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「チッ…」
男は不機嫌な表情を隠そうともせずに舌打ちをし、視線を落とす
視線を落とした先には、オウドと書かれた空のカプセルが置かれている
「間に合わなかったとはな…しかし仕方がないか、説明を受けたのがすでにぎりぎりだったからな、しかし…目覚めたのならこいつは何処へいったのか…セントクルセイド王国は既に滅んでいる、それを知ったオウドはここへ戻ってくる可能性が高いはずだ…不確定要素が多いが、下手に探し回るよりはここで待っていた方がいいか、いやそれよりも報告が先か――」
せめてもう少し早く説明を受けていれば…と、昨日受けた説明を思い出す
――ということだ、よろしく頼む
解りました、行ってまいります
いやー悪い悪い、ついうっかり、設定を変えるのを忘れていたんだよ、明日はあいつが目を覚ます日だろ?ついにこの日が来たかと思ったらさ、ふと思い出したんだよ、あ、設定昔のままだってさ
生まれた国がすでに滅びてたとか知ったらあいつ多分混乱しちゃうだろ?まぁそれはそれで見てみたいんだけどさ
男はまるで少年のように目を輝かせながら語る
てか学習装置に設定を打ち込んだ時点では国もまだあったしな、俺は悪くねぇ気がするよな
ま、とりあえず記憶の上書きよろしく頼む、もし間に合わなかったら…まぁその時はお前の判断に任せるよ
男が思案していると、後ろから扉を開けようとする音が聞こえてきた、男がここへ来たとき、扉は壊されていた、恐らくオウドがここを出るときに破壊したのだろう
この施設には重要な機材が幾つもあるので、モンスターの侵入を防ぐため男が扉を修理しておいたのだ、幸い男がここへ来たときには誰も侵入した形跡は無かった
噂をすれば…と思い、扉を開けてやろうと思っていると、扉は景気の良い音を立てて壊された
「………」
男は扉を開けようとした手を伸ばしたまま固まった、ついさっき直したばかりだというのにもう壊されてしまったのだ
男は、今のオウドには開け方が分からないのだから仕方ないと頭では分かっていても、額に青筋が立つのを抑えられなかった
話をする前に一発殴ってやろうかと、そんな考えが一瞬浮かぶ
そんなこちらの頭の中などしったことではないとでも言うように、扉を開けた(壊した)当人が暢気に何やら頬張りながら入ってきた
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「………」
扉を開けると誰かいた、こちらに向けて手を伸ばしている
目が会った、ゆっくりと伸ばしていた手が降ろされる
あちらは目を逸らす気は無い様だ、こちらも負けじと逸らすことなく果実をもう一口食べる
ゆっくりと咀嚼しながら飲み込む、うん、上手い、それにしても目の前の人物は誰だろう、何処かで会ったことがあるような…よく見ると服装が俺と似ている、髪が白い…まさか、こいつが…そんな考えが頭を過ぎる、とりあえずもう一口――
「いつまで食ってる気だこの馬鹿」
――食べる前に止められた、初対面の相手に対して随分な物言いだ
さっきの考えが気になったので訊いてみる
「なぁあんた、もしかしてスヌゥか?」
「…そうだ、俺を知っているということは、既に第三者と接触したのか」
一瞬の沈黙の後、目の前の男――スヌゥは確かにそう言った
既に第三者と接触したのかだと?どういうことだ、一体どんな意図でその発言をしたのか
つまりスヌゥは、俺がここで目を覚ましたことを知っているということだ、やはりこいつは記憶を思い出す手がかりを――
「混乱しているようだなオウド、無理もない、今のお前は記憶が…」
「っ知っているのか、それに俺の名前を…なぁ、俺たちは何処かであったことがあるのか?お前とは、何だか初めて会った感じがしないんだ」
