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C.S_  作者: らっく
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03.

「……ってなことがあってさ。それがあのときの顛末ってな訳よ」


 プレイヤータウンである大都(ダァドン)の中ほどにあるギルドタワーの一室で軽装に身を包んだ青年が焼けた鹿肉を口に運ぶ。


「うぅ、確かに泣き叫んで酷い状態でしたけどぉ! 幾ら何でも誇張しすぎです!」

「なはははは。語り部とは多大に物語を脚色するものなのだよ、春ちゃん」


 同じく鹿肉を口に運んでいた少女の反論を笑いながら切り返した青年はそのまま厨房で鹿肉を焼いてる少年に感嘆の声を上げる。


「っつーか柳千。なにこれ鹿肉超美味いんだけど。〈料理人〉やばいな、なにこれ今までのレーション生活が嘘みたいだぜ。なにこれ君天才」

「そんなに褒められる料理じゃないんだけどなぁ。ただ鹿肉焼いて塩胡椒振っただけだよ、これ。はい、おかわりまだあるからそんながっつかなくていいよ、トール」


 柳千と呼ばれた少年はそんな大層な事じゃない、と肩をすくめながら新たに焼きあがった鹿肉をトールへと手渡す。「いえーい、愛してるぜ柳千ボーイ!」などと言いながらそれを受け取るトールは何処か子供じみていて先ほど自身の口で述べた人物像とはほど遠い。


「……私たちからすれば〈大災害〉から五ヶ月も経ってるのにまだアレを食べて生活してたってほうが驚きですけどね」

「…もぐ? モグモグモゴモゴモグモグモ」

「トール殿。食べるか話すかどちらかにしてはどうだろうか。何を言っているか皆目解らん」


 ため息を付きながら黒兎は「行儀が悪いぞ」と口を開く。それを受けたトールは素直に水を呷り、口の中の鹿肉を胃へと流し込んでいく。


「っぷっはー! いやぁ、美味い美味い。柳千、あと三本よろしく。で、なんだっけ? あぁ、レーション三昧だったのは単純に俺が居た頃のビッグ・アップルじゃ、こんな単純なことに気付いた〈料理人〉はいなかったし居るはずもないだろ。こういっちゃなんだけどのんびり料理をしている余裕なんてなかったし。それにビッグ・アップル脱出からこっち誰かと行動を共にするなんて殆どなかったしなぁ。味のある食べ物っていったら果物と生魚。それに海水ぐらいのザ・原始。くぅ、同じ塩味でもこうも違うかっ!」

「あー、いや、海水と比べられても困るんだけどね?」


 柳千はため息を付きながらも、鹿肉を火にかける。たとえどんなものと比較されたとしても美味いと言われるのは〈料理人〉としてはやはり嬉しいようでその顔はまんざらでもない。

 もっとも、柳千自体の料理の腕があまり褒められたものではないので褒められなれていないというのも影響している。


「ふむ、大都もそう褒められた状況ではないが〈ウェンの大地(向こう)〉はそんなになのか?」

「そらそうさ、黒兎。考えてもみろ。ジャンクフードと得体の知れない色をしたお菓子の文化だぜ? 料理っつー言葉があるのかすら甚だ疑問だ」

「いや、そっちでは無くてだな。治安の方だ」

「んー、拳銃を一般人が自由に買える文化が殺伐としないわけがないだろ。ビッグ・アップルのトップギルド連中がPKして歩く状態さ。サウスエンジェルもほとんど同じ。ありゃ、世紀末だな。エイリアンでも攻め込んできてくれればB級映画で万々歳なんだけどって感じ」

「……やっぱり、何処も同じ状況なんですね」


 そう、何処も同じ状況なのだ。

 黒兎らのホームタウンだった大都も同じサーバ下のプレイヤータウンも明らかに秩序と統制を失い、法律も何もない世界を謳歌している。

 それを嫌った〈冒険者〉らはプレイヤータウンを脱出した。そしてそれによりさらに治安は悪化していく、という悪循環に陥っていたのだ。

 だが、ここだけの話、大都はまだ世界各地のプレイヤータウンからすればまだマシな部類だった。ギルドキャッスルの何個かは機能していたし、その内の一つである戦闘系ギルド〈龍牙団〉がその門戸を広げて低レベルの〈冒険者〉らを受け入れ、保護を行ったという事もある。

