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少年の作戦

 バネッサからの書状には、数本の金髪が添えられていた。土蜘蛛の連絡方法により密かに届けられたそれを、ベルヴェルクは自室で読んでいるのだ。金髪を握りしめ、厳しい目つきで書状を睨み付ける。

 バネッサ自身による文字は書かれておらず、ニディアを演じるファリヤの直筆で、今のところ何ら危害を加えられることなく健康に過ごしている旨が書き添えられている。希望的観測に過ぎないが、その落ち着いた丁寧な文体を見る限り、彼女が酷い扱いを受けていることはないと思われた。

 愛娘と瓜二つでありながら、気丈で我慢強い王女の姿を思い浮かべ、ベルヴェルクは目を閉じ歯を食い縛った。

「殿下。あと二日のご辛抱です」

 一方、本物のニディアはと言えば、国王に人質交換として自分の身を差し出せと懇願しては窘められていた。それは既に何度か繰り返されてきたようで、昨日ベルヴェルクが同席する場でもその一幕が展開された。彼の耳にヴァルファズル王の言葉が残っている。


「今はそなたがファリヤなのだ。バネッサなる者は、王国ではなくベルヴェルクと交渉をしておる。臣下の娘を人質にとって脅迫されたからと言って、王女を差し出す王国がどこにある」

 これを聞き、「だからこそ私が」と食い下がるニディア。

「あまり余を困らせてくれるな。言ったであろう。そなたも大事な娘だと」

 この瞬間、ベルヴェルクはこれまで以上に深い忠誠の念を胸に刻みつけたのである。


 目を開き口許を引き締める。ファリヤの現状を国王に報告せねばならない。書状を手に部屋を出たところで、赤毛の少年と鉢合わせした。

「バレグ。私に用かね」

 実際の年齢よりも幼く見える少年は、瞳を揺らさずこちらを真っ直ぐに見据えてはっきりと告げた。

「ベルヴェルクさん。今から王様のところへ行かれるんですよね」

 毎日の訓練後、ベルヴェルクが報告するのが決まりだった。どうやら彼はここで待っていたようだ。

「僕も連れて行ってください」

 理由を聞かず、頷いた。


*          *          *


「オリカルクム?」

 メリクは相手の言葉を繰り返し、語尾を上げて疑問を表明した。話しかけたのは赤毛の少年。場の全員が少年に目を向けた。

 夕食と入浴を済ませ、討伐隊は全員が顔を揃えている。ここは、彼らが作戦会議のために集まる客室なのだ。

 正面からの六対の視線を一身に浴び、それでも物怖じすることなくバレグは口を開く。その様子を背後から見守るベルヴェルクは、心なしか口許が綻んでいる。

「キースのダガーと同じ素材の金属です。陛下にお願いして、ベルヴェルクさんの知り合いのドワーフ族に頼みました。素材の量から三個だけなら作れるそうです。しかも一日で」

「え」

 疑問の中にごく微かな慨嘆が入り混じったような、微妙な声がバレグの耳に届いた。エマーユだ。

「ごめんエマーユ。エルフ族とドワーフ族の仲が悪いのは知ってるんだけど」

 ドワーフ族も人間に近い容姿の魔族である。ただしエルフ族やロレイン族と比べると背が低く、がっしりした体型だ。魔法が得意でない代わりに力が強く、刃物の鍛造から船舶の建造に至るまで、工芸の面における器用さは人間のそれを上回る。

