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C.S_  作者: らっく
17/19

17.

 その言葉で、弾けた姿は四つ。

 先ず動いたのは〈闇を纏う少女〉。

 頬から流れ落ちた雫を追う様に続けて流れた二つ目の雫が地面に赤の花を散らすのも構わずに言葉として表すことのできない金切り音を発しながら九つの闇槍を李天目掛けて放つ。

 狙いは正確、速度は迅雷。

 死を予見させるに十分なその九つの連撃は、しかし、横から射線に割り込んできた淡い光を放つ黒銀の城壁が上空へと弾き返した。

 反応したのは黒兎とトール。

 その城壁の正体は〈グレイト・ウォール〉と〈白楯の護〉。魔力で盾を覆う事で面積を数倍化させ、大範囲攻撃を一手に引き受ける〈守護戦士〉の特技と、味方の盾に加護を与えることで被ダメージなどを軽減させる〈神祇官〉の特技。

 黒兎は〈黒鉄馬戟〉を手にしたままで空いた左手には長方形の〈羽砕黒盾〉という遠距離攻撃に対して防御力ボーナスを得る盾を構えたまま〈闇を纏う少女〉と春猫娘、李天を結ぶ直線を塞ぎ、トールはそれよりやや後ろに位置取る。

 二人は、春猫娘の言葉通りに李天の援護へとその行動をシフトさせた。


「――貴様ラ」


 彼女にとってこの二人による攻撃ではダメージを受けない以上、問題視する相手では無い。……無いのだが、攻撃ではなく防御に回られるとそれの突破は中々に厳しいのだろう。事実、守勢に回った〈守護戦士〉とその援護に回る〈神祇官〉のコンビは上手く嵌れば鉄壁とも呼べるほどの壁性能を持つ。少なくとも、このメンバーの中では最大限の護りを作り出す二人だ。これを突破されればそもそも、李天を護ることなど出来る訳がないのだ。

 口を開いた〈闇を纏う少女〉は一度李天へと視線を向けた後、その間に立ちふさがった二人の〈冒険者〉を睨みつける。

 そうして、自分から視線が切れたそのタイミングを〈狩人〉のスキルで感じ取った李天は矢を放つ。

 風を切り裂いて飛ぶは〈速射〉。

 矢を番えて、引き絞り、射る。この動作を素早く行うだけの特技。矢の飛翔速度を上昇させる訳ではなく、矢を射るまでの動作を簡略化するクイックモーションで放たれた矢は通常攻撃よりも威力は数パーセント低下し、精度も低下してしまう。だが、咄嗟のタイミングで射る事のできる〈速射〉は〈狩人〉としては必須ともいえる技能であり李天の持つ特技の中で唯一の〈初伝〉ランク。


「――」


 しかし、その一撃を容易く〈闇を纏う少女〉は右へとステップする事で回避する。それもそうだ。レベル90の〈冒険者〉の逸脱した身体能力に対応するだけの存在が、たかだか視線を切ったとはいえ視界には捉えている相手が放った、しかもレベルが20程度の〈大地人〉の攻撃を避けれない訳がない。先程の様に弾くことで防御しなかったのはそれこそ先程の〈陰矢〉によって頬にダメージを受けた事に対する反応かもしれない。


「モウ、人形ノ攻撃ナド、当タラナイ……」


 右腕を振るう事で現出した三本の闇槍。今まで現出と共に射出していたそれを頭上で束ね始める。三本の闇槍が捻れ縒り合い、極太のもはや槍とは言えないサイズの巨杭へと変容していく。


「邪魔ヲスルト言ウノナラいれぎゅらーノ護リゴト、貫ケバ、イイダケノ事」


 〈闇を纏う少女〉は李天とその隣の春猫娘と、その射線上に立つ二人の〈冒険者〉を視界に捉え頭上に浮いている闇杭に右手を当てて、僅かに振り被り、

 

「ガッ――!」


 背後から飛来した矢に右肩を貫かれ、闇杭は霧散した。

 オカシイ、と〈闇を纏う少女〉は前方を睨む。〈冒険者〉と〈大地人〉は行動の後に動けない時間があるはずだ、と。事実、李天は〈速射〉の射ち終わりからようやく動き出している。

 では、この矢は? 背後から飛んできた矢は? そして、気付く。射線上に立つ〈冒険者〉は二人。〈大地人〉の隣にも一人。

 ――〈冒険者〉は四人ではなかったか、と

 それは〈闇を纏う少女〉の視界の外。

 一度、その視界から脱する事で自分への注意を外し、そこから稲妻の如き速さを持ってあと僅かで闇杭を射出せんとする〈闇を纏う少女〉の背後へ大きく迂回した柳千だ。

 その目指す先は李天が放ち、避けられ、目標を失いただ直進するだけの矢。迅雷の如き速さを持って敵から距離を取る回避ステップ〈迅雷遁ライトニング・ステップ〉をもって矢へと追いつき、矢面に立つ。

