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「なぁ、あいつの言ってたこと本当だと思うかアレク、クレア」
「言ってたこと?」
「ほら、終末の森にある建物で目を覚ましたってやつさ、で、適当に歩いてきたから建物の場所はよくわからないときたもんだ」
「いやぁどう考えたって怪しいだろ、絶対何か隠してるって」
終末の森の比較的浅い場所で、3人は会話しながら、しかし周囲の警戒は怠らずに、狩る獲物を探していた
「ねぇイエロ、終末の森ってあんまりモンスターがいないの?さっきから全然見つからないよ?」
「いや、俺が前に来たときは沢山いた、それこそこうして探し回る必要が無い位にな。血の匂いは微かにするんだが…中々見つからないな、何かあったのかも知れん、周囲にしっかり気を配っておけよ2人とも」
「…と、ようやくか、狂性大鬼だ…まだこっちには気付いていないようだな」
木々の隙間から、狂性大鬼の姿が窺える
狂性大鬼はこちらに背を向けて下を向いており、まだこちらには気付いていないようである
狂性大鬼
大鬼よりもさらに凶暴性の強い終末の森固有のモンスターの1種である
群れることはせず、基本的に1匹で居ることが多い
凶暴であまり知能は高くなく、近づく生物を手当たり次第に攻撃する
ただ、自分よりも実力が上の相手には自分から攻撃することはない
魔法は使えず、肉弾戦のみで戦う
その膂力は凄まじく、生半可な防具では簡単に拉げてしまう
「…丁度良い、お前ら2人だけで相手してみろ、大丈夫だ、お前らならやれるさ」
そう言いイエロは近くにあった岩の上に腰かけた
「上等じゃねぇか、やってやるぜ!つーか俺1人でも余裕だっつーのったく」
「まったく…アレク、無茶はしないでよね?」
アレクとクレアの2人は気配を殺しながら、狂性大鬼に近づいていく
ふと、狂性大鬼の頭がピクリと動き、こちらを振り返った
口元には血が滴っており、右手には腸が引き摺り出され、頭の潰されたモンスターが握られている
狂性大鬼と目が合った
瞬間
頭の中で警鐘が鳴り響いた
体が硬直し、汗が噴き出す
狂性大鬼が咆哮を上げこっちに向かってくる、それがやけにゆっくりに感じられる
少しでも動いたら殺される
脳裏に自分が捻り潰される映像が鮮明に過ぎる
―俺たちなら悪魔の樹や憤怒の猿程度楽勝だって―
ついさっきまで、自分はこんなことを言っていた、実際に遭遇したことは無かったが、楽に勝てると信じて疑わなかった
クレアと共に、最年少でS級探索者になった
S級の通過儀礼なんて、所詮容易く突破できると――そう思っていた
思い上がりだったのだろうか、自分はこんなところで死ぬのだろうか、そんな馬鹿な
クレア、クレアは大丈夫だろうか、震える体を何とか動かし、横を見る
固まっていた、瞳孔が開き、畏怖の表情を浮かべている
まずい…どうにかしないと、動いた瞬間、狂性大鬼に殺される想像しか出来ないけど、それでも、クレアをこのままにしてはおけない
こんどは俺が助ける番だ、こんなところで死んでたまるか
震える体に鞭を打ち、頭の中で鳴り響いている警鐘を無視してクレアの元へ走り寄った
狂性大鬼と目が合った瞬間、体が動かなくなってしまった
食事を邪魔された怒りからか、激怒の表情を浮かべている狂性大鬼
ゆっくりとこっちに向かってくるそれは、まるで死神そのものに見えた
これが、S級危険区域に住むモンスターなのか
湧いてくるのは、ただただ恐怖しかない
イエロは、アレクと2人ならやれると言った、実際、私もやれると思っていた、これまでの、S級に上がるまでに受けてきたクエスト同様、簡単に勝てると思っていた
自惚れだったのだろうか、私はここで死ぬのだろうか
「――ア、―レア!」
私の名前を呼ぶ声が聞こえる気がする、誰だろう、でも、何も考えられない
今は、ただただ恐怖に支配されている
「―レア!クレア!!しっかりしろ!」
ハッと我に返った
横を見ると、アレクが泣きそうな顔で私の名前を叫んでいる
「クレア!しっかりしろ、大丈夫か」
アレクがしきりに訊いてくる
大丈夫と言おうとして、上手く口が回らないことに気が付いた、足が震えていることに気が付いた
そんな私の状態を悟ったのか、アレクは今度は俺が守る番だと言い、私に背を向けた
アレクもよく見れば体が震えている、にも拘らず、私を守るため、迫りくる狂性大鬼の方へと走って行った
「かなり危うかったが…何とか及第点ってところか」
岩の上に腰かけながら2人を見ていたイエロはそうこぼした
本来、アレクとクレアの2人なら、実力的には狂性大鬼と戦っても、勝てるはずなのだ
だが、2人はその若さゆえ、経験が圧倒的に足りていない
まして、S級危険区域のモンスターとまともに対峙した事はまだ無い
本来の実力を発揮できればまだしも、相手に怯え竦んでいては勝てるものも勝てない
アレクは何とか恐怖を塗りつぶすことが出来たようだが、クレアはまだ少しかかりそうだ
本当に不味い状況になったら割って入るが、それまではあくまで静観を貫こうと考えていた、でなければ、2人が真に成長出来ないからだ
「さて…ま、これも良い経験になるだろ、頑張れよ、2人とも」
イエロは2人の背中を、自分の子供を見守るような眼差しで見つめながらそう呟いた




