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決戦の準備

 剣閃が残像を曳く。高い金属音に続き、十字形の手裏剣が地面に刺さる。

 返す刀で新たな手裏剣を弾き飛ばすと、金髪を風に靡かせながら周囲の様子を探る。

「視覚に頼るな、か。なんとなくわかってきたぜ。どこからでも来やがれ」

 キースは軽く息を吐き、正眼の構えに戻した。

「そんな呼吸では敵に読まれますよ」

「————っ!」

 背後からメリクの声。反応する時間はなく——。

「ぐっ」

 吹っ飛んだ身体は蜘蛛糸に受け止められ、数回揺さぶられた後で空中に静止した。

「くそ、今日はこれで二五回連続か」

 悔しげに呻くキースを、メリクが蜘蛛糸から解放する。怪我を負っていないかどうか確認しながらも、黒髪の青年は冷静な口調で訂正する。

「いえ、今のが二六回目です。毎回同じ間合いから攻撃が来るとは限りませんのでご注意なさいませ。殿下のお身体が頑健であらせられることには敬服いたしますが、これが体術でなく剣ならば——」

「ああ、二六回死んでるな」

 敵は〈幼竜の魔笛〉を保有しており、こちらも〈造物主の掟〉を保有——残り僅か一つのレプリカに過ぎないが——している。互いにマジックアイテム無効化の手段を持つ以上、戦闘の鍵を握るのはやはり体術なのだ。

 魔族であるエマーユはアイテム無効化の影響下でも魔法を使えるが、人魔ハーフであるバネッサもおそらく同様だろう。もし魔力の消耗を厭わず〈ブラウニーストーン〉を使ってくることがあれば、敵の一撃はこちらにとって圧倒的な脅威となる。

 蜘蛛糸から解放されたキースはメリクに訊ねた。

「なあ、〈造物主の掟〉と違って〈幼竜の魔笛〉の影響下にある場合、呪符も使えなくなるよな。それなら、ファリヤの枷も爆発しないんじゃないのか」

「期待は薄いです。現に〈幼竜の魔笛〉の影響下でもゴーレムは動いていました。おそらく笛を吹く直前までに起動した魔法は有効。つまり、敵が笛を吹いたからと言ってもファリヤ殿下の枷が無効化されるとは限りません」

 キースは考え込んだ。〈造物主の掟〉はある程度時間を遡って呪文を無効化するが、どのくらいまで遡れるかは不明だ。そしてマジックアイテムの枷がどの程度効果を持続するかも不明。仮に〈造物主の掟〉が半日前に唱えた呪文まで無効化できるとして、敵が枷を起動したのがそれより前であれば、ファリヤを敵から引き離した瞬間に爆発する可能性がある。そもそも、あの枷が呪文で起動するタイプのマジックアイテムでない場合、〈造物主の掟〉で無効化するという前提自体が成立しない。

「厳しいな。じゃ、〈ブラウニーストーン〉の無効化は?」

「あまり認めたくはありませんが、あの魔石の力を引き出した以上、バネッサはまず間違いなくセイクリッドファイブの一人」

 メリクはそこで言葉を切ると、僅かばかり悔しげに唇を噛む。目配せだけで問いかけようとしたキースに対し、メリクは首を横に振った。内心を言葉にすることなく、表情を消して淡々と続ける。

「この世のマジックアイテムの頂点たる五つの魔石は、それら以外のマジックアイテムで力を削ぐことなどかなわないでしょう」

「親父は、母上——第二王妃がそのセイクリッドファイブだったというが、俺もそうなのか?」

「遺伝する能力ではありますまい。が、私はその可能性が高いと考えております。そうでなければ十年前の件は理解しがたい——」

 キースはふとユージュ山を見た。

「そういや今の今までちゃんとお礼言ってなかったな。あの日、俺を助けてくれたのはメリクだったのに。ありがとな」

「モノケロスを斃したのは殿下です。私は殿下のお身体をお運びしただけ」

 メリクは微笑して見せたが、すぐに真顔に戻して告げる。

「もっとも魔石あってこそのセイクリッドファイブ。〈グラウバーナ〉の所在がわからぬ以上、今その件について考えるのは時間の無駄かと」

「仮にその〈グラウバーナ〉とやらがあったとして、メリクには呪文……。いや、呪文起動タイプかどうかさえわからないな。使い方わかるのか? 少なくとも、俺にはわからないぞ。第二王妃は俺を生むと同時に亡くなったんだ。遺品の中には魔石も、それを仄めかす記録や日記もなかったと聞いてる」

「私は殿下がセイクリッドファイブの一人であってほしいと願っています。我らを導く標を示す方であってほしいと」

 キースはがりがりと頭をかいた。

「うーん。『王室の余り物』としては荷が重いな」

「失礼、これはプレッシャーをかけすぎましたか。ですが、セイクリッドファイブ——聖なる力を欲望のままに使う敵がいる以上、これを放置するわけにはいきません。今回はベルヴェルクさんへの個人的な脅迫という形でしかありませんが、いずれ我が国を蹂躙するであろうことは目に見えております」