「気にしないでバレグ。この土地からワーウルフがいなくなった後、軽い縄張り争いをしたって聞いてる。でもそんなの親たちの世代の話だもの」

 スーチェは腕組みをして、それかけた話題を元に戻すべく問いかける。

「で、ドワーフ族に何を頼んだって?」

 それに対し、得意げな笑みとともに答える。

「ケースだよ。この位の大きさのね」

 言いながら、バレグは空中に細長い四角を描いて見せた。

 ケンとリュウの二人は、無言で自分たちの剣を手入れし始めた。時折目を向け、聞いているぞとアピールしながらも。

 スーチェも彼ら警護隊員たちのそばに寄り、見よう見まねで自分の剣を手入れし始める。

「なんでまたケースなんか」

 首を傾げるキースの横で、メリクが膝を打った。

「なるほど、呪符を入れるのか」

「御名答です」

 バレグの高い声を聞いてもなお、キースは首を傾げたままだ。メリクが説明した。

「殿下、オリカルクムには生半可な魔法は通用しません。すなわち〈幼竜の魔笛〉を吹かれた後にケースから出せば、魔法効果を発動させられるでしょう」

「推測ですけどね」

 苦笑気味に補足するバレグを真正面に見据え、キースは瞳を輝かせた。

「お前、授業の成績悪いくせに頭いいな」

「うっさい」

 武器の手入れを中断し、ケンとリュウが頷き合った。ケンが声を上げる。

「ベルヴェルクどの。ひっ捕らえた盗賊どもが〈幼竜の魔笛〉を持っていたはずです。それで試してみては如何か」

 ユージュ山で、自分たちを追ってきていた二人の盗掘者。言われてようやく、バレグは彼らの存在を思い出した。

「奴らの所持品は王室で召し上げております。しかし、その中に笛は含まれておりません。おそらくレプリカだったのでしょう」

 結局あの二人はろくに情報を持っておらず、即日処刑された。ただ、雇い主がバネッサであることはほぼ確実。初めからニディアを狙い、ベルヴェルクの隙を窺っていたようだ。実際のところ、キースがドロシー率いる土蜘蛛一族に誘拐されたことによる影響の方が大きい。もちろん遺跡調査隊が襲われたことも影響しており、キースが攫われていなくても同じ結果だったと思われる。

 盗掘者処刑の理由についてはもっともらしい口実をでっち上げ、盗賊ギルドに通達を出した。というのも、王国と盗賊ギルドの間にも持ちつ持たれつの繋がりがあるので、盗掘者といえども殺人を犯していない限り無闇に処刑しないのが通例となっているためだ。

「……」

 バレグは少しだけ顔を曇らせた。盗掘者とはいえ、どことなく愛嬌のある大人たちだった。しかし、すぐに顔を引き締める。彼らがリュウを逆さ吊りにし、矢を射かけないまでも弓を向けたのは確かなのだ。

 気持ちを切り替え、告げる。

「効果を確かめる方法ならもう一つありますよ」

 その言葉を受け、キースが頷いた。

「〈造物主の掟〉か。試す価値はありそうだな」

 ケンが慌てた。

「殿下、お待ちを。〈造物主の掟〉は大変貴重なアイテムです。同じ使うなら、実戦で——」

「これがバレグの実戦だぜ、ケンさん。俺たちはパーティ、仲間の信念や直感を信じようぜ」

 にやりと笑うキースだったが、舌を出して付け加えた。

「向こうに〈幼竜の魔笛〉がある以上、こちらが〈造物主の掟〉を持っていく意味はないからな」

 言い終え、バレグにもいたずらっぽく笑いかける。似たような笑みを返した赤毛の少年は気軽な調子で告げた。

「いまこの場に箱はないけど、キースのダガーで試してみようよ。呪符をダガーの裏に隠して〈造物主の掟〉を唱えてみて」

 こんな感じでいいか、と言いつつ準備を始めるキース。それを見て、ケンは諦めたように首を振ると武器の手入れに戻った。

「万物は造物主の御心のままに」

 キースの声と共に部屋は薄暗くなる。マジックアイテムで作り出した灯りが消え、燭台の灯りだけになったのだ。

 続いてキースはダガーの裏から呪符を取り出し、天井めがけて投げつける。

 天井に張り付いた呪符が発光し、部屋の明るさはほぼ元通りとなった。

 場の全員を見回すキースは満面の笑みだ。彼はバレグに歩み寄ると腕を高々と上げる。

「っしゃ!」

 ハイタッチに応じたバレグがいい音を響かせる。しかし、それには肉が焦げる微かな臭いが伴った。

「うわわ! 熱いよバカキース!」

「す……すまん」

 駆け寄ったエマーユにヒーリング魔法を施してもらいながら、涙目でキースを睨むバレグだった。

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