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C.S_  作者: らっく
8/19

08.

 返す刃が二十二匹目の〈貧狼小鬼〉を捉え、そのまま打ち倒す。

 その冴えは若干の衰えが見え隠れするものの戦うにはまだ充分で二十三匹目を視界に納める。


「黒兎、もう一回アレ使えるか?」


 息を切らしたトールは背中を預ける仲間にそう声を掛ける。


「……わからん。いや、そもそもアレがなんなのかすら私には分からん」


 道中、いかなる状況においても飄々としていた男の真剣な声に彼もまた真剣に返す。

 アレ、とは先ほど使用した〈アンカー・ハウル≒〉だ。

 なぜか重複して発動した〈ウォー・クライ〉。この戦いの始まりで何故か発動したそれは彼ら優位に立たせたが〈ウォー・クライ〉の効果が切れると同時にその優位性は失われる。単純に〈ウォー・クライ〉のみを発動させるというのも一つなのだが、黒兎は現在それを実行できる状況に無い。

 なぜならば〈アンカー・ハウル〉の連発こそが最重要項目となっているからだ。

 現在の戦況は単純に考えて彼らの方が下。

 『狂イ』状態ではレベルが60程度水増しされている。それが四人の共通認識だ。

 そして、目の前にいる〈貧狼小鬼〉のレベルは40~50。

 黒兎が敵の注意を引き付けトールと二人掛りで正面から立ち向かい、柳千は春猫娘を守りながら隙を見て敵を倒していく。

 戦闘能力の高い二人に注意を引き付けているからこそ『狂イ』の〈貧狼小鬼〉とジリ貧になりながらも二時間以上戦い続けることが出来ているのだ。


「……だよ、なぁ」

「しかし、このままでは殺されるぞ私たちは」


 冷静に告げられる言葉にトールは思考を中断する。

 そう、このまま戦い続ければ彼らはあと一時間ほど戦い抜いた後に〈貧狼小鬼〉に殺される。

 理由は単純にMPの枯渇。

 貴重なMP回復アイテムをふんだんに使い、もって一時間。

 それは、彼らの戦闘経験によって導き出された揺ぎ無い答え。


「私たちが生き残るには逆転の一手が必要だな」

「分かってるよ、そんな事は」


 残りの〈貧狼小鬼〉の数は百と三。

 その数は三分の二以下まで減らしたとはいえ未だに百を超える。

 トールは呼吸を整えながら考える。

 〈ブラック・サムライ・ハットリ・ソードZ号〉を使うか、否か。

 使えばこの『狂イ』の〈貧狼小鬼〉を駆逐することは容易い。

 それは確実だ。自信があり確信がある。

 だが、使えばおそらく損耗度は大きく減少し壊れてしまう可能性が高い。

 北米サーバのハイエンドコンテンツの中で手に入れた幻想級アイテムを今後この世界で手に入れることはどう足掻いても不可能に近い。唯一無二の一品。

 それを、犠牲にするほどの戦いか。


 否。


 もし、この地でそれに適うとすれば先ほどの影。

 あれと戦うときに他ならない。

 だが、先のことを考えたところで今を失えばそれは意味がない。

 死ねば『大都』で復活するとはいえ、おいそれとそれに同意することもできない。

 敗北を受け入れるわけにはいかない。

 ならば、使うべきは今。

 先送りできることは先へ。


『おいおい、CS(シーエス)ゥ! いいか? 俺らのやる事は簡単だ。敵を倒す。ただそれだけだ。そしたら、後ろの連中がそれに意味を付けてくれるさ。それが、トップランカーのジャスティスってなもんよぉッ!』

『まぁ、なんだ、CS。簡単に言えば、馬鹿やろうぜ? ヤマトから来た馬鹿のトップランカー』


 不意に、とある友人たちの言葉が脳裏に蘇る。


(――まぁ、確かに明日は明日の風が吹くか)


 トールは懐かしさに頬を緩めながら〈月の鱗刀〉を〈魔法の鞄〉へと収納し〈ブラック・サムライ・ハットリ・ソードZ号〉を取り出し、鞘から解き放つ。

 

