬車の前へ」

 波打つ刀身が特徴的なフランベルジェ。実戦にあたり、スーチェが選んだ剣だ。エマーユに魔法をかけてもらったその武器を、背負った鞘へと収める。

「頑張れよ、スーチェ」

 バレグとしては、本当は無茶するなと言いたい。笑顔を返す彼女からすぐに目を逸らし、他の武器にエマーユが魔法をかけ終えるのを待つ。

「いいわよ」

 彼女の合図を受け、バレグが二振りの剣を馬車後端に運んだ。

 すでに警護隊の二人が馬を寄せている。ケンにはバスタードソード、リュウにはグレートソードの柄を差し出した。彼らが帯剣するのとほぼ同時に、馬車の前方二〇アードほどの地面が砂埃とともに盛り上がる。

 人間の三倍の身長を誇る巨人がそそり立った。警護隊の二人にとっては初めて見る巨人だが、鍛えられた彼らは取り乱すことはない。話に聞いていたことも手伝ってか、かえって闘志をかきたてて目付きを鋭くする。

「時間ぴったりね。ベルちゃん、いらっしゃーい」

 巨人の肩からバネッサの声。気軽に飛び降りる。彼女が飛び降りた先、巨人の足元にはもう一人、エプロンドレスの女性が立っていた。

「ファリヤ? 違う、銀髪女だ」

 バネッサと血縁関係にある者だろうか。しかし、彼女が身につけているのはどう見てもニディアの衣裳だ。何故あいつが着ているのか。そのことも気になるが、もう一つ。

 彼女らを睨むメリクの胸中はいかばかりか。黒髪の青年は、一見したところ落ち着いた佇まいではある。その背を見つめるだけでは、バレグには想像がつかない。

 バネッサによるベルヴェルクへの挑発から、実際にはほとんど間を開けずにメリクが指示を出す。

「殿下」

「キースだ」

 作戦中は敬称禁止。事前にキースが告げた取り決めを忘れていたわけではないが、やはり抵抗があるようだ。

「……キースはかつらと外套を。今のところ予定通りです。ぶっつけ本番ですので、刺す深さはくれぐれも慎重に」

「おう」

 返事をするキースに、エマーユが二振りの剣を渡す。一方はベルヴェルク愛用のクレイモア。もう一方はスーチェのそれと同様のフランベルジェ。

「頑張ってね」

 親指を立てたキースは、剣を外套の中に隠すと、先に馬車から降りていたスーチェの隣に立つ。

 エマーユの気持ちがわかる。彼女だって本当は無茶するなと言いたいはずなのだ。かける言葉もないまま彼女を見つめていると、メリクから次の指示が来た。

「バレグは索敵。同時にファリヤも探せ」

「二時方向、一〇アード。岩の裏に二人。火矢を構えてます」

 馬車に乗ったまま周囲をぐるりと見回す。

「四時、六時、八時、一〇時方向、六アード。いずれも地中、各二人ずつ」

「敵の土蜘蛛は一〇人……」

 エマーユが息を飲み、呟いた。ユージュ山にいた敵の数が全てだと思っていたわけではあるまいが、その倍に達するとまでは思っていなかったのだろう。

「違う、それだけじゃない」

 バレグは真上を見上げて言った。

「蜘蛛糸を空の色と同じにして隠れてる。真上、一〇アードに一人」

 言い終えた後、弾かれたように真後ろを振り返る。

「くそっ、やられた! ここを中心に半径二〇アードの円周に沿うように落とし穴が掘られてます。あいつら、ゴーレム出現のタイミングで、落とし穴を支えていた足場を外したんだ」