 そして、自らへ矢が直撃する刹那。

 曲刀で矢を受ける。だが、それは防御行為ではなく攻撃への一歩。

 〈盗剣士〉が習得出来る武器を利用して、物理攻撃をそのまま相手へと跳ね返すカウンター特技。発動タイミングが非常にシビアであり、特技のランクを上げることで入力時間に若干の猶予を得ることが出来るが、それでもコンマ以下の時間しかない。失敗すれば自身の防御力を無視してダメージを受けてしまう諸刃の剣。

 相手に振り下ろした刃が自らを穿つその姿はまさに因果応報。

 この特技を失敗し、未防備の状態で攻撃を受けるのもまた未熟さゆえの因果応報。

 しかし、それこそが柳千の持つ“切り札”〈因果応報(オウン・フォルト)〉。それ故にランクは〈秘伝〉。

 自分の身体の動きをシステムのアシストに委ねるのではなく、支配する感覚。システムに全てを委ねればこの矢は李天へと跳ね返される。

 そう動く自分の曲刀の切先を自らの意思で操作し、その目標を強引に変更させる。

 攻撃を放った相手にその攻撃を正確に返す事が出来るのならば、違うものへと攻撃を返す事だって出来る。刃の上を滑るように力を受け流された矢は、勢いを削がれる事無く打ち返された。

 それが〈闇を纏う少女〉の右肩を貫いた矢の正体だった。



 拙い、と〈闇を纏う少女〉は思考した。

 人形の放った矢を、再利用されたと言う事は理解した。

 この身は〈冒険者〉共から、――この世界の住人ではない者のダメージを無効化することが出来る。出来るが、それはこの世界の住人からはダメージを受けてしまうという事だ。

 それはかつて、キーとなる〈大地人〉が居なくては突破できないというイベントの〈情報(ステータス)〉を改竄しその身に宿したものに過ぎない。キーとなる存在以外からは不破を誇るが故に、キーとなる存在からは惰弱な存在。それが、この身。

 だからこそ、森で〈大地人〉の〈狩人〉を影から近づき刺し貫いたし、今も真っ先にターゲットとしたのだ。

 どうする。

 背後の〈冒険者〉を倒せば、再利用は防げる。だが、それには人形から視線を外し更に背を向けなくてはならない。そんなことは出来ない。

 ならば、矢を避けるのではなく、弾くか。

 そうすれば、再利用される事なくその矢の攻撃は終了する。ただ、自らに触れる事で僅かにだがダメージを負う。

 思考に埋没したのは僅かに数瞬。


「――ッ!」


 眼前に迫った矢で思考の海から引き上げられた〈闇を纏う少女〉は考えの纏まらぬまま、貫かれるのはイヤだ、と右肩を貫いている矢に視線を落とした後、飛来した矢を尾で弾こうとし、


「――反応が遅れたなぁ」


 尾が矢と接した瞬間。

 矢に追随してきていた〈神祇官〉に無理やり矢を押し込まれた。


「ギ――ッ!」


 尾に、深々と矢が突き刺さる。

 身を貫く言いようも無い感覚に耐え、咄嗟に造り上げた闇槍を〈神祇官〉へと投げるが、ガラスの砕ける音で阻まれ、その隙に後方へと離脱される。

 その先を追うと、また、人形の手から矢が放たれていた。

 弾こうにも、あの〈神祇官〉はまたそのタイミングを計っている。

 避けようにも、後ろにいる〈盗剣士〉がそれを逃す筈もない。

 ――拙い、と〈闇を纏う少女〉は思考した。

 このままではただ徒に自分が減っていくを待つだけだ。防ぐにはどうすればいい。

 防ぐ?

