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連携の一矢

 スーチェは一旦距離をとり、足を止めて巨人と対峙した。彼女は肩で息をしている。

「こっちだよー!」

 少年の高い声が張り上げられ、スーチェと巨人は同時に同じ方向を向いた。声の主であるバレグの視線が、スーチェのそれと交錯する。

 ——来るな。

 明確な拒絶の色を瞳に宿すスーチェに対し、バレグは薄く笑みを浮かべて首を振って見せる。さらに、片眉を吊り上げて親指を立てた。

 その仕草は二人に共通の幼馴染にして親友のキースが悪戯を思いついた時のもの。

 途中までスーチェに駆け寄るかのように進んでいたバレグが方向転換した。巨人を挟み撃ちするかのような位置へと移動する。両手を大きく振ってみせるバレグに拳を向け、巨人の肘が高々と振り上げられた。

 もう一度視線を交わすと、スーチェは諦めたように溜息を吐いてから大きく息を吸い込んだ。

「どこを見ている! こっちだ」

 顔と拳をバレグに向けていた巨人が、肘の高さはそのままに再びスーチェへと向き直る。巨人にとって、武器を持つスーチェの方が優先的に排除すべき対象なのだろう。

 地響きと共に巨人の拳が地面へと突き刺さる。舞い上がる雪煙がスーチェの姿を隠したその瞬間、バレグは巨人の膝裏に手が届く位置まで接近した。

 伸ばした手が巨人の右膝の裏に近付く。しかし、触れるか触れないかというタイミングで巨人は右脚を持ち上げた。

「——っと」

 離れた場所から見る限り、巨人の動きは緩慢に思えた。しかし、こうして間近で見ると、巨人が少し動くだけであっという間にバレグの間合いから遠ざかってしまう。手が届かずバランスを崩したバレグに向けて、後ろ蹴りの要領で巨人の脚が振り戻された。

 空振り。身を沈めたバレグの髪が風圧でなびく。

 巨人の姿勢は、前傾した上半身と後ろに振り上げた右脚を、充分に体重を乗せた左脚で支える格好となっていた。

「うわーっ」

 叫びながらも彼は巨人の左脚に飛びついた。そのまま膝裏に何かを押し付けるや、脚の周りを駆け回る。

 巨人は右脚を戻すと咆哮を轟かせ、バレグを殴りつけようと腕を振りかぶった。だが、その腕はバレグから見て反対側、巨人の右側へと振り下ろされた。

「遅いっ」

 バレグの視界の隅でポニーテールが跳ねる。雪煙が視界を覆う直前、朝日を反射するクレイモアの剣先が巨人の膝裏を突くのが見えた。

 しかし何の痛痒も感じないらしく、巨体が倒れる轟音もなければ頭上から降り注ぐ咆哮もない。

 雪煙をかいくぐり、スーチェがこちらへと駆け寄った。周囲を雪煙に覆われる中、手が届く距離まで接近すれば互いの顔を視認できる。

「何を握っている、バレグ」

「地下の隠れ家で拾った半透明のロープだよ、妙に粘つくけど丈夫なんだ。この先はデカブツの膝に繋がってる」

 バレグが拾ったロープの正体は、土蜘蛛の暗器の一つである蜘蛛糸だったのだ。彼はスーチェの目の前に容器をかざした。続けて、ぴんと張った蜘蛛糸の先を容器を持った手で指し示す。そこ——つまり、巨人の左膝裏には、先程バレグが巻き付けておいたもう一方の容器があるのだ。

 バレグは早口にならないように気をつけて、その代わり多くを語らず簡潔に伝える。

「ベルヴェルクさんの切り札だ。この蜘蛛糸に沿って、剣の腹で打ち込んで!」

 聞き返すこともせず頷くスーチェに、追加で指示を出す。

「打ったら全力で離れるよっ」

 雪煙が収まっていく。バレグが蜘蛛糸に乗せるように放った容器をめがけ、スーチェの剣が風を切る。

 左足に体重を乗せ、右足を蜘蛛糸の先に沿って巨人へと踏み出す。腰の回転に合わせて振り抜いた剣の腹が容器を見事に捉えると、蜘蛛糸沿いに一直線に飛んで行く。

 その軌跡を目で追うことなく反転し、逃げる。

 大音響が鼓膜を叩く。成功だ。

 次の瞬間、視界に影が差す。

「スーチェ!」

 振り返るまでもなく次に起きる事態を悟ったバレグは、反射的にスーチェを突き飛ばした。そして、横腹に強烈な衝撃。意識が暗転する。

「バレグ——!」

 名を呼ぶスーチェの絶叫を聞く間もなく、その身は高く宙に舞った。




 地響きを伴い、巨体が雪道に沈む。これまでで最も大きな雪煙が辺りに撒き散らされた。黒ずんだ噴煙も混じっている。

 雪煙をかき分けて、ポニーテールの少女が走ってきた。

「キース!」

 彼女はその目を大きく見開いたものの、それ以上の反応は示さずにこちらへと駆け寄った。

「バレグ……バレグが」

 いつもの勝気な表情は消え失せ、か細い震え声がその口から漏れる。頬を濡らす滴に気付いていないのか、目尻を拭おうともしない。

 今、バレグはメリクの腕に抱かれて目を閉じている。そして、エマーユが彼に手をかざしていた。

「大丈夫よ、スーチェ。バレグの怪我は大したことない。ゴーレム——あの巨人の下敷きになってたら大変だったけど、突き飛ばされただけだもの。骨も内臓も問題ない」

 スーチェの視線がようやくエマーユのそれを正面に捉えた。その瞳から不安そうな色を消すと、エマーユがよく知る彼女の表情が戻ってきた。眉が僅かに吊り上がり、微かに尖った声を出す。

「ふん。今回は感謝しておく。だが感謝するのはその治癒魔法に対してだけだ」

 苦笑するエマーユの背後から、男が声をかけた。

「私からも感謝を。ありがとう、エマーユ」

 声の主はベルヴェルクだ。彼は体の向きを変え、言葉を続けた。

「キース殿下、面目次第もありませぬ。目の前で、ファリヤ殿下を連れ去られてしまいました」

「話は後だ。ゴーレムの奴、そろそろ立ち上がるぞ」

 巨人の咆哮が轟く。およそ生物らしからぬ外見でありながら、全身から怒りの波動を放射しつつ拳を振り上げている。

 そちらに目を向けたエマーユの肩に、キースが手を置いた。

「ご苦労さん、エマーユ。スーチェと——」

 彼は言葉を切り、地面に目を向ける。ベルヴェルクが脱いだ上着を雪上に広げ、そこにメリクがゆっくりとバレグの身体を横たえていた。

「バレグもありがとな」

 ふと視線を感じたエマーユが振り向くと、刺すような視線を向けていたスーチェが目を逸らした。彼女はそのままバレグへと駆け寄って行く。

 スーチェと入れ替わるように立ち上がったメリクはキースの隣で立ち止まると言った。

「たとえ〈幼竜の魔笛〉の影響下でも、我らの呪符は有効です。ここからはお任せを」

 メリクは全く気負う様子もなく、ゴーレムに向かって歩き出した。呼び止めようとしたエマーユだったが、その視界をベルヴェルクの背中が遮る。

「まさかメリク殿が族長の……。助太刀させてもらう」

 振り向いたメリクの口端が薄く笑みの形に吊り上がり、小声で何事か呟く。

「お手並み拝見」

 エマーユの耳は、その言葉を正確に捉えていた。

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