「落とし穴?」

 エマーユは首を傾げた。そんな子供だましのような罠、土蜘蛛はもちろんのこと自分たちだって引っかかるとは思えない。そんな思いを乗せた声だ。

「魔法的なギミックだ。穴の内部では、小石が常に底部へ吸い込まれてる。穴の底には槍のようなものが隙間なく並べてある」

「上等じゃねえか」

 御者台の脇から覗き込み、キースが言った。

「向こうもやる気満々ってことだな」

 しかし、バレグの表情は冴えない。馬車を取り囲む面々に聞こえる程度の声量で告げる。

「ファリヤが見当たりません」

 事前に想定していた中でも最悪に近いケースだ。期日前に人質を殺害してしまったのでは。そう考えた途端、背筋を冷気が這い上った。

「隠れてる土蜘蛛の誰も、ファリヤを連れている奴が……、いない」

 握り締めた拳が震えていたようだ。エマーユが両手で包み込んでくれたことで、バレグはようやくそれに気付いた。

「まだそうと決まったわけじゃない。どちらにせよ、ここまで来た以上、戦うしかない。……でしょ」

「聞け」

 メリクが短く声を発し、全員が表情を引き締めた。

「スーチェは二時方向、弓兵に集中。ケンとリュウは四時から八時までの敵を引きつけろ。バレグは馬車から出るな。エマーユは頭上の敵を牽制しつつバレグを守れ」

 そこで言葉を切り、一度バネッサを睨む。

「私はまず、一〇時の敵を潰す。作戦開始」

 二人と馬をその場に残し、戦士たちは徒歩で移動し始めた。

 かつらを被ったキースがベルヴェルクの従者を装い、彼の脇で立ち止まる。差し出す写本をベルヴェルクが掲げて見せた。

「約束の品だ、バネッサ。娘を返してもらおう」

「いいわよ。でもその前に確かめさせてねぇん」

 言うが早いか、写本はベルヴェルクの手を離れてバネッサの手に収まってしまう。蜘蛛糸で取り上げたのだ。

「……ん、どうやら本物ねえ、偉い偉い。あたしが一番知りたい〈ブラウニーストーン〉のとこは読んじゃったぁ、てへっ。これ以上の精読はフェアじゃないからぁ、そろそろゲーム開始といきましょうかねぇん」

「ゲーム、だと」

 バネッサが指を鳴らす。すると、傍らに控えていたメイドがこちらに背を向け、頭上に伸ばした両手をゴーレムに翳した。その手が光り出すのを見て、ベルヴェルクが呟く。

「魔族……、ロレイン族か」

 ゴーレムの腹部中心に、光の線が縦に入った。やがてゆっくりと、両開きの扉のように左右に開いてゆく。

 バネッサは、細く開いた時点ですかさず写本を投げ込む。中から肌色のものが見えた途端、キースが激昂した。

「バネッサ、貴様! 何をしたっ!」

 扉が開ききったゴーレムの腹の中。

 半裸のファリヤが両腕を真横に伸ばした姿勢で、縛りつけられていた。

 彼女は閉じていた目をゆっくりと開き、一度眩しげに眇めて細める。次の瞬間、大きく見開いた。

「兄——、お、お父様っ!」

 耳障りな笑い声。バネッサが告げる。

「かんどーのごたーいめーん……ってか。ふふっ、大丈夫よ。ウチのオスどもにはまだ手出しさせてないしぃ、ゴーレムの腹の中は適温に保ってあげてるからぁ」

 キースの瞳が炎と燃える。バネッサは構わず、喋り続ける。

「ゲームのルール説明するわねぇ。勝ったほうがニディアちゃんと写本、両方持ち帰れるのぉ。それだけよぉ」

「ふざけるなっ」

 ベルヴェルクの怒声にも、バネッサの笑顔は全く揺るがない。

「ただし、ニディアちゃんの手足に嵌めたアイテムを外さないとドカン!」

 ぎり、とキースが唇を噛む。

「あとぉ、ゴーレムも攻撃に参加しちゃうのぉ」

 その言葉と同時、腹の扉が元通り閉じてゆく。

「あたしのこと気にしてたらだめっ! 全力で戦ってっ!」

 ゴーレムの両目が光る。

 左右に飛びすさる戦士たち。彼らが立っていた場所を光線が抉る。

 地面が破裂し、砂礫が舞い上がる。

「ゲーム、開始よぉ!」

 バネッサの嬉しそうな声が荒野に響き渡った。

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