「黒兎、頼みがある」

「なんだ?」

「これを使った後は二日ほど気を失うんだよ」

「は?」

「安心しろって。こいつらは全員殺せるはずだ。――いや、俺が殺す」


 ニッと笑い、煌く黒刃を逆手に構え静かに呪文を唱え始める。


「――地に眠る戦士が御霊よ。我が呼び掛けに応え今一度現世へと舞い戻らん。汝らを注ぐ器は此処に、我が肉体を持ってその武を顕現せよ」


 大気が震え、トールの周囲に幾十の淡い光が集まりだす。


「――だから、二日間俺の世話を頼むな。〈降霊術:武霊招来〉!!」


 そして、淡い光のその全てがトールの身体の中へと取り込まれる。


 〈降霊術:武霊招来〉。

 それは〈神祇官〉の持つ強力なステータス上昇特技である。トールはそれを秘伝としていて、その上昇率は1.5倍にまで及ぶ。では、なぜこの特技を多用しないのか。

 それは至極簡単なことで〈付与術師〉による魔力によるバフとは異なり、その特技の名前どおりに御霊を降霊させるものだからである。

 一つの肉体に、自分以外の魂――魄を取り込む。魄はその肉体に戦闘経験を染み込ませ、結果としてステータスを上昇させる。

 だが、一つの肉体に一つの魄が原則である。それを捻じ曲げるのがこの〈降霊術:武霊招来〉であり、それゆえに使用した場合にペナルティが発生する。過ぎた炎はその身すら焼く、と言えば格好はいいが有体に言えば精神の筋肉痛といったものだろうか。使用することで自らの魄に大きな負荷が掛かり、強制的に意識を失ってしまう。

 ゲーム時代にはこんなペナルティは存在しなく気軽に使用できる――特にトールのような前線で戦う〈神祇官〉にとっては必須特技だったのだが、今ではそういったペナルティが発生してしまっている以上どうしようもないことではある。

 その為に、トールは使用しないのだ。使用できないのだ。

 だが、今は仲間がいる。少なくとも後を任せるに足る仲間が。

 だから、今、それを使用する。

 トールの肉体に収まりきらず漏れ出した魄は淡い燐光となってその身を包みこむ。

 〈エルダー・テイル〉ではより強い脅威に対してモンスターは牙を剥く。つまり、その光景を目の当たりにした瞬間に残る百三の〈貧狼小鬼〉が一斉にトールへと牙と爪を向けた。

