討伐隊の結成
玉座に座るヴァルファズル王に対し、報告を担当したのはベルヴェルクだ。私情を交えず事実のみを簡潔に告げる。補足として、メリクから聞いた敵の情報も付け加えた。
人間の作法に疎いエマーユは皆に倣い、傅いた姿勢で頭を垂れ、黙って聞いていた。報告内容に対する国王の反応が気になり、時折玉座を上目遣いに窺ってみる。国王は同じ姿勢で鷹揚に頷くばかりだったが、バレグたちが持ち帰った情報——人質の脱走を防ぐために仕掛けられた爆破用マジックアイテムの件——に触れた時だけ歯を食い縛り、眼光鋭く虚空を睨み付けた。
そんな国王であるが、エマーユからの何度目かの視線に気付くと目を合わせてきた。片眉を上げ、親指を立てる。まるでキースだ。息子の仕草を真似しただけと言えばそれまでの事だろう。しかし、この場面でお茶目さを発揮できることこそ遺伝の証と言えそうだ。国王とはいえ、やはりキースの父親。つい半開きにしてしまった口を慌てて閉じ、元通りに頭を垂れながらも彼女の頬は緩んでいた。
傅く一同の最後尾にはスーチェとバレグも並んでいる。移動魔法で王宮に着くや意識を回復した彼は、周囲の反対を押し切って同席していた。
通常の謁見の儀であれば、ここ謁見の間にはずらりと近衛兵が居並ぶはずである。ところが今回はその数が極端に少ない。王室警護隊のシグフェズル隊長を筆頭にケンとリュウの三名しかいないのだ。誘拐事件を公にしないため、国王が人払いをした結果である。
やがてベルヴェルクの報告が終わり、王は数秒間だけ考えるそぶりを見せた。
「メリク、面を上げよ。お主がドロシーの孫だとは初耳だ」
「はっ」
神妙に顔を上げたメリクに向かい、国王は重々しく言葉をかける。
「余が土蜘蛛の族長と不仲であることは、過去の出来事を含めて承知していよう。その上でお主は正体を隠し、学園で勤めていたのだな」
「はっ。いかなる処罰も甘んじて受ける所存です」
ゴーレムを斃したのは彼とベルヴェルクの二人なのだ。それを申し添えなければ。エマーユは顔をあげた。
「陛下」
彼女と同じタイミングで、キースの声も重なった。しかし、国王は視線一つで発言を制し、メリクを見据えた。
「まあよい。仮に余に対する害意があったとしても、学園勤めでは復讐の機会はほとんどあるまい」
「陛下。私には復讐心など微塵もありません。過去の出来事については祖母の側にこそ非があると認識しております」
「置け。今ここでその件について議論するつもりはない」
ところで、と幾分軽い口調で国王は言葉を続ける。
「どんな理由があろうと余に隠し事をした以上、処罰は不可避だ」
「親父!」
勢い良く立ち上がるキースの隣で、エマーユは慌てて彼の腕を引っ張る。
「申してみよ、キース」
「ファリヤが攫われたってのに下らないことに拘ってんじゃねえ! メリクは作戦メンバーの要だ。処罰には断固反対する」
一歩も引かぬと言わんばかりの気迫が室温を上げていく。
「殿下……」
呟くメリクは一度キースに向かって深く頭を下げ、再び国王へと向き直ると傅いて頭を垂れる。
一方、国王の目つきも鋭さを増した。
はらはらしながら両者を見比べるエマーユを余所に、ぶつかり合う視線は火花を散らす。しばらく睨み合った後、国王は重々しく告げる。
「だめだ」
「この——」
分からず屋、とでも言うつもりだったのだろうか。しかし、さすがにキースも王子とは言え公衆の面前で父王を罵るのを躊躇ったようで、彼にしては珍しく言い淀む。
わずかな間をあけて、国王が告げた。
「メリク・カンター。王室警護隊特任戦闘員としてキースに従い、『真の土蜘蛛衆』討伐作戦に参加せよ」
刹那の静寂。傅く一同の中で一番早くメリクが反応した。
「はっ。拝命いたします」
国王は穏やかな目つきに戻すと愉快そうに笑い出した。
片眉を上げ、親指を上げる父親を、キースは今にも舌打ちしそうな表情で睨んでいた。しかし、やがて口角を笑みの形に上げると父王と同じポーズをとる。
次に、国王は何かを期待するようにエマーユに向けて親指を立てた。彼女は思わず声に出して笑い、親指を立てて見せる。
国王は笑いをおさめると一同を見渡して言う。
「なお、ファリヤ誘拐についてはこの場だけの秘密だ。ニディアが代役を務めていることも含め、努々他言するでないぞ」
全員が頷くのを確認した国王は、メリクを見据えた。
「さて、メリク。お主には王室警護隊員としての報償を出せぬ」
「構いません。それが罰だと仰るならこの上なき寛大なご配慮。心より感謝を——」
国王は再び眼光を強め、メリクの言葉を遮った。
「莫迦者。余は警護隊員として、と言った。今回の任務については学園助手の給料に上乗せするよう手配する」
これまで感情の揺らぎを一切顔に出さなかった黒髪の青年は、いま初めて大きく目を見開いた。