「ああ、やり方が気に食わない。虫酸が走るぜ。だが」

 キースは見えない相手を威嚇するように歯を剥いた。

「心置きなく戦うために、ファリヤの救出手段を確保しておきたい」

「それはベルヴェルクさんたちに任せましょう。殿下はそれよりも体術と符呪法の会得が優先です」

 メリクの口端が吊り上がった。

「……ち。休ませては貰えない、か」

 ぼやくように言いながらも、キースも薄く笑って見せた。

「期限まで残り三日。現在の課題は必ず今日中に覚えていただきます。大丈夫、殿下は見込みがあります。どう控えめに言っても驚異的な上達速度ですので」

「信じるよ」

 キースの返事を受け、メリクの目つきがすっと細くなる。

「こう見えても私、すでに手加減しておりません」

「……そうかい。さあ、いつでも来い」

 少しだけ疑わしそうな目をしたものの、キースは気合いを入れると所定の位置についた。




 同じ頃、バレグは二人の女の子に挟まれていた。いずれも彼に背を向けた状態だが、手を伸ばせば届く距離だ。

 片や艶やかな黒髪のポニーテール。彼女は剣を正眼に構えている。

 片や鮮やかな黄緑のロング。発動直前の魔力弾による影響で、足下の砂塵が微かに舞い踊っている。

 マジックアイテムが封じられた状況を想定しているため、話し合うまでもなく自然に決定したフォーメーションなのだ。

 バレグとしては自身の背の低さも相まって、無力感は容易に劣等感へと変わっていく。

「僕にしかできないこと。僕だからできることがある」

 目を閉じ、自分にしか聞こえない声で呟くと、大きく息を吸い込んで目を開く。

 周囲を取り囲むのは等身大の土人形が一二体。ベルヴェルクの呪符で作り出された仮想敵だ。

「スーチェ、二時の敵!」

「よし」

 思い切りのよい踏み込み。風となったスーチェが敵に肉薄せんと突進する。

 しかし他の敵が投げる手裏剣に阻まれ、たたらを踏んだ。

 それでも、鋭い剣捌きで手裏剣を弾き飛ばす。

「ちいっ」

 数にものを言わせ、常に複数で挟むように仕掛けてくる敵の鬱陶しさに舌打ちする。

 そんな苛立ちをあからさまに態度に示すのは、スーチェには珍しいことだ。バレグはそのように感じ、それゆえに焦った。

「エマーユ、五時の敵! 続けて三時の敵! 気をつけて、三時の奴は飛び上がるつもりだ、スーチェを援護!」

「はいっ」

 緑に光る魔力弾が空気を切り裂く。一体の土人形に命中すると、それは呪符に戻った。

 すぐに身を翻し、バレグが指定した敵へと向かう。

「援護などいらない! フォーメーションを崩すな、バレグが無防備になるっ」

 エマーユの足が止まった。

「えっ、でも……」

 困ったようにこちらを窺うエルフの少女に対し、バレグも困ったように笑うことしかできない。

 次の瞬間。

「あ」

 土人形の放った草手裏剣が、バレグとスーチェに命中した。

「バレグ、スーチェ、両名死亡。五分休憩だ、改善策を練ろ」

 離れた場所で見守っていたベルヴェルクが手を叩くと、土人形どもは全て呪符に戻った。


 背中が泥だらけになったスーチェが腕組みをしている。仮想敵が使う武器の一つ、草手裏剣の影響だ。これが命中した場合、身体へのダメージはせいぜい「ちょっと痛い」程度だが、泥だらけになってしまう。服が重くなり、素早さを身上とするスーチェにとっては結構なハンデとなる。

「ふん。だからフォーメーションを崩すなと言ったのだ」

 休憩時間は、ほとんどが彼女の小言に費やされた。

「エマーユのそばにいればバレグに手裏剣が当たることはない。バレグは私のことより自分の身を心配してろ」

「あの……」

 言われるがままに黙って聞いているバレグをちらちらと見つつ、スーチェに反論しようという姿勢を見せるエマーユ。だがスーチェの言葉は止まらない。

「バレグもバレグだ。なんで私よりエマーユへの指示が多いんだ」

 バレグとしてはあの判断は正しいと思っている。それはエマーユも同様だったようで、黙っているバレグの代わりにと口を開く。

「それはね——」

「だいたいエマーユも何を考えているのやら。エルフ族にいい男がいないのかどうか知らないが、人間の男、それも王子を漁るとは恥し——」

「スーチェ!」

 これが自分の声なのか。ほぼ無自覚に大声を出したバレグは、すぐに次の言葉を継げぬ程度には戸惑っていた。

 我に返ると、スーチェもエマーユも目を丸くしてこちらを見ている。

「大きな声出してごめん。戦術面では君が正しいよ、スーチェ。怒るのは当然だ」

 スーチェを真っ直ぐに見つめた後、エマーユに穏やかな視線を向ける。

「だけどあの戦い方では、君を犠牲にして僕ら二人だけで突破する結果にしか繋がらない」

 再びスーチェの方を向く。目元を覆う赤毛ごと貫くような視線を彼女に据えた。

「わかっててあんな戦い方を選択したんだろ。僕は認めない。あんな戦い方、絶対に認めない」

 スーチェに歩み寄り、両肩を掴む。

「くだらない嫉妬なんか捨てちまえ。エマーユは、あのキースが好きになった女の子だ。それでいいじゃないか。それに、僕ら全員無事で助けに行かなきゃ、ファリヤが悲しむぞ」

 一瞬、眉を吊り上げたスーチェ。バレグの両手を払って背中を向け、ややあって振り向いた。エマーユと真正面に向き合う。

「すまん、エマーユ。バレグの言うとおりだ。私はあなたに、嫉妬……している」

 それを受け、にっこりと笑ったエマーユは——。

「なっ……」

 スーチェに抱きついた。

「同じよ。あたしもあなたに嫉妬してる。キースと同じ人間、同じ学校に通い、あたしより長い時間を共有してる。だから」

 同じ男を好きになった、仲間。そう言って頷きあう少女たちから目をそらし、バレグは空を仰いだ。

 そんな彼の肩に手が置かれた。

「なんだか全然作戦会議出来てなさそうだな。休憩、五分延長してやろうか」

「ベルヴェルクさん……。お願いします」

 バレグは、その返事が沈んだ声になっていないかどうか、少しだけ心配した。

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