 戦術や戦略の欠片も無い単純な物量による飽和攻撃。

 百を僅かに超える〈貧狼小鬼〉は津波さながらの濁流となってトールを飲み込んでいく。

 ――いや、飲み込もうとした。

 数回、刀を振るわれただけで〈貧狼小鬼〉達は絶命していく。


「〈剣の神呪〉!」


 トールの放つそれは〈神祇官〉にとってもっともポピュラーで初歩にも当たる攻撃特技。

 例えバフによりステータスを上昇させたとしても異常としか考えられない攻撃力。


「あの時と同じ……」


 全ての〈貧狼小鬼〉がトールへ向かった為に自由となった春猫娘と柳千が黒兎と合流し、その光景をただ眺める。

 その中で春猫娘の口から漏れた言葉。

 それは、初めて『狂イ』と遭遇し彼女を残して全滅した中で颯爽と現れて、あっという間に『狂イ』を倒した姿に他ならない。


「……まさか、あの話は全て本当だったのか?」

「でも、訳わかんないよ! なんで〈神祇官〉が幻想級武器を持ってるからって僕達よりも攻撃力が上なのさっ!」

「考えられるとすれば、あの幻想級武器の常備化による付与能力か?」

「それか〈剣客〉というサブ職業しか考えられませんけど」

「でも、ゲームバランスを狂わすようなサブ職業は無いはずだろ!?」


 三人は思うところを次々と口にするが、それに対する答えは無い。

 その答えを知っているだろう男は濁流に身を任せている。


「〈剣の神呪〉!」


 三度目の〈剣の神呪〉。

 圧倒的な威力をもって〈貧狼小鬼〉に降りかかるその特技により濁流は次第に清流へと姿を変えていき、すでに三人の両手の指で数え切れるまでに減少していた。


「いったい、なんなのだアレは……」


 黒兎は呆然と、ただ呆然とトールの姿を見つめながら自分の中の何かが崩れ落ちていくのを感じる。

 常識と異なるゆえに異常。

 その言葉で収まりきる存在ではない。

 アレはすでに超常の域。

 自らの理解の及ばぬ地点に座す者。

 それが、たまらなく悔しかった。

 トールの強さを理解することが出来ない自分の実力が。

 それが、たまらなく悔しかった。

 この光景を、まるでゲームの世界の中にいるようだと感じた自分を。



 ――それは、仕方のないことである。


 〈ブラック・サムライ・ハットリ・ソードZ号〉。

 北米サーバのハイエンドコンテンツで手に入る幻想級アイテム。

 日本のプレイヤーからすればなんとも馬鹿らしいネタ臭満載の名前だが、その性能は幻想級の中でも上位に位置する……というわけでもない。


 この幻想級アイテムには常備化することで開放される三つの能力が存在している。


 一つ、通常攻撃時にMPを消費することで魔力が刀身を覆い最長で4メートル先までの攻撃を可能とする。

 二つ、同名の特技を連続して発動する事で前回の与ダメージの25パーセントを今回のダメージに上乗せする。

 三つ、敵に止めを刺すとその戦闘内に限り攻撃力を5パーセント上昇させる。上限は無し。


 そして、この武器に課せられた制限もまた三つ。


 一つ、損耗度の蓄積が高く、耐久度の上限も低い。

 二つ、その回復にはレベル上限に達したサブ職業〈刀匠〉またはそれに準じるサブ職業の手が必要となる。

 三つ、このアイテムは〈武士(・・)専用装備(・・・・)である。


 開放される能力の二つ目こそがこの幻想級アイテムの本領なのだが全体的に〈再使用規制時間〉の長い特技ばかりを持つ〈武士〉専用装備ならば〈再使用規制時間〉が解かれるまでは一切の攻撃が出来ない為に累計ダメージで見ればむしろマイナスともなるし、三つ目の能力もまたレイドやフルレイドでは役に立つといえば役に立つが、レイドボス戦では無用の長物といったものである。


 だが、トールのメイン職業は〈武士〉では無い。


 〈神祇官〉だ。


 ならば、なぜ〈武士〉専用装備を装備することが出来るのか。

 答えはサブ職業〈剣客〉にある。


 〈剣客〉というサブ職業はとあるクエストをクリアすることで得ることの出来る〈武士〉専用のサブ職業……のはずだった。

 日本サーバの中でも悪名高きクエストである〈免許皆伝への道〉をクリアすることで手にすることが出来る。その内容は刀装備の高レベルNPC相手に一対一で金属系防具禁止・アイテム使用不可の連続十番勝負というものであり、熟練の〈武士〉であってもクリアは困難とされるものだ。悪名高いのは、このクエストに挑めるのは一つのアカウントにつき一回のみという制限で負けたから再挑戦、と気軽に考えていた当時のプレイヤーたちを阿鼻叫喚へと叩き込んだ由縁である。

 日本サーバの開発・運営を担う〈F.O.E〉もこのクエストのクリアは挑戦こそ刀装備のプレイヤーとしているものの〈武士〉にしか出来ないものとして当初から〈武士〉専用サブ職業として設定していたものの、それを実装し忘れていたのだ。クエストさえクリアできれば〈剣客〉はそれ以外の刀装備職でも手にすることが出来ていたのだ。


 ――つまり、トールが〈剣客〉のサブ職業に就いているのは些細なミス(バグ)なのだ。


 もっとも〈剣客〉のサブ職業を持つのは日本サーバでも三十人に満たず、〈武士〉以外で所有しているのはトールのみ。いくらバグとはいえ〈暗殺者〉や〈守護戦士〉ですらクリア不可能だったそれをクリアしてしまったトールを褒めるべき代物なのである。