「それでは——」
「本任務終了後は学園勤務に戻ってもらう。新年度からは助手でなく、助教授としてな」
「メリクさんは、学園を辞めなくていいんですねっ」
エマーユの後ろからバレグが声を上げた。次いで、スーチェに小突かれたのか「ぐえっ」という呻きも聞こえてきた。
「ははっ。ありがたき幸せ」
答えるメリクの目元に光る物が見えた気がして、その様子を見つめるエマーユも微笑んだ。
「皆の者。メリクが特任戦闘員を兼務することも他言無用だ」
小声で「兼務——」と呟き首を傾げるメリクに視線を向けたものの、国王はそれを黙殺した。
場の全員が肯定の返事をした直後、キースが咳払いした。口調を公的なものに戻して国王に問う。
「陛下。そうなると、討伐作戦のメンバーは秘密を共有する者——すなわち、この場にいる者だけということですか」
「うむ。敵は期限まで、これ以上の挑発はしてこないと見ておる。だがバネッサなる者の力はあまりに強大だ。多人数の討伐隊を出せば目立つ上に王宮の守りが手薄になる。不測の事態に備えるためにも、こちらから打って出るための人員は最低限に絞るしかない。ケンとリュウの両名は討伐隊に参加してもらうが、シグには王宮に残ってもらう」
ここで国王は再び親指を立てる。なぜかそのポーズを取る度に国王に見つめられ、エマーユは反応に困って苦笑した。
「余は本任務に際し討伐隊と名付けたが、最優先任務はファリヤの救出である」
「はっ」
「ドロシー婆さんでは〈ブラウニーストーン〉を手に入れたバネッサに敵うまい。あの婆さんには、余ともう一度喧嘩するまでくたばってもらっちゃ困るからな」
にやりと笑う国王の表情は、いたずら小僧のようにしか見えない。
「敵との戦力差はお前が埋めろ、キース」
「あっあのっ!」
それまで黙って控えていたスーチェが声を張り上げた。
「控えろ、スーチェ。陛下の御前だぞ」
すかさず窘める禿頭の王室警護隊長を、国王自ら宥める。
「よい、シグ。お主の娘も関係者だ」
スーチェに目を向けた国王は無言で発言を促した。
「討伐隊には、是非私も加えてください!」
「ぼ、僕も! お願いします!」
しばしの沈黙。
「何を言うかっ」
シグフェズルが声を荒げた。
「莫迦者! 学生の分際で何を言うのか。二人とも、分をわきまえろ」
父親なら当然の反応だろう。エマーユが納得していると、彼女の前方から声があがった。
「隊長。お気持ちは判りますが、一七歳といえば立派な大人。もちろん我が国における成人は一八歳ですが、本人の意志を尊重すべきではないでしょうか」
声の主は、エマーユにとっては意外なことにベルヴェルクだった。場合によっては、攫われたのは彼の娘かもしれなかったのだ。親は子供を巻き込むことに対して躊躇するものではないのか。そんなエマーユの疑問をよそに、ベルヴェルクは続ける。
「この二人の連携は見事なものでした。バレグの機転、スーチェの剣の腕前。この私でさえ扱いを失敗した武器を、彼らが見事に使いこなしただけでなく、ゴーレムを足止めして見せたのです。ファリヤ殿下をお救いしたいという一心から生まれた連携ではないでしょうか。彼らは決して足手まといにはなりません」
「し、しかし」
なおも反論しようとするシグフェズルを、国王は面白そうに眺めていた。
「陛下が建国なさる前、隊長はご一緒に諸国を冒険なさっていたと聞き及んでおります。その時のご自身のお歳を思い出してください」
「う、うぬ……」
スーチェが再び声を張り上げた。
「父上! 私は卒業後、剣士として我が国の役に立ちたいのです」
沈黙してしまったシグフェズルに、だめ押しのようにベルヴェルクが告げる。
「確認できている敵の数はバネッサを含めて五人。これは、殿下とメリク、ケンさんとリュウ、そして私が対処します。敵はあと一、二体はゴーレムを用意しているでしょう。そうなると、実際にゴーレムとの戦闘を体験している者は貴重な戦力です」
シグフェズルは額の汗を拭い、それでもまだ反論しようと息を吸い込んだ。しかし実際に発言する前に、国王が彼の肩を掴んで黙らせてしまう。
「キース殿下にはメリクを師匠として土蜘蛛の奥義を覚えていただきますが、三人には私が責任を持って護身術を仕込みます。本日これより、早速」
「ええと、三人?」
なんとなく嫌な予感がして、エマーユが声を上げた。
「むろん、君もだエマーユ。土蜘蛛一族が持っていた魔力抑制縄、真の土蜘蛛衆も持っているだろう。これに対処するためには護身術が必須だ」
思わず救いを求めるようにキースを見た。だが。
「おう、がんばろうぜエマーユ」
「……はい」
キースが見せたサムズアップを、今だけは恨めしく感じてしまうのだった。