「…ほぅ記憶が無いはずなのに、初めて会った感じがしない、か…なるほど、ハード上には無くとも、案外遺伝子に刻まれていたりするのかもな…元は――」
何やら独り言を呟いている、声が小さくて後半は何て言っているのか聞き取れなかった
「なぁオウド、お前の記憶を思い出させてやるよ」
「なっ出来るのか?」
「出来るとも、俺は全てを知っているからな」
スヌゥが人当たりの良い笑顔を浮かべてそんなことを言ってきた
にわかには信じられないが、今はとりあえずスヌゥの話を聞いてみることにする
「それで、どうやって記憶を?」
「あぁ、お前が目を覚ましたカプセルがあるだろう?ほら、これだよ、この中に入って寝ているだけでいい」
そう言いスヌゥは俺が眠っていたカプセルを顎で指す
この中に入っているだけで…
「一体何故この中に入るだけで記憶が戻るんだ?このカプセルは何なんだ?何故お前はそんなことを知っているんだ?」
「おいおい、いっぺんに質問しすぎだ、その疑問も、これの中で寝てれば解決するさ」
改めてスヌゥを見てみる
全てを知っていると言ったこいつが、とても羨ましかった、自分は何も知らないから、しかし同時に、何故かひどく哀れにも思えた、一体自分でも何故こんなふうに思ったのか解らない
(とっとと中に入りやがれ、今ならまだ間に合う、そうすれば当初の予定通り記憶の上書きが出来る)
笑顔を浮かべたまま決して表情には出さず、内心ではそんなことを考える
目の前で突っ立っているこいつがとても哀れに思えた、何も知らない、自分が何者なのかさえ知らないこいつが…しかし同時に、何故かひどく羨ましいと思った、何も知らないこいつの方が、自由なのではないかと――
(馬鹿馬鹿しい、自由だなどと、俺は俺の意思で――)
「悪い、この中には入らない、何か別な方法は無いのか?」
オウドがそんなことを言いだした
貼り付けていた笑顔という仮面に罅が入る
「別にお前を疑っているわけじゃないんだ、ただ、なんとなく、このカプセルに入ってしまったら、俺が俺でなくなってしまうような気がして…自分でも分からないんだ、何でこんなふうに思ったのか、でも――」
「記憶を取り戻したくないのかオウド?お前はいざ記憶を取り戻せると分かって、少し動揺しているだけだ、だからそんなわけのわからない考えが浮かんでくるんだよ」
「それでも…俺は俺の直感を信じたいんだ、なぁ、何か他に方法は無いのか?俺とお前は以前会ったことがあるんだろ?その頃の話をしたりすれば思い出すかもしれないし…」
俺がこいつを騙そうとしていることは気付かれていないはずだ、気づいていればもっと直接的な否定の仕方をするだろう
…防衛本能というものだろうか、無意識のうちに学習装置が一体どういうものなのか感づいたのか
というか、お前は俺に会ったことは無いんだよ、正真正銘初対面だ、俺もお前と話をするのはこれが初めてだ、カプセル内で凍結されている状態のお前なら見たことはあるがな
「なぁスヌゥ、お前はこのカプセルが何なのか知っているんだろ?それを教えてくれるのが先でもいいんじゃないか?」
俺がそれを教えてもいいものかどうか…
記憶の上書きに間に合わなかった場合は俺の判断に任せると言われたが、そもそもあの方は全てを知っている俺と、何も知らないこいつの行動が知りたいというのが当初の目的のはず、今ここでこいつに知識を与えても良いものか…いや、こいつに知識を与えるという俺の行動もまた、あの方の興味の対象なのか…分からん、これ以上は…
「お、おい?どうしたんだよ急に黙り込んで」
オウドが不審がって訊いてくる
これ以上は悩めない、当初の予定通り、記憶の上書きを…
「オウド、何も言わずにカプセルに入れ」
もはや貼り付けた笑顔は剥がれ落ちていた
こちらを見るオウドが若干狼狽えている
だが仕方ない、こうなれば実力行使だ
そう考え、オウドに向かって駆け出した




