深夜の捜索
バレグのリュックはかなりの重量だ。どうやら大量のマジックアイテムが詰まっているらしい。
「スーチェ待ってよ」
「バレグ。まさかそれ、今日遺跡から発掘してきたアイテムじゃないだろうな」
少年の声に振り向いた少女のポニーテールが大きく揺れる。彼女は腰に手を当て立ち止まった。
彼ら二人は地震の混乱に乗じ、誰にも見咎められることなく寮を抜け出してきたのだ。
「まさか。家の焼け跡から発掘しておいたのさ。親父は全滅したと思ってるみたいだけどね」
「親不孝息子め。あとで返しておけよ」
スーチェは苦笑しながらも釘を刺した。
彼女の父、王室警護隊のシグフェズル隊長は朝までには自宅に戻るとのこと。一方、当直のカーム先生も、寮で預かっている生徒を管理するため、朝は早めにバレグを起こしに来るはずだ。
「キースとファリヤを探していられる時間はそんなにないぞ、ぐずぐずするな」
わかってるよ、と返事をするもバレグは不満を顔に出してしまう。彼は寒さ対策のマジックアイテム〈妖精の焚火〉を用意した。周囲を照らすマジックアイテムを持ち歩けば誰かに見咎められる可能性があるため、暗がりでもよく見えるようになる〈梟の目〉も用意した。
これがなければ、すぐそこにキースがいたって気付かないかもしれないじゃないか。
ぶつぶつと文句をこぼすが、スーチェのそばまで小走りに駆けていく。彼の身体の揺れに合わせ、木と木がぶつかる硬い音がする。バレグは長さ三〇セードほどの木の棒を二本、紐で繋いだ状態で首から提げていた。
「それはなんだ」
「マジックアイテム〈人探しの木〉だよ。叩いて出た音に変化があれば、そちらの方向に探してる相手がいる。距離まではちょっとわかんないけど」
「このまま進むとユージュ山に登ることになるぞ。攫った場所に留まるなんて、いくらなんでも間抜けのすることじゃないのか」
スーチェは半目になって睨んできた。
「クラスメイトの父上を疑うのは忍びないが、それ本当に効果あるのか?」
「う」
反論できない。光ったり飛んだりといった派手で具体的な魔法効果が得られるアイテムではないのだ。探し物が見つかると言ったところで、アイテムの効果なのか偶然なのか証明するのが難しい。仮に見つからなかったとして、不良品だと証明するのもまたしかり。こういった地味な魔法効果を謳ったアイテムについては、それなりの数の偽物が出回っているのが実情だった。
「他に手がかりがあれば、僕だってこんなアイテムに頼らなくて済むんだけど」
「しかたがない。じっとしてるより探した方が建設的だな」
常識の裏をかき、攫った場所の付近に監禁されている可能性もないではない。
〈人探しの木〉を叩くために構えたバレグを、しかしスーチェは手振りで制した。
彼女の視線を追い、空を見上げたバレグは、〈梟の目〉の効果で夜目が利くこともあり、ほどなく鳥の姿を見つけた。昼間、カーム先生が呼んだのと良く似た白梟だ。こちら目がけて飛び降りてくる梟に、バレグはもう驚いたりはしない。
彼の肩にとまった梟の足から、スーチェが手紙を取り外した。
その様子を見て「慣れてるな」と声をかけると、彼女は事も無げに答える。
「父上がたまに呼ぶことがあるからな。……ニディアからだ」
手紙に目を通すスーチェを待ちきれず、バレグが呟く。
「ファリヤ、帰ってきたのかな」
「逆だ。陛下の用事で、ファリヤはお忍びで隣国に行ったとさ。キースも一緒だ。だから引き返せとさ」
スーチェの低い声に、バレグも溜息を吐いて頷く。
キースのダガーが欠けた状態で落ちていたことを、ニディアには伝えていない。犯人の正体は不明のままだが、エルフ族の長老グリズは『土蜘蛛』だと言っていた。少なくとも、キースが何者かに連れ去られたのは事実である。
それにしても、とバレグは続ける。
「陛下から直接お聞きするとはね。彼女、度胸据わってるな」
この一報により、王室は——少なくとも国王は——王子と王女が何らかのトラブルに巻き込まれたことを認識していることが確実となった。
「そうなると、僕らにできることはあんまりなさそうだね。下手に動いて周囲に迷惑かけるより、大人しく待ってた方が」
「わかってる。だが、せめてどのあたりを探せばいいか、手掛かりの一つくらい掴みたいじゃないか」
スーチェが粘る。バレグも強く反対するつもりはない。
「じゃ、こうしよう。あと二時間だ。それ以内に手掛かりが見つからなければ真っ直ぐ帰る。いい?」
彼女が首を縦に振るのを確認し、バレグは〈人探しの木〉を構えた。しかし、その動作が止まる。ふと、白梟が飛び去った空を見上げる。
「なあスーチェ。あの白梟、どうやって僕らの位置を見つけたんだろ」
「それが白梟の能力なんだろう?」
質問の意図をはかりかねたのか、答えるスーチェの語尾が上がり気味になる。しかし、すぐにはっとした表情に変わった。
「そうか。白梟ならキースとファリヤの位置がわかる。白梟を使えるのは陛下が許可なさった限られた人だけだ。早速戻って父上に」