 しかし、それでもマシな部類なのである。ギルドキャッスルの周囲ほど治安がまともで、外れるにつれて治安は悪く〈大地人〉の人身売買まで行われている有様だ。

 それを誰も咎める事は出来ない。誰も、咎める余裕が無いのだ。

 ちなみに、黒兎がギルドマスターを務めていた〈飛剣隊〉は春猫娘がトールに連れられて『大都』へと帰ってきたタイミングで解散を決定した。現在の使用しているギルドタワーも今日で手放し、明日からは根無し草となる。

 〈飛剣隊〉は中国サーバでも指折りの戦闘系ギルドであり、メンバー総数は38人という規模とすれば中堅クラス。ただし、戦果は準大手クラスという少数精鋭ギルドだ。

 全員がレイドコンテンツの参加経験があるという文字通りのその名に違わぬ精鋭達だった。

 〈大災害〉時にログインしていたメンバーはその内の12人。

 その中で現実化した戦闘を恐れたのが6人。

 〈貧狼小鬼〉に殺され、戦闘を恐れたのが3人。

 彼ら9人は〈龍牙団〉へと移籍した。

 〈龍牙団〉としても低レベルプレイヤーの相手が出来る練度の高いプレイヤーは喉から手が出るほどほしかったし、そもそも両ギルドが協力関係にあったおかげでそれはスムーズに成立した。

 残ったのが〈守護戦士〉黒兎、〈盗剣士〉柳千、〈施療神官〉春猫娘の3人。

 そして、彼ら三人は大都からの脱出を決めた。

 

「まー、どこのプレイヤータウンも同じだとは信じたくないけどな」


 それはトールの口から発せられた言葉ではあったが、そこにいる四人全員に共通する思いに違いなかった。


「……あぁ。それを確かめるために私たちは行動するのだろう?」

「そうですね。それで、この後はどうしますか?」

「うーん〈鷲獅子〉を持ってるのは隊長とトールの二人だけだし空路は諦めた方がいいと思うけど」


 目的地はヤマト。トールの目的に三人が同意した形ではあるが、彼ら三人も日本サーバの特異性は知っているし日本人という特異性も知っている。

 だから『もしかしたら』と思わざるを得ない。そこに救いを求めずに入られなかったのだ。


「そうだな。無理をすれば〈鷲獅子〉に二人乗りは可能だろうが、移動スピードは落ちるだろうし飛行距離の限界が読めなくなるからな。海を渡るのは避けた方が無難だろう」

「そーなるとやっぱり」

「船の確保が最重要になってきますね……」


 一口に船と言っても種類は多岐にわたる。トールが乗ってきた程度の船(筏)ぐらいならば海沿いに住む〈大地人〉から金貨数枚で購入することも可能である。

 だが、今回必要とするのは『ヤマト』へと辿り着けるだけの強度を持つ船だ。


「そう考えるとトール殿は恐ろしいな」

「うん、なんであんな筏で太平洋を横断しちゃうのさ」

「ほんと、いろいろと常識の外にいますよね……」

「よせやい、褒めるなよ。さすがに照れるぜ」

「一切褒めてないんだけどね」


 三人ともに顔を見合わせた後に溜息をつく。


「そうか? ま、かまわねぇけど。そうなると、船、だよなぁ。船、船……海戦クエストってのはこっちのサーバには無かったのか?」


 トールはふと思い出したように口にする。


「海戦クエストって?」

「そのまんま海戦するクエストだよ。ビッグ・アップルだとレイドコンテンツでたまにあったんだよ。『巨大海魔を撃破せよ!』って感じでさ」


 それはフルレイドやレイド単位で一つの戦艦に乗り海上で海魔と戦うという一風変わったクエストで、戦艦に乗って戦うという特性上〈妖術師〉や〈召還術師〉、または弓装備といった普段は後衛職のプレイヤーがメインのダメージソースとなる。もっとも前衛職のプレイヤーは戦艦装備(大砲や破城弓)を駆使して戦うためダメージソースにならないと言うわけではない。

 しかし、ただでさえ上級者向けのコンテンツであるフルレイド、レイドコンテンツでさらに通常とは違った立ち回りを要求されることから難易度はかなり高くなってしまってい成立することが年にあるかないか、というのが『ビッグ・アップル』での海戦クエストである。

