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土蜘蛛の置き土産

 雪の山道。一部が盛り上がると、円形の空洞が出現した。

 何もない空洞の縁に、形も大きさも人の手と思しき跡が出現する。

「よっと。足元気をつけて」

 少年の声。姿は見えない。続けて、形も大きさも人の靴と思しき跡が出現する。

「手を離せ。私はバレグとは鍛え方が違うんだ」

 少女の声。新たな手形が出現したかと見るや、間髪容れずに足跡も出現した。やはり姿は見えない。

「まだ〈バニシングタブレット〉の効果、残ってるから。魔力に気付かれたらやばいから、〈白竜の門扉〉を使うのはもう少しここを離れてからね」

 円形の空洞を覆っていたのは金属製の『蓋』だ。それがひとりでに動き、元通りに空洞が閉じられた。少年の「よっこいしょ」というかけ声と共に。

 山の東側、アーカンドル王国を見下ろすと、すでに地平線が白み始めている。二つの足跡は、そちらに爪先を向けて立ち止まっていた。やがて、片方の足跡が山道を上って行く。

「あれ、スーチェ。そっちは森の方だよ。なんで上ってくのさ」

「私たちはここまで上って来たのだぞ。間違っても、ここを境に引き返した痕跡など残すわけにはいかない。そんな足跡を見られたら、アジトを見つけたことをここの連中に知らせるようなものだ」

 それからしばらくは無言のまま、二組の足跡が上って行く。

 どのくらい上っただろうか。地平線から顔を出した太陽がユージュ山の山肌を照らし始めると、赤髪癖毛の少年と黒髪ポニーテールの少女の姿が足跡の上に出現した。

 そろそろいいかな、というスーチェの呟きに続き、バレグによる詠唱が始まる。

「門扉の番人よ、白き竜に従え。我が意を汲み——」

 高い笛の音が彼の詠唱を遮った。

 表情を凍り付かせたバレグの脇を小突き、スーチェが鋭く「続けろ」と言う。

「——解錠せよ!」

 静寂。

 彼の手に乗っている白いマジックアイテム〈白竜の門扉〉は反応しない。

「あらー。坊やたちだけでお友達を探しに来たのぉ? 偉いわねえ」

 場末の飲み屋で耳にするような妖艶な女性の声がした。バレグが声の方向に目を向けると、そこには娼婦が立っていた。

 両脚を包むのは脚線にぴったりと張り付く赤い布。それだけを見れば男たちの衣装を赤く染めただけと思えるが、上半身には貴族のドレスを模したやわらかそうな赤い布を纏っている。腰周りをきっちりと絞り、スカート丈は膝のかなり上。さらにスリットまで入っていてやたらと扇情的だ。

「やあね。坊や、あたしのこと娼婦だと思ってるでしょ。ま、娼婦をやってた時期もあったかしらん」

 年の頃は二〇代の半ばを過ぎたあたりか。長い銀髪と赤色の目を持つ女性だ。美人の範疇に入ると評価する者は少なくないだろう。ただし、笑っていても目元がきつい。その印象のせいか、容姿に対する値踏みを拒絶する雰囲気を纏っている。

