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嘘と本音  作者: マツ
4/6

4 垣間見た光景

「翔ってさ…………」

「…………え、何? そこまで言ってやめるなよ周」

「いや、俺が言っていいことなのか迷うと言うか」


 体育祭の近づきつつある日の放課後。

 連日体育の授業で運動している生徒は大抵が一日の終わりにぐったりしている。八月も終わりかけだというのに蒸し暑さが和らぐことがない、ということも生徒の体力・気力を奪っていた。

 そんな中でピンピンしている生徒の一角、バスケ部――翔と周平はちょうど部活に行く途中だった。小腹の空いた翔が菓子パンを食べようとしたときに同じようにパンを食べていた周平がもったいぶってそう言ったので、もぐもぐと口を動かしながらその続きを聞こうとする。が、途切れた言葉に肩透かしを食らう。


「で、なんだよ」

「余計な御世話だお思うけどさ、お前と三組の吉村さんって別れたんだってな」

「……それが?」

「へぇ、嫌そうな顔だな」

「お前は嬉しそうな顔だな……どーせ俺は長続きしねぇよ」

「そう卑屈になるな。俺が言いたいのは……まぁ八割はそういうことなんだが」

「人の傷をえぐりやがって!」


 周平を軽く睨んでいると、くそ真面目な顔して「そんなつもりはなかったんだ」と謝ってきた。

 確かに吉村里枝とは二週間前くらいに別れた。付き合っていた期間は約一ヶ月。そこまではいつもと変わらなかった。それが普通だと思い込んでいたからだ。

 だがその後、彼女が関わってからは自分は変わった、と翔は思う。

 誰だって誰かの特別でいたいと思うはずだと言っていた彼女、浅野由里。彼女は翔が気づきもしなかったことを気づかせてくれた人だった。ゆっくりと彼女自身も言葉を探るように喋っていたが、翔へ投げかけた言葉のひとつひとつがじんわりと染み込んだ。

 そう考えてふと、横を歩く周平をじっと見る。周平は真面目な奴で、翔とは正反対の性格をしている。よく二人でいるが、主にへらへらしている翔のストッパー的な存在だ。自分で言うのもあれだが爽やか男子と女子から言われている翔の事も知っているし、以前の、女子であれば誰とでも付き合っていた翔の事も知っている。よく翔のことを理解してくれていると思う。

 だから、彼にとって周平は『大切な親友』という特別な存在なのだろう。


「なんだ、じーっとこっち見て。」

「いや、お前は大切な親友だよな、と思って」

「翔……女子にふられたからって男子に気移りするのはよくないと思う」

「誰が男子相手に付き合うか馬鹿かてめぇ! ちゃんと聞いとけよ一言もそんなこと言ってねぇだろ!」

「冗談だろ」

「……お前のは冗談に聞こえないんだよ」

「そうか? 今度から気をつけよう。それにしてもお前、変わったよな」

「変わった?」

「考え方って言うか、別れた彼女にもう一回アタックしにいくとか今までお前しなかったし」


 何かあったか? そう言われた瞬間、翔は周平の両手をぎゅっと握った。

 周平が食べていたジャムパン(二個目)が潰れる。


「お前は分かってくれてるって信じてたよ心の友!」

「ちょ、離せ! ジャムが搾りとられる!」

「俺はあの日から心を入れ替えたんだ。以前の俺とはおさらばしたんだ!」

「今、俺がお前からおさらばしたい」


 突然テンションの上がった翔に目の前の周平以外にも廊下を行き交う生徒が注目するが、騒いでいるのが翔だと判明すると「あぁ、あいつか」という顔をして再びぐったりした顔になる。

 魔の手から逃れたジャムパンを見つめてため息をついた周平は、呆れたような眼差しを向けた。


「で、何があったんだ? お前が吉村さんにふられた日に」

「そうだな……あの日、俺の元に人生の先生が現れた」

「余計分らなくなったんだが」

「まぁ何というかさ。憧れの人が出来たというか……」

「は?」

「俺もよく分からん」

「なんだそれ」


 話を聞いていてくれた周平には悪いが、翔もあの日のことを上手く説明出来ずにいた。

 吉村里枝にふられた日、人生の師とも呼びたくなるほどの憧れの人が出来た日、浅野由里という相談相手が出来た日……。一日にいろいろあり過ぎて、なにから話せばいいのか分からない。

