4 BOMBING RUN
テスト時間はもう終わりだ。筆箱に戻って、装備を補給する暇はない。
「くそ! ここまでやったのに、作戦失敗だなんて!」
ハスキーがキャノピーを拳で殴った。
リードは無言で眼下のターゲットを見下ろしている。すでにテスト用紙には綺麗な字で正解が記入され終えている。優等生伊良野沙智の完璧な答案だ。アイアン本人同様、それは自身に満ちあふれていた。
標的は机の上、動くこともない。翼を持った狩人である自分たちがそれを前に手を出せないなんてことがあっていいものか。
いや。この手で焼き尽くしてやらないと、気が済まない。
「ベース・タケシ、おまえは自分のテストに集中してくれ。こっちは俺がどうにかする」
高空からの精密爆撃が出来ないのなら、それ以外のスタイルで爆撃するまでだ。
「ハスキー、爆撃は行う。急降下爆撃だ。テスト用紙目がけて突っ込むぞ」
「急降下爆撃って……我々が乗っているのはジェット戦闘機ですよ!」
ハスキーの慌てた声に対し、リードは断固とした口調で言う。
「ご先祖様がやったようにドッグファイトをやった後には、ご先祖様がやったように爆撃するのが流れってものだ。ハスキー、合図したらマニュアルで爆弾を落とせ」
「リード……あなたは――」
無茶苦茶だ。ハスキーは叫ぼうとして、その声を飲み込んだようだ。何を言ったところで、リードがやめないことを悟ったのだろう。
急降下を開始する。
対空砲火を避けるため機体を回転させつつ、ヴェンジャーは機体を垂直に降下していく。
テスト用紙が巨大な白い壁となって立ち塞がる。こいつを焼き焦がしてやる。爆弾というのは地面にぶつかれば、爆発するものだ。ふでばこ航空団の牙で、忘れられない傷をつけてやる。
こちらを睨む伊良野沙智の視線。ものすごい視線だ。だが、視線でヴェンジャー1は墜とせない。
白い壁が圧倒的な壁となる。リードは歯を剥きながら操縦桿を引いた。高度がない。だが、焦って早く機体を水平にすれば、爆弾は当たらない。命を賭ける他ないのだ。
大昔の戦闘機乗りは皮と木で作られた機体で空を飛び回っていた。ハイテクな機械を詰め込んだヴェンジャーで、命も賭けられず、どうして自分たちが戦闘機乗りを自称できよう。
今だ。リードは操縦桿を引いた。ヴェンジャー1は震えながら機首を持ち上げようとする。
ハスキーも本能的に爆弾を落とすタイミングを悟ったようだ。彼は不発弾を投棄するためのレバーを引いた。
「ヴェンジャー1、ボムズ・アウェイ!」
爆弾が投下され、その分ヴェンジャー1の体が軽くなる。
「こいつは俺の機を傷つけた分だ」
リードが小さく呟く。ハスキーがもう一発の爆弾も投下する。
「そして、こいつは、タケシのパンツの分だ」
「そんなの、どうでもよくありません?」
仕事を果たしたハスキーが言った。
リードは前方を睨みながら、ふっと笑う。そしてなおも腕に力をこめた。筋肉が破裂しそうだった。テスト用紙がすぐ目の前に迫る。墜ちそうだ。
生と死の境目で、パイロットができるのは機体を信じることのみ。
次の瞬間、スマート爆弾がテスト用紙にめり込んだ。
ヴェンジャー1は爆発の炎に飲み込まれた。
スマート爆弾が沙智の解答用紙を真っ黒にした。どう頑張っても、何を書いてあるのかは解読できない。採点不能だ。
沙智はぼきんと鉛筆を折ると、席を蹴った。足音荒く教室を出て行く。
古田先生が唖然としていたが、何も言わずに時計へと視線を戻した。
男子生徒なら追いかけただろう。教員は女子生徒には優しいのだ。
「愛する我が家だ」
筆箱を前方に認めて、リードが言った。
ヴェンジャー二機はよろよろと母艦へと帰り着こうとしていた。無茶苦茶やったため、燃料は残りわずかになっていた。空戦ほど燃料を食らうものはない。
「ヴェンジャー1、フックダウン」
『こちらベース・タケシ。フックダウン確認。そのまま直進せよ』
「いいかハスキー。着艦は空戦以上に大切だ。こいつをしくじると撃墜されるよりもずっと酷いことになる。どんなときでも、着艦はソフトにソフトにだ。言うなれば、ベッドの中の女の――」
「リード、残燃料、一桁切りました!」
ハスキーが引きつった声で報告する。ヴェンジャー1のエンジン音に元気がない。いつエンジンが停止してもおかしくなさそうだ。
「安心しろ。こいつはいい機体だ。我々が死んだって、帰巣本能で勝手にタケシのもとへ帰るほどだ。燃料切れごときで墜ちはしない」
リードはそう言いながらも、エンジンが停止したら対応する暇があるように、なるべく高度を維持しようとしている。
『パワーパワー!』
タケシが机のへり限界にまで近づけた筆箱に接近する。
フラップを広げて、なるべく揚力を集めながら、筆箱に降り立った。どしんと衝撃が来る。筆箱の上にひっかけられた輪ゴムを掴んで、一気にスピードを打ち消す。
鮮やかな着艦だった。ハスキーが大きく息を吐いた。
すぐにヴェンジャー2のために甲板を空けた。
『ご苦労、ヴェンジャー。作戦は大成功だ。本当によくやった』
敬礼して彼らを迎える武に、リードは親指を立てて、にやりと笑った。
「ハスキー、この後ちょっと付き合え」
酸素マスクを外しながら、後席を振り返る。
「作戦終了後のデブリーフィングですね?」
「馬鹿言え! ビールだよ! タケシ、ビール頼む! 溺れるぐらい注いでくれ」
空飛ぶ狩人たちは、筆箱の奥深くへと潜っていった。
武はふでばこ航空団の奮戦に感謝した。
古田先生が試験終了を宣言する。武は自分のテスト用紙に目をやり、考え込んだ。
ふでばこ航空団の戦いに集中するあまり、テストは一問も解けていない。沙智と同じく、武も零点だ。
だが、少し考えてみて、零点であることは今日の勝利における汚点にならないと結論づけた。武は零点に慣れている。沙智はそうではない。今回の目標は沙智の点数を下げることであって、自分がいい点を取ることではなかった。言うなれば、戦略的な勝利を武はおさめたのだ。
別に沙智が落第するまでテスト時妨害を行うつもりはない。総力戦は時代遅れだ。
彼女には既に十分すぎる警告を与えた。
同級生も思い知るだろう。自分をなめる者は、出来る女子である沙智ですら零点をとらすことができるのだ。
これが安全保障策となる。
武は自信満々で真っ白なテストを提出した。
リードはビールを要求していたが、どこの小学校が給食にビールを出すというのだ。ふでばこ航空団のみんなには、下校まで待ってもらおう。
武はそう思いながら、給食のいちごオレを筆箱に注いだ。筆箱から微妙な歓声が上がる。
その様子を眺める同級生が妙な顔をしている。だが、今日の勝利で力を証明した武に挑んでくる者はいない。
当分は平和だろう。
例え、無視できないトラブルが起きたとしても、航空戦力で勝負すればいい。
武と、ふでばこ航空団は逃げも隠れもしない。