 その、年にあるかないかの海戦クエストの経験者の一人がトールだ。


「初耳です」

「うん、聞いたこと無いなぁ。隊長は?」

「私も聞いたことはないな」


 一通り海戦クエストの説明を受けた三人はそろって首を横に振る。


「大都にて海がらみのコンテンツで最大のものは海岸での防衛クエストぐらいだったと記憶している」

「あぁ『日沈む闇からの来訪者』とか『真珠港防衛作戦』とかそーいうやつか」

「いや他サーバのクエスト内容には明るくはないが、まぁおそらくそのイメージで間違いない」

「ふぅむ。戦艦があればなにかと捗ったんだけどなぁ」


 やっぱりないかー、と笑いながらトールは頭を掻く。


「ちょっと待った。今のトールの話で思ったけど〈大地人〉の使ってる商船じゃ駄目なの?」

「そういえばそうですね。〈大地人〉の方々は商船を持ってますし……」

「んー、商船だときつい。っていうか無理」


 しかし、それをトールは否定する。


「何故だ?」

「ん、いや俺だって初めからあの船で横断しようと思ってたわけじゃないさ。最初は『サウスエンジェル』から商船使ったんだぜ?」

「それでどうなったんですか? 無理だってことは失敗したということですからそれは理解しましたけど」

「海魔だよ、海魔。でっかい蛸と蟹と竜を合体させたようなザ・クトゥルフみたいなすんげぇの。確かレベル90のフルレイドモンスター。戦闘するまもなく一撃で商船は沈んだわけでさ。たぶん、船の強度が足りないんだろ。俺は沈む寸前に辛うじて〈鷲獅子〉呼んだから難を逃れたけどな」


 いやぁ、貴重な体験だった。と言葉を続ける。


「そんで発見したんだが、その海魔ってのはある一定以上の質量に対して反応するらしい。小舟程度だとその海域を素通りできるんだ。現に、その海域で漁をしてる〈大地人〉はいたわけだし。だから、おそらく『一定以上のサイズの船の航行』がそのクエストのスイッチなんだろうな」

「ですが、以前は〈大地人〉の方々は航行していたようですけど」


 その言葉に春猫娘が疑問を投げかける。たしかに〈大地人〉の帆船はゲーム時代に航行していた。


「そこら辺はわからん。まぁ可能性が高いのは『〈冒険者〉が乗っていること』ってのもスイッチになってるかもしれねーな」

「それだとなんで小舟だと大丈夫なんだ?」

「おそらく運営側の想定外なのだろう。まさか、そのような船で大海原へ漕ぎ出すプレイヤーが居るとは思わなかったのだろうな」


 柳千の疑問に対して黒兎は冷静に答える。そんな馬鹿な事を考えるプレイヤーはいないだろう、と。

 そして、言葉を続ける。


「しかし、それでは戦艦を手に入れたとしても同じことではないか? その、スイッチに触れてしまえば」


 海魔が出てきてしまう、と。


「いやいや、戦艦だと戦うこと前提の船だろ? 攻撃に耐えうる強度もあるんじゃねの? ほら、そしたら海魔と戦えるじゃんか。それで充分さ」


 トールは当然のように言い放つ。まるで明日晴れたら散歩に行こう、とでも言うかのように。


「……ま、まぁ戦艦は無さそうですし」

「そ、そうだね。『シー・オブ・ヤマト』に海魔がいるとも決まってないし」


 春猫娘と柳千は乾いた笑いをあげて黒兎へと目線を向ける。


「……ふぅ。とりあえずは港のある町を目指そう。確か、ここから先にある平野を越えて……そうだな、都合五日ぐらい歩けばプレイヤータウンではないが港町があったはずだ。海魔が居る、居ないにせよそういったところには有益な情報が集まっているに違いないだろう。トール殿もそれでよいか?」

「おっけー。それじゃ、道案内よろしく」


 美味しそうに鹿肉を食みながらトールは返事した。

 

























「――これはどういうことだ」

「ドウカシマシタカ?」

「『大都』周辺の〈貧狼小鬼〉の数が著しく減少している」

「力ヲ与エタトハイエ奴ラハ獣。共食イデモ始メタノデハ?」

「幾らそう造られた〈貧狼小鬼〉でもそこまで愚かしくはあるまい」

「デハ、いれぎゅらーデスカネ」

「やもしれん」

「ナラバわたくしガ様子ヲ見テキマショウ」

「いや、まだ捨て置ける誤差の範疇だ。君が行くほどではないだろう」

「デスガ綻ビハ小サイ内ニ修繕スルノガ吉デハ?」

「――ならば好きにするがいい」

「エェ、好キニサセテモライマス」

2015.04.02 改訂

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