4話目は足跡を追いつつ
新キャラ登場です。
あと名前の略称に法則はあるんですかねぇ、語感とノリでやってます。
狼と一緒にいるようになって、安全度が増した。狩りもしやすくなったし、水浴びも出来るようになった。
そうやって数日過ごす中で、いつまでも狼って呼ぶのはあれだし名前をつけることにした。
「お前、名前ないよなー」
「クゥン?」
したぱた したぱた
…めっちゃ期待されてる。尻尾はすごい勢いで左右に振ってるし、目だってきらっきら輝いてるし、
「あ」
目、海を閉じ込めたような濃い水の色。あるじゃないか、ぴったりな名前。
「インディゴ…ってどうだ?」
日本語で藍色。深い海のような、二つの瞳。これしかない。
どきどきしながら反応を待つ。一拍の後、狼は…インディゴは、俺の頬を一舐めした。
「ガウガウッ」
「インディゴ、インディゴ…長いからー…ディン、かな」
「ガウッ」
「よしよし、じゃあ行くか」
暫くインディゴをもふってから立ち上がる。ここに来てからの唯一の癒しだよ、本当に。
「あー…そろそろ森出たいなぁ」
まぁ何と言うか、飽きた。右も左も前も後ろも木、木、木。良く発狂しなかったと思う。やっぱりインディゴ効果だろうか。
「誰か人でもいねーかなー」
「ガウッ!」
一応最近はちらほらと実を付けた木が増えたから、食に関しては問題ない。
単に同じ人間と会って会話したいだけなのだ。
「グルル…」
ピクッとインディゴの耳が反応した。耳を澄まして反応した方を見ていたインディゴは、俺のシャツを引っ張ってくる。
「ディン?そっちに何かあるのか?」
「ガウ」
「分かった。案内してくれ」
もしかしたら、人の声が聞こえたのかもしれない。人間に会いたいって良く愚痴ってたのを、インディゴは賢いからそれを覚えてたんだろう。
「あっ」
思わず足を止めてしまう。俺の視線は、地面にくっきりと残る足跡に釘付けだ。
大きさからして多分、成人男性のものだと思う。というかこれ、でかい、27cmはあるぞ。確実に見上げなくちゃいけない背丈だ。
「お手柄だなディン!お前やっぱりすごいよ」
わしゃわしゃと抱き着いて撫でる。嬉しそうなディンに、俺も笑顔を溢しながら足跡を辿り始めた。
自然と走り出しそうな足を抑える。焦っても仕方ないとは言い聞かせても、人に会えるかもしれないという予感に俺は心を踊らせた。
「ディン、行こう。もしかしたら今日は屋根の下で寝れるかもしれない」
「ガウッ」
どれくらい歩き続けただろう。あまりに夢中になりすぎて、インディゴが止めてくれなきゃ休憩すらしない所だった。インディゴ様々である。
足跡をよくよく見てみると、彼(彼女という可能性もあるけど)に近付いているのは確かだった。まだ足跡が乾ききっていなかったからね。
そろそろ、出くわしてもいいんじゃないかって思い始めて数十分。
また一つ藪を抜ける。どうも進みにくい場所を彼は通っている。お陰で覆うものがない手は、顔を庇っているのもあって切り傷がいっぱいだ。
「…っぁいて」
びっと枝が頬を掠める。途端に熱い痛みを帯びるそこに眉を潜めた。こんな傷だらけになるのは山で遊びまくってたガキの頃以来だ。
「!ガウガウ、グルルル」
「ディン?」
突然インディゴが唸りだした。ぶわりと毛を逆立てて前を睨んでいる。何度もインディゴの威嚇を見たけど、これだけ威圧感を出す姿は初めてで、緊張に喉を鳴らす。
彼が睨み付ける先にはまた一つ藪があった。
「ガルルル…ッッ」
「何、かいるのか、それとも」
誰か、がいるのか
そう言った瞬間、藪の葉の隙間から何かが小さく光った。同時にインディゴが飛び跳ねるように飛んできた何かを叩き落とすのを見た。
頭の中のどこか冷静な部分が、あれは矢で、さっきは矢尻が日に反射した光だと教えてくれる。インディゴは藪に飛びかからんばかりにいきり立っている。
「ヴゥー…ッ」
「……」
数分間、これだけあれば次の矢をつがえることは可能だ。しかし何も起こらない。俺は何も出来ないけど、せめて目は反らすまいと必死に藪に目を凝らしていた。
ガサッ
「「!!!」」
明らかにたった音にインディゴはますます警戒した。じっと見つめる藪がだんだん揺れを大きくするのに体が緊張していく。
まずは足、次に手、体と藪からその姿が出てきた。いつでも構えられるように、節くれだった手にはしっかり弓が握られていた。険しい表情ながらも、藪を抜けて改めて俺を見た彼はどこか驚いた目をしていた。
「……ディン、彼があの足跡の人?」
目を彼から反らさずに言う。威嚇を止めたインディゴが腹にすり寄るのを感じて、頭を撫でるとはっきりと彼は動揺していた。
「あの、すいません、ここってどこか分かりますか」
「…ruittei wonina?haemao nokodo danomo?」
…予想はしていたけど、言葉が通じない。顔が強ばるのを感じた。彼も警戒しながら言葉が通じないことに首を傾げていた。
何度か一方的に話しかけ、話しかけられ、言葉が解らないながらも俺が無害な人物と判断したのか、彼は警戒を止めてくれた。
多分ニュアンスというか雰囲気でなら簡単なコミュニケーションは取れる。自分を指差して季燕、インディゴを指差してインディゴ、というのを繰り返すと彼も辿々しくキエン、インディゴと呼んでくれた。
同じように彼の名前を聞いてみたら、聞き取りにくいながらも「バーシェルン・エンドゥラ」と教えてくれた。
…バースって呼んでもいいかなぁ。
ついてこいとジェスチャーするバーシェルンに従って森を進む。勿論インディゴも俺の横を歩いている。バーシェルンがどこに向かってるか知らないから、正直不安なんだけどいきなり殺されたりはしない…はず。多分。
(やば、怖くなってきた…)
淀みなく進む、矢筒を背負った逞しい背中。体格差は元よりまずもりでの経験値が違うだろう。悪いようにされないことを願う。
「…、あ」
足元に違和感を感じた。しっかりしながらどこかふわふわした感覚のする土から、どっしりと踏み固められたような確かな大地へ。考え事を切り上げ前を見渡して、息が詰まる。
木々がまばらになっていた。
大きく空いた隙間からは青空が広がり、白い綿飴みたいな雲が浮かんでいる。
もう数歩だけ歩いた先は、森の外だ。
あれだけ焦がれていた広い空を遮るものがない日の下へ歩み出た感動を、俺は一生忘れないだろう。もしかしたらちょっと泣いたのかもしれない。
ただその時の俺は、青い空を見上げ、草原を見渡して目に焼き付けるのに忙しくて覚えていないのだけれど。
別題:季燕君、森を抜ける
名前とか、皆さんどうやって決めてるのか気になる今日この頃です。
次はバースさん宅にお邪魔します(予定)