言うが早いか踵を返して歩きだす。それに対し、バレグは冷静に声をかける。
「僕が気付くようなこと、陛下が気付かないわけがない。きっともう試した後さ。それよりも」
シグフェズル隊長のことだ。スーチェがバレグからおおよその事情を聞き出すことくらい予想しているだろう。だからといって、彼女が二人を探そうとしているのを知れば——。
「家から出してもらえなくなるかも」
彼女の足がぴたりと止まる。
「バレグって……」
「ん?」
「たまに鋭いな。授業中以外だと」
「ほっとけ」
結局、あと二時間だけ捜索することにした。しかし、もし『敵』が白梟でさえ探し出せないような魔法的な隠遁技術を持っているとしたら。いや、きっと持っているだろう。そうなるといよいよ、インチキかどうかよくわからない〈人探しの木〉など役に立つとは思えない。
それをスーチェに告げる気にはなれず、バレグは一つ溜息を吐いた。
二時間後、二人は〈人探しの木〉が導くまま、ユージュ山を途中まで登っていた。バレグ自身、昼に通った道である。徒労感はひとしおだった。
「スーチェ、もう時間だよ。引き返さないと夜が明けちゃう」
「仕方がないな」
回れ右をして下り始めると間もなく、不気味な地鳴りが二人の耳に届く。
「まさか、また」
どちらからともなく漏らした言葉は、最後まで言うことができない。不吉な予想に違わず、地面が揺れ始めた。
激しい揺れに、立っているのもままならない。
「あっ」
足元がぐらついたスーチェの腕を、バレグが咄嗟に掴む。
しかし、唐突な浮遊感に心臓が縮む。
スーチェのポニーテールが天に引っ張られるかのように逆立つ。
地割れだ。
バレグは手を伸ばす。
彼女を掴むのと反対側の手はどこに引っかかることもなく。
奈落の底へと落ちていく。
互いの叫び声もよく聞こえない。
目も口も閉じることを忘れたまま、彼らの意識はふっ飛んだ。
* * *
夜が明ける前に出かける。ベルヴェルクはそのつもりで支度を調えた。部屋の壁をずらし、中に隠しておいた細長い箱を取り出す。
箱から取り出したものが部屋に差し込む月明かりを反射する。白く輝くことで存在を主張するのは一振りの剣。分類上はクレイモアの一種ながら、剣の重量で敵の骨を叩き折ることよりも、鋭い切れ味で斬り裂くことに特化した細身の剣身である。
静かに持ち上げたベルヴェルクは正眼に構える。正中線に沿って真っ直ぐ振り下ろし、へその高さで白刃をぴたりと止める。
と、彼の目が窓を向く。
「ぬん」
鋼と鋼がぶつかる高い音が余韻をひき、壁に何かが突き刺さる。
「……小癪な」
壁に目を遣ったベルヴェルクは苦々しげに口を歪める。そこに突き立つダガーの柄には、手紙と思しきものが結わえ付けられていた。
これが意味するのは、こちらの能力をある程度承知の上、かつ今のように避けられることを計算してダガーを投げ込んできたということ。
すでに何の気配もしない。今から窓の外に飛び出たところで、ダガーを投げ込んだ相手を捕まえるのは不可能だろう。ベルヴェルクは手紙の内容に目を通す。
「陛下に知らせねば」
再び執務室の扉をノックすると、相変わらず王はそこにいた。どうやら古い書物を調べていた様子である。
差し出す手紙を鷹揚に受け取ると、ヴァルファズル王は音読した。
「敵、〈ブラウニーストーン〉を入手せり。安易な情報開示は得策にあらず。〈グラウバーナ〉の回収を急がれたし。ユージュの森で待つ……か。ふん。いろいろと省略された内容だな。ベル、お主の考えを聞かせよ」
「は。〈ブラウニーストーン〉は土蜘蛛の秘宝。土蜘蛛で修行を受けた私も、それがどこにあるのか知りません。しかも、手紙の主は〈グラウバーナ〉の名をも知っている。セイクリッドファイブの情報をすでに掴んでいる可能性があります。そして最も気になるのは」
そう言って顔を上げたベルヴェルクの瞳が燭台の灯りを反射する。
「冒頭に書かれた『敵』との文字。まるで我々の身内とでも言いたげな書き方ですが、とても信用はできません」
「ふむ。だが今のところ、我々がとるべき行動の選択肢は少ない。お主はこのままユージュの森に向かえ」
「この手紙を信用するのですか」
無言でうなずくヴァルファズル王に、それ以上は食い下がることをしない。
「は。では早速」
退室するベルヴェルクを見送って間もなく、王国は未明の激震に見舞われた。
王宮に住む者も市井の国民も、みな飛び起きた。大混乱の中、悲鳴と怒号が響き渡る。
白梟の伝令を飛ばし、国民の避難誘導をシグフェズル隊長に任せた王は、王宮の住人たちの避難誘導については自ら指揮をとり、堅牢な集会室へと全員を集めた。
やがて夜が明ける頃、国民で溢れかえるリンベール学園の中を困惑顔で歩き回るカーム先生の姿があった。
「バレグくん。一体どこに行ってしまったんだ……」
早朝の寒気の中、焦燥の汗がカームの頬を濡らした。




