02.
街道では散る光の粒子と共に、二十七回目の戦闘が終わりを告げた。
「ふーむ、やっぱりレベルと強さに狂いがあるなぁ。こんだけ狂いが連続するってことはこれが正規ってことか? いや、ビッグアップルじゃこんな事無かったよな?」
倒したモンスターから散らばったアイテムを回収しながら青年はそんなことを呟く。
戦闘開始時にステータス画面で確認した27というレベルと実際に戦ってみたレベルとでは60程度の開きがあると青年は感じ取っていた。
パーティ級やレイド級モンスターならばそれもありえない話ではないがそうでないのならばそれはありえない話だ。
だが、実際にありえている。
「まぁ、俺より弱いし問題ないか」
しかし、青年はあっけらかんと言い放ち音の外れた鼻歌交じりに回収したアイテムの選別を始める。
最初こそ、そのレベルの狂いに虚を突かれたが、カラクリ(ステータス画面のレベル表記は間違っている)さえ理解してしまえば問題のほとんどは解消されるといっていい。
客観的な強さの指標であったレベル表記が信用できなくなったのは手痛いが、もとより現実ではそんなものは存在しない。
この世界が〈エルダー・テイル〉が現実化してしまったモノだ、というのならばそのレベル表記の狂いも妥当なものだと青年は受け入れたのだ。
そしてなにより青年は強かった。それもレベル27に体感で+60。つまり、レベル87相当のモンスターたちを半ば一方的に屠れるほどに。
「さぁて、そろそろプレイヤータウンか〈大地人〉の町が見えてきても良さそうなんだけどなぁ」
街道に足を踏み入れてから既に十八のゾーンを跨いでいる。〈エルダー・テイル〉は地球を元にしたフィールドを構築している。
ならば、現実で町が出来やすい土地ならば〈エルダー・テイル〉でも相応のモノがあるはずだ。
プレイヤータウンは例外的に現実世界の都市とほぼ同じ場所にあるようだが、ここが現実でどの国・地域に当たるか分からないが近世レベルの文明で集落の類が出来る条件は万国共通だろう、とは青年の頭脳が捻り出した答えだ。
「海岸線を追っていけば漁村ぐらい有ると思うんだけどなぁ……」
だが、青年はそこで首を傾げる。
「……そういや、人がいないな」
このゾーンが森や洞窟ならばなるほど、人と遭遇しないのも頷くことができる。なぜなら〈エルダー・テイル〉において森や洞窟は人ではなくモンスターの領分だからだ。
もっとも、彼と同じ〈冒険者〉ならその領分に踏み入っていてもおかしくはないのだが、現実化した戦闘とは即ち殺し合いだ。
そこにルールや決まり事、正々堂々などという概念は存在しなく、どちらが先に相手を殺すかといった単純なモノが存在するだけだ。
それを考えればその戦闘を避けたいと考える〈冒険者〉が多くを占めていたとしてもなんら不思議ではない。実際、地獄の蓋が開いた、とまで言わしめたビッグ・アップルでさえ、戦いを避けた〈冒険者〉は数多く存在した。
だが、このゾーンは街道である。街と街を繋ぐ交易路であるはずだ。
(〈大地人〉はその必要があるから街道を造ってるはずだ。その街道に〈大地人〉が全く居ないなんてことがありえるのか?)