 だが、由里はあの日あの時の会話だけで翔にとって大きな存在になった。以前から隣同士だったというのに、今まではどんな会話をしていたのだろうか。

 今の翔にとって、由里は協力者だ。その言葉が一番しっくりくるような気がする。

 そう考えていくうちに唐突に疑問がわき上がった。


「浅野にとって……」


 俺はなんだろう。


「どうした?」

「なんでもない。暑くてちょっとボーっとしただけだよ」

「おい大丈夫か。練習中にぶっ倒れるなよ?」

「自分の体調管理くらい出来るっての」


 そう言い合いながら図書室の前まで来る。

 入口には推薦図書がいくつか。図書委員のお勧めの本と共にガラス張りの部屋の中に並べられていた。翔には縁遠い場所であり、なんとなく室内をボーっとみていると見覚えのある人物を発見した。

 由里だった。どうやら本を借りるようで、カウンターに本を置いている。なにやら表情が固い。よく見てみるとほんのり頬を染めていて緊張しているようだ。その様子を見ていると胸の内に可愛いなぁという想いが湧き上がった。

 女の子は文句なしに可愛らしい。それは「あの日」以降も変わらず翔の中にある。小柄でやわらかいし、高い声が苦手だという奴もいるが翔的にはそれすらも可愛らしいポイントになる。


(それにしても、どうしたのかな)


 何気なく彼女の視線の先を見やる、と、そこにいた人物に思わず足を止めた。


「翔?」

「……なぁ周。あそこのカウンターにいる奴、誰だっけ」


 突然立ち止まった翔に声をかけた周平だったが、指さしている方向を見て目をしかめる。元々彼は目が悪い。そのせいで目つきが悪いと言われるが、本人はさして気にしていないようだ。

 しばらくじっと睨んだ後、ふっと緩ませる。


「あー三組の西岡孝史だろ。あいつ図書委員だったんだな」

「ふぅん」

「それがどうしたんだ? ……そういえばあそこの女子、同じクラスの」

「浅野由里」

「さすが女子の名前は把握してるんだな。もしかして吉村さんの次に浅野さんとか、考えてないだろうな」

「考えてないよ。彼女は駄目だ」

「駄目?」


 珍しい、と言いたげに見てくる周平の視線に翔はムッとする。


「女に節操のない翔が」

「その言い方止めろよ。もう変わったって言っただろ!」

「まぁ良いけど。あの様子を見る限り、馬に蹴られそうだしな」

「はぁ?」

「人の恋路を邪魔する奴は、って言うだろ」


 ほら、と言われて再び二人の方を見る。そこには、にこやかに笑う孝史に半ば必死に頷きを返す由里が。

 それを見ていた周平はしたり顔で「な?」と言ってきた。


「しっかり恋してるんじゃないか? 少なくとも西岡があんなに笑うのは珍しい」

「断言できないだろ」

「俺、一年のとき西岡と同じクラスだったけど一度もあいつが表情変えたところを見たことがない」

「……マジで?」

「あぁ。今見てびっくりした」


 浅野さん凄ぇ。ポツリと零した周平の言葉に、翔は複雑な気持ちになった。

 由里が凄いことは自分がもっと前に知っていた。そのことでとても優越に感じる。まして、彼女は翔の席の隣で、いろいろ相談に乗ってもらったりしているのだ。だが、西岡がいつから彼女にあの笑顔を見せていたのだろうと思うと、どうしようもなく気持ちが落ち込んだ。

 そのモヤモヤが自分の感情のどこから来るのかが分からない。自分しか知らなかった宝物を取られてしまうような焦燥感。それが優越感を上回りそうになった。

 唐突に隣の周平が我に返ったように言う。


「って部活! 時間あとどれだけある?」

「――ヤバい、三分」

「走るぞ!」

「言われなくても」


 菓子パンを急いで口に放り込み、鞄を掴んで走り出す。

 部活に遅れるとペナルティーとして普段の外周を皆より5周は余分に走ることになる。それが面倒だということもあるが、翔はこのまま図書室から出てくる由里から逃げるように全力で駆けていった。

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