3話目は狼を横に
まだ人間の新キャラは出ません
赤く揺らめく炎をぼんやりと見つめる。あの角のある兎と戦ったことで、予想外に疲れていた。正直今すぐ横になって、何も考えずに眠りたいくらいに。
兎を倒した後、すぐに解体を始めた。
辺りは酷く血の臭いが充満していて、もたもたしてたらそれこそ肉食性の奴にやられてただろう。肉は勿論、角と毛皮を持ってすぐに移動し出したのはもう既に日が傾きかけた頃だった。
今回はすぐ見つけた川で小刀や肉などの血を洗い流して今に至る。火は拾ったぶっとい枝に無心で摩擦を繰り返してたらいつの間にか火種になっていたから問題ない。これでちょっとは安心だ。
「ん…もういいかな」
火の近くに刺してた棒を取って、先に突き刺している肉の様子を見る。血抜きも知らないし味も付いてないが、まぁないよりはましだ。
「いただきまーす…んぐ、」
何と言うか、随分薄まってるけどやっぱり血臭い。でも二日ぶりの食べ物、って感じで食欲は止まらず持ち帰った内の半分をペロリと平らげてしまった。少し食べ過ぎた気がしないでもない。
残りは焼いておいて綺麗になった毛皮で包んでおく。…痛まないよな、多分。
ちょっとだけ不安に満ちた視線を向けてから地面に転がしてた角を手に取った。
「これで武器でも作れねーかな…流石に小刀じゃ心許ないし、カッターとか論外だし」
ぶつぶつ呟きながら角を削る。角の一番太い床は片手だと握り締められない。ちゃんと指と指がくっつくくらいまで削るつもりだけど…。
「…ぇえー…めっちゃ硬ぇんだけどこれ」
ぶっちゃけると石より硬い。もっとゴリゴリ削れるもんだと思ってた自分を殴りたい、そのくらい角は固かった。
それでも半ば意地になって削り続けること数時間。とっくに真夜中になって漸く完成した。
と言っても握り締められる太さまで削っただけだけど。見た目だけではレイピアを太くしたようなものと言ったらいいだろうか。そんな高尚なものとは比べられないようなものだけど。
「よっしゃーっ…あぁもうだめだ、眠い」
くあーっと欠伸をしてそのままゴロリと横になる。いくつかの薪として拾っておいた枝を火にくべておく。火の勢いが増したのを確認してから目を閉じた。夜は寒くないが一応布団代わりに学ランを上半身にかける。セーターを着てるし、昨日もこの格好で寝て大丈夫だったから風邪の心配はない。
「さて明日はどうなることやら」
最後にそう呟いて疲れからすぐに寝息を立てていたから、そのしばらく後に躊躇いなくこっちへ近付く影に気が付かなかった。
海色の瞳に知性を光らせた影は俺の目の前で止まるとゆっくり身を丸めて眠り始めた。
生暖かいものが忙しなく顔を這う感触がする。何かは濡れていてざらりとしている。
「んぅ…」
もふり。
あんまりにもしつこいから目を開けずにどけようとしたら、何かもふもふしたものに手を突っ込んでしまった。
ちょっと固い目のしっかりとした手触りを楽しんでいると、また眠気が襲ってきた。とろんと溶けそうな意識をそのまま手放そうとして――――
ガブッッッ!
