2話目は刃を片手に
狩りの描写があるので今回はR15となります。
「……う」
キュルルルゥー、という鳥らしい鳴き声に意識が揺さぶられる。ゆらゆらと微睡みに落ちようとするのを遮るような鳴き声にゆっくりと瞼を開いた。
「…やっぱ、ゆめじゃねーのかー……」
視界一杯に広がる木々の枝葉と、所々から差す眩しいくらいの朝日。実は夢でしたってオチはないらしい。
おもむろに立ち上がり思いっ切り伸びをした。ついでに欠伸も出たが俺以外いないんだし気にしない。
昨日の寝床探しで運良く見つけた川辺で顔を洗う。実は鹿に良く似た動物が親子で飲んでたから飲めないことはないだろ、と割り切って飲んでる。腹を下すこともなく一晩寝れたから判断は間違ってないみたいだ。
「この川があるから良いとして、問題は食べるものだよなぁ」
昨日随分歩いた気がするけど、食べれそうなものは木の実すらなかった。というか、鹿っぽいの以外生き物も見ていない。鳴き声だけが聴こえるってのはキツい。出来れば小動物でいいから見たい。食料的な意味でも。
とりあえず飴玉を口に放り込んでおく。糖分が取れるだけ、ましだと思う。
▽▽▽▽▽▽
昨日のように小刀を持って進む。出発してから、かれこれ三時間は歩いている気がする。聞こえていた川のせせらぎは、とっくの昔に消えた。
何度か鳴き声やら羽音やらを耳にして、その方向に少しだけ進んでみたものの、俺の身長なんか軽く上回るでかさの鳥や猪しかいなかった。一応、俺は平均的な身長なんだが。ま、何はともあれ気付かれずにすんで、心底良かったと思う。じゃなきゃ今頃ミンチになっていただろう。
「っはぁー…!つっかれたぁ」
ちょっと休憩、とドサッと荷物を下ろす。巨大樹が立ち枯れたように虚になっていて丁度いい。少し休憩してもバチは当たらない。
ぐい、とあらかじめ水筒に汲んでおいた水を煽る。魔法瓶を開発した人は偉大だ。疲れた体に冷えたままの水は甘く感じられた。
口を拭って水筒を仕舞おうとして、ふと手を止めた。
バッグに手を突っ込んで無造作に取り出した。この世界で恐らく役に立たないだろうそれをまじまじと見つめた。
校章の入った黒いカバー。校則や校歌が綴られて、最初に俺の少しだけ幼い顔写真。俺の生徒手帳だ。
写真の横には、柏木季燕《かしわぎきえん》と俺の名前が誕生日と共に記載されている。
名前負けなんて物心付いた頃に鏡見た瞬間から知ってるさ。平々凡々な自分を自覚してるから、仰々しくて少し気恥ずかしい。
燕が巣立つ季節に産まれたから、と祖母は言っていた。今持っている守り刀だって、飛燕なんて銘だ。何かと俺は燕に縁があるらしい。
この世界にも燕はいるのかな、なんて考えて笑った。
「よし、休憩終わり!やっぱり狩りしよう、肉食べたくなってきた」
暗くなるのはいつでも出来る。今やるべきことはそれじゃない。生き延びることだ。まだここに来て二日目だけど、動物性たんぱく質が欲しくなってきた。
木の実は相変わらず見付からないし、水は確保できている。まだ体力がある内にコツでも掴まないと、森を抜ける前に死ぬかもしれない。
「そうと決まればまずは動物探すか。一人でできっかなぁ…」
ま、出来る出来ないの問題じゃなくてやらないと、なんだけどな。
▽▽▽▽▽
もしゃもしゃと草を食む兎を見付けた。まだこっちには気付いてない。まぁそれは良い、こっちにとって好都合だしな。
ただ、何かでかい。普通はこう、腕に抱き抱えられるサイズだ。なのにアレはどう見ても1mはある。それにもう一つ、向こうの兎とは大きく違う点があった。
「…っえ、何あれ角?えっ兎に角あったっけってかでかくね角」
そう、兎の眉間より少し上、人間でいう額のあたりから円錐形の角が生えていた。多分40cmはあるんじゃないだろうか…あれで突かれたら死ぬビジョンしか浮かばない。
「えええ…初狩り難易度高くね?突かれませんように…!」
隠れてた茂みから走り出る。確実にバレたけど気にしない。後ろは取ってるから、数秒は無防備だ。
「っうりゃ!!」
「キィイイッ!!」
振り向こうとした兎の後ろ足を切りつける。逃げられても、飛びかかられても厄介だから躊躇わずズバッといった。何か硬いものに当たった感触は骨かもしれない。
「キイッキイィイ!!!」
「ぅ、おあっっぶねー?!!」
兎の反撃、角で突進!なんてふざける間もない。いや、そんな悠長なことしてたら死ぬけど。
角を俺に向けて突進してきたのを全力で体を捻ってかわす。もう少しで腹のど真ん中に風穴が空くところだった。ベルトに一本の傷を認めて顔が引き吊った。
咄嗟にさっき切りつけた後ろ足を手加減なしに蹴り飛ばした。悲痛な兎の鳴き声の中にボキンッと致命的な音を捉えた。骨を蹴り折ったらしい。これでもう、兎は自由に動けない。
「ッ、すまん!!」
「キィイイイイッッ…!!!」
どっ!と兎の首に刃を突き刺した。顔や手に血飛沫が飛ぶのにもかまわず、暴れる兎に弾かれないよう背に乗り掛かるようにして刃を沈ませる。
兎の白い毛皮がじわじわ赤くなるのに目を反らさず、刀を持つ手に力を込めた。
「…キ、ィイ…」
弱々しく鳴いて、兎の抵抗は完全になくなった。いつの間にか止めていた息を付きながら脱力した。心臓がどくどく音を立てているのが分かる。赤黒く地面に染み込む兎の血を見て、俺は疲れたように重いため息を付いた。
戦う、という描写は難しいですね。バトルシーンを書ける人はすごいと思います。
あとやっと主人公君の名前出せて良かったです。