6 デート?
これはデートではない。
そう、これはただクラスが一緒でついでに席も隣で仲良くって何故か始まった恋愛相談のお礼なのだ。
甘酸っぱい感情の入る隙間のない、これ以上ないほど友情に溢れるデー……外出だ。
仲の良い友達(男)と出掛けてくる。
そう言うと、母は軽い調子で「あぁ、デート?」と言ってきた。聞いた途端にふいた由里だったが、懇切丁寧にそれまでの経緯を話し、デートではないことを説明した。
それなのに。
(今度家に連れて来い、て……ムリムリムリ)
「浅野、どうかした?」
「う、ううん、なんでもない。ちょっと家でお母さんが無理難題を言ってきてさ」
「おぉ、今度は俺がお悩み相談を受ける番だな!」
現在、おしゃれな喫茶店で人気メニュー『小豆キャッスル』を食べている途中。
どうして私の好物が小豆だと知っているのか、恐るべし佐藤翔……! と最初は思っていたが、好物を差し出されればそんなことは頭から消えていた。だというのに向かいに座る翔を見ていたら、母の言葉が思い出された。
どんと来い! と笑う翔は当たり前だが制服を着ていない。私服姿を見たのは初めてだったが、さすが元チャラ男というべきか。文句なしにカッコいい。
待ち合わせ場所で由里も翔からべた褒めされた。由里としてはまぁ、これも彼の今までの経験からかなと思う程度だったが。
「友達と外出するだけだって言ったのに勘違いしたみたいで……。今度、家に連れて来い、と」
「はせ参じます」
「佐藤くん、正気かな? チャラ男モードなのかな?」
「ひどいなー改心したって言ったのに」
「疑わしい行動をとるからじゃないの」
小豆をスプーンですくってみせると、爽やかな笑顔で翔は首を傾げた。
「どうして私の好物が小豆だって知ってるの?」
「え、浅野の好物って小豆だったんだぁ。この店選んで正解だったな俺てんさーい」
嘘っぽい。そうとしか思えない。
大体、注文したのは翔だ。由里はメニュー表すら見せてもらっていない。
あくまで知らないということにしておきたいようなので、由里も追及するのは止めた。
「まぁ、いいや。ここに連れてきてくれてありがとう」
「どーいたしまして。日頃のお礼も兼ねてるから、他に行きたいとこあったら言って」
「……ここで終わりじゃないの?」
「え、もうバイバイするの?」
小豆を食べて終了だと思っていた由里が不思議そうな顔を向ける。
対する翔は、テーブルに突っ伏していた。小声で「とっとと帰りたいのか……」と言うのが聞こえ、慌ててフォローする。
「いや、帰りたいわけじゃなくて……好物を食べたから、もう満足したというか」
「浅野はさぁ、友達と遊びにいったときはどこも回らないの?」
「そんなことはないけど……あ、」
「……俺が、浅野の対人関係の中でどの位置にいるのか聞きたい」
「と、友達!」
「慌てた様に言われても」
機嫌を損ねたかと思って翔の様子を伺う。
が、彼は苦笑して由里を見ていた。いつもの爽やかな笑みではなく、思わずこぼれたような、優しい笑み。
由里が翔の方を見ていることに気づくと、視線を由里が空にした皿に移した。
「でも、満足したんだよな…………嬉しい?」
「うん。おいしかったし、いいお店紹介してもらえたし。嬉しいよ」
「そっか、そっか……」
何度も頷き、納得したような顔をする翔に首を傾げる。
すると、その様子に気づいた翔は軽く眉を寄せて、気恥しそうに頬をかく。
「うん、ただ色んな場所に連れ回せばいいってもんじゃないよなって」
今まで何人もデートしたはずなのにな、と小さく呟かれた言葉は後悔するような響きがある。
何と言っていいか分からず、由里が黙って聞いていると、それに気づいた翔は空気を入れ替えるようにガラリと声を変える。
「また一つ教えてもらっちゃったなぁ。今度から浅野大先生と呼ぼうか」
「教えた覚えはないし、どうしてそうなるの」
「相手を喜ばせないと意味がないって分かりましたー大先生」
「……え、自分も楽しまないと駄目じゃない?」
相手が誰であれ、多少の気遣いは必要だ。でも、喜ばせなければならないなんて強制力があるはずがない。
自分ばかりが楽しむ一方、友達に負担がかかっているのは嫌だ。大切だと思う分、余計に。
「佐藤は何が好きなのかな」
だから、そう聞いてみた。どうせなら二人ともが楽しめれば一番いい。
しかし、肝心な翔からは一向に返事が来ない。不審に思って視線を戻すと、ポカンとこちらをみる翔が視界に入った。
デジャブだ。以前もこんな光景見たような気がする。
「えーと……先に、お会計済ませてきます」
二人の間にある沈黙に耐えれず、そろそろと挙手をして主張する。
しかし、挙げられたその手は翔に掴まれた。由里の意見は挙手した手を掴まれることで否定されたかと思われたが、その手を掴んだまま、翔は会計を済まして店を出る。
八月下旬とはいえ、まだ日差しが強い。夕方に近づくこの時刻も、冷房が効いた店から出るとむわっとした熱気を感じる。
だというのに、翔は暑さなど感じないようにひたすら前へ進む。
「さ、佐藤? どこに……!」
声をかけた途端、急に止まる。手を掴まれた状態ではあるが、勢い余って翔の腕に顔をぶつける。
そのことで彼の意識がこちらに戻ってきたようだ。
「っすまん!」
「だ、だいじょうぶ。そんなに痛くないし」
「そっか、よかった」
「……あの、さっき言ったことで、嫌な思いしたならごめん」
「は?」
「私の考えを押し付けるつもりはないから」
明らかに由里の言葉を聞いてから様子がおかしかった。その後の反応から、不快だったのだろうと判断して顔をわずかに俯ける。
しかし、突然伸びてきた手によって、頬を包まれて自然と上を向かされた。
驚き目を見開くと、不貞腐れたような顔をした翔がいた。
「誤解だ。俺は嫌な思いなんてしてない……というか、むしろ」
「へ?」
「……むしろ、嬉しかったよ。何が好きって聞かれたとき」
「そう、だった?」
「そうなの。だから言うけど、俺は服見たり映画観たりするよりも、ゲーセンで遊ぶのが一番好き」
きっぱりはっきり言う翔に、由里は目を丸くする。正直、想像していたものと違った。
翔も由里の様子から何を考えているのか分かったらしく、言いわけのように呟く。
「バスケのメンバーと、よく行くんだよ。部活終わりとか大会の後とか」
「へぇ……じゃあ、行こうか」
「え?」
「私もときどきやるよ。うまくはないけど」
「でも、いいのか?」
「いいよ。まだ時間あるし」
なにより、翔の意外な一面を見る事が出来て、少し嬉しい。
いまだに戸惑っている翔に「戦利品は山分けしてね」と笑うと、ようやく小さく笑い返してくれた。