他の街との交通の必要性が発生して初めて道は生まれるのだ。その必要性を持つ街道に誰もいないというのはあまりにも不自然すぎる。事実、最近までいたビッグ・アップルから伸びる大街道にはだいたい六つのゾーン置きに〈大地人〉が存在していた。簡単な商売をしていたり、野盗であったり。その在り方はなんであれ、確かにそこに存在していた。
だが、この街道には全くいない。
土地の違いこそあれど不自然なほどに。
「こいつらに滅ぼされたとかかねぇ……」
選別を終えたモンスターの毛皮を指先でいじりながらその考えに至る。
確かに、そういう類のイベントはゲームだった頃に存在していた。モンスターに占領された町を奪還せよ、などといったイベントは人気が高く、それに関連するクエストの豊富さ(ボスモンスターの討伐、住民の救助、町の復興など)から、ある種の祭りのようなものですらあった。
事実、青年もその類のイベントを楽しみにしていたクチだ。
(この手のイベントは運営が主導してたよな。そこらに散りばめられてるトリガーを引けば動き出すクエストとは違うわけだし)
彼の記憶している限りこの手の世界の歴史に関わるイベントは〈エルダー・テイル〉の運営側が企画するタイプの代物なのだ。
一度動き出してしまえば運営の手をある程度離れるとはいえ、動き出すまでは運営の手が必要となる。
だからこそ、この現実化してしまった世界ではまず起こり得ないイベントの筈。
「けどここまで〈大地人〉がいないってのは確実に何かが起きてるとしか考えらんねぇな。あぁ、いや、〈大災害〉は起きちまってる訳だけど。本当にサーバー規模のイベントクラスの代物だってことは、誰かがトリガーを引いたか」
この現状でそんなイベントを発生させるとは中々豪気な〈冒険者〉もいたもんだ、と青年は感心しかけ、一つの可能性が頭を占めた。
「いや、まさか〈大地人〉が意志を持ったんだから、モンスターも意志を持ったってのか?」
言うまでもなく現実化した〈エルダー・テイル〉で一番影響化にあったのはノンプレイヤーキャラクターである〈大地人〉だろう。それまでは机上のプログラムに過ぎなかった彼らもまた〈エルダー・テイル〉と共に現実化してるのだ。それは、ビッグ・アップルでの彼らの悲鳴を聞いたものならば理解できる。あれは、内から生じた声だ、と。
ならば、彼らと同じプログラムであったモンスター達も意志を持ってイベントやクエストに縛られずに自由に行動しだしたとしても何らおかしな話ではない。プログラムという鎖から解き放たれたのだから。
青年は肌が泡立つのを感じる。
「おぉ、やばいな。これ、マジでいろいろと大事じゃねぇの?」
この世界は、すでに何が起こるかわからない世界へと変貌を遂げている。
〈大災害〉以降、殆ど一人で行動していた青年はここにきてその現実を直視する。
これは、もはやゲームではないのだ、と。
そして、直視した世界の端で発せられた誰かの叫び声が耳を貫いた。
■
それはまさに英雄だった。ヒーローだった。
春猫娘は、その光景を見て子供の頃にみた日本の特撮番組を思い出していた。
「はっはっはー! 中々に絶望的な状況だ!」
眼前に溢れていた自分達がああも苦戦した〈貧狼小鬼〉の群れを一太刀で退け、目の前に一人の青年が姿を現したのだ。
「だめだぜ、お嬢ちゃん。〈施療神官〉が一人でゾーンを歩いてちゃ。ここんところなんかいろいろとおかしいんだからさ」
青年は彼女を安心させるように笑い、そして〈貧狼小鬼〉へ右手に持つ真っ黒な刀を向ける。
「さて、腹減ってんなら俺が相手するぜ、クリーチャーズ!」
言い終わるより速く刀を煌めかせた青年は一陣の風となり〈貧狼小鬼〉へと襲い掛かる。
その戦闘はあまりにも一方的過ぎる。圧倒的過ぎる。桁違い過ぎる。
黒刀を持つ青年があまりにも強すぎた。