 視線の先には射線上に立つ〈守護戦士〉。

 そうだ。槍を盾として、弾けばいい。

 中空に今までの細身のではなく厚みのある闇槍を生み出し、飛来する矢を阻むように自らとの射線上に撃ち出す。

 闇槍と矢がぶつかる音がする。

 よし、防いだ。これだ。これでいける。もうダメージを受ける事はない。

 役目を終えた闇槍がまた闇へと解けていく。もとより一度使えば闇へと戻るものだ。そこにおかしな点はない。


「――グゥッ!?」


 だが、右胸を矢が貫いた。

 何故だ。どうしてだ。闇槍にはこの身と同じ改竄は為していない。人形の矢に撃ちぬかれる道理は無い。だが、それがどうしてこの身を貫いている。


「――ナゼ、ダ」


 この身に痛みは無い。

 自分のHP(存在)が減っていく事に対するこの沸き立つ感覚が分からない。

 ただ、このままでは駄目だということは分かる。

 人形へ狙いを定めた闇槍の投射ではこのイレギュラーたちを突破できない。

 ならばどうする。

 どうする。

 どうする。

 どうする。



 矢に放ったダメージ遮断の呪文が効果を発揮したのを確認したトールは逆手に構えた神刀を順手に握りなおしながら、開いた左手で後方へとサインを送る。「攻撃・複数・順次」と簡単な内容だが、それを受け取る黒兎と春猫娘は内容を理解し、李天へ伝達。そして、李天から剣たる矢が放たれる。

 〈闇を纏う少女〉はその全てへの反応がワンテンポ以上に遅れている。

 避けるか、弾くか、防ぐか。

 大方考えている事はそんな所だろう。その全てに猜疑を持っているために、どれが最善かを瞬時に選択できずに後手へ後手へと回っている。

 彼女が左手で弾こうとした矢の矢尻を手の平で押す事でタイミングを狂わせ、裂傷を大きくさせる。

 回避した矢は視界の外、柳千の手によって在らぬ方向から戻ってきてその身体を貫く。

 闇槍によって防ごうとしたのならば矢に〈禊ぎの障壁〉を掛ける事で、矢が負うダメージを遮断する。

 彼女を貫く矢の数は既に九。〈大地人〉の攻撃によるダメージが如何程のものか判断が難しい所ではあるが、鮮血を撒き散らしながら痛みに悶絶するその姿は明らかに衰弱してると見て間違いではないだろう。

 一気に畳み掛けたいが、攻撃の起点が李天である以上は彼の実力以上の攻撃は不可能。〈冒険者〉と〈大地人〉の間にある攻撃性能の差は如何ともしがたい事実だ。その事にもどかしく思いながらも、トールは静かに今、自分が為した事の意味を考える。

 武器に「ダメージ遮断」の術が掛かったという事に。

 これは、おそらく黒兎のあの光に準じるものだろう。ゲーム時代に慣れ親しんだ特技がその性能に違和を発している。

 そうだ。

 考えてもみろ。

 〈降霊術〉を使うと、おそらく精神的な疲労が原因で使用後は倒れてしまうというペナルティがある。その時点でおかしかった。その時点で疑問を持つべきだった。

 世界がこうなってしまったのだから、特技もこうなったのだろう。

 ――では、無い。

 世界がこうなった事と、特技がこうなった事は別として考えるべきでは無かったのか。


「――〈禊ぎの障壁〉」


 十本目の矢を避けようとした〈闇を纏う少女〉と、その矢を追う柳千を目で確認したトールはまず、自分自身に障壁を掛ける。

 そもそも、この時点でもおかしい。

 「ダメージ遮断」という術はおかしい。

 個人を対象として障壁を掛ける。

 その障壁は、なにに対して掛かっているのか。この身体か。身に纏う装備か。それともそれら全てを含んだトールという個体か。この障壁はなにを持ってダメージを遮断しているのか。攻撃そのものを遮断するのか、ダメージのみを遮断するのか。そして、この場合のダメージとはなにか。外から加わる力の事か。ならば、武器を振るう事による損耗度も遮断できるのではないか。

 十一本目の矢を闇槍をぶつける事で防ごうとした所を「ダメージ遮断」で矢に掛けることで矢は闇槍を突破し左脇腹を貫く。


「ガ、ギィ――」


 先程よりも確実に動きが緩慢になってきている〈闇を纏う少女〉の悲鳴を耳にしながら、トールは思考を更に一歩踏み込ませる。

 今、確かに矢は破壊されなかった。変わりに響いたのはガラスが砕けるような音。

 それは矢が負うべきダメージを遮断したことに他ならない。

 つまり〈ブラック・サムライ・ハットリソードZ号〉の残り損耗度を気にする事なんてないの。

 しかし、それでも〈冒険者〉の攻撃は通じない。

 ならば、どうするか。

 李天の、〈大地人〉の攻撃なら通じる。


(……つまり、アレか)


 簡単な事だ。

 〈大地人〉の攻撃しか当たらないのならば〈大地人(・・・)〉になればいい。

 〈大地人〉の攻撃が弱いのならば〈冒険者(・・・)〉の力を与えればいい。

 その考えに至ったとほぼ同時。


「――ッガァ!」


 〈闇を纏う少女〉は咆哮と共に現出させた闇槍を、無差別に次々と射出した。

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