 そして〈武士〉専用職として〈F.O.E〉が想定していたが為に更なるバグが生み出される。

 〈剣客〉は〈武士〉専用装備の装備を可能とした。

 すなわち、トールは〈神祇官〉でありながら〈武士〉専用装備を装備できる〈冒険者〉なのだ。


 通常、バグを含むゲームバランスを著しく破壊するアイテムやサブ職業は小規模アップデートによって解消されていくものである。サブ職業〈吸血鬼〉が良い例だ。

 だが、バグは発見・報告されなければバグではない。ゲームの進行が不可能となるようなバグならばプレイヤーほとんどは〈F.O.E〉か〈アルタヴァ社〉へと報告をするだろう。

 しかし、それがゲームバランスを崩す代物であったとしてもその例が一人しかいなかったのならばバグを単なる仕様と認識してもおかしくはない。

 まして、他サーバへと拠点を移したプレイヤーを気に留めるプレイヤーなど一握り。そしてその一握りのプレイヤーはその実力を知る為に「まぁ、ありえるか?」と疑問符を浮かべる程度だった。


「〈剣の神呪〉!!」


 五度目の咆哮。

 残る〈貧狼小鬼〉の数は三。

 『狂イ』状態の〈貧狼小鬼〉に対して〈ブラック・サムライ・ハットリ・ソードZ号〉による〈剣の神呪〉で与えうるダメージは初期状態でおよそ1200。〈降霊術:武霊招来〉によるバフで1400。これだけでも回復職である〈神祇官〉にとっては異常な出来事だ。

 しかし、異常はそれだけに留まらない。

 この押し寄せる〈貧狼小鬼〉の群れとは全て一連の戦いとして認識されている。そして戦いが終わるまでという制限の中で、止めを刺したモンスターの数だけ攻撃力を上昇させるのが〈ブラック・サムライ・ハットリ・ソードZ号〉の特殊能力。すでに100体以上に止めを刺したその上昇率は百倍を超える。ステータス上の攻撃力がそのままダメージになるわけではないが、それでもダメージは増大する。

 さらに、五度目の〈剣の神呪〉。

 いや、五回連続の〈剣の神呪〉。

 与ダメージが数値として見れたのならば誰しもが目を疑うだろう。


 五度目の〈剣の神呪〉の与ダメージは実に30万を超える。

 ゲーム時代では最大ダメージは99999とされていて、これは90レベル〈暗殺者〉が低レベルモンスター相手に条件を満たした〈アサシネイト〉を使用して見れるレベルの代物。

 それの三倍。

 レイドボスですらその一撃で絶命するほどのダメージ。


 そして、五度目があるということは 六度目 もあるということである。





 まるで糸の切れた人形のようにトールは地へと突っ伏す。

 握り締められた黒い刀は刀身に幾多もの亀裂が入っており、後一度それを振るうだけで儚く崩壊するだろう。かろうじて耐久度が残っている程度のものだ。

 地面に倒れた拍子にしたたかに地面へと打ち付けたそれが壊れることは無い。

 耐久度は戦闘行為でしか消耗されないというルールがそこにあるからだ。


「終わった、のか?」


 黒兎の目に映るものは掻き消えた〈貧狼小鬼〉の燐光の中で突っ伏す一人の男。

 言葉にしなくても、この場での戦闘が終わったことなど自明の理。

 だが、それでも黒兎は言葉にしなくては実感が沸かなかったのだ。いや、言葉にした今でも実感など沸いていない。

 戦闘を終えた高揚感も生き延びた安堵感もいまだに沸いてこない。

 ただ呆然と、先ほどと変わらずその光景を見続けることしかできない。


「その、多分……」


 柳千も同様に双剣を鞘に収めることすら忘れて傍観している。黒兎の言葉に反応したもののそれは意味のある言葉ではなく、ただ喉を突いて出てきた言葉に過ぎない。

 ただ、春猫娘は二度目であるということから行動に移るのが早く、トールへと駆け寄り黒兎へと言葉を投げる。


「黒兎さん、とりあえずここから出ましょう」

「……っ! そ、そうだな。とりあえず、港町へ向かおう。あの影に敵性として認識された以上アレをどうにかしない限りは〈帰還呪文〉で『大都』へ帰ることもままならん」

「でも、トールはどうするの?」

「心配はいらない。まぁ、彼の言質を取るならば二日ほど気を失うらしい」

「? ま、まぁ今回の詳しい話はトールが起きてからってことで……」

「はい。ここからの脱出が最優先です」

2015.04.20 改訂

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