果たしてその頃の王城では
召喚を行った国側のお話です。
真っ青な顔で報告された内容に、国王は目眩を感じてこめかみに手を添えた。早急に手を打たねばならない事態となってしまったことに、目の前の魔導師を怒鳴り付けたくなったがぐ、と堪えた。国王である自分が易々と感情を乱すべきではないし、魔導師を責めても何も始まらないのだ。
心の中はともかく見た目は平静さを繕って彼は口を開いた。
「…失敗しただと?」
「っは、い」
「原因は」
「恐らく召喚陣に、欠陥があったものと思われます…」
成功した、とあの時は背筋が震えた。王国内で徐々に増えつつある魔獣の被害、密かに、しかし確実に衰え始めた国土。他にも急噴出した問題は数え切れない。流石にこの異常事態はおかしいと、王城勤めの魔術師を総動員して片っ端から王家の文献や記録を遡らせた。
そこに記されていたことを総合して出された結論は―――魔王、が復活するというものだった。
更に調査を進めた結果、魔王を封印、または倒せるのは異世界人だ、ということが分かった。そしてその異世界人がこの世界にいるだけで異常現象はおさまり、かつ富んでいくとも記されていたらしい。
魔王復活が仮に間違っているならそれが一番いい。
魔獣の発生も国や地方の騎士団を動員したり、ギルドに国名義の大規模討伐の依頼をすることも可能だ。
大地の衰えは魔術を使えば進行を弱くすることも、恐ろしく手間と金を食うだけで出来なくはない。
それでも。願わずにいられなかった。
想像出来るだろうか。たった一人、違う世界の人間がいるだけで問題が片付けられる。…酷い話、国と異世界人を天秤に掛けたのだ。
「欠陥によりどんな弊害が起きるのだ」
「まだ解析中なので断定は出来ませんが、
こちらの言語を読み書き可能にすること
身体能力や魔力の補強
今のところこの二つは欠陥部分により、発動していないのではないかと思われます」
「そうか…すぐに捜索隊を編成しろ。言葉や恐らく衣服も鍵になるはずだ。見つかり次第、早急に保護し城までお送りしろ」
「はっ」
「陣の分析をする魔術師達にはどんな些細なことでも報告させろ」
「承知しました」
臣下に矢継ぎ早に命令を下しながらも、脳裏には勇者召喚の光景がちらついていた。
神殿の最奥、文献に記された隠し通路を抜けた先に、王と宰相と神殿を管理する数名の魔術師だけが立ち入れる『召喚の間』で行われた儀式。恐ろしく精密で高度な魔術陣を幾重にも重ねて出来た召喚陣は、魔術師の詠唱に合わせて純白の光を放っていた。
しかし一際高く、強く陣が輝いた次の瞬間にあっという間に光はかき消え、陣には人影もなくまるで召喚を行う前のようにそこにあった。
「…一日でも早く、勇者殿を見つけねば、」
例えば勇者が、それを拒んでも。
玉座に座したまま国王は静かに目を閉じた。