〈貧狼小鬼〉の攻撃は確かに青年に当たっている。
だが、青年はそれを意に介さずに黒刀を振るう。
一回、二回、三回四回五回六回七回八回九回。
そして〈貧狼小鬼〉は逃げ惑う。
基本的に〈エルダー・テイル〉ではモンスターはより強い脅威へと攻撃を集中させる。だが、その脅威も度が過ぎれば逆転する。
闘争ではなく逃走。
春猫娘を覆い囲んでいた〈貧狼小鬼〉の数は二十九。その内の十三匹は既に黒刀により光へと消えた。そして、残りの十六匹はその場から逃げ出そうとしたのだ。
もっとも、逃げだそうとした、でその十六匹の命運も尽きる。
「逃げるなんて野暮ったいのは無しだぜ、おらぁ!」
煌めく黒刀で悉く行く手を遮られ、そして絶命していく〈貧狼小鬼〉。
そして、勝敗はここに決する。
いや、そもそも勝敗など青年が姿を見せた時点で決まっていたのだ。
「……」
春猫娘は言葉を口に出来ないでいた。
いきなり目の前に現れ、自分を窮地から救ってくれた相手に感謝を述べることすら忘れていた。
凄い。
凄い。
凄い凄い凄い凄い。
その想いが頭の中を埋めつくす。
黒い刀を振るい、襲い掛かる〈貧狼小鬼〉をなぎ倒す。
一目で、中国サーバーの〈冒険者〉ではない判断できた。中国サーバーでは青年の持つ黒い刀――日本刀は好まれるものでは無いからだ。少なくとも、これほどの強さを持つ青年が愛用するレベルの武器で日本刀、というのは春猫娘の記憶にはない。
だから、その青年は異世界からやってきた英雄のように見えた。
まるで、漫画の主人公。
まるで、アニメの主人公。
まるで、ゲームの主人公。
「……なんて強い〈武士〉なの」
彼女はポツリとつぶやく。
本当に心の底からの言葉として。
煌めく黒刀。熟練した刀捌き。
そして、圧倒的な戦闘力。
隣のサーバー、日本サーバーからやってきた最強の〈武士〉である、と。
「……ん? いや、俺〈神祇官〉だけど?」
だが、青年はその言葉を一刀の元に切り伏せる。
「……え?」
その瞬間、春猫娘の時は止まった。
「いや、だから俺〈神祇官〉だぜ? あー、なんだっけ。〈メディシンマン〉で通じる? ステータス確認してみなよ」
言われて春猫娘は目の前の青年のステータスを確認する。
「えぇぇえええっ!?」
名前:トール・サコンジ
メイン職業:〈神祇官〉レベル90
サブ職業:〈剣客〉レベル90
自分のサーバーでは見慣れないサブ職業ではあるが、確かにメイン職業には〈神祇官〉と表示されている。
〈神祇官〉。それは性能が違えど〈施療神官〉や〈森呪遣い〉と同じ回復系職業の一つである〈メディシンマン〉の日本サーバー職だ。確かにその性能の違いの一つで他の回復系職業に比べると強力な武器を装備できるため、〈施療神官〉や〈森呪遣い〉に比べて戦闘にも秀でている職業ではある。
だが、それには回復系職業としてはとの前置きが付く。
あくまでもその本業は回復、もっとも『ダメージ遮断』という特殊性を持った性能ではあるものの戦闘は本業ではないのだ。
だから、あそこまでの戦闘能力を発揮するというのは不可解だ。では〈剣客〉というサブ職業が影響しているのかというとそれは考えにくい。メイン職業とは違いサブ職業は各サーバーの運営小会社がある程度自由に作成している。
それ故に、サブ職業はメイン職業を凌駕するものではないしあくまでもゲーム性に幅を持たせる程度に制限が課せられている。
「はっはっはー。不思議か? 不思議だよなぁ。まぁ、中の人スキルってやつだぜ」
そう言いながら青年、トールは黒刀を鞘に納めて軽く掲げる。
「ま、本当は『ビッグ・アップル』で手に入れたコイツの力によるところが大きいけどな」
「その、刀……が?」
「そ。幻想級の俺の相棒だ」
高らかに宣言し、抜刀する。
黒い刃は宣言にまるで呼応するかのように月光に輝き星明りを照らした。
2015.04.02 改訂