「やだ、あたしってばそんなに魅力的? ああ、この目の色ね。大丈夫よん、きちんと見えてるから」

「……」

 女が喋っている間に、バレグたちは黒ずくめの男たちに囲まれていた。その数、四人。うち一人が少女を抱えている。

「ファ……もが」

「ニディア!」

 囚われの少女の本名を呼びそうになったバレグの口を塞ぎ、スーチェが叫んだ。

「心配ないわ、間抜けな部下に持たせた夜食に眠り薬を入れただけだからん」

 ファリヤの様子を注視するバレグたちに、女が声をかけてきた。そちらを振り向いた彼らは、一旦大きく目を見開く。次いで、揃って目を背けた。

「凄いのねえ、〈白竜の門扉〉を持ってるなんて。それ、途轍もないレアアイテムなのにん」

 彼女の足下には、腹部に剣を突き立てられた黒ずくめ男が倒れていた。彼は覆面をしていない。そして、彼女の爪先は——

「あたしの吹いた〈幼竜の魔笛〉の方がもっとレアだけどねん。なんと言っても、他のマジックアイテムの効果を打ち消しちゃうんだからっ」

 ——剣の柄を踏みつけるようにしている。徐々に力を入れて踏みつけ、剣の切っ先を押し込んで行く。その都度、男の口から呻きが漏れる。

 なまじ鍛えてるから簡単には死ねないわよね、と歌うように呟きながら規則的に押し込んで行く。

「覆面とるなって言ったのにん。そんな簡単な命令も守れない部下には……、おしおきしちゃうぞっ」

 一際大きな苦鳴。バレグは両耳を塞ぎ、スーチェは歯を食いしばって目を開けると女を睨んだ。

「ああ、うるさいわね」

 懐から取り出したのは手裏剣。足元を見もせず投げ落とす。それは男の首に命中し、彼は物言わぬ骸となった。

「自己紹介しておくわね。あたしはバネッサ。『真の土蜘蛛衆』の頭領よん。今ちょーっと魔力足りないから、久々に刃物でおしおきしちゃったわん。うふっ」

 顔面蒼白になったバレグの一歩前に踏み出したスーチェが、唸るように声を絞り出す。

「ニディアを返せ、この外道がっ」

「うっふーん、いい声よお嬢ちゃーん。もっと褒めてぇ」

 バネッサは両頬に手を当てて身をくねらせた。今にも踊りかかろうとするスーチェを、バレグが後ろから羽交い絞めにして抑える。

「よせよスーチェ。わざとやってる。向こうのペースに乗っちゃダメだ」

「あらん、臆病っぽい坊やだけど意外と冷静なのねん。つまんないの。あんたたちも人質に加えてもいいけど、人数増えると小回りが利かなく——」

 バネッサのくねくねがぴたりと止まった。次の瞬間、彼女の身体に手裏剣が突き立つ。

 音を立てて雪道に倒れ込むバネッサ。しかし、その一部始終を目で追っていたはずのバレグは息を飲んだ。

 そこに倒れていたのは等身大の木片だったのだ。

「ふん、変わり身を使えるようになっていたか。バネッサ」

 黒ずくめたちとバネッサは、バレグたちから一〇アードほど離れて一箇所に固まっていた。

 バレグたちを背に庇い、一人の男が姿を現す。少なくともバレグには、男が突然現れたように見えた。その彼は長剣を構えている。

「あらん、ベルちゃん久しぶりぃん。娘を攫われて逆上しちゃうなんてかんわいぃわぁん。……だけど」

 バネッサの笑みが消える。赤い瞳が妖しく光り、低めた声で恫喝する。

「王様の答えを寄越す気がねえなら娘の身体をズタズタに切り刻むぞ糞野郎がっ」

 交錯する両者の視線。その激しさに気圧され、バレグの膝が笑い出す。

 バネッサは表情を緩め、にやにやと笑みを浮かべた。

「でもあたしってば寛大なんだからっ。とりあえず期限一杯までは大切に預かっといてあげるわぁん。あたしたち、別の場所に移動するけど。期限が迫ったらまた連絡入れるわぁん」

 彼女らは今のところ、ファリヤに刃物を近付けるふりさえ見せてはいない。だが、ベルヴェルクは動こうとしない。

「これでも最初はもっと穏便に話をつけようと思ったのよぉん。でもほら、あたしってば才能にあふれてるじゃなぁい。今でもただ使うだけなら〈ブラウニーストーン〉を使えちゃったのよねぇん」

 だから、と笑いながら続ける。瞳の光がいっそう強く輝いた。

「王都を粉々にされたくなければ知ってること全部あたしに教えな——、そう王様に伝えてねぇん」

 そこまで言うと、黒ずくめたちは額に呪符を貼り付けた。移動魔法だ。

 彼女は去り際に一言付け加える。

「ここから無事に帰れたら、だけど」

 黒ずくめたちの姿が消えた。呪符を貼り付けていなかったバネッサとファリヤごと。

 緊張を解いたバレグが息を吐くが、ベルヴェルクの姿勢は未だ変わらない。

「ベルヴェルクさん?」

 スーチェが声をかけるのとほぼ同時、地面が揺れ出した。

 バレグが上擦った声を漏らす。

「また地震……」

「いや違う。二人とも私の側を離れるな」

 バネッサたちがいた辺りの地面が盛り上がる。人の身長の倍、いや三倍ほどの柱が雪を割って出現した。

 そいつは腕と足を備えており、真四角の頭部を持っている。頭部には鼻や口こそないが、目を模したかのような窪みがある。巨大な土人形だ。

「ゴーレムか。厄介な」

 ベルヴェルクは吐き捨てるように呟く。その声には隠し切れぬ焦りが含まれていた。

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