「っ?!!いたっっ?!」
「グルルッ」
一気に目を覚ました。
「うう、朝から酷い目にあった…」
あのあと、目を開けた瞬間の青い瞳のドアップにパニックになったもののすぐ視界から消えて落ち着いた。とりあえず何故かべったべたのドロッドロに濡れまくってた顔を洗うことを最優先させた…もしかしなくても、あの顔中を這う感触は舐め回されたのかもしれない。
さっぱりして髪から滴を落としながら川辺を離れた。さっきの場所に戻ると、黒く大きな…狼がいた。
「…お前、何で舐めてたんだ?」
そう聞いても伏せのまま緩く尻尾を振るだけ。襲われないだけいいけどな。少しだけ兎肉をつまんで半分を狼にやると嬉しそうに唸りながら食べていた。
鋭い牙で肉を噛む狼を見る。真っ黒な毛並みに青い瞳。本当に異世界だなぁと思った。
欠片も残さず肉を胃に納めると胡座をかく俺の横に、ストンとお座りした。
何となく撫でながら喋りかける。
「なぁ、ここどこか知ってるか?俺いきなり森の中にいたんだよ、元いた場所に帰る方法とか…知らねぇよなぁ」
はぁあ、と重いため息をついた俺を覗き込んでくる。何でもないよ、と耳の後ろを掻くと気持ち良さそうに目を細めた。
すると狼は何を思ったのか撫でていた右手をぺろぺろと舐め出した。かと思えば「くぅん」としょげたような鳴き声を上げるから、何かあったかと首を傾げた。
「あっ、そういやお前、噛んで起こしたな」
地味に痛かった、と忘れてた身で何だがじろりと見やる。狼はへちょりと耳を伏せて、また「くぅん」と鳴いた。尻尾も元気をなくして垂れている。
「…まぁいいや、許してやるよ」
「!グルゥ、バウッ!」
シタパタと尻尾を振り、喜んだ狼に飛び付かれ簡単にのしかかられてしまった。狼の力は侮れない。
「ちょ、ま…ぶ、んっま、待てって!」
ぺろぺろとまた顔中を舐められる。多分、この狼の感情表現の仕方だろうけどやられる方は堪らない。勢いよすぎて話すことも儘ならないんだが。
満足したのか、やっとこさ狼が離れるともう一度撫でてからその場をあとにした。狼は悲しそうで、俺もこの森で初めて誰かと過ごした時間だったから後ろ髪を引かれた。でも、それじゃ森を抜けられないからと別れてきた。今頃あの狼も自分の塒に戻っているだろう。
「………」
それで今、俺が何をしているのかと言うと。
「グルルルル…」
絶体絶命のピンチに陥っています。
▽▽▽▽▽
狼に肉を分けてやったことが、予想外に痛かった。昼を抜いたとしても、夜の分にも到底足らない。結果、また狩りをすることにした。兎の角槍が使えるか試したい気持ちもあったけど。
そんなわけで俺はあの角兎を探していた。あれ以外に勝てそうな動物も見たことないから、目的は自然と奴に決まる。
運良くこれまた食事中の角兎を見つけて、一回目みたいに何とか倒したあとだった。
「グルル…」と不吉な唸り声。
冷や汗をかきながらゆっくり、ゆっくり振り向いたら……3mはある大きな熊とのご対面だ。喉の奥で無理矢理悲鳴を押し殺す。急に絶叫なんかしてみろ、上げた瞬間にあの鋭利な爪でグッサリ殺られるに違いない。
どう考えても平均的な身体能力の俺が、この大熊に勝てるわけがないのは百も承知だ。
かと言って逃げるにも逃げられない。
万事休す。
「くそ…帰りてぇ
こんな知らない世界で死にたくない…っっ!」
「グォオオオオオ!!」
大熊の爪の一撃が何故かスローモーションで流れた。だんだんと近付いてくるのを目を見開いて歯を食い縛る。それで少しでも痛みを緩和出来ればと無意識の行為だった。
その時だ。
「ッグルォオ!!!」
あの別れたはずの狼が、大熊の喉に食らい付いたのは。
「んな?!」
「ギャオオ?!」
黒い軌跡を残して弾丸のような勢いのまま食らい付いた傷口から、バッと黒がかった赤色の血が狼の牙を染める。振り落とそうと激しく大熊は身を振り回すが、がっちりと加え込みけして狼は離さない。
やっと食い千切るように狼がバックステップで離れれば、大熊はどう、と地響きを立てながら地に伏せた。
首の肉を気管ごと持っていかれたから呼吸も怪しいみたいで苦しそうにバタバタともがいている。
「うっ…」
何と言うか…グロいです。てか生々しい。
そのまま狼が止めを刺して口回りを一段と黒く染めながら戻ってきた。俺?本物の弱肉強食を一部始終見て座り込んでるよ、情けないことに足がガクガクしてる。
「何でお前がここに…ついて来ちゃったのか?」
「ガゥ」
「分からん。でも、ありがとう。お前のお陰で助かったよ」
ぎゅうと狼の首を抱き締める。長い毛が頬に当たってくすぐったい。
こいつがいなければ俺は今頃、間違いなく死んでいた。大熊に食い散らかされて、どことも知れない森の奥で腐るだけだった。感謝してもしきれない、本来なら血を撒き散らして死ぬのは大熊じゃなく俺だったのだから。
改めてその事実に愕然としながら、慰めるようにすり寄り鼻を鳴らす狼に、暫く震えを止められなかった。
次は狼と季燕くんの友情を深めるお話です